138 天下分け目の戦い 12日朝「BATTLE of ASHIHARA」
「天下分け目の戦い 12日朝」
央暦1970年4月12日
葦原海
葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
頭上に曇天の空が広がった。
ゆっくりと、しかし確実に上昇するエレベーターは飛行甲板に迫り───
段差を生じない正確な位置で静止した。
直後、カタパルトの位置についていたバトルホークスのYPJA-14Bビッラが轟音と共に発艦していった。
「カタパルト1、バトルホークス3の発艦を確認。
ペンギン1を発進位置に」
白い蒸気を放つカタパルトの目前まで移動すると、案内する甲板要員が停止の合図を出した。
ギアブレーキを作動させ、機体を停止させる。
「シャトルOK!」
「カタパルト圧力安定、バリア展開完了。射出準備よし」
「了解した。ペンギン1、発艦を許可する」
F-35Bのパイロットは海自の自称駆逐艦から発艦することもあるらしいが───
蒸気カタパルトで打ち出された航空自衛官は、お前が初だろう。
「了解。ペンギン1、発艦する」
スロットルを押し倒し、最大出力に。
エンジンが唸りを上げて、後方で立ち上がったバリアに排気を浴びせていく。
「射出!」
エンジンの推力と、前輪と接続されたカタパルトによって機体は急加速。
すぐに機体は空母の甲板から離れた。
衝撃で操作を誤らないよう、冷静に操縦桿を引く。
F-18のようなフライ・バイ・ワイヤ制御機ならば、むしろ射出後まで操縦桿に触れてはならない規則があるほど、この衝撃は身体を揺らして危険だ。
しかし、ガルーダに自動で動翼を制御する機能は搭載されていない。
昔ながらの、パイロットの技術で空まで上げなくてはならないのだ。
不安定な機体をわずかな動きで制御し、上空へと導く。
「ペンギン1の発艦を確認! 大丈夫だ、現役の連中と遜色ない!」
「ペンギン1、味方部隊と合流せよ。出来るな?」
「誰に言ってるの? 了解」
ガルーダの操縦は久しぶりだが、やはり身体が覚えていた。
どっかの海軍実験機と違い、非常に素直な操縦性を持っている。
船は飛行機と違い、100ノットどころか40ノットが最速クラスだ。
敵艦隊が味方艦隊を射程に収めるまで、まだまだ時間は掛かる。
「来たな、チェイス」
バトルホークスと空母タナト艦載機部隊と合流すると、彼らは減速してチェイスに一番機の座を譲った。
視線をハンクに合わせると、彼は言った。
「この中でガバメントと一番戦ってるのはお前だからな。
専門家に一番槍を譲るとするよ」
「その機体で一番槍って言われると、俺的には変な気分なんだよな」
エースコンバットを知らない人間には絶対わからないネタを言うんじゃない。
いや、F-14でも似たようなものか───フェニックスはこの世界にないのだから。
「こちらクリプト。迎撃に上がった各機へ通達する。
敵艦隊は関所海峡を通過し、我々の海域へ向かっている。
編成は魚雷艇6隻、駆逐艦4隻。そしてミサイル巡洋艦1隻だ」
哨戒機は飛べないというのに、編成の情報まであるのか。
となれば───攻撃を受けたという哨戒機は撃墜されたのだろう。
最期の瞬間まで報告を欠かさずに。
「大規模だな。どの区域の艦隊だ?」
「幸彦と思われる。
葦原政府から、その地域の一部艦艇が指揮下から離脱したと通達があった」
