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第14話 強くて正しい騎士見習い①

 氷薔薇学園の朝は早い。

 鐘の音とともに、生徒たちは一斉に動き出す。貴族の子息令嬢たちが整然と並び、授業棟へ向かう光景は、どこか軍隊めいている。


 学園の一日は、明確に“評価”でできている。

 出席態度、発言内容、課題の完成度。すべてが記録され、将来の派閥と婚姻に影響する。


 (……息が詰まるほど、分かりやすい社会)


 私はゆっくりと廊下を歩く。周囲の視線は相変わらずだが、前より少しだけ慣れてきた。


「……リリアーナ様だ」


「近寄るなよ、また何かあるぞ。次は誰を標的にするつもりだ」


(いや、何もしてないんだけど)


 心の中でだけ呟く。表情は完璧に“氷薔薇の毒華”。内心はだいたい「今日の課題だるいな」である。


 そんな中、私はひとつ気づく。

 廊下には、大きな掲示板が常に設置されている。そこには、学園の“現在位置”がそのまま貼り出されていた。特待生一覧、社交評価上位者。そして――。


 指導対象一覧。


 成績が著しく悪かったり、問題行動があったりする生徒の名がここに載る。そこには、教材すら満足に揃えられない生徒も含まれていた。

 ここに載っている指導対象は、通称“リスト”と呼ばれている。


(ああ、こういう管理の仕方なのね。可視化されたスクールカーストってわけか)


 名前だけが、静かに並んでいる。

 感情も説明もない。そこにあるのは、ただ“分類”だけだった。


 その中に、一つだけ目に止まった名前があった。クラウス・ベルトン。


(……あの子か)


 昨日、中庭でひっそり倒れていた少年。パン一つを握りしめたまま、意識を飛ばしていた、あの子だ。



 昼休み。中庭の隅。

 他の生徒たちの笑い声が遠くに聞こえる中、その子だけが、周囲から切り離されたみたいに見えた。

 貴族の輪から外れた場所で、少し俯きながら立っている。くるくるとした茶色の髪は少し乱れ、制服はややくたびれていて、靴もきちんと磨かれていない。


「……食べてないの?」


 思わず声が出た。クラウスはびくっと肩を跳ねさせる。


「り、リリアーナ様……!」


「そんなに驚かなくてもいいわ」


「いえ、その……自分なんかにお声がけいただくなんて……」


(自己評価低いタイプね。まあ、掲示板に名前載ってたらそうなるか)


「名前は?」


「クラウス・ベルトンです」


「ベルトン家……末席の分家、だったかしら」


「はい……」


 短い返事。その声には、慣れと諦めが混ざっていた。


 その時。


「そこまでだ」


 低い声。カイル・レイナード。騎士科の制服を着た少年が、こちらに歩いてくる。


「リリアーナ。またか」


「またとは心外だわ」


「弱いものいじめはやめろ」


「ただ会話をしているだけよ?」


「その“だけ”が問題だ」


(あなたは自動リリアーナ攻撃システムか何か?)


 カイルの鋭い視線がクラウスに向く。


「お前……指導対象(リスト)だな」


「……はい」


「ここで何をしている」


「その……昨日、倒れて、助けていただいて……」


「助け?」


 カイルの目がわずかに細くなる。


(あ、これ来るやつだ。正義感の暴走予告アラートが出てるわ)


 カイルは一歩前に出る。


「リリアーナ。何を企んでるか知らんが、余計なことをするな」


「倒れていたから助けただけよ」


「それが問題だ。お前が善意で人を助けるわけがない。ましてや、こいつは指導対象(リスト)だ」


 断定。そこに疑問の余地はない。


「お前のような選民意識の強い人間が、見返りもなく、落ちこぼれに関わるはずがないんだ」


(ひどい偏見。でもまあ、過去の行いを考えれば妥当な評価なのが辛いところね)


「ち、違います!!」


 クラウスが声を上げる。声が震えているが、引かない。


「リリアーナ様は何もしていません! お水をくれただけです!」


 ざわり、と周囲で見守っていた野次馬たちが揺れる。カイルの目が冷える。

 背が高い分、見下ろす形になる視線には容赦がない。クラウスの肩がわずかに縮んだ。


「お前は状況を理解していない。この女がどういう人間か分かっていないんだ。唆されているだけだ」


「それでも!」


 クラウスが一歩前に出る。


「少なくとも、僕が助けられたのは事実です!」


 その瞬間。

 カイルの視線が完全に変わった。怜悧で、容赦のない”判決”を下す者の目になっていた。


「……そうか。なら、お前も“誤認者”だ」


 空気が凍る。


(リリアーナの味方をするやつは敵、ということね)


 私は静かに息を吐く。カイルは正しい。少なくとも、彼の中では。

 だから厄介だ。正しさで人を切る人間は、迷わない。

 そして、一度切り捨てた相手を二度と許さない。

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