32 酉作戦:甲「The Demon of the IFu」
央暦1969年6月27日
松後藩 松屋隧道
松屋隧道。
葦原本州と夷俘島を結ぶ隧道である。
しかし隧道でありながら、人工物ではなかった。
この隧道の歴史は1000年前、武士という存在の黎明期にあった。
当時は魔物の根絶など到底考えられない時代であり、外国では冒険者が謎多き迷宮を探索し莫大な富を得る時代であった。
松屋隧道はこの時代に見つかった地下迷宮のひとつであった。
奥葦原を度々悩ませた魔物たちがこの巨大な隧道から出現する姿が確認され、朝廷によって征討命令が下された。
これが後の世に残る夷俘征討。
葦原と夷俘島の、歴史上において初の接点であった。
夷俘征討で松屋隧道の掃討、開拓を命じられた征夷大将軍。
後の大和幕府将軍となる役職が、60年代にはこの地を最後の拠り所とするとは。
歴史とは皮肉なものである。
話を松屋隧道に戻そう。
征夷大将軍率いる東征軍は松屋隧道に巣くう魔物を見事駆除し、隧道の反対側である夷俘島を発見した。
松後藩からもその姿を確認されていたが、果ての海から漂うはぐれ雲によって分断されていた未開拓地である。
隧道から魔物を根絶し、通行を確立したとなれば。
この新たなる土地は朝廷や武士たちが求めていたものだった。
葦原側に城を築いて拠点とし、徹底的に隧道の調査がなされた。
全幅・全高20メートル、全長70キロメートルの正確な直線。
地球の21世紀時点ですら実現不可能な、超巨大海底トンネルである。
その広さは葦原側も完全に持て余し、開拓初期は隧道の一定区間に宿場町が築かれ、時代を経て鉄道が一般的になると4つの鉄道用レールが敷かれた。
ここまでしてようやく、夷俘島という巨大な土地の開拓が進みだした。
それ以前は夷俘島の厳しい気候や魔物の襲撃によって、あらゆる開拓計画が頓挫していたのだ。
そして、1969年。
この内戦においては松屋隧道は両陸軍が睨み合う、海の下の最前線となっていた。
「大尉! 最前線から報告、幕軍に動きあり!」
「ほう。ここを突破するつもりか?」
「いえ……どうも、奴ら撤収しているそうです」
不可解な話ではない。
しばらく地上に出られていないが、幕府軍の不利は明白。
もはや進撃叶わぬと見て松屋隧道を諦め、侵攻が間近に迫っているであろう五稜郭の守りに回したのではないか。
さぞ、このような暗い場所に押し込まれて不自由していただろう。
自分だってそうだ。
士気は著しく低く、すぐにでもこの暗闇から脱出したがる。
だとすれば、前に出たもん勝ち。
進めば進むほど武名が高まるボーナスステージだ。
大尉は皮算用をして、決断した。
「総員、装備を整えろ! 奴らの背面を突く!」
「松後城への報告はいかがいたしましょう?」
「馬鹿正直に言ってみろ、手柄をかすめ取られる! 兵は拙速を尊ぶもの。
俺達だけで打って出るぞ!」
ようやくここを出られるという歓喜と、暴れられるという歓喜。
嬉々とした兵たちは即座に戦う準備を整え、大尉を先頭に前進を始めた。
幕府軍撤収の報告を受け、進み始めてから一時間ほど。
報告の通り、確かに陣地は完全に空だった。
「もぬけの殻です。大尉、これは反対側まで打通できるのでは?」
「妙だぞ、これは……」
大尉の勘は警告を叫んでいた。
一旦部隊を止めて、車両から降りる。
小火器の類は弾薬まできっちりと回収され、衣類やこまごまとした私物などは残されたまま。
冷静なまま行われた、計画的な撤収だ。これは理解できる。
そうなると不可解なのは、放棄された兵器や車両だ。
鎖や金具でしっかりと列車のレールや床に固定されているのだ。
「鹵獲防止でしょうか?」
「いや、普通なら破壊するはずだ……どういうことだ?」
列車に乗り込んで奇襲攻撃を行う。
そうすると、レールに固定する理由が分からなくなる。
列車はレールに石ころひとつ置かれただけで脱線の可能性がある、存外繊細な乗り物だ。
となれば、列車を脱線させて通行不能にする?
ならばこのような小細工は不要だ。
まるで再利用したいと言わんばかりに未練がましく固定せずとも、ど真ん中に置くだけでいい。
「再利用するつもりがある……?」
大尉がその疑問を口にした途端。
隧道の向こうから、聞いた事のない絶叫が響いた。
「なっ、なんだあっ」
「声……いや、エンジンかっ⁈」
大尉は自身の経験から、この音がエンジンによるものだと断定した。
しかし、そんな。あり得ない。こんな場所で。
脳内で反芻しながら、部下に絶叫した。
「松後城に報告! 夷俘島より空襲!」
「く、空襲っ⁈ ですが、先ほどから無線が不通です!」
「何のための有線かっ。まさか、敷設していなかったのか⁈」
「有線も通じませんッ! 断線の疑いあり!」
「どこのバカだっ、線を踏んづけたのはッ!」
しかし、皮算用をして準備もなく突貫を命じたのは自分だ。
それがまさか、このような状況に繋がるとは。
悪魔の咆哮は勢いを増し、間違いなくこちらへと向かっていた。
恐らく、音に近い速度で。
「くそっ、総員! 掴まれ! 気流に飲み込まれるぞ!」
「掴まれって……⁉」
隧道の暗闇の先に、赤い点が生じた。
反響する爆音によって、もはや何の音も拾えない。
そんな最中で、彼らは正気を疑うものを見てしまった。
「せん、とうきっ……⁉」
幕府は史上類を見ない航空作戦を実施した。
隧道を打通し、反対側の松後城に対して奇襲を行う。
狂気であり、非人道的であり、そして完全な盲点であった。
蒼い機体、主翼に紅の一つ星。
幕軍についた神兵の機体、噂通りの代物であった。
そして、彼らにとっては……
「夷俘の……魔物ッ!」
それは、鼓膜を通り越して脳髄を破壊しかねない爆音と共に過ぎ去った。
しかし真の災難はここからだった。
「うっ、うああああっ!」
対応の甘かった兵が続々と音速の気流に吸い寄せられ、上空に放り出された。
宙に投げ出され、時に天井に叩きつけられ。
命のあった者は、幸運としか言いようがなかった。
このままでは、自分が勇み足で部隊を壊滅させた愚者となる。
そうはいくものか、俺は勝つのだ。
脳震盪と驚愕で朦朧とする意識のまま大尉はハンドルに食らいつくと、反転して本州側へと車を走らせた。
一分でも、一秒でも早くこのことを知らせなくては。
門を閉ざしさえすれば、神兵の首は獲ったも同然。
そうすれば、この失敗はチャラになるどころかお釣りがくるのだ。
「待ってろ、物狂いめ……相応しい死に様をくれてやる……!」
もう一度、大尉は皮算用をした。




