表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢にされる予定でしたが、先に舞台から降ります。【450万PV感謝】  作者: 星渡リン
第2部 第2章 拍手のない見直し

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/81

第43話 拍手のない見直し

 王都屋敷の会議室は、その日、朝から紙で埋まっていた。


 学園の選定基準、儀礼接続の文書、費用帳簿、議事録、控え。

 どれも静かで、整っていて、一見すればただの事務仕事にしか見えない。


 けれどセレフィーナには、こういう机の上の方が、舞踏会の大広間よりよほど性質が悪く見えた。


 彼女は文書を一枚引き寄せるなり、赤線を走らせた。


「……『柔軟さ』と『相応しさ』」


 赤鉛筆の先が、紙の上で短く鳴る。


「この二語だけで、何人舞台から落としたのかしらね。言葉じゃないわ。首輪よ、こんなもの」


 向かいのノアが覗き込み、喉の奥で笑った。


「朝から容赦がない」

「今さら優しくする相手でもないもの」


 別の議事録を開く。

 余白に残った古い一文を、セレフィーナは爪先で弾いた。


「三年前の秋、音楽会の補佐役から外された子爵令嬢。理由は?」

「“協調性に難あり”」

 ノアは即答した。

「記録された失敗は、ほぼなし」

「でしょうね」


 セレフィーナは鼻で笑う。


「失敗がなくても使える言葉だもの。便利な首輪だわ」

「便利ですね。曖昧なまま、人だけはちゃんと締まる」

「なら今度は、締める側の首に札を下げさせる」


 机の向こうで、エステルが帳票を並べ替えていた。紙の角はいつもどおり揃っているのに、指先が少しだけ強く紙を押さえている。


 セレフィーナは紙束を分けた。


「すぐ叩きつけるもの。まだ伏せるもの。……それと、あいつらが一番嫌がる場面で突き出す毒」

「分類名がもう穏便じゃないですね」

「穏便な運営の結果がこの紙でしょう」


 エステルが一枚差し出す。


「評価欄です」

「見せて」

「このままでは、事実と陰口が同じ場所に残ります」


 声は落ち着いていた。だが、紙を持つ指の節が少し白い。


「不備の記録と、“場を硬くする”のような感覚語が並んでしまう。後から都合のいい方だけ拾われます」


 セレフィーナは頷いた。


「なら、所見を書いた人間の名前を必ず残す」

 紙を指で叩く。

「陰で人を削るのが好きな連中に、署名入りでやらせるのよ。途端にペンが重くなるわ」

「所見欄ごと消した方が早いのでは?」

 ノアが言う。

「消したら別紙へ逃げるだけ。逃げ道から先に埋めるの」


 エステルが小さく息をのんだ。


「……そうするのですね」

「何を?」

「言葉を、です」

 彼女は慎重に続けた。

「私はずっと、“危険です”と言って終わっていました」

「今日は終わらせないわ」

 セレフィーナは即答する。

「危険だと見えたなら、次は誰が困る形にするかまで進めるのよ」


 ノアが書類を持ち上げた。


「つまり、これ全部やるんですね」

「ええ」

 セレフィーナは視線を上げる。

「あいつらの大好きな曖昧な逃げ道を、事務的に埋め立てるの。費用も評価も推薦も、甘い汁を吸ってきた連中ごと一枚の紙に引きずり出す」

「嫌がるでしょうねえ」

「その顔が見たいの」


 エステルが次の紙を差し出した。


「“臨時”も、そのまま通してはいけません」

「いいところに気づくわね」

「気づいていました。ずっと」

「そうだったわね」


 セレフィーナは短く書き込む。


「理由のない“臨時”は、ただの穴よ。塞ぐわ」

「かなり効きますね」

 ノアが笑う。

「今までふわっと飲み込ませてきたものが、急に歯に引っかかる」


 控えめなノックがした。


「入って」


 リズに続いて、ミレイアが入ってくる。抱えている写しの束は厚く、指先にうっすら紙の粉がついていた。席につくと、自分の手を一度きつく握り、それから紙を抜き出す。


「お邪魔でしょうか」

「いいえ。何か掴んだのね」

 セレフィーナが言うと、ミレイアは頷いた。


「昨年の神殿の祝辞を、控えまで全部見直しました」

 少し掠れた声だった。

「一つだけ、どうしても引っかかる言い回しがあって」


 彼女は一文を指差した。


「“祝福にふさわしい落ち着き”です」


 その一語を口にする時だけ、指先がわずかに震えた。


「この“ふさわしい”だけ、妙に冷たいんです。句読点の打ち方も、祝辞にしては変で……人を誉めるための言葉じゃなくて、枠にはめる時の言い方に見える」

「誰の文書?」

 ノアが問う。

「ラドフォード書記司祭の名で回ってきた祝辞でした」

 ミレイアは急いで続ける。

「断定はできません。ただ、この人の書く“相応しさ”だけ、少し血の匂いがします」


 ノアが紙を受け取り、さっきまで指で遊ばせていたペンを止めた。


「……なるほど」


 低い声だった。


「それは嫌な違和感ですね。偶然で済ませるには癖が強い。ラドフォード本人か、その周辺が文言を流している筋はあります」

「やっぱり」

「ええ。証拠には遠い。でも、掘る価値は十分ある」


 セレフィーナはミレイアを見た。


「よくここまで漁ったわね」

「目が痛いです」

 ミレイアは正直に言った。

「でも、見過ごしたくなかったので」

「それで十分よ」


 ノアが修正案の束を軽く揺らす。


「これ、かなり効きます」

「効かせるわ」

 セレフィーナは答える。

「向こうはまた穏便な顔で止めに来るでしょうけど」

「静かに手を引く相手じゃありません」

「知っているわ」


 セレフィーナは赤線の入った紙をそろえた。


「見直しはする。でも、机の上で始めただけで終わらせる気はない」


 ノアが、そこで封筒を一枚取り出した。

 セレフィーナはそれを見て、すぐに目を細める。


「……広報官室に流すつもりね」

「おや」

 ノアが笑う。

「もうバレてましたか。先ほど“誤配”を済ませてきたところです」

「やっぱり」


 セレフィーナは封筒を受け取り、重みを確かめるように指先で叩いた。


「王家の広報官室。情報の扱いが雑で、しかも噂好き」

「午前のうちに滑り込ませれば、午後には王都中が“選定基準がずいぶん曖昧らしい”って話で持ち切りでしょうね」

「茶会の主役たちが、自分たちの“相応しさ”が笑い種になっていると知るわけね」

「ええ。穏便な運営の予定が、ずいぶん賑やかになる」


 セレフィーナは薄く笑った。


「いいわ。あの曖昧な盾、ただの飾り板だと教えてあげましょう」


 窓の外で、王都の鐘が低く鳴った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