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悪役令嬢にされる予定でしたが、先に舞台から降ります。【第2部完結/400万PV感謝】  作者: 星渡リン
第2部 第6章 悪役のいない舞台へ

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第57話 新しい場の幕が上がる

 式場の扉が開く前の、この白々しい静けさが嫌いだった。


 花の置き方まで行き届いた美しさは、いつだって誰かに沈黙を強いてくる。整えられた場ほど、「ここでは波立てないでください」と無言で命じるものだ。


 だが今日は、その床板の下に別の仕掛けを埋めてある。


 セレフィーナは式場へ入るなり、まっすぐ記録机を見た。


 記録係が二名。新様式の束が整然と置かれている。進行表も掲示済みだ。保留の扱いも、提案者名も、根拠欄も、見えるところへ並んでいる。


 味気ない。

 だからいい。


 今日は、その味気なさで連中の喉を塞ぐ。


「記録係、配置済みです」

 学園側の実務係が報告した。

「確認手順も予定どおりに」


 神殿側の補佐の口元が、そこでわずかに引きつった。


 その苦虫を噛み潰したような顔を、セレフィーナは最高の肴として眺めてやった。もっと嫌がればいい。ここまでは、まだ紙の匂いしかしない。


 彼女は、会場全体を見渡せる席へ深く腰を下ろした。進行役の手元も、記録机も、神殿側の年長者たちの顔もよく見える。誰の口角が先に震えるかまで拾える席だ。


 少し先では、ミレイアがエステルとリリアの間へ自然に入っていた。


「順番どおりなら、先に確認が入ります」

 静かな声だった。

「答えは急がなくていいです」


 リリアが小さく頷く。

 エステルは式次第の控えを握りしめたまま、短く息を吸った。拳は白くなるほど強い。だが、その震えは逃げ出すためのものではなかった。


 そのまとまりの外側で、ノアが腕を組んでいる。

 視線だけがよく動いた。進行役、記録机、神殿側の席。どこで誰が順番を飛ばしたがるか、もう数えている顔だ。


 さらに奥では、一部の貴族と神殿側の年長者たちが、礼儀正しい笑みのまま忙しく目を走らせていた。記録机を見る。進行表を見る。エステルたちの位置を見る。露骨には動かない。だが、どこかで前の流れへ戻す隙を探しているのが丸見えだった。


 そこへ、ルシアンが入ってきた。


 視線が一度、記録机へ落ちる。次に進行役の前の紙へ向く。歩みは止まらない。そのまま王家側の席へ着いた。


 ようやく、あの顔で座れるようになったのかと、セレフィーナは思う。遅い。けれど、遅いまま逃げ続けるよりはずっとましだ。


 進行役が中央へ出た。

 紙を開く音が小さく響く。


「……なお、保留は不誠実と見なされず、そのまま有効な記録として扱われます」


 その一文が読み上げられた瞬間、会場に苦い沈黙が広がった。


 誰も反論しない。

 できないのだ。

 なのに、やけに重い。


 記録係がペンを構える。紙の擦れる音がした。神殿側の年長者の喉が、ひとつ乾いた音を立てる。学園側の補佐が、笑みを崩さないまま指先だけで袖口を直した。


 効いている。


 リリアの肩から、目に見えて力が抜けた。

 エステルは握っていた指を、今度は紙をめくるために開いた。

 ミレイアは何も言わない。ただその二人の横に立ち、必要な時にだけ言葉を差し込める距離を崩さない。


 会場の空気は、前と少し似ていた。


 明るすぎる光。

 整えられた椅子。

 人の目が集まり、誰かを役へ押し込みたがる、あの静かな圧。


 似ている。

 たしかに似ている。


 だからこそ、どこで化けの皮が剥がれるか見やすい。


 セレフィーナは肘掛けに手を置いたまま、まっすぐ前を見た。


 進行役が最初の名を呼ぶ。

 その声がどこでかすれるか。

 神殿の男の口角が、どの瞬間に醜く歪むのか。

 誰が最初に、整えた顔のまま順番を飛ばしたくなるのか。


 さあ。

 見届けさせてもらうわ。

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― 新着の感想 ―
一気に読んじゃった。みんな頑張れ! そう言えば誤字なんてあった? 凄い作者さん
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