関所海峡は葦原本州と筑紫の間にある小さな海峡。
日本でいう関門海峡に近く中央の水深も深いため、戦艦や空母のような大型艦艇も通過可能だ。
もし艦隊とやり合うのなら、一切の地形が存在しない海上でやり合うのは下策だ。
本来ならば海峡で身動きが取れないところを、地形に隠れながら隙をついて攻撃するのがベストだろう。
しかし、その手は選べない。
関所海峡周辺は民間施設がひしめき、航空機にとっては近場に民家まである。
そこで戦闘など起こそうものなら、勝とうが負けようが地元からの大顰蹙間違いなし。
そして葦原政府と急進派は喜んでプロパガンダに利用するだろう。
最善手は選べないのだ。
期待出来るとしたら、海峡周辺に展開している体制支持派の政府軍だが───
「それで、海峡に展開してる政府の戦力は何もしなかったの?」
「ああ、何もな。筑紫全域がそんな調子だ。
チェイス、不意の増援にも注意を払え。哨戒機の索敵は頼れない」
「了解」
「本攻撃、第1波の高価値目標はミサイル巡洋艦だ。
それさえ無力化すれば、残りはどうとでもなる」
間もなく、葦原で運用されている艦載SAMの射程圏に入る。
チェイスら自衛隊・合衆国連合軍は海面スレスレまで高度を落とした。
この世界に衛星やデータリンクは存在しない。
水平線の向こうから飛んでくる、理不尽な視程距離外ミサイルは来ない。
それでも、射程圏に入って攻撃を受ければ極めて危険。
この遮蔽物が存在しない海上では、真下で荒れ狂う海だけが彼らをミサイルから守ってくれる盾なのだ。
「チェイス。俺たちの機体にはレーダー警報装置がある。
探知されれば、こっちにもわかる」
「了解。合図は頼んだ」
暗い海に白い線を引きながら、一行は西へと向かう。
その最中、ハンクからの報告が来たのはチェイスが水平線から立ち上る黒い煙を目視した頃だった。
「RWR! 探知されたぞ!」
向こうはこちらを明確な敵だと判断しているだろう。
していなかったとしても、撃ってきてもおかしくない。
合衆国軍の早期警戒機の支援はあるが、連邦空軍のAWACSほど高性能ではない。
滑走路をフルに使える空軍機と違って、海軍の艦載機は空母の小さな飛行甲板を滑走路とする必要がある。
故に艦載機は小型化せざるを得なくなり、小型・省力化を不得手とするこの世界の技術とは相性が悪いのだ。
彼らが発射されたSAMを探知した頃には、もう回避不能な距離まで迫っている可能性がある。
ミサイルの探知について、全幅の信頼は置けない。
敵がいつSAMを打ち上げるか。
味方がSAMの影を捉えられるか。
固唾を飲んで、皆その瞬間を待ち構えた。
警告か、爆発か。
チェイスは光化学スモッグで白んだ空の向こうに、艦艇のシルエットを見た。
「ミサイル探知! ペンギン1、狙いはお前だ!」
「だと思ったよ! 全機、ブレイク!
流れ弾に狙われるな!」
「チェイス、どこへ行く⁈」
チェイスは素早く右旋回すると、敵艦隊から見て直角に離脱した。
ビーム機動、パルス・ドップラー・レーダーの性質を利用した回避機動だ。
さらに90度の角度で遠ざかることで、ミサイルが持つ運動エネルギーを浪費させて命中率を下げる。
これをノッチング、ノッチ機動という。
同じ事をしている両者なのだが、目的によって呼び名が変わる奇妙な関係である。
とはいえ、確実な回避方法ではない。
