139 天下分け目の戦い 12日朝「BATTLE of ASHIHARA」
央暦1970年4月12日
真田藩 真田空軍基地
葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
幸いにして何事もなく、チェイスは真田藩の空軍基地にたどり着くことが出来た。
ATCから着陸の許可を貰い、滑走路へと進入する。
すると、哨戒中の地上部隊らしき交信が耳に入って来た。
「見えるか? あのBT-4、主翼に紅の一つ星だ!」
「蒼穹の魔王⁈ なんで海軍の機体に⁉」
「尾翼に八咫烏は見えるか?」
「いや……違う印だ、見た事がないぞ」
このガルーダはチェイスが搭乗するに際して、尾翼に114飛行隊のマークこそ描く余裕はなかったが、主翼に日の丸を描くことは出来た。
尾翼に描かれているのは、空母タナト艦載機部隊のサーベル隊のものだ。
どうやらその影響で地上にちょっとした混乱が起きているらしい。
とはいえ、彼らに違うと言っても通じるはずがない。
彼らの知るチェイスと志村良介はイコールで結びつかないのだから。
少々懸念こそあったが、チェイスはガルーダを滑走路に降ろし───
駐機場へと歩かせた。
山間部に位置する真田空軍基地には、心地よい風が吹いていた。
その風に乗るかのように、人の駆け寄る気配が複数。
そちらへ視線をやると───
「良介さんっ!」
残念ながら、女の子ではない。
オメガ2と3、秀彦と敬一であった。
「よう、ふたりとも」
「無事に戻ってきたんだな」
「ああ。合衆国の空母で休暇を……
ついでに、幸彦の艦隊を使えなくしてきた」
「ひゃーっ、休暇ってレベルじゃないですよっ!」
どうやら、出迎えは彼らだけらしい。
ペンギン隊の面々や、新選組の顔ぶれは見当たらなかった。
良介はタラップを降りると、ふたりに尋ねた。
「他のみんなは?」
「ペンギン隊のふたりは哨戒中、新選組は民間機の護衛だ」
今この時も、航路の安定化作戦は継続中だ。
そろそろ、今日の分が終わるといったところだろうか。
幸彦の艦隊が出張って来た事を除けば、民間機の離脱は安全に終わりそうだ。
「ボスは、まだ戻ってない?」
「実はこれから……ほら!」
敬一の指し示す方向を見やると───
滑走路にアプローチする機影。
蒼いラインの入った、単発の五式打撃戦闘機。
ボスの機体、P-20ドゥンだ。
滑走路にタッチした時に見えた、尾翼のペンギンが良介にそう確信させた。
「いいタイミングだ」
滑走路から駐機場に向かって来る機体を出迎えると───
間もなくして、BOSSと書かれたヘルメットが機内から姿を見せた。
「おうしむすけ。お前も今帰りか?」
「うん。ちょっと合衆国の空母から出て、幸彦の艦隊ぶっ飛ばしてきた」
ボスは良介と、日の丸の描かれたBT-4を交互に見た。
「……話は聞いてる。またF-2ぶっ壊したんだってな?」
「説教は勘弁してくれよ。他に手段がなかったんだ」
「わかってる……お前は変わらねえなって、そう思っただけだ」
説教を覚悟していた良介は、少しだけ肩透かしを食らった気分になった。
あのF-2は最後の日本なのだから、もう少し理不尽な感じで来ると思ったのだが───
ともあれ、余計な説教はない方がいい。
「秀彦、敬一。お前らは待機中か?」
「いえっ。本日は休養を命じられています」
「昨日の戦闘で、僕ら被弾したので!」
しかし見たところ、ふたりに怪我はなさそうだった。
彼らは新米だ、至近弾と機体損傷による精神的な負担を鑑みての措置なのだろう。
もっとも、その辺りの心配も見受けられないが。
「お前らも平気そうだな。よかったよ」
「俺の心配はないのかよ?」
「お前が死んだら、どこにいても聞こえるぐらいのニュースになるだろうからな」
ははは。
良介以外の面々は笑い出した。
笑い事ではないが?
「まったく。俺様は死に掛けたってのに、とんでもない上司だ……
F-2はこの戦闘が落ち着いたら送るってさ」
「損傷の具合は?」
「確実なのは、左主翼破損とアレスティングフック脱落。
中身も衝撃でやっちゃったかも」
「……1ヶ月は固いな。どうにかなるか?」
「予備機のナーガでどうにかしてみるよ」
ナーガは移送中で、今日中にはこの基地に到着するという話だった。
明日の戦闘までには準備も間に合うだろう。
「よし。明日の戦闘からは俺達も復帰する」
「本当ですかっ⁈」
「ボスさんと、遂に戦えるんだ……!」
「あのなぁ。お前らのボスは俺じゃなくて……」
空軍基地の滑走路付近を車が走る機会は珍しくない。
航空機が離着陸するための空間は、人間が自身の脚である国は優しくない広さがあるためだ。
しかし、近くで荒っぽくブレーキを踏まれては意識せざるを得ない。
一行は爆音を振り返ると───
武装した兵士が複数、鼻息荒く歩み寄っていた。
「なんだ、こいつら……」
「空軍の基地警備だ」
物々しい雰囲気の一団に警戒していると、彼らが抱える銃口が良介たちに向けられた。
冗談ではない、一体何の真似だ?
