31 OPERATION:ROCK BREAKER「陽動作戦」
「OPERATION:ROCK BREAKER」
央暦1969年6月27日
北部藩 石射飛行場
葦原政府空軍第5航空師団第508連絡飛行隊
川端“ロック”六助大尉
連絡飛行隊。
重要な人員を速やかに送り届ける非常に重要な部隊。
加藤隊長からはそう聞いていたが、現実は違った。
この僕ひとりしかいない部隊は、自由な空のない牢獄だった。
隊を失い、機体すら失った僕は神機隊から外され。
代わりに送られたのが、この飛脚飛行隊だった。
高級将校の足となって葦原各地を飛び回る、退屈な日々。
そして地上に降り立ち、機体の点検中に響くラジオの声を聞く度に。
僕は苛立った。
「夷俘島にて無駄な抵抗を続ける幕府。本日も空軍は飛来した戦闘機100機を
撃墜し、大勝利を収めたとの事です」
大嘘だ。
今の時代に100機もの戦闘機をかき集めるのは、いくら幕府ほどの財力があっても不可能に等しい。
第一、幕府を夷俘島に追い詰めたはずの葦原空軍が、なぜ毎日のように防空戦闘をしているのか。
本当に優位にあるのなら、撃破するのは飛来した戦闘機ではなく、屋岸に建てられた五稜郭。
幕府勢力そのもののはずだった。
しかしどうだ。屋岸上陸の話は一向に聞こえてこない。
それどころか、超帝国やマランス合衆国と対峙している西南の部隊に属している将校が続々と奥葦原に到着している。
この状況を見れば、報道の嘘は明白。
葦原軍は夷俘島を攻めあぐねているのだ。
恐らくは、あの蒼い機体の神兵……彰義隊隊長、チェイスのせいで。
あの異物が、戦の流れを変えてしまった。
もっと早く終結し、犠牲者が少なくなるはずの戦を。
しかし。もはや僕はこの戦に関わる力を失ってしまった。
僕の翼はリールランドの最新モデルではなく、訓練生時代に乗っていた蒼鷹。
それも、数少ない武器である13ミリ機銃の代わりに鉛の塊を置いた純粋な連絡機。
確かにこの石射飛行場は、空軍にとって最前線だ。
これより北にある葦原軍勢力下の飛行場は先湊海軍基地だけ。
夷俘海峡の目前にある危険な基地に空軍戦力が置かれるはずもない。
葦原軍の空軍戦力、厳密には東征空軍はこの田んぼのど真ん中にある飛行場に集結していた。
「おーい、若いの! 悪いが、こっちも手伝っちゃくれんかね?」
こんな田舎基地には町すらない。
何もすることがない僕は、暇な日はどこかの手伝いをして過ごしていた。
特に、蒼鷹の整備は手慣れてしまった。
ここ数週間はずっとこの機体に乗っているのだから。
「気を付けてくれよ。この機体はな、基地司令の連絡機なんだ」
そう言うと、機付長は機銃の弾倉を開いた。
この赤いラインが入った機体は、僕が乗る蒼鷹と違って13ミリ機銃を積んでいるらしい。
さすが、最前線の基地司令といったところか。
僕は風防のロックの確認をしていると、突如としてスピーカーから警報音が鳴り響いた。
「全機、武装して出撃準備! 完了次第空に上がれ! 高射隊は臨戦態勢!」
僕は反射的に風防のロックを解除して、コクピットに飛び込んでしまった。
「空襲⁈ いったいどこから来たんだ⁈」
「四の五の言わず乗り込め! もう来るぞ!」
「全機対空装備! 増槽はいらねえ、とにかく燃料注げ!」
全機に対して出撃命令が下った。
それはつまり、武装が可能なこの機体にも出番が回ってくるというわけだ。
僕は咄嗟に、置かれていたヘルメットを被り酸素マスクを装着した。
魔が差したというには、頭は冴えていた。
この状況に乗じて、僕は再び翼を手に入れられるのではないか。
そう考えてしまった。
「おいあんた……いや、司令は基地から離れられん。兵装を積む、頼むぞ!」
機付長の言葉にうなずくと、僕は機体の始動手順を始めた。
徹底的に覚え込んだ動きだ。頭ではなく体が完璧に整えてくれる。
