136 天下分け目の戦い 11日夕方「BATTLE of ASHIHARA」
央暦1970年4月11日
葦原海 USSタナト・ク・マランス
葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
陽の落ちた時刻。
良介は帰還してくる空母タナトの艦載機を見ていて驚いた。
「これで最後だ!」
甲板要員がそう叫び、収容作業をやめてしまった。
まさか、帰還機はたったの3機だけではないか。
どうやら合衆国海軍の人間も驚いたらしく、確認のために駆け寄り始めた。
「合衆国海軍の航空隊って、こんなに小規模なの?」
「いや、そんなはずはない……どういう事だ?」
隣にいたハンクも、同じ意見らしい。
着艦した最後の機体からパイロットもとい、アビエーターが甲板に降りた。
すると───タラップから足を滑らせ、倒れ込んでしまった。
「メディック!」
甲板要員が一斉に駆け出して、彼を助け起こす。
良介とハンクも駆け寄るが、このアビエーターは酷く消耗している様子だった。
「ジャン! 一体どうした、死にそうなツラだぞ?」
「……アシハラ・ガバメントに、ヤバいのがいる。
仲間のほとんどを、あいつらにやられた」
アシハラ・ガバメント、葦原政府軍だ。
反乱軍ではない、政府軍のヤバい奴。
良介の脳裏に、ひとりのパイロットが浮かび上がった。
たとえ同じ人物だとしても、どうしようもない。
それよりも良介には、聞くべき事があった。
「反乱軍ならともかく、なんで政府軍と交戦したんだ?
一応、積極的に交戦する理由なんてないだろ?」
「知らされてないのか? アシハラ・ガバメントと
一部反乱軍の部隊は裏で手を組んでる」
頭痛のするような、とんでもない話だった。
確かに統制上考えられない話ではあったが、昼間の戦闘でハリー中佐ら合衆国軍が政府軍の関与を強く拒んだわけである。
この話、ハンクならば知ってそうなものだったが───
「お前だって知ってると思ったんだよ」
良介が視線を向けると、彼は言った。
まあ確かに、嘘と断じる情報はない。
一方で、知っててもなお政府軍機を受け入れた歳三に疑念が湧いてくる。
彼も知らなかったのか?
断じる情報は、やはりない───
「やられたよ。一番大事な目標を攻撃されて、ガバメントに回収された」
急行してきた救急に問題ないとだけ告げて、ジャンは歩き出した。
良介とハンクも彼に続く。
「一番大事な目標?」
「合衆国館のスタッフ。それに合衆国館で展示していた、物品の数々だ」
自国の設備と人間、確かに合衆国海軍としては最も重要となろう。
しかし───違和感はある。
「エルゥラットさんも、その船に?」
「本当はその予定だったんだが、予定を変えたんだ。
アーロン様と一緒に行動していた。お前の助けた機体に同乗してな」
違和感が確信に変わった。
こう言っては悪いが、合衆国の運ぶ船の中身は、そこまで重要度の高いものではない。
乗客に要人と呼べる人間はおらず、物品も未知の大陸を撮影した大きな写真ばかり。
強いて言うなら、管理者から攻撃を受けた証拠となる偵察機の一部は機密度が高そうだが───
衆目に晒すために持ち込んだのだから、失うのは覚悟の上だろう。
となれば。
彼らが言葉にしていない何かが、あの船にはあったのだ。
「で、本当の荷物は?」
良介が尋ねると、ハンクとジャンは互いに顔を見合わせ───
笑みと共に口を閉ざした。
言えない、というわけである。
不快感はない、アメリカ人と話している時によくあることだ。
むしろ機密をペラペラ話してしまう口の軽い奴の方が不安になる。
「悪いな」
「いいよ、聞いた俺が悪かった」
ひとまず、連邦と合衆国海軍の面々はしてやられたらしい。
最重要目標を確保され、部隊は大きな被害を受けた。
空母タナト戦闘能力は、大きく低下した事だろう。
「それで、反乱軍は健在なのか?」
「いや。あいつらは俺たち以上にこっぴどくやられてた。
まだやる気があるにしても、しばらくは出て来れないはずだ」
それは朗報だ。
ただし、良介の知る限り健在な連中がいる。
「艦艇は?」
「いなかった。次嫌がらせを仕掛けて来るなら、そいつらだろうな」
良介の戦った昼間の戦闘にも、敵艦艇の姿はなかった。
空軍は壊滅的被害を受け、あるとしたら今度は海軍か。
「リョースケ。間がよかったな」
「……なあ、ハンク。まさかこいつ」
「察しがいいな、ジャン。この野郎、明日の出撃にはガルーダに乗るってよ」
「マジか……」
機種転換訓練は、格納庫内とはいえ既に終えている。
流石に発艦は初めての経験だが───
少なくとも、中破した空軍機での着艦よりは簡単だろう。
と、良介はナメていた。
「……こりゃ、俺も腐ってるわけにはいかねぇな。
明日の出撃、俺も出るぞ」
「頼りにしてるぜ」
「よそ者にいいとこ全部持ってかれるわけにはいかないからな!」
良介とジャンは、互いに肩を叩き合った。
健闘を称え合うのもほどほどに、一行は食堂までやってきた。
なんだかすごく久々に食事を摂るような気分である。
「俺はちゃんと毎日3回食べてるぞ」
そのはずなのだが、どうにも描写されるのが久々な気がしてならない。
もしかすれば、お前は食に対する関心が薄いのではないか?
