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悪役令嬢にされる予定でしたが、先に舞台から降ります。【450万PV感謝】  作者: 星渡リン
第2部 第4章 その役は渡さない

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第51話 公開の場で言ってください

 合同調整会議の会場に使われた学園の中会議室は、ひどく座り心地が悪かった。


 声を荒らげれば壁に跳ね返る。けれど、小声で誰かと腹を合わせるには半端に広い。正面を向いたまま他人の顔色を盗み見て、無難なところへ話を落とし込むには、ちょうどいい嫌な広さだった。


 セレフィーナは席についた時から、その部屋が好きではなかった。


 卓の向こうには学園側の実務責任者と書記。隣に神殿側の調整役。関係貴族家の代理が左右に散り、少し離れた席にエステルとリリアがいる。ノアはセレフィーナの後ろ寄り、ミレイアはリリアの様子が見える位置に座っていた。


 始まりは礼儀正しかった。誰も高圧的ではない。むしろ皆、穏便で、丁寧で、よく気がつく人間の顔をしていた。


 それがいちばん厄介だった。


「では本日の確認事項ですが」

 学園側の責任者が紙を整え、口を開く。

「今後の行事進行をより円滑にするため、補佐役務の再調整と、人員配置の見直しについてご相談できればと存じます」


 来た、と思ったのはセレフィーナだけではなかっただろう。エステルの指先が一度だけ固くなり、リリアは膝の上で手を重ね直した。


「特に近頃は負担の偏りも見受けられますので」

 責任者はやわらかな声のまま続ける。

「より適した配置へ整えていければと」


 エステルを静かに外し、リリアを自然に前へ出す。

 まだ名は出していない。けれど、方向だけはあまりにもはっきりしていた。


「少々、お待ちください」


 セレフィーナが言うと、責任者の口が止まった。


 怒鳴る必要はない。ここで必要なのは声の大きさではなく、相手が曖昧なまま進められなくなる一言だった。


「その再調整は、誰の申し出で行うものですか」


 責任者が一瞬だけ目を泳がせる。すぐ横の神殿側の男が、貼りつけたような笑みを崩さずに口を開いた。


「誰か一人の申し出というよりは、皆さまのご負担と場の調和を考えた善意の調整でして」

「では」

 セレフィーナは相手の言葉が終わる前に続けた。

「記録に基づかない主観的な判断ということでよろしいですね」


 会議室の空気が、そこでぴたりと止まった。


 書記のペン先だけが、かり、と紙を引っかいた。


 学園側の責任者が咳払いを一つする。


「いや、主観的というわけでは」

「客観的な記録があるなら、その記録名を先に出してください」

 セレフィーナは言う。

「ないのであれば、善意による印象判断として扱うべきでしょう」


 神殿側の男の笑顔の端がわずかにひきつった。


「そこまで大げさな話ではございません」

「大げさかどうかは、決める前に確認することではありません」

 セレフィーナは視線を逸らさない。

「人の役目と立つ位置を動かす話です。曖昧なまま通してよい話ではないでしょう」


 責任者が襟元へ指をやった。苦しい時の癖なのだろう。指先が布を一度つまみ、すぐ放す。


「もちろん、ご本人方の意向を無視するつもりは」

「でしたら、先にそこを確認してください」


 短く切る。


「“ある程度話が通っている”という前提で進めるのはおやめください」


 書記はもう顔を上げなかった。ペン先だけが、先ほどよりはっきり音を立てている。その乾いた音に、責任者の視線が一度だけ吸い寄せられた。


 記録されるのが嫌なのだ。

 善意の調整のはずなのに。


 セレフィーナはそこを見逃さなかった。


「ヴァレニエ伯爵令嬢」


 名を呼ばれ、エステルが顔を上げる。


「あなたは、その役務整理を望んでいますか」


 会議室中の目が集まった。だが、前のように、それだけで押しつぶされる空気ではない。セレフィーナがわざと皆の前で聞いたことで、もうこれは内々の気遣いではなく、当事者の意思確認になっていた。


 エステルは姿勢を崩さなかった。


「私は辞退を望んでおりません」


 それだけだった。

 それだけなのに十分だった。


 責任者がすぐに何か言おうとしたが、セレフィーナは次の名を呼ぶ。


「セヴラン嬢」


 リリアの肩が揺れる。


「推薦について、現時点で受諾の意思は固まっていますか」


 リリアは口を開き、閉じた。横目でミレイアを見る。ミレイアは頷かない。ただ、ここで言っていいと伝えるように、静かに見返した。


 リリアは小さく息を吸った。


「私は……推薦をお受けするか、まだ決めておりません」


 今度は、神殿側の男が目に見えて表情を失った。


 書記のペンが走る。

 かり、かり、と乾いた音が会議室に響く。


 その音だけで十分だった。もう“自然な流れ”には戻れない。


 責任者が苦い顔で言う。


「その、まだ打診の段階ですので、そこまで硬く」

「打診の段階なら、なおさら結論を先取りしないでください」

 セレフィーナは言った。

「辞退でも了承でもないものを、そう読める形で議事へ乗せるのは不適切です」


 神殿側の男が笑みを貼り直そうとする。


「誰も、そのように乱暴なことはしておりません」

「でしたら、困りませんね」

 ノアが初めて口を開いた。

「今ここで、辞退でも了承でもないと明記しておけば済む話ですから」


 その一言で、責任者の指がまた襟元へ伸びた。


 セレフィーナはそこで、もう一歩だけ踏み込む。


「整えたいのでしたら、まず曖昧にしないでください」


 静かな声だった。

 けれど、部屋の隅までよく届いた。


「誰かを静かに引かせることでしか整わない場なら、その整え方の方を見直すべきです」


 返事はすぐには来なかった。


 窓の外では鳥の声まで聞こえそうなのに、部屋の中では書記のペン先だけがやけに大きく響く。責任者はもう、穏やかな笑みを保てていなかった。神殿側の男も、薄く開いた口をどう閉じるべきか迷っている。


 エステルはまだ席にいる。

 リリアも、まだ“未定”の位置にいる。


 それでよかった。


 大勝ちではない。

 胸のすくような派手さもない。

 けれど、今日この場で、勝手に話を流されて、勝手に席を失うはずだった二人は、まだここに座っている。


 まずはそれで十分だと、セレフィーナは思った。


 このあとの冷めた茶を飲み干すくらいの余裕は、もう見せてもいいはずだ。


 彼女は背もたれに深くもたれず、ただ指先で卓を一度だけ叩いた。


「続けてください」

 責任者へ向けて言う。

「今回は、本人不在の結論ではなく、確認の記録として」


 責任者は返事をするまでに一拍遅れた。

 その遅れだけで、今日ここで何が止まったのかは十分伝わっていた。

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― 新着の感想 ―
なんというかこう1/3くらいの分量で完結まで行けそうですね。 同じことを何度も何度も繰り返し視点を変えてるように見せて変わってない文体は作者様の癖でしょうか。 これは丁寧なのではなく冗長ですね 整えて…
面白いのに、冗長の体現がすぎるような。(´・ω・`)
寺山修司氏が『インテリは扇風機、その場で回り続けるだけで何処にもたどり着かない』って書いてたわ。 セレフィーナはゴルディアスの結び目を延々と解こうとしてるけど結び目を剣で切り解いたアレキサンダー大王…
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