機付長達がミサイルを主翼に積み、機銃弾も装填してくれた。
「よし、タービン回せ!」
圧縮空気がエンジンに送風され、電気系統が動き出した。
「こちら第13飛行隊6番機、現在我々は幕府軍機より追尾を受けている」
すると、味方の言葉が通信機から響いた。
幕府軍機からの追尾。
味方のすぐ背後にいて、攻撃しない理由がわからない。
ひとつ確かなのは、味方の危機が迫っている事だけ。
彼らを助けるには、まず機体を飛ばさなくては。
諸条件が整い、エンジンが始動した。
「下がって!」
みんなに警告し、エンジンの出力を増大させる。
ごっとジェット気流が生まれ、格納庫のあらゆるものを吹き飛ばしながら、僕は外へ飛び出した。
その勢いのままエプロンへ。
周囲の空を見渡すと、件の味方機らしき姿が目に入った。
背後には小さな影、幕軍の戦闘機も見える。
「これより、本機は右に旋回する。その隙を突いてくれ」
「だが、そっちはどうする! 撃たれるぞ!」
「覚悟の上だ、やってくれ!」
「諦めるな! お前らは部品を満載してるんだぞ!」
機体の整備・修理のために必要な部品。
そういえば整備の人たちが足りていないとボヤくのを、何度か聞いていた。
このままでは仲間の命が失われるだけではない。
飛行場に駐機する空軍戦力にも影響が出る。
「そのまま降りて来い」
「あんたは……誰だ⁈」
「信じろ。後ろは僕が対処する」
「……わかった! 頼むぞ!」
エプロンを抜け、誘導路へ進入する。
ATCの指示を待つ暇はなかった。
「こちら黄3、誘導路に入った奴がいる……馬鹿な、練習機で出るつもりか?」
「石射基地ATCだ! 誘導路に入ったのは誰だ! 許可は出してないぞ!」
「貸せ。こちら、岸岳茂実少佐。現在離陸中のパイロット。
5秒以内に所属を明かさねば敵機と判断し、撃墜を命じる」
滑走路に入ると、動翼のチェックを行う。全て問題なし。
「508……第7航空師団第37飛行隊、紅9。ロック」
「神機隊の生き残りか……いいだろう紅9、離陸を許可する。
派手に命令を逸脱したんだ、犬死に出来ると思うなよ?」
ドスの効いた声をした少佐が離陸を許可した。
エンジン出力を最大にし、滑走を始める。
既に輸送機は着陸体制に入り、後には引けない状態となっていた。
恐らく敵は、着陸したところを撃つつもりだ。
そうすれば墜落した輸送機の破片が散らばり、滑走路はただ爆弾を落とすよりも使えない状態になる。
レーダー網を探知されずに低空飛行で突破し、居合わせた輸送機を盾に肉薄する。
もしや、あいつかと思ったが……
「違う。あいつじゃない……」
あの蒼い機体、僕が追い求めるみんなの仇ではない。
落胆したけれど、目前の戦いから抜けるほどではない。
VRに到達し、地上を離れる。
すると着陸のために下ろされた輸送機のギアが目前にあった。
「うああああっ! ぶつかる!」
大丈夫、当たらない。
高度15フィートで水平飛行して速度を稼いでいると、風防の真上を車輪が掠めた。
続いて、目前に敵機が現れる。
銀ダラの旭光。
やはり、あの蒼い機体ではない。
一瞬だけ見えた敵の表情は強張っていた。
その顔目掛け、引き金を引く。
輸送機に喰らい付いていた1機が制御を失い、滑走路脇に崩れ落ちる。
もう1機も僕の出現に驚いたのか、旋回して離脱した。
「今だ! 防空隊攻撃開始!」
そこに地上部隊の援護が加わった。
対空機関砲が攻撃をはじめ、敵の旭光をズタズタにした。
「紅9、聞け。敵部隊は東より接近中。奴らは奇襲を諦め、
レーダー網を破壊している。報告は遅れる、覚悟しておけ」
滑走路へと視線をやる。
輸送機の着陸は無事に行われ、現在は誘導路へと向かっている最中だった。
他の誘導路には出撃準備を終えた戦闘機の群れが見える。
「敵部隊、数4。間もなく射程圏だ。準備しろ」
