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第11話 健気で努力家な弟⑩

「結論を出す」


 父の声が低く響く。その瞬間、書斎の空気が一瞬で凍りついた。


「エドガー・アルヴェルト。業務適性の欠如、そして横領への関与も疑われる。よって、家督継承資格の剥奪。本日をもって、屋敷からの排除を命ずる」


 短い宣告だった。だが、それはエドガーという存在をこの家から完全に消去することを意味していた。


「……待ってください」


 エドガーの声が裏返る。


「僕はまだ、やれます。ちゃんとやってきたんです、ちゃんと評価されてきた……!」


 必死に食い下がるが、父の視線は微動だにしない。


「事実として、お前に単独での業務遂行能力は確認されていない。これまでの功績はすべて虚飾だ」


 静かな否定。それが最後の一押しとなった。

 何かが切れたように、エドガーの表情が醜く歪む。


「ふざけるな!!」


 叫び声が書斎に響き渡った。固く握られた拳が激しく震え、それまでの"健気な弟"の面影はどこにもなかった。騒ぎを聞きつけた使用人たちが駆け込み、その中にはリネットの姿もあった。


「全部お前のせいだ!!」


 エドガーの憎悪に満ちた視線が、私に突き刺さる。


「お前が余計なことをしなければ、全部うまく回ってたんだよ!急に仕事をさせたり、ノートを父上に渡したり……全部お前が仕組んだ罠なんだろ!!」


 衛兵が動き出すが、エドガーの狂乱は止まらない。


「俺はずっと……こいつに虐げられてきたんだ!リリアーナに!この家に来てからずっと、ずっとだ!!」


 その悲痛な叫びを、冷ややかな声が遮った。


「それは事実ではございません」


 リネットだった。彼女の瞳には、エドガーに対する同情の色など微塵もない。


「……何だと?」


「私が確認していた限りでは、常に問題行動を起こしていたのはエドガー様、あなたの方でした」


 空気が一変する。リネットは淡々と続けた。


「リリアーナ様はずっと、あなたと仲良くなりたいと手紙を書いておられました。しかし、あなたはそれを無視し、あろうことかリリアーナ様の目の前で破り捨てました」


「は?あんなもの、僕を蔑む言葉しか書いてないに決まってるだろ!」


「いいえ、私も中身を読みました。あれは過去の無礼を詫び、仲を修復したいという切実な願いでした」


(……ああ、そうか)


 手紙。確かに私は、彼と歩み寄りたくて何度も書いていた。でも、文字を正しく認識できない彼には、その白い紙に並んだ文字が、すべて自分を嘲笑う凶器に見えていたのかもしれない。

 今になってようやく、彼の怒りの正体を理解した。けれど、もう遅すぎた。


「……嘘だ」


 エドガーの声が小さく掠れる。


「僕は……虐げられていたはずだ……」


(私、昔は確かに彼を虐げていた)


 記憶が戻る前の私は、確かに彼を蔑んでいた。気分で命令して、気に入らなければ怒鳴った。

 けれど、それを証明してくれる人間はもう、この屋敷には残っていない。専属のメイドも、家庭教師も、母のレイナも。


 ……私のせいで。


「結論は変わらない。処分を続行する」


 父が冷徹に命じ、衛兵がエドガーの腕を掴む。


「離せ!!」


 エドガーが激しく暴れた、その拍子だった。振り回された彼の腕が、止めに入ろうとした私に強く当たる。


「……っ!」


 咄嗟に避けきれず、私は勢いよく本棚に体を打ち付けた。鈍い痛みが走り、袖の破れた箇所から薄く血が滲む。


 一瞬の静寂。


「――暴行未遂を追加する」


 父の声が、最後通牒のように落ちた。エドガーの顔から、急速に血の気が引いていく。


「違う! そんなつもりじゃ……!」


 だが、もう遅い。故意であろうとなかろうと、公爵令嬢に傷を負わせた事実は、彼から"温情"という名の選択肢をすべて奪い去った。


「エドガー・アルヴェルト。今すぐ屋敷から出て行け。もはやお前に、この家の人間としての資格はない」


 衛兵が、力なく崩れ落ちた彼を引きずっていく。


「お前のせいだ!消えろ!リリアーナァ!!」


 呪詛のような叫びが廊下に響き、やがて重い扉が閉まった。

 音が、消える。


 静寂だけが残った書斎で、私は自分の震える肩を抱いた。

 こんな結末にするつもりなんて、本当になかったのに。

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