特にガルーダはオーグメンターのない亜音速機。
これらの機動は超音速機である事を前提とした機動なのだ。
それでも、無策で突っ込むよりはずっと確実。
チャフを散布しつつ、最大出力で離脱を続ける───
「間もなく弾着!」
「喰らう前で助かったよ!」
チェイスがじっと敵の方向を睨み続けた甲斐があった。
鍛えた動体視力は、マッハで迫るミサイルの目視に成功したのだ。
チェイスの思惑は成功していた。
海面で発生するレーダーノイズによって、敵艦の誘導装置はチェイスのガルーダを見失っていた。
そこにチャフを撒く事で複数の目標を見出してしまい、右往左往していたのだ。
これなら、回避出来る。
しっかりと加速していたチェイスは、着弾直前に急上昇。
喰らい付かんとしていたSAMは海面に激突した。
「ペンギン1がSAMを回避した!」
「こちらサーベル隊、攻撃を開始!」
その間に、ガルーダを駆るサーベル隊が敵艦隊をAGMの射程に収めた。
ただし、それでもなおミサイル巡洋艦は遠い存在だ。
SAM非搭載の艦艇は、何も対艦戦闘の際に主砲や魚雷の投射だけが役割ではない。
輪形陣───重要な艦艇を囲うようにして展開し、主砲や近接火器で航空機を追い払うのだ。
「サーベル1、ミサイルを」
「サーベル1被弾っ、主砲が直撃した!」
「こちらサーベル5、破片を喰らった!」
旧世代型ながらも、火器管制システムによって制御された主砲の精度と破壊力は馬鹿に出来ない。
至近距離を砲弾や爆発がかすめれば、突入を断念せざるを得なくなる。
その間にSAM搭載艦は装填作業と目標選定、レーダー照射を行う。
「敵駆逐艦の煙突に命中! 前艦橋にも被害確認!」
「穴が出来た、あそこを突け!」
あとは確実に当たる神の矢を投げつけて、1つずつ敵戦力を削っていく。
こんな戦術が通用するほど、SAMは射程が長く命中率が高いのだ。
「敵艦、ミサイルを発射! サーベル5!」
「くそっ……!」
懐に飛び込む前に、敵艦の迎撃やミサイル攻撃によってサーベル隊が削られていく。
やはり最大の脅威はミサイル巡洋艦。
たとえミサイルを1発ずつしか撃てなくとも、あの防空能力は脅威だ。
あの1隻と旧世代艦の守りだけで、サーベル隊は壊滅しかねなかった。
「SAM非搭載艦は無視しろ! 高価値目標を最優先!」
「レーダーは繊細だ、20ミリの1発でも当てれば無力化出来る!
肉薄しろ!」
幸か不幸か、敵艦隊の注意は完全にサーベル隊へと向けられていた。
真っ先に狙われながらも、幸運にも回避していた1機など、気にも留めていない様子であった。
「ペンギン1、交戦する」
安全装置を解除し、AGMのシーカーを覚醒させる。
今回の戦闘で、ガルーダには短射程ミサイルとAGMを2発ずつ。
そして中央の胴体下にはガンポッドを搭載していた。
目標は輪形陣の先陣を切る駆逐艦。
主砲は間違いなく、チェイスを捉えていた。
発射炎。
加速しつつバレルロールを行い、目にも留まらぬ速さの砲弾を回避する。
背後で爆発。
この世界の対空砲弾は事前に手動設定する時限信管しかない。
加減速で目測を狂わせて、懐に飛び込みさえすれば。
少なくとも直撃以外で主砲にやられる事はない。
信管の調整など、する暇を与えるつもりはないのだから。
「ペンギン1、AGM発射!」
連発してすっかり熱を帯びた敵艦の主砲を、AGMのシーカーはすぐに捉えてくれた。