「女の子の作ってくれた料理なら、俺様は絶対に忘れないぞ」
良介ら3人は列に並び、ステンレスのトレーを抱えて順番を待つ。
「そういえば、合衆国のメシってどんな感じ?」
「色々だな。地域ごとに変わってくる。
ちなみに、俺はバルマト生まれ。名物はカニのケーキだ」
と、ハンクは良介の質問に対してつらつらと言ってのけた。
カニのケーキ───DCの名物料理がそんなものだったか。
なんとなくだが、良介の知るアメリカ料理のそれとも違うのだろうという確信があった。
「俺は中央平野生まれでね。とにかく、肉だ。
10時間以上掛けて最高の肉の塊を生み出すんだ」
「それはいいね。すごく親しみやすい」
ジャンの言うそれは、アメリカ南部のBBQみたいなものだろう。
何度か彼らの家庭でご馳走になったが───あの良介が男から振る舞われたものにしては、しっかりと記憶するほど素晴らしいものだった。
「リョースケ。お前のいたところは?」
「日本の羅宮凪島……南方の大きな島だな。
そこの南の端っこが故郷だよ」
「へぇ。どんなメシだよ」
「味噌で濃く味付けした麺と、味噌をたっぷり塗った揚げ肉。
それと味噌のケーキ」
「味噌ばっかじゃないか。うまいのか?」
合衆国は極東に成立して100年以上。
味噌に関しては、一般的ではないがそれなりに知られる食材である。
「驚いた事にね……」
などと話している間に、良介達の番が来た。
食事をよそってくれるのは、ソウサレス系の大柄なおばちゃんであった。
「どうも、お嬢さん。よろしく」
「噂の魔王かい? 礼儀正しいんだねぇ」
「おw嬢wさwんwだwっwてwよw」
ジャンが爆笑していると、おばちゃんがどこかから持ち出した棒で頭をしばかれた。
「リョースケ。色々言ってきたが、これがウチの軍隊メシだ。喜べよ」
べちょっ、どぼっ、どささっ、むちょっ。
「たんとおたべ」
良介が持つプレートに盛られたのは───
クリーム色と黄色の混ざった、水分が多いペースト状の何か。
白い───蒸かし芋のようなペースト状の何か。
それから赤いソースと和えられた、推定豆と野菜。
最後に、深くなっているところに白いお粥が盛られた。
合衆国はパン食と米食が半々くらいの割合で食べられているという。
どうやら今日は、米の日だったらしい。
それ以外の物体は正体不明である。
「……ありがとう」
強張っている自覚を持ちながらも、良介は笑みを浮かべて礼を告げた。
とりあえず広い空席を見つけて腰掛け───良介は困惑した。
「うーん。アメリカの基地で食った飯よりもわからんぞこれ……
ペーストばっかりではないか」
お粥と豆はともかく、それ以外は完全に謎の物質である。
周囲を見れば、合衆国人が口にしているので料理なのだろう。
葦原はほとんど和食と変わらないのに、この違いはなんだと言うのか。
ユーロネシアとの繋がりの影響だとしたら、極西には一体どんな料理があるのやら。
「カロリーと脂質、もちろんそれ以外もたっぷり詰まった栄養食だ」
「ダイエットにはお勧めできないな……」
隣に座ったハンクは黙々と、スプーンで謎物体を口に運んだ。
その表情から、味の評価を分析するのは不可能だ。
「この……べちゃべちゃなペーストって何?」
「ひき肉と白菜の炒め物」
恐らく、両者とも良介の知るそれではないのだろう。
どう考えても、匂いや色、質感が違いすぎる。
なんの肉なのか、それを聞く勇気は良介になかった。
「あーん……」
味は、油分が多そうな味である。
食えないというほどではないが、たくさん食べたくなるほどでもない。
適切な量の摂取が肝要な軍隊飯としては、非常に優秀な料理ではないだろうか。
実際に食べる側としては、食べたくなくなるものよりマシ程度だが。
「じゃあ白いペーストは?」
「パヴィートラム地方発祥の、蒸した肉の実。
別名、塩味のゲボ」
「食事中だぞ……」
肉の実とはこれいかに。
一口含むと───塩味と、鶏肉に近い風味を感じた。
なるほど、肉の味のする果実というわけだ。
「味付けは塩のみ! だけど良質なタンパク源だ」
「おいしくは……ない」
とはいえ、自衛隊の食欲が失せるタイプの食事を供する一部駐屯地や基地勤務者からすれば、垂涎のメニューだろう。
良介が初期教育を受けた基地はそのタイプだったので、気持ちは理解できる。
苦行より、栄養補給の方がマシだ。
「こういうのって、海軍とか空母だけ?」
「いいや、空軍でも似たようなもんだな」
なるほど、全軍で統一されているわけだ。
ならばまあ、合衆国軍が持つ兵站の優秀さの裏返しでもある。
全軍共通で、似たようなものをバラツキなく供給出来ているのだから。
「昨日は作戦前ってのもあって、ご馳走が出てきたんだぞ」
ジャンがようやく追いついて、向かいに腰掛けた。
なぜか、良介やハンクのものよりこんもり盛られているのが気になったが。
「やっぱりそういうのあるんだ」
「ある。作戦前に限るってのが、残念だけどな」
ジャンは食事に口をつける前に、コップを掲げてしばらく口を閉ざした。
これは黙祷だ。
戦死した仲間を悼んでいるのだ。
良介とハンクは、静かにならった。
「……ありがとな」
「自分の番が来た時、されなかったら寂しいからな」
ハンクはそう返した。
良介は───考えたこともなかった。
「ハンク。ホークスは今回、やられたのか?」
「誰も欠けてない。蒼穹の魔王の加護かもな」
「期待し過ぎだ。俺はそんなに上等な存在じゃないよ」
粥を一口含む。
オーソドックスで、良介もよく知る塩味の米だった。