「どういうつもりだ!」
「黙れ、偽物めっ!」
先頭で拳銃を持つ将校が、秀彦の言葉を一蹴した。
その気になるワードに、良介は反応せざるを得なかった。
「偽物?」
「そうだ! 蒼穹の魔王チェイスを騙る偽物め!
紅の一つ星は真似できても、尾翼の八咫烏を忘れたな!」
───そういうことか。
納得している場合か!
情報の行き違いで撃ち殺されては、シャレにならんぞ!
「顔は似ていても、あの方の高貴な雰囲気は真似出来んかったな!」
「ぶふっ、高貴……」
ボス、あんたもツボっている場合ではないぞ。
どうやら彼らの標的は、この場にいる良介の周囲らしいのだから。
「俺達は姫様と戦うあの方を、この目で見ていた!
あの方の機体はこんな機体ではないし、尾翼には八咫烏があった!」
真田藩の空軍基地ならば、真田藩解放戦で戦っていた兵士でも不思議ではない。
実物を見ているという事実が、彼らから確認するという工程をスキップさせてしまったらしい。
さて、義憤を前に興奮している人々にはどのような言葉を掛けるべきか。
下手な言葉はかえって炎を強くするだけだぞ。
───一応、事実は伝えてみるか。
言葉は慎重に選べよ。
「うーん、顔が似てるっていうか……俺がチェイスなんだけど」
「嘘をつけ! 新聞に写ってた顔は、もっと色が薄かった!」
「そりゃ印刷の問題だろーが」
「なんだとぉ……!」
だから、刺激するんじゃないっ!
状況が好転するまで、今は時間を稼ぐべきだ。
お前はATCに身分を確認され、着陸を許可された。
基地司令クラスがお前の身分を彼らに証明すれば、問題なく解決する。
「待て待て待てぇっ! そこの者っ、その者は本物だっ!
本物の、蒼穹の魔王殿だっ!」
どうやら早速、その時が来たらしい。
事情を知っている歩兵と将校が、車に乗って大慌てで駆けつけてくれた。
将校は飛び降りると、仲裁に入ってくれた。
「大尉殿っ、惑わされてはなりませんっ!
新聞に写っていたあの方と、多分違います!」
「違わないっ。彼は先の戦闘で機体が損傷したが、
着艦した先の空母艦載機で出撃して幸彦藩の海軍と交戦後、
その足でここに帰還してきたのだ!」
「出鱈目だ! そんな話、あり得ないでしょう!
……あなたも、賊軍の間者なのかっ?」
「うーん、正論だ……」
「頷いてる場合ですかっ⁈」
確かに良介自身も事情を知らずにこの顛末を聞いたら───
真に受けないだろう。
とはいえ、この状況は過剰反応甚だしいが。
しばし、互いの動向を伺う睨み合いが続くと───
着陸してきた機体のエンジン音が迫っていた。
状況を把握していないのか、あるいは───
良介が横目にその機体を見やると、確信出来た。
数十キロの猛スピードで滑走する大型戦闘機は、良介たちのいる場所に突っ込んできていた。
「う、うわっ! ぶつかる!」
興奮する真田藩の兵のひとりが気づくと、みな蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
そうして生じた空白の間に、その機体はギアブレーキから甲高い声を上げながら静止した。
「だ、誰だぁっ⁈ また賊軍の侵入者かあっ⁈」
興奮に任せるまま、兵が機体のコクピットに銃口を向けた。
危機的状況だというのに前席のパイロットは風防を開くと、立ち上がった。
「まあ待て、曹長。少し話を聞いて欲しい」
「ぞ、賊軍相手に問答無用っ!」
「曹長殿っ! この機体、尾翼を!」
兵の叫びに、下士官は大型戦闘機の尾翼に視線をやった。
オメガ隊のマーク。
そのマークには、ある意匠が含まれていた。
大和将軍家。
大和幕府、かつての葦原連邦指導者一族。
オメガ隊隊長である松平吉宗の生家、その家紋であった。
「大和家の家紋……! では、あなたはっ!」
「控えおろうっ! この方を、どなたと心得る!」
後席の赫助は立ち上がると、その名を興奮した兵たちに知らしめた。
「かつての大和幕府将軍、その兄!
松平宗治郎大佐殿であるぞ! 控えおろうっ!」
「は、ははーっ!」
葦原人の面々は流れるように跪くと、頭を伏せた。
実に前時代的な光景だが───
いずれこういった習慣からは脱却しなくてはならないのは明白。
しかし一方で、慣れ親しんだ権威主義が確実な場合もある。
そういう事なのだろう。
「ま、松平公っ。では、そこのお方は……!」
「うむ。本物のチェイス……蒼穹の魔王だ」
血気に逸っていた兵たちは、一斉に小銃を捨てて平伏した。
手段はともかく、助けられたことになるのだろう。
良介は吉宗を見上げた。
「助かったよ」
「貴官が気に入らないやり口なのはわかっている。
だが、許してくれ。他に安全な手段がなかった」
「俺だってそこまでガキじゃない、わかってるよ」
良介が笑みを浮かべると、吉宗も同じく笑みを浮かべた。