AGMは敵艦の甲板とほぼ同じ高度で飛翔し、真っ直ぐ目標へと向かっていく。
しかし、敵艦の砲撃手は腕がいい。
なんと主砲でAGMを撃ち抜いてみせたのだ。
2つの炸薬が炸裂し、敵艦目前にドス黒い煙幕が展開される。
迷いなく、チェイスはそこへ飛び込んだ。
艦橋の司令要員には、この光景がどのように映ったのだろうか。
少なくとも、3門の機関砲が煌めく瞬間を目撃したのは確かだ。
前艦橋の司令区画と、その頭上で制御される主砲管制レーダーは無数の穴を穿たれた。
強化ガラスが砕け散り、レーダーの破片が四散して海中へ没する。
その上空を、チェイスは過ぎ去った。
「サーベル11、AGMロックっ」
サーベル隊の1機が、ついにミサイル巡洋艦を射程に収めた。
しかし───後一歩のところで、主翼が爆発を起こした。
巡洋艦周辺に展開している最後の壁、魚雷艇が背負う機関砲でAGMを撃ち抜かれたのだ。
「サーベル11の反応消失!」
「大丈夫、サーベル10が撃った!」
サーベル10はAGMを発射すると、素早く離脱。
熱源誘導なので、誘導のために機動を制限されることがないのがAGM-1の強みであった。
彼は敵艦の迎撃にも関わらず、離脱に成功したが───
2基ある主砲の1つが火を吹いた。
飛翔中のAGMは推進剤が尽きて、白い軌跡が消えたのとほぼ同時に爆散した。
ミサイル巡洋艦の主砲が迎撃したのだ。
「ダメだ、ミサイル迎撃! 迎撃された!」
「辺境の海軍が、ここまで高性能なFCSを⁈」
「いや、主砲FCSはケチって旧式だったはずだ。
乗組員の練度で補ってるんだ!」
しかし、無駄ではない。
チェイスを狙える主砲は1基だけになったのだから。
「ミサイル発射!」
チェイスは最後のAGMを発射し、ミサイル巡洋艦の主砲へと向かわせた。
連装砲の速射で薄暗い海が無数の光で照らされる。
なんと、再び敵艦はAGMを迎撃してみせた。
黒煙が広がり、煙幕となる。
「バンザイ」
恐らく急激な状況で、先に交戦した駆逐艦から情報の通達が行われていなかったのだろう。
正面から来る敵は、撃ちながら肉薄すると。
チェイスは黒煙を撹拌し、固定装備の20ミリ機関砲2門と胴体下のガンポッドで前艦橋を掃射する。
司令区画から頭上のレーダーまで。
縦一文字に薙ぎ払うと、敵艦のマストは真っ二つに折れて倒壊した。
これで敵艦の索敵能力は奪った。
垂直上昇していたチェイスは攻撃の効果を確認した。
「魔王が敵巡洋艦のマストを破壊!」
「まだだ、誘導装置は後艦橋だ!」
ハンクの通達と、敵艦のミサイル発射はほぼ同時だった。
素早くCMスイッチを弾き、チャフを散布する。
ミサイル攻撃を行うにしても、あまりにも近過ぎた。
チャフで誘導を乱されたミサイルは近接信管が作動せずチェイスの真下を過ぎ去った。
反転しようと急旋回を行うも───宙返りが間に合わず海面に激突。
ミサイルよりも鋭い軌跡を描きながら、チェイスはガルーダを宙返りさせた。
真正面、煙突が吐く煙の向こうには後艦橋が。
HUDに浮かぶ照準器を睨み、わずかだが伺えるシルエットにサークルを合わせる。
そして、撃つ。
2つあるイルミネーターらしきシルエットは形を崩した。
それだけは、チェイスの目に入った。
「イルミネーターっぽいのに攻撃した。
誰か、効果を確認してくれ!」
「確認! 敵巡洋艦、イルミネーター大破!
