第15話 強くて正しい騎士見習い②
「……無理では?」
自室に戻った瞬間、私は机に突っ伏した。
カイル・レイナード。正義感の強い騎士見習い。そして――。
(私のこと、嫌いすぎじゃない?)
あそこまで真っ向から警戒されると、さすがに少し傷つく。
いや、原因は分かっている。記憶が戻る前の私は、かなり態度が悪かった。高圧的だったし、嫌味も言ったし、正直あまり擁護できない。
(それにしたって初手からあのテンションなの、どうなの)
机に頬を押しつけながら唸る。すると。
「リリアーナ様」
静かな声。リネットが完璧な所作で紅茶を置く。
「本日のカイル様とのやり取りですが」
「聞いてたの?」
「学園中が聞いておりました」
そんな大声だったの? 恥ずかしい。
「……まあ、いつものことよ」
「それで済ませてよろしいのですか?」
その言葉に、私は顔を上げた。
「どういう意味?」
「カイル様は影響力の強い方です。騎士科の生徒だけでなく、教師陣からの信頼も厚い。その方に公然と敵視され続けるのは、リリアーナ様の学園生活において、あまり望ましい状況ではないかと」
「うっ」
分かっている。彼は数年後、王国の剣聖とまで呼ばれる男になる。
「……それにしても、あそこまで露骨に嫌われるかしら。昔、彼が泥まみれで訓練しているのを『野良犬のようだわ』って笑ったことくらいしか心当たりがないのだけれど」
「十分すぎるほど致命的でございます、リリアーナ様」
「うっ……。やっぱり、過去の私を擁護するのは無理があるわね」
正論。あまりに正論すぎて胃が痛い。
「つまり……こんな状況でも仲良くしろと」
「少なくとも、無用な敵対は避けるべきかと存じます」
(それができたら苦労してないのよ。カイルは私を見ただけで『抜剣一歩前』みたいな顔するんだから)
だが、実際問題、カイルとの関係改善は必要だった。なにせ彼は、妙に目立つ。良くも悪くも周囲を巻き込むタイプだ。敵に回すと、非常に厄介だ。
「……でも」
私は少し考える。カイルの性質を。
「カイルって、“良いことをした実績”には弱そうよね。正義を成して、誰かに喜ばれると嬉しくなっちゃうタイプというか」
「弱い、ですか?」
リネットが微妙な顔をした。
「何か策がおありで?」
「まあ、ちょっと」
私は曖昧に笑う。
ふと思い出すのは、ゲーム序盤のシナリオだ。学園ではこの時期、小さな事件がいくつも起きていた。盗難騒ぎ、魔物侵入、不正試験……。そういう“イベント”をヒロインが解決していく構成だった。
前半は学園恋愛シミュレーションとしてパラメータを上げながら攻略対象と交流し、問題を解決していく。後半になると急にRPG風になり、攻略対象たちと共に人類滅亡を防ぐ旅に出る。
(今思うと、だいぶ情緒不安定なゲームだったわね)
小さく息を吐く。
私はゲームの未来を知っている。それはつまり、“問題が起きる場所”を知っているということだ。
なら、カイルがそれを「自力で解決できた」形になるよう誘導すればいい。彼は時間を解決して感謝され、評価も上がる。
(そして、その陰で私が動いていたとなれば、彼からの印象も多少は改善されるのでは?)
……完璧では?
「……リリアーナ様」
「なに?」
「その顔をしている時、だいたいろくなことになりません」
「失礼ね」
「経験則でございます。主の企みは、常に斜め上の結末を呼び寄せますから」
否定できないのが辛いところだ。
「今回は大丈夫よ。ちゃんと、人助けだもの」
私は立ち上がる。そう、誰が解決するかを変えるだけ。事件そのものは解決するのだから、誰も困らないはずだ。
「仲良くなりましょう、カイル」
小さく呟く。
その瞬間、窓の外で鳥たちが一斉に飛び立った。
なぜか少し、不吉な予感がしたけれど。
私はあえて、気づかないふりをした。