少佐からの合図。東へ視線をやると、敵機の影が見えた。
まだ味方の離陸は終わっていない。僕だけで対処する必要があった。
「第3防空隊の総員に通達! 今上がった大馬鹿野郎は絶対に撃つな!」
「あんな目立つ機体、見落とすわけありません!」
機体を東に向け、誘導弾に魔力を送り込む。
わずか2発しかない虎の子だが、温存して死ぬつもりはない。
死ぬとしたら、隊のみんなを奪った神兵と差し違える時だけだ。
陽光の誘導装置が敵機の熱を捉えた。
1発、遅れてもう1発。
僕の攻撃とほぼ同時に幕軍も撃ち、急旋回を始めた。
背後を向けてミサイルから逃れる一般的な戦術。
僕にはその隙を埋めてくれる味方がいない。
相手と同じ戦術をすれば包囲される。
誘いに乗るつもりはなかった。
熱囮を撒きながらバレルロールし、回避と撹乱を同時に行う。
推進剤が残ったままの陽光が頭上や真下を過ぎ去り、風防が熱で白く濁った。
「なんだ今の⁈」
「あの野郎、教育受けてないのか⁉︎」
「やっちまえ!」
互いのミサイルは当たらなかった。
状況は背中についたこちらの優位。
機銃用FCSを起動させ、照準器を働かせる。
狙うは旭光の背中。
同じ世代のエンジンを持つ機体に追いすがるのは難しくなかった。
最初の1機目に照準し、発砲。
ラダーとエレベーターが脱落し、制御不能になって墜落する。
次に目についたのは、僕を振り切ろうと失速寸前の速度で無理に旋回する機体だった。
「紅9罠だ! そいつを追うな!」
これは敵のミスではない。残りの2機が僕の背後に回ろうとしている。
誰かを狙う敵ほど、当てやすい的はいないというわけだ。
命懸けの囮だ。腐敗幕府の軍人にしては、覚悟だけは出来ているようだ。
どうせならそのミサイル、使わせてもらおう。
出力最大、失速寸前の機体を素通りする。
「やられた! オーバーシュートだ!」
僕が失速した機体を追い抜くのとほぼ同時に、後ろの機体が陽光を発射した。
即座に上昇し、ミサイルと僕の間に敵を収める。
ただ愚直に熱源を追尾する陽光。彼に最も近い熱源は、僕ではなくなった。
同士討ちが発生し、失速した旭光がミサイルに貫かれた。
「今の見えたか⁈ 敵の誘導弾を利用しやがった!」
「あり得ないっ、どうして誘導弾が来るとわかったんだ⁈」
動揺したとは思うけれど、僕の不利は変わっていない。
旋回して西に向かい、降下して速度を稼ぐ。
「なるほどな……紅9、敵はまだ背後にいるぞ。
防空隊に合図する、喰われるなよ」
少佐の誘導は頼りになる。多分僕の考えを理解してくれているんだろう。
遠慮なく降下し、敵を引きつける。
高度2500。機首を上げて水平に戻し、射線を避けるため大きく右旋回する。
「防空隊、攻撃開始!」
対空機関砲と地対空ミサイルが迎撃を始めた。
機関砲はもちろん、地上の電信柱のような誘導弾はレーダー誘導だ。
特定の目標を誘導可能で、密着していなければ誤射の可能性は低い。
防空網のど真ん中に突っ込んだ2機はあらゆる攻撃を受けて木っ端微塵になった。
「こちら黄2、輸送機が道を開けた。これより離陸する」
「紅9、聞こえるか? 間もなく私の部下をそっちに上げる。
滑走路が落ち着くまで、空中待機していても構わないが……
まだ降りる気はなさそうだな」
燃料は十分、機銃の残弾は90%。
まだこの機体は敵を殺すことが出来た。
敵が来る東の空を睨む。
遠くに見える渓谷に、黒い点が浮かんでいた。
「おい傭兵ども! 暗号を忘れたのか、応答しろ!」
その時、通信機が奇妙な交信を拾った。
傭兵。葦原のように美しい国が、そんな穢れを持つことはない。
いるとすれば、あの腐敗した幕府。
奴らは堂々と傭兵を募集していると聞く。
これは、幕軍の交信だ。
奇襲に失敗したことに、第3波の敵は気付いていないんだ。
「まさか、全滅したのか? ……全機、爆弾を投棄!