ミサイル運用能力を奪ったぞ!」
魚雷艇だけでなく巡洋艦の甲板要員が重機関銃や小銃で応戦してくる中、さすがのチェイスも巡洋艦から距離を取った。
イルミネーターさえなければ、少なくともSAMは撃てない。
防空巡洋艦としての能力はもう無くなったと言ってもいいだろう。
貨客船の危機は未だに存在するが、民間航空機の安全はほぼ確保されたと言ってもいい状況だ。
「作戦参加中の各機へ、一時帰投して補給を受けろ。
続く第2陣で他艦艇の攻撃能力を奪い、艦隊がトドメを刺す」
ガルーダの兵装では、艦艇の無力化は出来ても撃沈は困難だ。
AGMを撃ち尽くした現状、一時帰投するのが妥当な判断だろう。
「サーベル了解。マチェット、バトルホークス。
お前らはいいとこなしだったな」
「俺たちが艦隊に肉薄しても、弾除けと機銃掃射くらいしかやる事ないからな」
サーベル2の軽口に、マチェット1であるジャンが答えた。
マチェット隊とバトルホークスの役割はサーベル隊の直掩だ。
敵戦闘機が来なければ、やれる事はない。
「蒼穹の魔王、おかげで助かったぜ。
あんたがいなければ、もう少しやられてた」
チェイスが帰投する部隊に針路を合わせると、サーベル隊の誰かが語り掛けてきた。
確かにあの状況では、チェイスの介入がなければ被害は増えていただろう。
敵からノーマークだったから、偶然うまくいっただけなのだが。
「よそ者にしては、やれる方だろ?」
「ああ。葦原から追い出されたらうちに来いよ。歓迎する」
「……考えとくよ」
現状を考えると、追い出されるような事はそうそうないのではないか。
それ以前に、チェイスは日本に帰らなくてはならないのだが。
と、郷愁に耽る時間を状況は与えてくれなかった。
「警告! 方位170よりアンノウン接近中! 機数10!」
AEWからの報告。
この状況でIFFに応答しない機体など、敵としか思えない。
今回の作戦に参加出来た戦闘機はマチェット隊とバトルホークスのみ。
合計で6機ばかりだ、頭数が足りていない。
「チェイス、サーベルと一緒に帰投しろ」
「そうした方がいいなら、そうするよ」
ハンクからの忠告を受けて旋回したチェイスは、方位170へ針路を取った。
「おい、言動が一致してないぞ!」
「向こうは10機でこっちは6機で不利!
でも俺が入れば実質16機! こっちが有利だ!」
それは一体どういう理屈なんだ。
と、思ったが───
そういえばお前、連邦空軍から一個中隊クラスの戦力とか言われていたな。
兵装面ではサーベル隊と大差はないが、対空用のSRMは2発とも残っている。
対地攻撃を主任務とした彼らよりも、戦力の足しにはなるだろう。
「ハッ……了解! チェイス、足を引っ張るなよ!」
「こちらサーベル、俺たちじゃ戦闘機の相手は無理だ……
チェイス、頼むぞ!」
「ああ。代わりに連中の足を引っ張ってやる」
バトルホークスとマチェット、戦闘機部隊と肩を並べて南へ向かう。
敵編隊は高度5000フィートで接近していた。
頭上に広がる雲の天蓋、その真下スレスレである。
ガルーダの貧弱な索敵レーダーでも、機影を捕捉出来る距離まで迫った。
そこから肉眼で目視するまでそう掛からなかった。
全長はよくわからないが、全幅は広めに見える。
そして、水平尾翼が垂直尾翼の頂部にあるT字尾翼だ。
正面角度から分かる情報はこれだけだった。
「見えた! リールランドのスピアー!」
「少し古くてデカいが、あれでも超音速機。注意しろ!」
さすが試験飛行隊だけあって、バトルホークスが速やかに分析した。
スピアー。
確か幸彦藩空軍が戦闘機として採用していた機体だったか。
陳腐化している旧式機とはいえ、超音速性能と対空ミサイル運用能力は央暦1970年でも通用する。
なにせ、空戦では弾が当たれば勝てるのだから。
「ターゲットロック、ミサイル発射!」
加速して一歩前に出たバトルホークスとマチェットは、ミサイルを発射した。
ほぼ同時に、敵編隊からも光が迸る。
SRM搭載機とはいえ、オーグメンターのないガルーダは大変だ。
デカい口を叩いたはいいが速度性能が違い過ぎて、まともにやり合っては勝ち目がない。
そこでチェイスは、上昇した。
5000フィートを漂う灰色の天蓋と流れ弾のミサイルを突っ切り、天蓋を絨毯へと変える。
灰色の雲の先には、蒼穹が広がっていた。
雲に遮られているが、この絨毯の向こうでは空戦が始まっている。
「ミサイル、回避成功! 戦果被害共になし!」
双方がミサイルをかわしきったか。
さて、お前はひとり安全圏で高みの見物か?
