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悪役令嬢にされる予定でしたが、先に舞台から降ります。  作者: 星渡リン
第4部 第5章 その例外を許さない

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101/103

第101話 但し書きの中身

 王都屋敷の臨時執務室に届いた常設化案は、前日までの傷を一つも残していなかった。


 厚い表紙。均等な罫線。乱れのない文字。


 セレフィーナは三頁目で手を止めた。


『ただし、本人への直接確認が困難な場合は、家代表者または関係者の確認をもって代替できる』


 次の頁。


『ただし、緊急時または円滑な進行に支障がある場合は、責任者欄の記入を事後確認とすることができる』


 さらに次。


『ただし、配慮を要する案件については、非公開記録または簡易記録とする』


 赤ペンが、机の上へ置かれた。


 乾いた音に、全員の視線が集まる。


 ノアが草稿を引き寄せた。


「『ただし』の後だけ、署名欄がありません」


 別の頁を抜く。


「こちらは記録番号が消えています。起案者名もありません」


 エステルが、該当頁を受け取った。


「清書前の修正履歴は残っていますか」


「添付されていません」


 ルシアン殿下が答えた。


 部屋の空気が硬くなる。


 セレフィーナは机の中央を空け、四枚の見出し紙を並べた。


 本人意思確認。


 責任者記録。


 記録保持。


 上位側特例。


 合図を待たず、紙が動き始めた。


 ミレイアが本人確認に関する頁を抜く。イレーネは緊急時と事後処理を追い、エステルは非公開記録と簡易記録の条項へ印を付ける。ルシアン殿下は、王都判断、王家案件、高位家案件の文字を拾った。


