表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/27

第13話 氷薔薇学園と、はじまりの視線

 ――学園。

 王国最大の貴族教育機関。正式名称は《王立ヴィスカディア魔導学園》。

 だが、誰もその正式名称では呼ばない。代わりにこう呼ぶ。

 ――“氷薔薇学園”。


 貴族科、騎士科、魔導科。王国の将来を担う者たちが集められ、寮生活を送りながら学ぶ場所。そしてここでは、成績だけではなく“家柄と評価”そのものが管理される。

 社交と政治の縮図。婚姻も、派閥も、未来も。その多くが、この場所で決まっていく。


 私は馬車の窓から、その巨大な門を見上げた。

 白い石造りの壁に、薔薇を模した紋章。門の両脇には騎士科の生徒たちが制服姿で整列しており、その背筋の伸びっぷりは学園の厳格さをそのまま体現していた。


 いかにも“物語が始まる場所”という感じがする。


 馬車の窓から少し身を乗り出す。秋の冷たい空気が肌を撫でた。


「リリアーナ様、到着いたしました」


「ありがとう、リネット」


 上級貴族には使用人の帯同が認められているため、リネットも私の補佐として学園に滞在する。


 扉が開く。

 その瞬間、視線が一斉に集まった。


(あ、やばい。これ完全に“悪役令嬢登場シーン”じゃない)


 私は優雅に馬車を降りる。

 表情は完璧に“公爵令嬢リリアーナ”。中身は冷静に「今日の朝ごはん何だったっけ」くらいの温度だ。


「おい、あれが例の……氷薔薇の毒華」


(毒華ってなに。ちょっとかっこいいけど)


「近寄るな、目を合わせるな。呪われるぞ」


(目が合っただけで呪われるのは心外ね)


 心の中でだけツッコミながら進む。周囲の生徒たちが、海が割れるみたいに道を開くのが、少しだけ面白かった。



「おい」


 前から声が飛ぶ。知っている声だ。

 カイル・レイナード。騎士科の制服姿で、腕を組んで立っていた。


「久しぶりだな、リリアーナ」


「ごきげんよう、カイル」


「……相変わらずだな、その態度」


「褒め言葉として受け取っておくわ」


「褒めてない」


(うん、知ってた。安定の塩対応ね)


「以前も思いましたけれど、どうしてそこまで警戒されているのかしら?」


「……お前、自分の噂を聞いてないのか。実の弟を容赦なく切り捨てた冷徹女だって、騎士科の連中もビビり散らかしてるぞ」


「あら、切り捨てたのはお父様よ」


「ふん、どうだか」


(難しい人ね……)


「まあいいわ。学園では真面目に過ごすから、安心して見ていてくださいね」


「その発言が一番不安だ」


(なんでよ)



「やあ。これはこれは、噂の“毒華令嬢”」


 軽い声。距離が近い。物理的に。

 ユリウス・クラウゼン。赤毛の軽薄な青年が、パーソナルスペースを無視して覗き込んできた。


「なんかさ、少し雰囲気変わった? 前より隙が減ったというか、中身が別人みたいだ」


(鋭い……)


「それは良いことでは?」


「うーん、僕としてはちょっと残念かも。前はもう少し、付け入る隙がありそうだったからね」


「どういう意味かしら?」


「ご想像におまかせするよ」


 私が少し睨んで見せても、ニコニコと軽やかに笑っている。


「学園でも仲良くしてね。君みたいな面白い子、放っておけないし」


「ほどほどにお願いするわ」


「ほどほどね。それ、期待していいってこと?」


(距離感という概念、捨ててるのかしらこの人)


 意味ありげに笑って去っていく。



 少し離れた場所。人だかりができている。


「ミレイア様!」


「ご一緒してもよろしいでしょうか!」


 中心にいるのは、淡い茶髪の少女。ミレイア・ルーン。聖女候補。

 肩まである柔らかい髪、少し幼い顔つき。ふわりとした笑顔で周囲を浄化している。

 周囲に自然と人が集まっているようだ。


(……あれがヒロイン。発光してない? ってくらいキラキラしてるわね。こっちは背景に紫の毒霧でも出てそうな勢いなのに)


 彼女はこちらに気づくこともなく、柔らかく笑っていた。

 まだ、私と関わる気配はない。



「……来たな」


 校舎の上階から、冷たい視線が突き刺さる。そこに立っているのは、レオンハルト・フォン・ヴァルディア。王太子であり、私の婚約者。完璧という言葉を形にしたような存在。

 廊下の光を受けた金髪は美しいが、目の冷たさだけは変わっていない。


(ほんと監視官みたいな目)


 心の中でため息が出る。感情ではなく、観察。欠陥がないか確認するような視線だ。


「リリアーナ・フォン・アルヴェルト。遅刻ではないな」


「時間通りでございますわ、殿下」


「そうか」


 それだけ言い残して、踵を返した。


(嫌いなら放っておいてくれればいいのに)


(婚約者が問題を起こさないか監視するなんて、王太子って暇なのかしら)


 これでミレイアにデレッデレになる未来があるとか、ほんと胃に悪い。



 入学式の後、クラス分けが発表される。

 整然と並ぶ生徒たち。身分、評価、未来。すべてがここで固定される場所。


「では皆さま、よろしくお願いいたしますわね」


 私はにこやかに一礼する。完璧な“良い子の令嬢スマイル”。


(よし、今日はこれでいこう)


 ――だが。


 カイルの目がさらに警戒度を上げ、周囲の生徒たちは蜘蛛の子を散らすように距離を取った。


(……なぜ?)


 とりあえず、ちゃんとやるつもりなのに。どうしてこうなるのかしら。

 私は小さく首をかしげた。


 ――氷薔薇学園。


 ここから、本当の物語が始まる。

新章スタートです。

次回からカイル編になります。

1日2話更新を目指して頑張ります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