135 天下分け目の戦い 11日夕方「BATTLE of ASHIHARA」
「天下分け目の戦い 11日夕方」
央暦1970年4月11日
葦原海 京沖
葦原政府神祇軍『赤報隊』
川端“ロック”六助 神祇使部
黄昏色を帯びる、新たな機体。
僕にとっては、馴染みの機体でもあった。
神機隊で運用していたパニッシュ。
その複座型が、赤報隊で割り当てられた機体だった。
一般的に複座機といえば、機首前後に座席を設ける形だ。
実際、蒼鷹やカイトもその方式になっている。
だけどパニッシュの複座型は、副操縦士が真横に座る並列座席配置になっている。
そのせいで、彼女は僕のすぐ左に座っていた。
魔力の共有と制御の都合上、僕に手を重ねる形になっている。
「……なんだよ」
一瞬、彼女と視線が合ったけど、すぐに正面に戻す。
「いや、本当になに⁈ さっきからずっと機体のこと考えてるけどさ!」
間もなく、作戦区域に到着する。
余計なことを考えている余裕はなくなる。
「だ、誰が最初に考えたと……見つけた。空戦中の幕府軍だ」
彼女からの報告。
山本大祐は隙あれば、幕府軍は殲滅しろと言っていたけど……
ダメだ、それをやっては反乱軍のチンピラと同じになってしまう。
目標は、葦原政府の命令を無視した反乱軍。
彼女が信号を調整して、反乱軍の機体だけを敵機として登録してくれた。
「……待て! 向こうの通信送るぞ!」
僕が返事をする間もなく、彼女は盗聴した幕府と合衆国の通信回線を僕に届けた。
《増援が南東より接近! 機種、推定パニッシュ!》
《昼間の連中の増援だ、貨客船を攻撃させるな!》
どうやら幕府と合衆国は海域を離脱中の船を守っているらしい。
洋上の船は確認出来ないが、煙突が吐く煙だけは見ることができた。
それにしても……
昼間の連中?
彼らは、一体何を言っているんだ?
「なあ、今回は幕府軍とやり合わないんだよな?」
「関係ない。全部叩き落とせばいいっ!」
そういうわけにもいかない。
僕たちはチンピラではなく、政府から正当な命令を受けて行動する軍隊だ。
たとえ、神祇軍が神祇官直属の準軍事組織だとしても。
「こちら赤報隊! 葦原連邦及び合衆国軍に通達する!
現在接近中の機体は神祇軍の赤報隊、体制支持派だ!
敵ではない。繰り返す、敵ではない!」
彼女が僕の代わりに、向こうに通達してくれた。
その間にも、互いの射程圏に迫りつつある。
《隊長、どうする? 味方なのか?》
《民間人殺しをするような連中だ、所属の偽装くらいやる!》
《なんにせよ、我々合衆国海軍は葦原政府の干渉を認めない!
接近する機体を敵機と判断!》
この交信を聞く限り、どうやら幕府軍と合衆国軍は僕たちを味方だと思ってくれないらしい。
「くそっ、馬鹿どもめ! ロック、こうなったらやるしかない!」
どうやら、そうらしい。
遠くを飛ぶ合衆国軍機の翼から、光が迸った。
ミサイル、明確な攻撃。
兵装の安全装置を解除して回避機動を始めると……
味方のパニッシュが僕を追い越した。
「わかりやすくて、結構!」
蘭だ。
オーグメンターを吹かして一歩前に出ると、僕が命令を出す前に誘導弾を放った。
目標は恐らく反乱軍と交戦中の、合衆国軍の機体だ。
「ヒュゥ! あぶなーい!」
先行したミサイルは蘭の機体を捕捉して向かっていくが、フレアとバレルロールで容易く回避。
《グレイ3、ミサイル!》
《ぐおっ……!》
一方パニッシュとどこか似たシルエットの機体は、ミサイルの破片をモロに喰らった。
炎上し、墜落していく。
「あーあ。こうなったらやるっきゃないな……
宗吉、交戦する」
「あっヤバっ! 蘭、交戦しちゃってる!」
「慌てるのそこかよ!」
ツッコミを入れてる場合じゃないぞ。
この場は僕ら赤報隊以外、3勢力が敵なんだ。
戦力比は3対45といったところか。
単純計算して15倍だ。
「わかってる……ロック、交戦!」
オーグメンターを吹かし、最大出力で敵部隊に迫る。
交戦している横から迫り、幕府軍の五式の脇腹を撃ち抜く。
30ミリ砲弾が主翼を横一文字に裂いた上、胴体中央の燃料タンクに着弾。
制御を失い、炎上し始めた。
《目の前で幕府軍が撃墜された! あれはどこの部隊だ⁉︎》
《赤報隊を名乗っていたぞ》
《赤報隊? 聞いたことがない》
《神祇官お抱えの、サトリの罪人を集めた部隊だ!
