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悪役令嬢にされる予定でしたが、先に舞台から降ります。  作者: 星渡リン
第4部 第4章 高い家ほど例外を持つ

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第100話 高い家ほど例外を持つ

 審議卓に、三枚の紙が並んだ。


 一枚目は、上等な白い表紙。


『高位家案件に関する円滑処理要領』


 二枚目は、安い紙に細かな字が詰め込まれたもの。


『別枠処理に伴う負担移動表』


 三枚目は、黒い線で表題が潰された写しだった。


『高位家親善案件 例外承認案』


 その文字の上には太い黒線が二本走り、余白には別の表題が書き込まれている。


『王家関与案件 通常手順適用確認』


 高位家側代表の白い手袋が、三枚目の紙で止まった。


 王都側の役人は、黒線の入った写しを見て、資料の角をそろえ直す。神殿側の使者は微笑を保っていたが、口元の端だけが硬い。


 進行役が、羽ペンを持ち直した。


「本日の議題は、高位家案件における別枠処理案の可否、および橋渡し確認書の運用案への追記についてです」


 最初に口を開いたのは、高位家側代表だった。


「王家案件、高位家案件については、通常案件と同一の運用では、かえって混乱を招く恐れがございます」


 声は穏やかだった。


「体面を守ることも、社交秩序を保つうえでは必要な実務です。例外を認める方が、結果として円滑な運用に資する場合もあるのではありませんか」


 旧来派の席から、控えめな頷きがいくつか生まれる。


 イレーネが、静かに負担移動表を前へ出した。


 安い紙の中ほどで、進行役の指が止まる。


 待機延長、二刻。

 馬車待機費、銀貨八枚。

 席札差替、三十六枚。

 追加問い合わせ先、地方小家三家。


「この表の一番下に来る家ほど、例外を拒めません」


 イレーネは、それだけ言った。


 高位家側代表の視線が、表へ落ちる。


「高位家の事情で動くのに、支払い欄は下の家へ降りています」


「それは、運用上の調整で」


「調整と書けば、払った家の帳簿が軽くなるわけではありません」


 銀貨八枚の文字の横で、進行役の羽ペンが止まった。


 旧来派審議役が、すぐに口を挟む。


「家代表者への確認であれば、ご本人の立場も守られるでしょう」


 ミレイアが顔を上げた。


「家代表の了承は、本人の返事ではありません」


 短い一言だった。


「ご家族が最も近い立場で」


「本人の原文欄が空いている限り、確認済みにしないでください」


 ミレイアの指が、本人原文欄の写しを押さえる。


「家として受けています、という文では、本人が何を言ったのか残りません」


 神殿側の使者が、視線を伏せた。


 ノアが、円滑処理要領の端をつまむ。


「高い家ほど紙を嫌がるなら、紙が必要な証拠ですね」


 高位家側代表の眉がわずかに寄る。


「紙を嫌がっているわけではございません」


「では、提出者名と影響先を入れてください」


 ノアは資料の余白を指で叩いた。


「別枠処理を通すなら、監査はまず裏約束の有無を見ます。名前のない配慮は、監査では配慮として扱いません」


 代表は一瞬、返答を探した。


 その隙に、セレフィーナは白い表紙の資料を開いた。


 高位家案件。

 必要に応じて。

 別枠処理。

 家代表者確認。

 後日協議。


 赤ペンの先が、『別枠処理』の文字へ落ちる。


 がり、と紙が鳴った。


 赤い線が、別枠の二文字を斜めに裂く。


 高位家側代表の手袋が、資料の端を押さえた。


 セレフィーナは、その横の余白へ新しい枠を刻んでいく。


『事情適用時負担先』


 ペン先が荒く走る。


 白い紙の余白に、赤い格子が増えた。


 高位家の事情を書く場所。

 その隣に、踏まれる家名を書く場所。

 さらに隣に、責任者名を書く場所。


 読み上げる必要はなかった。


 枠が増えるたび、旧来派の席で紙を押さえる指が硬くなっていく。


「では、高位家の事情は一切考慮しないと?」


 代表が、細い笑みを保ったまま問う。


 セレフィーナは赤ペンを止めない。


「事情を書く欄は用意しました」


 もう一本、枠を引く。


「隣に、誰の時間と費用と声を使うのかを書いていただきます」


 進行役が、ごく小さく息を飲んだ。


「そこまで出してから、審議に乗せます」


 高位家側代表の口元が、初めてわずかに崩れた。


「しかし、王家案件については」


「その件は、私から述べる」


 ルシアン殿下が立ち上がった。


 審議室の空気が変わる。


 彼の前には、黒線の入った写しがある。


『王家関与案件 通常手順適用確認』


 進行役が、その表題を見て羽ペンを構え直した。


 ルシアン殿下は、審議卓を見渡した。


「王家案件であるため、通常手順を厳格に適用する」


 ざわめきが起きる。


 王都側の役人が、思わず隣を見る。高位家側代表の手袋が、資料の端を強く押さえた。


「殿下、それは王家の体面を損なう恐れが」


「記録に耐えない体面なら、最初から損なわれている」


 ルシアン殿下の声は、審議室の奥まで冷たく届いた。


「王都側、王家側、高位家側の判断ほど、記録を厚くする」


 黒線の入った写しを、彼は進行役の方へ押し出した。


「必要だと言うなら、責任者名を濃く書け。王家の名を使うなら、私の欄も作れ」


 高位家側代表は、しばらく口を開けなかった。


 王都側補佐の一人が、黒線の入った写しを見つめている。


 そこには、昨日潰された『例外承認』と『省略可能』の文字が、黒い線の下からかろうじて残っていた。


 進行役が、緊張した手つきで議事録へ書き込む。


「高位家別枠処理案は不採用。代替方針として、影響範囲の大きい案件ほど記録項目を追加する旨、橋渡し確認書の運用案へ追記いたします」


 ペン先が紙を削った。


 それ以上の読み上げは続かなかった。


 進行役は、『高位家案件に関する円滑処理要領』の表紙を手元へ寄せる。


 朱肉の台に印が押しつけられた。


 ぺたり、と鈍い音がする。


 上等な白い表紙の中央に、不採用の二文字が沈んだ。


 代表の白い手袋が、動かなかった。


 審議室に、朱肉と黒インクの匂いが混じる。


 誰もすぐには発言しない。


 机の上には、赤で裂かれた『別枠処理』、黒線で潰された『省略可能』、そして不採用印を受けた白い表紙が並んでいた。


 ルシアン殿下は席に戻った。


 黒線の入った写しを、しばらく見ている。


 セレフィーナは、追加された赤い枠線の端を乾かした。


 不採用印の朱は、まだ湿っている。


 白い表紙の中央で、その赤だけが重く光っていた。

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