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悪役令嬢にされる予定でしたが、先に舞台から降ります。【450万PV感謝】  作者: 星渡リン
第2部 第4章 その役は渡さない

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第50話 あなたも主役にならなくていい

 神殿に近い準備室は、明るくて、息が詰まった。


 白い壁に花が沿い、磨かれた床には窓の光が薄く伸びている。香油の匂いが少し甘すぎて、衣装の襟元まできゅうと締まっている気がした。


「リリア様が前にいてくだされば、場が整いますわ」


 婦人の声はやわらかい。

 やわらかいまま、逃げ道だけを塞いでくる。


 リリアは笑っていた。けれど、その笑みは口元に貼りついているだけで、頬には色がなかった。胸のあたりで呼吸が引っかかっているのが、少し離れた場所からでも分かる。


 ミレイアの足が、勝手に前へ出た。


「少し、よろしいですか」


 婦人たちはにこやかに頷いた。

 その視線を背に、ミレイアはリリアを準備室の脇へ連れ出す。


 人の気配が少し遠くなる。壁際の長椅子に腰を下ろすと、リリアは膝の上で指を組み直した。爪の先が白くなるほど力が入っている。


「前に立つのは、お好きですか」


 リリアはすぐには答えなかった。

 喉の奥で何かをのみ込んでから、かすかに首を振る。


「……得意では、ありません」

「端で動く方が落ち着きますか」

「はい」


 そこまでは、すんなり出た。

 その先で、言葉が止まる。


 ミレイアは急かさなかった。

 待っているあいだ、遠くで花器の触れ合う小さな音がした。


「……皆さんが」

 ようやく、リリアが口を開く。

「もう決まったことみたいに笑うんです」

 視線は自分の指先に落ちたままだった。

「私が断ったら、その笑顔を壊してしまう気がして……」


 そこで声が細くなる。


「こわいんです」


 その一言が、ミレイアの喉の奥まで刺さった。

 あの時、誰かに言ってほしかった言葉が、その痛みごとせり上がってくる。


 ミレイアはそっと手を伸ばした。

 握り込むのではなく、逃げなくていいと伝えるためだけの軽さで、リリアの指先に触れる。


「リリアさん」


 顔を上げたリリアの目が、少し揺れた。


「主役にならなくていいんです」

 ミレイアはゆっくり言った。

「立ちたくない場所に、立たなくてもいい。皆のために前へ出るのは、その人が出たい時だけでいいんです」


 触れた指先がぴくりと震える。


「やさしそうだから、とか。断らなさそうだから、とか。そんな理由で前へ押し出されなくていい」

 ミレイアは、今度は迷わなかった。

「嫌なら、嫌だと言っていいんです」


 リリアの肩が小さく、けれどはっきり震えた。

 唇が開いて、閉じる。もう一度開く。


「……っ、嫌、です」


 絞り出すみたいな声だった。


「期待に応えたくないわけじゃないんです。でも、あそこに立つって思うと……息が、できなくなるんです」

 目元が熱を持ったように赤くなる。

「そんなこと、言っちゃいけないと思っていました」


「言っていいんですよ」


 ミレイアは手を離さなかった。


「たとえ、少し場が止まっても。誰かが困った顔をしても。あなたが苦しくていい理由にはなりません」


 リリアは返事をしなかった。

 ただ、冷えていた指先がほんの少しだけ動いて、ミレイアの指を弱く握り返す。


 遠くから、準備を促す声がした。


 リリアはびくりとしたあと、その方を見た。すぐには立たない。小さく息を吸って、吐いて、それからもう一度だけミレイアを見る。


「……すぐには、うまく言えないかもしれません」

「ええ」

「でも、少し考えたいって……それくらいなら、言ってみます」


 ミレイアは何も言わず、リリアが自分の足で立ち上がるのをただ見つめていた。


 リリアは立ち上がり、乱れた髪を耳へかけた。

 さっきの笑みは戻っていない。代わりに、靴底が床を踏む音が、小さくひとつ鳴った。


 その手が離れる前に、もう一度だけ、ミレイアの指先をきゅっと握った。

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― 新着の感想 ―
物語が成立しなくなってきた感覚を追体験させてる???
もしかして読者はどんな反応するかの実験とかしてます?
何か同じ話がループしてて先に進まない?
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