第72話 親善という名の序列
夜の執務室に、昼の会合の続きをするための紙が積まれていた。
席次表。紹介順。ルベール家の紹介文案。フォルク家への所見。宿割。随行人員表。会合記録。
ばらばらの書類のはずなのに、机へ並べると、同じ手癖で書かれた文章みたいに見えてくる。
セレフィーナは、ルベール家の紹介文をいちばん上へ置いた。
やわらかい。親しみやすい。場を和ませる。
花でも飾るみたいな語ばかりが並ぶ。
その下へ、フォルク家の所見を重ねる。
確認業務に明るい。補助に有用。実務向き。
こちらは道具箱に貼る札のような言葉しかない。
「綺麗に分けていますね」
ミレイアが、フィオナの返答控えを差し出した。
「ここ」
細い指が一行を押さえる。
「『ご期待に沿えましたら幸いです』。正式な受諾前の文ではありません」
そのまま視線を落とす。
「もう、笑って引き受ける前提で書かれています」
ノアは会合記録を一枚抜き、宿割表の隣へ置いた。
乾いた紙の音が、静かな部屋に残る。
「こちらはこっちですね」
欄外の補記を示す。
「地方側より実務上の確認あり。詳細は持ち帰り再調整」
次に所見一覧を軽く叩く。
「有能。実務向き。ただし親善の顔には不向き」
ノアは淡々としていた。
「表紙を替えただけです」
それで十分だった。
前へ出す子。
後ろで数える子。
文句を言ったら、“少し尖っている”へ落とす。
書類ごとに書き方を変えただけで、やっていることはひとつだ。
ルシアンは王家公印の押された記録から目を離さなかった。
指先が、宿割の数字と会合記録の保留文を往復する。
「このまま通せば」
低い声で言う。
「王家が、地方への未計上労務を“善意の協力”として容認したことになる」
紙の端を押さえる力が強くなる。
「責任者を洗う。保留判断をした補佐も含めてだ。王家名義で、このまま進めさせるわけにはいかない」
やっと、その言葉が出た。
セレフィーナは小さく頷くだけにした。
慰める必要はない。今ほしいのは反省ではなく、落とし前の取り方だ。
机の上の紙を、彼女はもう一度並べ替える。
正面に近い席。
華やかな紹介文。
補助業務の未計上。
異議を“親善向きではない”へ変える記録。
全部つながっている。
「……親善じゃないわね」
ミレイアもノアも顔を上げた。
セレフィーナは席次表を指先で弾いた。
「笑う子を前に出して、嫌な顔をした子を外へ寄せる順番決めよ」
宿割表へ視線を滑らせる。
「そのうえ、裏方の仕事と赤字だけは、小さい家へ落とす」
会合記録の末尾を爪でなぞる。紙がわずかに鳴った。
「随分と上品な顔をした序列だこと」
ノアが静かに目を細める。
ミレイアはフィオナの控えを伏せた。
ルシアンは無言で、王家公印の横へ空いた余白を見つめている。
王都では、エステルに黙って引かせる運用を止めた。
ルシアンの名で、曖昧な負担を一人へ押しつけるやり方を容認しないと書かせた。
それでも足りなかった。
こちらへ届く途中で、同じ押しつけが別の名前に化ける。
断罪は親善へ。
悪役は不向きへ。
命令は協力へ。
だったら、次に切るのはこの変質を支える実務だ。
セレフィーナは赤インクの蓋を開けた。
金属の縁が小さく鳴る。
「“親善”という名の無料奉仕は、ここまでにしてもらいましょうか」
ペン先が赤を吸い、白い余白へ落ちる。
紙を削る、不快な音がした。
地方側より、宿泊費・待機人員・補助業務に関する会計上の重大な疑義が呈されたにもかかわらず、王都側判断により精査を保留。よって当該不備に起因する追加費用、運営上の支障、補助業務の増加は、保留判断を行った中央側の管理責任として記録する。
書き終えたところで、セレフィーナはペンを止めない。
さらに一行、深く食い込ませる。
地方側へ善意協力として再配分しないこと。
ノアが、今度こそ愉快そうに口元を歪めた。
「それ、向こうの帳場が泣きますよ」
「泣かせるために書いたのよ」
セレフィーナはあっさり言う。
「持ち帰った以上、逃げ道は塞ぐわ。保留したなら、その責任ごと抱えてもらう」
ルシアンがその赤字を読み終え、短く息を吐いた。
「……これで、不備が出た時に地方へは落とせないな」
「ええ」
セレフィーナは席次表を引き寄せる。
「整った顔のまま、本番へ出してやればいいのよ」
そして、その真ん中へ赤い線を一本、ためらいなく引いた。
「崩れるなら、王都の手元から先に崩れてもらうわ」




