第47話 穏便という名の再演
昼の喧騒が嘘のように、夜の小会議室には重たい静けさが沈んでいた。
王都屋敷の小さな卓を囲むように、紙が何枚も広げられている。エステルへの打診文、リリアに関する配置の控え、評価記録、費用帳簿、儀礼と学園行事の日程表。別々に届いたはずの書類なのに、こうして並べると最初から一人の手で引かれた線みたいに繋がって見えた。
セレフィーナは、その紙束を黙って見下ろしていた。
「……同じインクね」
低い声に、ノアが目を上げる。
「エステルを削ったそのままの手で、今度はリリアを真ん中に立たせる気だ」
「吐き気がするわ」
セレフィーナの指先が打診文の端に触れる。
破りはしない。ただ、押さえた場所だけがじわりと歪んだ。
向かいに座るミレイアは、膝の上で組んだ手に力を込めていた。少し離れた壁際では、茶を置いたリズがそのまま控えている。
「前みたいに、分かりやすい悪役は置かないんですね」
ノアが鼻先で笑った。
「誰も手を汚していない顔で、ちゃんと人だけ追い詰める。よく出来てる」
セレフィーナは答えず、配置の控えへ視線を移した。
祝福の場にふさわしい人選。場を和ませる配置。周囲が安心する並び。
書いてあるのは、聞こえのいい言葉ばかりだった。その一つひとつが、リリアの逃げ道を塞ぐために置かれていると分かるから、余計に腹が立つ。
ミレイアが顔を上げる。
「……あの顔を、喜んでいるなんて思いたくありません」
真っ直ぐな声だった。
「リリアさん、笑おうとしていました。でも、あれは嬉しい顔じゃない」
一度だけ息を吸う。
「あんなの、ただの悲鳴です」
セレフィーナは無言で茶杯を取り上げ、冷めた茶をひと息に飲み干した。
置き直した拍子に、白磁の底が卓へ硬く触れる。打診文を押さえる指先には、先ほどよりもはっきり力が入っていた。
その時、壁際にいたリズが静かに口を開いた。
「人は、大声で追い出されるより、やさしく居場所をなくされる方が、ずっと戻れません」
短い。けれど、その短さのまま鋭く、卓の上の紙束へ冷たい意味を差し込んだ。
セレフィーナはゆっくり息を吐く。
「ええ。怒る場所まで奪うのね」
打診文と配置の控え、そのあいだへ目を落としたまま言う。
「これを考えたのが学園だけとは思えない。祝福の席順、神殿側の都合、寄付の流れまで、綺麗に噛み合いすぎているもの」
「神殿ですか」
「少なくとも、あちらの顔色をうかがっている誰かはいるわ」
ノアが費用帳簿へ手を伸ばす。
「寄付金名簿と席次を重ねれば、何か出るかもしれませんね」
「出させるのよ」
セレフィーナはそう言って、手元の鉛筆を取った。
そして打診文の余白へ、紙が裂けるかと思うほどの筆圧で一本、横線を走らせる。
受理せず。
黒い線が、相手の用意した穏便な筋書きを力任せに断ち切った。
ミレイアが息を呑む。
ノアの口元が、わずかに吊り上がった。
「ノア」
「はい」
「この拒否回答を、明日の朝までに公文書の形へ整えて。理由は嫌味なほど正確に。学園側が今後二度と『配慮』を便利な道具に使えなくなるくらい、丁寧に潰すの」
「承知しました」
「それと、神殿の寄付金名簿、祝福式の席次表、ここ三年の会計記録も全部。突き合わせるわ」
セレフィーナは立ち上がった。
卓の上にはまだ紙が散っているのに、その目だけはもう次を見ている。
「この拒否回答、いちばん見られたくない場所へ叩きつけるわ」