「まさか」
上昇して位置エネルギーをたっぷりと溜め込むと───
急降下。
溜め込んだ位置エネルギーを一気に消費し、再び雲にダイブする。
速度計の針が、赤い領域を示す。
オーバースピードだと、F-2なら機体のシステムにド叱られていただろう。
視界の一切を遮られる雲中、SRMのシーカーは目標を捉えられなかったが、レーダーはかろうじて機能した。
IFFに応答する味方機と、しない敵機。
動きから機動を読み、レーダースコープの光点を頼りに追従し───
雲を突破した。
味方機に追尾されて逃げる敵機。
そのさらに背後から迫る敵に狙いをつけた。
照準器の光点と敵機のシルエットが重なった。
曳光弾のラインがシルエットと交差し、やがて暗い海上の空に光が増えた。
「⁉︎ 今墜ちたのは敵か!」
オーバースピードの機体を立て直すのは並大抵の負荷ではない。
加速度メーターの針が危険領域を示すような上昇で、なんとか海面とのフレンチキスを回避する。
「ペンギン1、撃墜1」
「急降下からのガンキル? あの雲を突っ切って?」
「マトモじゃねぇ……魔王なんて呼ばれるわけだ」
何故だか味方から敵のような扱いを受けてしまったが、ともかくジャンの窮地を救えたのは確かだ。
未だ有り余った速度を駆使して、反復運動の如く雲に向かって上昇する。
「ペンギン1、狙われてるぞ!」
マチェットからの報告。
鋭い機動でチェイスの背後を狙うスピアーの機影が、ミラーの向こうにあった。
ミサイルのシーカー範囲に捉えられる前に上昇を続け、雲の天蓋に飛び込む。
360度の灰色に陥った直後、エアブレーキを展開した上、安全速度を少し超過した状態ながらフラップも展開。
重力と空力、あらゆる手段で急減速する。
数秒待ち、失速状態に陥る前に全て畳んで最大出力。
雲の迷宮は瞬時に開かれ、蒼穹のど真ん中で立ち尽くすかのように飛ぶ背中が浮かび上がった。
先ほど、雲中でチェイスを追い越してしまった敵機だ。
「ペンギン1、正面に敵機!」
「ターゲットロック、FOX2!」
旋回しようがフレアを撒こうが、ミサイルを撃たれれば絶対に回避出来ない必中の距離。
そこでチェイスはSRMを放った。
敵機は状況に気付いたのか、旋回を試みるも───一歩遅かった。
ミサイルは一直線に熱源へと向かい、ど真ん中に突き刺さった。
胴体部分が破裂するかのように爆発し、機首がコクピットごと空へ放り出された。
彼らの将来には、あまりいいものが浮かばない。
「ペンギン1、撃墜2!
すごい、2機目だ! 攻撃機なのに! 対艦戦闘の直後なのに!」
興奮したような声色で、AEWのオペレーターが告げた。
自分より、他を見てやれとチェイスが返そうとした直前、同じく空戦で雲の上に昇った機影があった。
ビッラ、バトルホークスだ。
試験飛行隊という表向きの顔から想起される、高い技量を持った3人組───
失礼、後席の火器管制官含め6人組だ。
彼らは連携して敵機を追い詰め、的確に数を減らしていた。
裏では恐らく、他国での非公式作戦にも従事している部隊だ。
もちろん、その技量は尋常ではない。
また1機、2機と撃墜していった。
「ハンクにまた取られた! 3機目!」
「マチェット、魔王とバトルホークスに負けるな!
まだ誰も墜とせてないぞ!」
「無茶言わないでくれ!
