第14話 強くて正しい騎士見習い①
氷薔薇学園の朝は早い。
鐘の音とともに、生徒たちは一斉に動き出す。貴族の子息令嬢たちが整然と並び、授業棟へ向かう光景は、どこか軍隊めいている。
学園の一日は、明確に“評価”でできている。
出席態度、発言内容、課題の完成度。すべてが記録され、将来の派閥と婚姻に影響する。
(……息が詰まるほど、分かりやすい社会)
私はゆっくりと廊下を歩く。周囲の視線は相変わらずだが、前より少しだけ慣れてきた。
「……リリアーナ様だ」
「近寄るなよ、また何かあるぞ。次は誰を標的にするつもりだ」
(いや、何もしてないんだけど)
心の中でだけ呟く。表情は完璧に“氷薔薇の毒華”。内心はだいたい「今日の課題だるいな」である。
そんな中、私はひとつ気づく。
廊下には、大きな掲示板が常に設置されている。そこには、学園の“現在位置”がそのまま貼り出されていた。特待生一覧、社交評価上位者。そして――。
指導対象一覧。
成績が著しく悪かったり、問題行動があったりする生徒の名がここに載る。そこには、教材すら満足に揃えられない生徒も含まれていた。
ここに載っている指導対象は、通称“リスト”と呼ばれている。
(ああ、こういう管理の仕方なのね。可視化されたスクールカーストってわけか)
名前だけが、静かに並んでいる。
感情も説明もない。そこにあるのは、ただ“分類”だけだった。
その中に、一つだけ目に止まった名前があった。クラウス・ベルトン。
(……あの子か)
昨日、中庭でひっそり倒れていた少年。パン一つを握りしめたまま、意識を飛ばしていた、あの子だ。
◇
昼休み。中庭の隅。
他の生徒たちの笑い声が遠くに聞こえる中、その子だけが、周囲から切り離されたみたいに見えた。
貴族の輪から外れた場所で、少し俯きながら立っている。くるくるとした茶色の髪は少し乱れ、制服はややくたびれていて、靴もきちんと磨かれていない。
「……食べてないの?」
思わず声が出た。クラウスはびくっと肩を跳ねさせる。
「り、リリアーナ様……!」
「そんなに驚かなくてもいいわ」
「いえ、その……自分なんかにお声がけいただくなんて……」
(自己評価低いタイプね。まあ、掲示板に名前載ってたらそうなるか)
「名前は?」
「クラウス・ベルトンです」
「ベルトン家……末席の分家、だったかしら」
「はい……」
短い返事。その声には、慣れと諦めが混ざっていた。
その時。
「そこまでだ」
低い声。カイル・レイナード。騎士科の制服を着た少年が、こちらに歩いてくる。
「リリアーナ。またか」
「またとは心外だわ」
「弱いものいじめはやめろ」
「ただ会話をしているだけよ?」
「その“だけ”が問題だ」
(あなたは自動リリアーナ攻撃システムか何か?)
カイルの鋭い視線がクラウスに向く。
「お前……指導対象だな」
「……はい」
「ここで何をしている」
「その……昨日、倒れて、助けていただいて……」
「助け?」
カイルの目がわずかに細くなる。
(あ、これ来るやつだ。正義感の暴走予告アラートが出てるわ)
カイルは一歩前に出る。
「リリアーナ。何を企んでるか知らんが、余計なことをするな」
「倒れていたから助けただけよ」
「それが問題だ。お前が善意で人を助けるわけがない。ましてや、こいつは指導対象だ」
断定。そこに疑問の余地はない。
「お前のような選民意識の強い人間が、見返りもなく、落ちこぼれに関わるはずがないんだ」
(ひどい偏見。でもまあ、過去の行いを考えれば妥当な評価なのが辛いところね)
「ち、違います!!」
クラウスが声を上げる。声が震えているが、引かない。
「リリアーナ様は何もしていません! お水をくれただけです!」
ざわり、と周囲で見守っていた野次馬たちが揺れる。カイルの目が冷える。
背が高い分、見下ろす形になる視線には容赦がない。クラウスの肩がわずかに縮んだ。
「お前は状況を理解していない。この女がどういう人間か分かっていないんだ。唆されているだけだ」
「それでも!」
クラウスが一歩前に出る。
「少なくとも、僕が助けられたのは事実です!」
その瞬間。
カイルの視線が完全に変わった。怜悧で、容赦のない”判決”を下す者の目になっていた。
「……そうか。なら、お前も“誤認者”だ」
空気が凍る。
(リリアーナの味方をするやつは敵、ということね)
私は静かに息を吐く。カイルは正しい。少なくとも、彼の中では。
だから厄介だ。正しさで人を切る人間は、迷わない。
そして、一度切り捨てた相手を二度と許さない。




