表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢にされる予定でしたが、先に舞台から降ります。【450万PV感謝】  作者: 星渡リン
第3部 第2章 地方へ届く押しつけ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

67/68

第67話 正しいことほど押しつけやすい

 磨き上げられた会議机が、今日はやけに眩しかった。


 地方合同親善行事の実務調整会。高い窓から落ちる昼の光が、中央に積まれた進行案と負担表だけを白く照らしている。椅子の脚が床を擦るたび、その音だけが耳の奥で嫌に長く残った。


 セレフィーナは、イレーネの斜め後ろに座る。

 ノアは壁際。紙も顔も、ついでに誰が誰を見ないことにしたかまで拾える位置だ。

 ルシアンは王家側の席にいる。口数は少ない。今日は最初から、場の空気を測り損ねまいとしている顔だった。


 王都側の補佐役が、柔らかな声で話し始める。


「本日は、各家の役割分担と補助的な負担について、無理のない範囲でご協力をいただきたく存じます。難しい点は柔軟に。何より、親善の気持ちを大切に進めてまいれればと」


 その言葉が終わる前に、セレフィーナは負担表を見た。


 案は綺麗に偏っている。王都側へ残るのは、見栄えのする名目と前へ出る役。地方側へ寄るのは、使者の再往復、補足確認、名簿修正、当日の差配、待機、控えの作成。どれも一つずつなら軽そうに見える。まとめれば、小さい家から沈む。


「皆で少しずつお持ちいただければ、大きなご負担にはならないかと」


 その一言へ、イレーネが顔を上げた。


「“皆で少しずつ”は、たいてい少ない家から多く取る言い方です」


 扇が、いっせいに止まった。


 イレーネは紙へ指を置いたまま続ける。


「この案では、使者の再往復と補足確認の取りまとめが地方側へ寄ります。大きい家なら人を回せるでしょう。ですが、小さい家は帳場と倉と使者の手配を同じ手で見ています」

 視線は補佐役へまっすぐ向いていた。

「“少しずつ”という語で同じ割合を載せれば、少ないところから先に苦しくなります」


 年長の婦人が、ふ、と笑った。


「あら」

 茶器へ手を伸ばす。

「このお茶、少し冷めてしまいましたわね」


 隣の婦人がすぐに扇を開く。


「本当。差し替えていただいた方がよろしいかしら」

「ええ、それと観劇の席の方も、今日中に決めておきたいですわね」


 露骨だった。


 反論しない。認めない。

 その代わり、会話の輪ごと別の場所へずらす。イレーネの言葉は、今この場に存在しなかったものとして処理された。


「まだ負担表が」

 イレーネが言いかける。


 補佐役が、その上からにこやかに被せた。


「その点は後ほど、実務担当同士で詰めましょう」

 もう視線は別の紙に移っている。

「今はまず、全体進行を整える方が先です」


 その瞬間、ノアの指先が資料の一点を二度、静かに叩いた。


 管理統括費 空欄


 あら。

 セレフィーナは心の中で笑った。

 あんなところに、自爆用の火種を残しておくなんて。おバカさんね。


 ノアはセレフィーナを見ない。だが、叩いた指先のいやらしさだけで十分だった。趣味の悪い宝物を見つけた時の顔を、あの男はこういう時だけ隠しきれない。


 ルシアンもその欄へ視線を落とした。口を開きかけ、結局閉じる。遅い。だが、見えていないわけではもうないらしい。


 王都寄りの家の若い当主が、袖口の刺繍をいじりながら言った。


「地方側の事情を丁寧に拾うことは大切ですが、あまり対立的に見えてしまうと」

「対立的」

 イレーネの声はむしろ静かだった。

「負担の偏りを確認しているだけです」


 婦人が、今度はもっとやわらかい声で口を挟む。


「実務をきちんと見る方と、場を繋ぐ方は分けた方がよろしいのかもしれませんわね」

 その言い方に、部屋の何人かがうっすら頷く。

「フォルク家のように実務にお強い家には後ろの整理を。前に立つ役目は、もう少し穏当に繋げられる方が」

 一拍置く。

「たとえば、ルベール家のお嬢様のような」


 出た、とセレフィーナは思った。


 後ろで数を数える家。

 前で笑う家。

 実務を持つ家。

 親善の顔を持つ家。


 配役表を机の上に広げたつもりなのだろう。


 イレーネの眉が、そこで初めて動いた。


「それは」

 言葉を探す様子もなく、はっきりと言う。

「負担を引き受ける家と、印象を受け持つ家を分けるという意味でしょうか」


 茶器の触れ合う音が、ひどく小さく鳴った。


「言い方が強いですわ」

 婦人の笑みが薄くなる。

「もう少し穏当に」

「……崩れますよ」

 イレーネは言った。

「今そこで、あなた方が笑っている間に」


 その一言のあと、誰もすぐには動かなかった。


 正しい言葉のたびに、王都側の誰かが不快そうに喉を鳴らす。

 案の中身ではなく、イレーネという声の方を“扱いづらいもの”へ仕分けしようとする気配が、机の上を這っていく。


 横で、エステルの奥歯が小さく鳴った。

 セレフィーナの耳にまで届くくらい、硬い音だった。


 あの子にもわかっているのだ。

 内容ではなく、響き方で人を切る時の手つきが。

 自分が何度それで削られかけたかを、身体が覚えている。


 結局、その日の会合は何も決めないまま閉じられた。


 表向きは穏当だった。議論は持ち帰り。確認事項は再整理。親善の気持ちを大切にしながら、丁寧に続けていきましょう、と。


 人が立つ。椅子が引かれる。裾が床を擦る。

 そして誰もイレーネを見ない。


 ほんの少し前まで彼女を相手にしていたはずの婦人たちは、資料を抱えたイレーネのすぐ横を、まるでそこに柱でも立っているかのように避けて通った。


「今夜の観劇、やはり二列目の方が」

「ええ、あちらの席は光がきれいですもの」

「ルベール家のお嬢様にもお声をかけておきましょうか」


 その会話には、イレーネの名前も、さっきまでの負担表も、一切出てこない。

 いないものとして扱う。

 その方が、悪口よりずっと手早く人を場から消せる。


 セレフィーナは振り向かなかった。


 少し離れたところで、イレーネが一人、資料の角を揃えている。

 一枚、二枚、三枚。

 乾いた紙の音が続く。


 その音の数だけ、セレフィーナの頭の中では手順が組み上がっていった。

 空欄の管理統括費。

 誰も引き受けると書いていない実務。

 “皆で少しずつ”の名で放置された負担。


 いいわ。

 なら次は、その綺麗な親善ごっこを、予算計上ミスとして記録に落としてあげる

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