第13話 氷薔薇学園と、はじまりの視線
――学園。
王国最大の貴族教育機関。正式名称は《王立ヴィスカディア魔導学園》。
だが、誰もその正式名称では呼ばない。代わりにこう呼ぶ。
――“氷薔薇学園”。
貴族科、騎士科、魔導科。王国の将来を担う者たちが集められ、寮生活を送りながら学ぶ場所。そしてここでは、成績だけではなく“家柄と評価”そのものが管理される。
社交と政治の縮図。婚姻も、派閥も、未来も。その多くが、この場所で決まっていく。
私は馬車の窓から、その巨大な門を見上げた。
白い石造りの壁に、薔薇を模した紋章。門の両脇には騎士科の生徒たちが制服姿で整列しており、その背筋の伸びっぷりは学園の厳格さをそのまま体現していた。
いかにも“物語が始まる場所”という感じがする。
馬車の窓から少し身を乗り出す。秋の冷たい空気が肌を撫でた。
「リリアーナ様、到着いたしました」
「ありがとう、リネット」
上級貴族には使用人の帯同が認められているため、リネットも私の補佐として学園に滞在する。
扉が開く。
その瞬間、視線が一斉に集まった。
(あ、やばい。これ完全に“悪役令嬢登場シーン”じゃない)
私は優雅に馬車を降りる。
表情は完璧に“公爵令嬢リリアーナ”。中身は冷静に「今日の朝ごはん何だったっけ」くらいの温度だ。
「おい、あれが例の……氷薔薇の毒華」
(毒華ってなに。ちょっとかっこいいけど)
「近寄るな、目を合わせるな。呪われるぞ」
(目が合っただけで呪われるのは心外ね)
心の中でだけツッコミながら進む。周囲の生徒たちが、海が割れるみたいに道を開くのが、少しだけ面白かった。
◇
「おい」
前から声が飛ぶ。知っている声だ。
カイル・レイナード。騎士科の制服姿で、腕を組んで立っていた。
「久しぶりだな、リリアーナ」
「ごきげんよう、カイル」
「……相変わらずだな、その態度」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
「褒めてない」
(うん、知ってた。安定の塩対応ね)
「以前も思いましたけれど、どうしてそこまで警戒されているのかしら?」
「……お前、自分の噂を聞いてないのか。実の弟を容赦なく切り捨てた冷徹女だって、騎士科の連中もビビり散らかしてるぞ」
「あら、切り捨てたのはお父様よ」
「ふん、どうだか」
(難しい人ね……)
「まあいいわ。学園では真面目に過ごすから、安心して見ていてくださいね」
「その発言が一番不安だ」
(なんでよ)
◇
「やあ。これはこれは、噂の“毒華令嬢”」
軽い声。距離が近い。物理的に。
ユリウス・クラウゼン。赤毛の軽薄な青年が、パーソナルスペースを無視して覗き込んできた。
「なんかさ、少し雰囲気変わった? 前より隙が減ったというか、中身が別人みたいだ」
(鋭い……)
「それは良いことでは?」
「うーん、僕としてはちょっと残念かも。前はもう少し、付け入る隙がありそうだったからね」
「どういう意味かしら?」
「ご想像におまかせするよ」
私が少し睨んで見せても、ニコニコと軽やかに笑っている。
「学園でも仲良くしてね。君みたいな面白い子、放っておけないし」
「ほどほどにお願いするわ」
「ほどほどね。それ、期待していいってこと?」
(距離感という概念、捨ててるのかしらこの人)
意味ありげに笑って去っていく。
◇
少し離れた場所。人だかりができている。
「ミレイア様!」
「ご一緒してもよろしいでしょうか!」
中心にいるのは、淡い茶髪の少女。ミレイア・ルーン。聖女候補。
肩まである柔らかい髪、少し幼い顔つき。ふわりとした笑顔で周囲を浄化している。
周囲に自然と人が集まっているようだ。
(……あれがヒロイン。発光してない? ってくらいキラキラしてるわね。こっちは背景に紫の毒霧でも出てそうな勢いなのに)
彼女はこちらに気づくこともなく、柔らかく笑っていた。
まだ、私と関わる気配はない。
◇
「……来たな」
校舎の上階から、冷たい視線が突き刺さる。そこに立っているのは、レオンハルト・フォン・ヴァルディア。王太子であり、私の婚約者。完璧という言葉を形にしたような存在。
廊下の光を受けた金髪は美しいが、目の冷たさだけは変わっていない。
(ほんと監視官みたいな目)
心の中でため息が出る。感情ではなく、観察。欠陥がないか確認するような視線だ。
「リリアーナ・フォン・アルヴェルト。遅刻ではないな」
「時間通りでございますわ、殿下」
「そうか」
それだけ言い残して、踵を返した。
(嫌いなら放っておいてくれればいいのに)
(婚約者が問題を起こさないか監視するなんて、王太子って暇なのかしら)
これでミレイアにデレッデレになる未来があるとか、ほんと胃に悪い。
◇
入学式の後、クラス分けが発表される。
整然と並ぶ生徒たち。身分、評価、未来。すべてがここで固定される場所。
「では皆さま、よろしくお願いいたしますわね」
私はにこやかに一礼する。完璧な“良い子の令嬢スマイル”。
(よし、今日はこれでいこう)
――だが。
カイルの目がさらに警戒度を上げ、周囲の生徒たちは蜘蛛の子を散らすように距離を取った。
(……なぜ?)
とりあえず、ちゃんとやるつもりなのに。どうしてこうなるのかしら。
私は小さく首をかしげた。
――氷薔薇学園。
ここから、本当の物語が始まる。
新章スタートです。
次回からカイル編になります。
1日2話更新を目指して頑張ります!