こうなれば敵の直掩を殲滅し、機銃掃射で基地能力を削る!」
それにしても、暗号通信を忘れたと思って平文で通信するとは。
やはり奴ら、能がない。
「黄2から4。離陸に成功。ヘイズ、紅9はどうすればいい?」
「そうだな、指揮する必要はない。適当に合わせるだろう」
新しく上がってきた連中のそばを飛び、東の幕軍と対峙する。
シルエットはさっきまでの旭光とは違う。
幕府軍が採用したばかりの五式打撃戦闘機、合衆国のものだ。
第一世代の旭光とは役者が違う。
オーグメンターを持つ双発エンジンに、多くの搭載能力。
パニッシュほどではないが、強敵だ。
オーグメンターを持たないこちらは、事前に速度を稼がないと不利だ。
最大出力で加速し、黄色連中の前に出る。
「おいバカ、自重しろ!」
「いや、好きにさせろ。この程度で死ぬタマなら、その程度だ」
「ヘイズ正気か⁉︎ 自殺行為だぞ!」
徐々に彼我の距離が縮まり、体感的に陽光の射程圏内に入った。
「突出する敵、誘導弾なし!」
「猪武者か! あいつから始末しろ! 引きつけてから撃て!」
主翼から炎が迸ると、光と雲がにじり寄る。
数4、半数の敵機がミサイルを発射していた。
出力を下げ、熱囮を撒きながら降下しつつバレルロール。
「回避!」
「進路維持! すべてシーカーの範囲外だ!」
僕のすぐそばを通過したミサイルは、探すべき熱源を見失って地上の田畑に突き刺さっていく。
「俺達を意識しつつ、ミサイルをかわした……? 人間業じゃないっ」
出力を再び最大にし、上昇して敵集団に食らいつく。
敵の先頭、一番槍。
そこを挫くのが、最善手に思えた。
「こいつっ……!」
発砲し、機首とインテークを破壊しつつ通過。
間もなくその機体は炎上し、錐揉み降下を始めた。
「全機、誘導弾を撃て!」
「紅9に当たるぞ⁉︎」
「奴なら当たらん、やれ!」
撃墜後、垂直上昇して敵の上を抑える。
途中、後方で黄色がミサイルを発射したのは見えたけど……シーカーの捕捉範囲外だ。
何機かミサイルが敵を喰っていったが、外れたそれは僕のずっと下を過ぎ去って行った。
垂直上昇で速度はぐっと下がり、やがて機体は下へと落ちていく。
推力に頼らず、尾翼と動翼の動きで機首を真下へやる。
そこは無傷の黄色とミサイルで大きく被害を受けた敵の乱戦になっていた。
状況は言うまでもなく黄色が優位。
でも、このまま指を咥えて眺めるつもりはない。
1匹でも、武士を駆除しなくては。
新しい世の障害になる、愚劣な生き物を減らさなくては。
最大出力で垂直降下し、目標を見定める。
追尾中の黄色を追い掛ける、卑劣な武士。そいつに機動を合わせた。
「飛行頭の仇を討つ! 持ち堪えろ!」
距離は徐々に縮まり、HUDが照準器を浮かび上がらせた。
速度は550ノット。
完全な速度超過で、機体の節々が悲鳴を上げていた。
やはり、パニッシュのようにはいかない。
それでも今あるのはこの機体だけ。
この機体で、殺す。
13ミリ弾が五式のコクピットから尾翼まで、隅々まで貫いた。
火だるまになった機体はそのまま地上へと吸い込まれていく。
そこで戦いの決着がついた。
「紅9! 上昇しろ!」
言われるまでもない。
エンジン出力を10%に、エアブレーキを展開して最大限の上昇を行う。
やはり、機体構造がこの高速域を考慮されていない。
どれほど操縦桿を手前に倒しても、機体は全く上を向かない。
高度はどんどん下がる。
5000、4000、3000……2000。
ここでようやく機体の降下が止まった。
水平飛行に戻り、機体の状態を確かめる。
加速度計の数値は明らかに許容限界を超えていたが、こればかりは仕方がなかった。
「……こちらの人的被害、および敵影なし。ミッションは成功だ」
少佐の声を受けて、僕は周囲を見渡す。
周囲を飛んでいるのは黄色。
主翼に特徴的な突起がある、見た事のない機体だけ。
そのうちの1機が僕に寄ってきた。
確かさっき武士に追われていた奴だ。
「紅9。こちら黄2、凄い垂直降下だったが、無事か?
さっきは助かった。ありがとう」
黄2、とはいえ2番機とは限らない。
通信回線越しで定かではないけど、同年代のように聞こえた。
礼を言われても、僕はただ武士を殺しただけ。
特に言うこともない。ATCから着陸許可が出るまで待つとしよう。
「無線機の故障か? 応答してくれ」
図々しい男だ。僕は手信号で問題ない、とだけ告げた。
「……無口な奴だ。それはいいとして、さっきの飛び方はなんだ?
あんなの自殺行為だ、到底許容出来ないぞ」
どうやら、図々しいだけでなくお節介でもあるようだ。
こういう人間は神機隊にもいた……そう、いた。
そんな善き人々を、あの蒼い機体の神兵は奪ったんだ。
「……誰か! 今度こそ聞こえるか⁉︎」
誰かが平文で大声を出していた。
不安定な交信だから、基地にはまだ届いていないだろう。
「こちら第21飛行隊、そちらの所属を名乗れ」
黄2が代わりに返答した。
すると名も知らぬ声の主は大きく息を吐いた。
「よ、よかった……! 緊急事態だ。先湊が陥落した!
こちら陸軍第5師団! 繰り返す、先湊が陥落した!」
「そんな馬鹿な。連絡もさせずに、あの規模の基地を落とせるはずがない」
「幕軍の神兵! あのイカれ野郎が、全部ひっくり返しやがった!」
あの男。
やはりあの男は、新しき世の。新世界の障害になるようだ。
殺さなければ。
僕はその決意を強く固めた。




