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悪役令嬢にされる予定でしたが、先に舞台から降ります。【450万PV感謝】  作者: 星渡リン
第3部 第3章 親善という名の序列

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第71話 言いにくいことを言う人

 机に並ぶ真新しいインクと糊の匂いが、やけに鼻についた。


 宿泊割当、移動表、随行人員の控え、荷受けと名簿照合の手順書。どの紙も字は端正で、余白まで行儀がいい。だが、その無機質な香りの裏側に、誰かの労働を透明にして踏み潰す王都の正論が潜んでいる。


 実務調整会は、その綺麗な紙束を前に始まった。


「では、本日は皆さまのご協力を前提に、無理のない範囲で役割と費用の整理を進めたく存じます」


 王都側補佐の男は、よく通る声でそう言った。聞こえのいい声だった。そういう声で言われると、多くの人は反論の角度を一瞬見失う。


「宿泊につきましては柔軟に」

「随行人員に不足が出た場合は現場で補い合い」

「細かな確認は、実務に明るい家にお力添えを」


 柔軟に。補い合い。お力添え。

 紙の上では丸い言葉ばかりだ。その丸さのせいで、最後に誰が重みを持つのかが見えにくくなっている。


「確認よろしいでしょうか」


 イレーネが口を開いた。


 その一声で、室内の視線がゆるく集まる。イレーネは宿泊表の一角を指で押さえたまま、淡々と続けた。


「前泊が必要とされた家が偏っています。距離だけが理由なら他にも候補はありますが、こちらには『実務確認も兼ねて前日入りを』、あちらには『当日でも差し支えないでしょう』とあります」

 紙をめくる。

「待機人員の費用も同じです。『気づいた方が補う』のなら、最後は実務担当へ流れます」


 補佐の男は答えなかった。


 代わりに、隣に座る補佐へ目だけを流す。ほんの一瞬の苦笑い。

 ああ、またそれかとでも言いたげな、言葉にしない軽視だった。


「“皆で少しずつ”は、たいてい少ない家から多く取る言い方です」


 イレーネの声は低く、平らだった。


 誰かが茶器を置いた乾いた音が、イレーネの言葉を物理的に断ち切る鋭い音として室内に残った。


 今度も、誰も中身には返ってこない。


「言い方が少々きつく聞こえますわね」

 年長の婦人が扇を閉じながら言う。

「親善の席で、そこまで仰るのは」

「もう少し穏やかにお話しできれば」

「地方側の事情ばかり強く出されても、全体の流れがございますでしょう」


 費用の偏りは消えない。

 人手の不足も消えない。

 だが、今ここで処理され始めたのは数字ではなく、イレーネという声の方だった。


 評価という名の、洗練された絞め技。内容に触れず、ただ「場にそぐわない」という札だけを首へ掛ける。その手つきの鮮やかさに、セレフィーナは吐き気すら覚えた。


「やはり、場を和らげる方は必要ですわね」

 別の婦人が、何事もなかったように微笑んだ。

「ルベール家のお嬢様のような方が前にいらっしゃると、皆さまも安心なさるでしょうし」


 フィオナの名が、そこで持ち上げられる。


 イレーネは数える側。

 フィオナは和らげる側。

 その振り分けが、その場で自然なことみたいに置かれていく。


 ミレイアの手元の紙が、かすかに鳴った。握る力が強くなったのだろう。


 イレーネは引かなかった。


「安心なさるのは、どなたですか」

 その問いは、驚くほど静かだった。

「前に立つ家ですか。帳簿を持たない家ですか。それとも、後で赤字を埋める家ですか」


 補佐の男が、持っていたペンを机へ置いた。

 乾いた小さな音。

 議論はそこで物理的に遮断された。


「……本件は一度持ち帰りましょう」

 彼は穏やかな調子のまま言う。

「本日は全体の進行確認を優先しておりますので」


 逃がした。

 宿代の偏りも、人手不足も、未計上の補助業務も、全部まとめて「今日はそこまで詰める場ではない」の下へ押し込む。


 ノアが資料の端を二度叩いた。

 宿割表の欄外。随行人員表の余白。

 同じ筆跡の補記が並んでいる。あとで刺せる急所だと、黙って示すにはそれで十分だった。


 その時、ルシアンの指先が、王家公印のすぐ脇に並んだ数字をなぞった。

 宿泊費の配分、随行人員の不足分、未計上の補助業務。

 自分の名で出される書類が、これほど無様な計算の歪みを抱えたまま流れている。その屈辱に、彼の指が白くなる。

 口を開きかけたが、遅い。

 もうこの場は、数字の話ではなく「イレーネが感じの悪いことを言った」という形で畳まれ始めている。


 会合は、驚くほど穏やかに閉じた。


 感謝。再整理。持ち帰り。丁寧な確認。

 綺麗な言葉だけが机の上へ残る。


 人が立つ。椅子が引かれる。裾が床を擦る。

 イレーネは最後まで席を立たず、自分の前の資料を一枚ずつ揃えていた。角と角を打ち合わせる音が小さく続く。剃刀のように鋭く、狂いがない。


「有能ではありますけれど」

「親善向きではありませんわね」

「地方代表としては、少し尖りすぎでは」


 評価という名の、逃げ場のない檻。悪口なら言い返せても、この「忠告」を装った拒絶は、小さな家の喉元を静かに焼き切っていく。


 セレフィーナは何も言わず、イレーネが揃え終えた白い紙束を引き寄せた。

 端はあまりに真っ直ぐで、指を滑らせれば切れそうだった。

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― 新着の感想 ―
申し訳ないんですけど同じ内容を何度も文章を変えて繰り返されるだけ(なんならコピペで使いまわしにも見える)だと、ヒロイン側が怠惰な無能の集まりにしか思えないです。 作者様は「丁寧に」「丹寧に」伝えようと…
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