 頁が机上を滑る。


 羽ペンの先が、行の脇へ短い線を刻む。


「困難、と判断する者が書かれていません」


 ミレイアが、一枚を持ち上げた。


『本人への直接確認が困難な場合』


 本人の体調なのか。家代表の意向なのか。王都側の進行都合なのか。


 判定基準も、判断者名もない。


「本人が確認を受けられない理由と、本人自身の原文が必要です」


 ミレイアは余白へ記す。


『判断者名なし。本人発言記録なし』


 その頁を、本人意思確認の束へ置いた。


 イレーネが別の頁を抜き出す。


『緊急時には、責任者欄の記入を事後確認とすることができる』


「事後確認の期限がありません」


 爪先が、「事後」の文字を押さえる。


「仮責任者名もない。事故の後で、空いている欄へ誰の名前を入れるか決められます」


 エステルの手が、同じ頁へ伸びた。


「記録期限も欠けています」


 セレフィーナは、頁の右上に二つの分類番号を書いた。


 本人が持つ紙は一枚のまま、二つの束から参照できるよう、控え番号を付ける。


 原本は、責任者記録の束へ。


 記録保持の束には、同じ番号を書いた参照紙を置いた。


 処理漏れの余地は残さない。


 エステルが次の条項を引き寄せる。


『配慮を要する案件については、非公開記録または簡易記録とする』


「非公開指定者がありません。原本の保管先も、閲覧権限も、保存期限もありません」


 ノアが末尾を確認する。


「簡易記録へ切り替わった箇所で、起案者名まで消えています」


 彼は、記録番号欄の空白を爪で叩いた。


「決定者だけ追えない書式です。監査へ回せば、最初に差し戻されます」


 エステルが、条項の横へ書き込む。


『閲覧制限と記録省略を分離』


『原本・記録番号・起案者名を必須とする』


 記録保持の束が厚くなっていく。


 ルシアン殿下は、草稿の後半から一枚を抜いた。


『高位家、王家、神殿案件については、案件の性質に応じ、別途協議により手順を調整できる』


 指が「別途協議」で止まる。


「協議参加者に、本人と負担先が含まれていない」


 その下には、王都側判断による簡略化条項も続いている。


「王都側の判断者名もない」


 ルシアン殿下は、頁をセレフィーナへ渡した。


 セレフィーナは、上位側特例の束へ原本を置き、右上に赤い管理番号を記す。


 机の上には、四つの束と、それぞれを結ぶ参照紙が並び始めた。


 作業が半ばを越えたところで、ノアの手が止まった。


 彼は一枚の頁を、机の中央へ押し出した。


『本人負担への配慮または円滑な進行のため必要と認められる場合、家代表者による確認をもって本人確認に代え、記録を簡略化することができる』


 ミレイアが、本人確認の箇所を押さえる。


 エステルは簡略記録へ目を落とす。


 イレーネが、行末に責任者欄がないことを確認する。


 ノアは赤ペンを取り、頁上部へ太く書いた。


『全面禁止・即時削除対象』


 四つの分類束すべてに、同じ管理番号を書いた参照紙を置く。


 原本には赤い留め具を通し、四つの束の最上部を貫くように固定した。


 どの分類から見ても、最初に目へ入る。


 紛れ込ませることも、別の束へ移すこともできない。


「本人確認の代替。記録の簡略化。判断者名なし」


 ノアが行を追う。


「一文で三つ抜いています」


 ミレイアの指が、「本人負担への配慮」の文字で止まった。


「本人を外すための根拠に使えます」


 イレーネは、余白の費用欄を見た。


「この条項を使った後に増える現場作業も、記載がありません」


 エステルが記録管理欄を確認する。


「簡易記録へ変更した者の名も残りません」


 ルシアン殿下は、「必要と認められる場合」の主語を探した。


 どこにもない。


 セレフィーナは、新しい用紙を一枚引き寄せた。


 表題を書く。


『様式第七号 例外条項影響評価書』


 その下へ、四つの欄を置く。


『受益対象者』


『工数・費用負担移動先』


『省略対象手順』


『責任・記録変更内容』


 ノアが用紙を押さえた。


「受益対象者は、個人名または組織名。『関係各位』は禁止で」


 イレーネが続ける。


「負担移動先には、追加工数、待機時間、立替費用の見込みを入れてください」


 エステルは、最後の欄へ補足する。


「責任者名、原本保管先、記録番号の変更も記載対象にします」


 ミレイアが、本人確認代替条項の頁を見た。


「本人意思に影響する場合は、本人発言の原文も添付してください」


 セレフィーナは、用紙の末尾へ二つの署名欄を加えた。


『起案者署名』


『承認者署名』


 さらに、常設化案の総則を開く。


 整った本文の余白へ、赤ペンを落とした。


『例外規定を適用する場合は、様式第七号「例外条項影響評価書」の全項目を記入し、起案者および承認者が署名しなければならない』


 羽ペンが紙の繊維を削る。


『未記入、署名欠落、添付資料不足の例外適用は、効力を有しない』


 室内の手が止まった。


 ノアが、総則の追記と全面禁止対象の頁を見比べる。


「これで、照合欄だけ外して例外条項を使うことはできません」


 セレフィーナは、複合条項の原本を様式第七号の上へ重ねた。


 受益対象者の欄には、王都側調整者と家代表者。


 工数・費用負担移動先には、本人、当日実務担当、確認を補う家。


 省略対象手順には、本人確認と通常記録。


 責任・記録変更内容には、判断者名不明、起案者名省略。


 四つの欄が埋まる。


 赤い留め具で固定された『全面禁止・即時削除対象』の文字が、その上に残った。


 その後は、会話も減った。


 頁を抜く。


 管理番号を書く。


 四つの欄を埋める。


 空欄があれば赤い斜線を引き、起案者欄へ戻す。


 常設化案の各条項から、様式第七号への参照番号が伸びていく。


 深夜を過ぎるころ、整っていた草稿の厚みは崩れていた。


 頁の端から、赤い影響評価書が何枚も突き出している。


 本人確認代替条項。

 緊急時事後処理。

 簡易記録。

 上位側特例。


 どの但し書きにも、受益対象者と負担移動先を書く赤い用紙が留められていた。


 中央には、四つの束を貫いて固定された全面禁止対象の頁。


 セレフィーナは、総則へ加えた一文のインクを確認した。


 まだ乾いていない。


 美しく清書された草稿の側面から、赤い様式第七号が何枚も鋭く突き出している。


 開いたインク壺の周囲に、生臭い匂いが低くこもっていた。

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― 新着の感想 ―
あいまいさを残す根性がスゴイ で誰がやってるの?
赤いインクって生臭いのか。血かな?
無限ループのすごろくだね。もう、いいかな
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