機体だけ上等な張子の虎! 異人と共に畳んでしまえ!》
もちろん、数で勝る反乱軍も味方ではない。
誰も彼もが、僕たちを狙って襲いくる。
目前で獲物を横取りされた反乱軍の機体が2機、僕の背後を取らんと迫った。
彼女の思念と接続された僕には、その様子が肉の目で捉えずとも視ることが出来た。
「ボサっとするな、後ろ来るぞ!」
知ってる。
最大出力を維持して加速し、反乱軍を振り回す。
《凄い出力っ、これがリールランドの新鋭機!》
《誘導弾には勝てん、撃て!》
背後で2つの光が迸り、煙と共に向かってきた。
戦域の至る場所で細かな空戦が起きている。
「だったら何だよ⁈」
熱源は至るところにある。
僕は高速飛行のまま左旋回して、反乱軍と合衆国軍の戦闘に飛び込んで、合衆国軍機の目前を過ぎ去る。
《なんだあいつ……っ!》
1発は無数の熱源に惑わされて、あらぬ方へ向かい。
もう1発は不幸な合衆国軍機の横っ面を貫いた。
「ヒャッハー! ロック、楽しんでるぅ⁈」
蘭が幕府軍機の後方に喰らい付くと、1個小隊を機関砲で粉々に砕き始めた。
藍蘭、政府軍では上官の命令を無視し、さらには撃墜した上官殺し。
実戦ではもちろん、模擬戦でも負けなしの女豪傑。
本来銃殺刑になるところを、その無視できない戦果によって赤報隊送りで勘弁された。
彼女が持つ無敗の経歴に泥を塗ったのは僕だった。
「蘭、後方上からミサイル!」
「わ! 危なーい!」
危機的状況でも、どこか冗談めかした態度を変える事がない。
命に関して鈍感、一方で対処は怠らない。
だからこその強さがあった。
「宗吉! お前の正面右、幕府軍機を追いかけてるのが反乱軍の隊長機だ!」
「了解」
成田宗吉。
穏やかな人物で、サトリにしては常識的。
ただし、敢闘精神に欠ける。
罪状は敵前逃亡。
作戦中、副操縦士と共に射出座席を用いて脱走を試みるも失敗。
赤報隊送りとなった。
しかし、もう脱走の恐れはない。
脱走の目的は、その副操縦士を逃すためだったのだから。
愛する相方を処刑させないため、宗吉は戦うしかないのだ。
「悪いな。出来るだけ早く帰ってくれ」
敵隊長機だけを正確に狙い、組織的な戦闘能力を奪う。
それだけで撤退するほど、現代軍の組織構造は甘くない。
とはいえ、連続すれば無視出来ないダメージになる。
《また最上位がやられた⁉︎ 見た目で識別は出来ないぞ!》
《サトリのやることだ、心を読まれてる!
無心で戦え!》
《無茶言うんじゃねぇ!》
2機ほど幕府軍機を撃墜し、続いて宗吉を狙わんとする合衆国軍機へ向かう。
「ロック、ミサイル2時方向!」
右前方からのミサイル。
大丈夫、角度がある。
フレアを投下しつつ、左旋回して迫るミサイルの直角を進む。
数秒後、真後ろをミサイルが過ぎ去る。
「ミサイル、回避成功!」
敵機は僕に背後を向けていた。
狙うには最高の機会だ。
「隊長、やっちゃってくれ!」
宗吉の合図と共に、大きく旋回して背後につく。
すぐに敵機が反応して離脱を試みるが、逃すはずがない。
30ミリを10発だけ発砲し、エンジンごと胴体を撃ち抜く。
《グレイ8、被弾したぞ! 応答を!》
あの機体から命の炎が消えた。
黒煙を吐いて墜落する敵機を見送りながら、次へ狙う。
現在の戦況は……
「3対27! ロックの戦果は8!
