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悪役令嬢にされる予定でしたが、先に舞台から降ります。  作者: 星渡リン
第4部 第3章 その解釈が役を決める

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第99話 王子の席から逃げない

 控え室の扉が閉まった。


 机の上には、上等な紙が一枚置かれていた。


『高位家親善案件 例外承認案』


 ルシアン殿下は、表題に目を落とした。


 紙の端には王家側補佐の印。添えられた控えには、高位家寄りの使者の名もある。二人は深く礼をしたまま、息を合わせたように顔を伏せていた。


「殿下にご判断を仰ぎたい件がございます」


 補佐は、慎重に声を整えた。


「今回の高位家親善案件は、王家の体面にも関わります。通常手順で確認を重ねますと、関係各家の名が不用意に出るおそれがございます。橋渡し確認書の趣旨は尊重いたしますが、この件だけは、殿下のご判断で例外扱いをお認めいただければと」


 ルシアン殿下は、中央の一文を見た。


『王家判断により、通常手順の一部を省略可能とする』


 その横に、昨日の写しが置かれている。


 安い紙。狭い余白。赤く囲まれた小さな家名。


 上等な承認案の白さと、赤く汚れた写しが、同じ机の上で並んでいた。


「地方側には、後ほど丁寧に説明いたします」


 補佐が付け加える。


 ルシアン殿下の指が、写しの端を押さえた。


「後ほど、か」


 低い声に、補佐の喉が小さく動いた。


「はい。混乱を避けるためにも、先に大枠を整えたうえで」


「先に整えるのは、誰の側だ」


 補佐が言葉を止める。


 ルシアン殿下は、顔を上げた。


「この紙には、王家の体面と高位家の秩序が大きく書かれている」


 彼は、隣の写しを指で叩いた。


「こちらには、小さな家名が赤で囲まれている」


 控え室の空気が固くなる。


 高位家寄りの使者が、膝の上で手袋を握った。


 補佐は、それでも食い下がった。


「殿下のご判断であれば、関係各家も納得いたしましょう。王家が責任を持って調整する形でございます」


「責任を持つなら、責任欄から逃げるな」


 ルシアン殿下は、文案の一行に指を置いた。


「省略可能、か」


 爪の下で、紙がわずかに沈む。


 補佐は一拍置き、さらに声を低めた。


「高いお立場には、高いお立場なりの例外が必要です」


 ルシアン殿下は、補佐を見た。


「高い家ほど例外を持つなら、この橋は最初から壊れている」


「殿下」


「王家の名で橋を作らせておいて、王家の名で最初に外れるわけにはいかない」


 高位家寄りの使者が口を開いた。


「しかし、通常手順で揉めた場合、かえって各家の体面に傷が」


「体面を守りたいなら、記録に耐える判断をしろ」


 ルシアン殿下の声は冷えていた。


「手順を省くなら、省いた不備の責任を署名欄で引き受けろ」


 補佐の顔から血の気が引いた。


「ですが、殿下のご判断としていただければ」


「私の判断を求めたのだろう」


 ルシアン殿下は立ち上がった。


 椅子の脚が床を短く擦る。


 補佐が半歩動いたが、それより早く、ルシアン殿下の手が羽ペンを掴んだ。


 ペン先が、表題へ落ちる。


『例外承認案』


 黒い線が走った。


 一度。

 二度。


 紙の繊維が毛羽立ち、黒インクが文字の縁へ滲む。


 続いて、中央の一文。


『通常手順の一部を省略可能』


 省略可能。


 その四文字の上に、重い黒線が引かれた。


 控え室の誰も息をしなかった。


 ルシアン殿下は、余白へ短く書き込んだ。


 王家が関わる案件ほど、通常手順を厳格に適用する。

 王家承認印には、判断者名、根拠、影響先を添える。


 補佐が、掠れた声を出す。


「殿下。これでは、例外承認ではございません」


 ルシアン殿下は署名欄へ進んだ。


 羽ペンの先が、紙を強く削る。


 名を書き終えると、彼は塗り潰した『省略可能』の上へ、さらに一本、黒線を重ねた。


「承認しない」


 黒インクの生臭い匂いが、狭い控え室に満ちた。

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― 新着の感想 ―
補佐も含めて利権にどっぷり浸かりきってるね・・・。 こりゃ王様がよほど無能か、王族の中で後ろ盾になって甘い汁吸ってるやつがいるでしょ。
ずっと感じてた違和感の理由がわかった。階級社会なのにそれが機能してないんだ。 今話なんか貴族が王族に自分達の利益を保証して当然って最大級の不敬かましてるのにお咎め無し。 議会パートでも、仮にって言って…
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