第69話 笑顔で並ぶ順番
会場の下見に使われる広間は、まだ人の声に温められていなかった。
高い窓から落ちる昼の光が、磨き上げられた床を白々しく照らしている。入口脇の長机には席次表と紹介順の控えが並び、その端正さがかえって癪に障った。手を触れなくてもわかる。これはもう、仮案の顔をしていない。
「本番と同じ位置でご確認ください」
王都側の補佐役が、よく通る声で言う。
セレフィーナは紙を受け取り、広間を見た。
すぐに鼻についたのは、並びの美しさだった。
王都寄りの家は、花の香りがいちばん届く場所へ置かれている。客の視線が最初に落ちる位置。紹介の声が最もよく響く距離。笑った時に、ちゃんと“場の顔”に見える並びだ。
その少し後ろ、給仕の動線と補助机のあいだへ、小領地の名が押し込まれていた。視界の端。けれど呼べばすぐ届く。立てば邪魔にならず、働かせるにはちょうどいい。
当日そこに座らされた者が、背筋を少しだけ縮め、肩の置き場を探すところまで、紙の上から透けて見える気がした。
イレーネのフォルク家は、まさにそこにあった。
正面から半歩外れた位置。補助書記に声をかけやすく、控えの受け渡しもしやすい。前へ出す気はないくせに、使う気だけは満々の席だ。
「ここ、確認がしやすそうです」
イレーネ本人は、あっさりと言った。
「進行表も補助記録も見えますし、地方側の控えも受け取りやすいので」
その無防備さに、セレフィーナは舌打ちしたくなった。
使い勝手だけを追い詰めた、家畜の繋ぎ飼いみたいな並びだわ。
少し離れた場所で、ミレイアが別の紙を見ていた。紹介文の控えだ。
彼女は一枚の前で指を止める。
「……こちらだけ、ずいぶん飾っていますね」
セレフィーナが寄る。
ルベール家。フィオナの家だった。
王都との縁も深く、明るく親しみやすく、地方と王都をやわらかくつなぐにふさわしい人柄。
他家の紹介文が役目と実績しか書かれていない中で、これだけがひどく甘い。最初から“笑わせるつもり”の文だ。
ミレイアは紙から目を離さず、低く言った。
「まだ返事を取りきっていない人の紹介文じゃありません」
その声は静かだったが、薄く刃が立っていた。
「もう、笑って頷く前提で書かれています」
ノアが席次表を横から覗き込み、喉の奥だけで笑う。
「親善って便利ですね」
指先で順番をとん、と叩いた。
「順番だけで序列が言える」
前に置く家。
泥を被せる家。
泥を拭かせる家。
この紙一枚で、誰が笑い、誰が働き、誰がその働きを“協力”と呼ばれて飲み込むかまで決めてある。神様気取りの事務屋が書いた、悪趣味な予言書だった。
ルシアンは王家側の席札の前に立ったまま、何も言わなかった。
だが、その位置から広間を見下ろした時の顔は、さっきまでと違っていた。
王家の席のすぐ脇に、誰が“場を整える顔”として置かれ、誰が“黙って働く手”として下げられているか。自分の座る場所のすぐ隣で、そんな振り分けが当然のように進められていたことが、ようやく皮膚へ届いたのだろう。
彼の指が、王家側の席札の端をきつく押さえた。
吐き気でも飲み込むみたいな顔だった。
遠くから補佐役が声をかけてくる。
「何か不都合でもございましたか」
セレフィーナは、席次表を見下ろしたまま答えた。
「いいえ」
そして、ゆっくり紙を閉じる。
「よく整っていると思っただけです」
嘘ではない。
整えたのだ。
誰が前で笑うと美しく見え、誰が後ろへ沈むと都合がいいかを。
ミレイアはルベール家とフォルク家の紙を並べたまま、口元をわずかに歪めた。
「綺麗ですね」
「何が?」
「分け方です」
彼女は言う。
「笑う役と、働く役が、喧嘩しないように最初から切り分けられている」
セレフィーナはその二枚を取り上げた。
片方には花を挿し、片方には帳簿を持たせる。
その手つきが、見えもしないのにありありと浮かぶ。
なるほど。
席はそのままでいいと思っているのね。
その並びが崩れなければ、あとは誰がどれだけ黙って引き受けるかだけの話だと。
セレフィーナは席次表を、長机の上へぱさりと放った。
静かな広間で、その音だけが妙に大きく響いた。
「“整っている”んですって」
口元に冷たい笑みが浮かぶ。
「なら当日は、その整った顔がどうしようもなく引き攣る様を見せてもらいましょうか」