戦況をひっくり返す英雄と、最新兵器のスペシャリストだぞ!」
どうやら、こちらの被害は今のところないらしい。
ジャンとその部下が軽口を叩く声が聞こえた。
「管制、敵の残りは?」
「残数2! バトルホークス1、あんたの真下だ!」
「っと……!」
雲を突破するのと同時に、敵機の曳光弾がハンクの機体に襲い掛かった。
素早くロールさせて彼は攻撃をかわしたが、背後に入り込まれてしまった。
「ハンク、背後に敵機!」
「わかってる……よっ!」
チェイスの目はハッキリと捉えていた。
ハンクの操るビッラの左エンジンの炎が消えた。
ビッラのエンジンは双発で、その配置は左右に離れている。
片方が機能停止すれば、速度バランスが崩れやすい設計だ。
故障か、あるいは意図的なものか?
どちらにせよ、左右の速度バランスが崩れてフラットスピンに入る!
「ハンク! 左エンジン停止!」
「問題ない!」
左に傾けて急旋回し、ハンクは不安定な状態を助長した。
機首が急速に下を向き、くるりと機体が水平方向にスピンを始めた。
見覚えがある───チェイス、これはお前が過去にやった技だ!
フラットスピンに入ったビッラが180度回転したその時、機関砲を掃射した。
曳光弾が敵のスピアーに吸い込まれるように着弾した。
分厚い主翼からパネルや部品が脱落し、制御を喪失。
撃墜だ。
「ハンク、フラットスピン! 立て直せ!」
「大丈夫、大丈夫だ……アシストは機能してる」
よく見れば、彼のビッラは動翼が忙しなく稼働していた。
この人間性を感じられない、機械的な回復動作───
間違いなく動翼の電子制御、フライ・バイ・ワイヤだ。
「よし、姿勢回復した」
「まったく、無茶をするなぁ」
「今の動きで3機落とした、誰かさんほどじゃないさ」
はてさて、それは誰のことだろうな?
それはさておき、また雲を飛び出した機影が出てきたぞ。
敵スピアー────
いや、炎上して搭乗員が脱出している。
「マチェット1、撃墜確認!」
「ふぅ……なんとか隊長として面目は保ったな」
今回の戦果はバトルホークスがその大半を占めていた。
さすがに最新鋭の戦闘機とでは、攻撃機に乗るチェイスでは相手にならない。
「レーダークリア。各隊、帰還せよ。よくやってくれた」
「まさか、攻撃機の戦果を越えられないとはな。
機体を選ばないってアーロン様の言葉は真実だったな」
空母タナトへの帰路の途中、編隊を組んでいるジャンが告げた。
彼の搭乗しているPF-8は合衆国海軍で採用されている戦闘機だったが、運用開始から時が経ち、1970年の今では退役が進んでいた。
「ふっふっふ、俺様にかかればこんなものだぜ」
調子に乗んな!
それはともかく、お前これからどうするつもりだ?
まさか、このまま初の着艦までやってしまうつもりか?
訓練も抜きに!
「……F-2じゃやるしかなかったけど、ガルーダでやる度胸はないな」
F-2はお前が最も慣れ親しんだ機体かつ、高性能な機体だったからこそどうにかなった。
しかし、言っては悪いがガルーダの性能は桁違いだ、悪い意味で。
「こちらクリプトだ。ペンギン1、君はこれより連邦空軍の基地へ帰還せよ」
ハリー中佐もガルーダでの着艦は無謀だと判断したらしい。
しかしもちろん、無理だ。
その理由は燃料計を一瞥すれば明白。
戦闘ではないフライトを続けるには十分だったが、基地へたどり着くには少々物足りなかった。
「……そうしたいところだけど、燃料が足りないぜ?」
「問題ない、合衆国空軍が支援する。
方位085へ向かえ、アテンダントが待機している」
アテンダントのTT-95は両方の給油方式に対応している。
どうやら、チェイスの空母生活は1日で終わりを告げるようだった。
「なるほど、了解した。
バトルホークス、マチェット。空母タナトのみんなによろしく」
「じゃあな、チェイス。アーロン様の期待を裏切るなよ。
バトルホークス1、交信終了」
「マチェット1了解。また会おう」
チェイスは編隊から離脱し、針路を北北東にとった。