まあまあ減ってきた!」
手持ちの弾も同じく。
もうミサイルは誰もなく、機関砲も残弾20%を切っている。
反乱軍に関しては半分近く減らしているのだから、もうそろそろ退いてくれてもいいはずなのだが。
《何が張子の虎だ! USSタナトへ、増援を要請!》
《あの赤い3機が来てから、どっちも血祭りに挙げられてる!
どういう事なんだ⁈》
《これが、蒼穹の魔王と対峙した賊軍の気分なのか?
震えが止まらない……っ!》
《部隊が半壊した……! 狂犬どもめ、やり過ぎだぞ……!》
敵の交信を聞く限り、泣き言が聞こえ始めた。
撤退勧告をするなら、今のうちではないか?
「そうかもな……待った!
蘭、低空に敵機! 貨客船狙いだ!」
「ひっどーい。無視するなんて……」
指示を受けた蘭は機体を翻して、低空から民間船に接近する反乱軍機に狙いをつけた。
その機体はすぐに攻撃を諦めて上昇し始めたが……
最後の悪あがきと言わんばかりにロケットを撃った!
「ほっんと冷める」
対地攻撃用にロケットを満載した機体だ。
パニッシュに背後から狙われて離脱出来るはずもなく、30ミリ機関砲に尾部を切り取られて制御不能に陥った。
貨客船は守り切った……
「ダメだっ、命中コース!」
ロケットは推進剤が尽きた後も慣性で飛翔を続ける。
適当に射程圏外から打ち上げたロケットの1発が、貨客船に命中する。
彼女が放つ思念でそう分析したのだ。
残念ながら、助ける手段はない。
どうしようもないのなら、敵を1機でも減らす方が優先だ。
《貨客船が被弾!》
《くそ、どこの船だ⁉︎》
《シータートル号、合衆国政府がチャーターした船です!》
《まずい、最重要護衛目標だ!》
《ロケットは左舷中心部に命中!
……たった今、救難信号を受信しました!
航行不能、沈没の恐れあり!》
これは好機だ。
今この場で大破した合衆国の船を保護すれば、葦原政府の正当性を国外に主張出来る。
「マッチポンプじゃん……こちら神祇軍赤報隊!
葦原海にて民間船が攻撃を受け大破!
至急、指示する座標に救難隊を派遣せよ!」
「こちら田辺港国境警備隊、急行する」
ひとまず、体制支持派の国境警備隊が応答してくれた。
被弾した民間船については、もう十分だろう。
《救難隊の出動を確認。まったく、あいつらやり過ぎだ……!
攻撃は十分、撤収せよ!》
《撤収⁈ まだ仲間の仇を討ててないぞ⁉︎》
《大局を見ろ! 俺たちの目的は達した。
お前らも、狂犬に食われる前に帰れ!》
気になる交信とともに、反乱軍が一斉に離脱を始めた。
あの貨客船が攻撃を受け、救難隊が出動したら目的達成?
「……えー。マジ?」
彼女の思念が、反乱軍から何かを察知したらしい。
状況が、僕には読めない。
「えーっとさ。ごめん、多分バラしたらボクら首斬られる」
僕たちの首がかかっているということは、神祇官は反乱軍と結託しているのか?
「……黙秘、言えない」
半ば答えだけど、そういうことなら追求はやめよう。
あんな卑劣な連中と手を組むなんて、信じたくないけれど。
「こちら蘭! 隊長、連中の背中撃っていい?」
「やめとけ。増援に鉢合わせたら勝ち目はないぞ」
「ちぇーっ」
列機と編隊を組み、飛騨基地へ針路を取る。
反乱軍が撤退した以上、僕たちがここを飛行する意義はなくなった。
「で、あたしらの仕事ってこれで終わり?」
「どうかな。反乱軍の中に葦原海の通行料を要求する馬鹿が出たらしい。
異国の連中が、払うわけないだろうに」
宗吉の語った話は初耳だった。
まだその話は、ラジオで報じられていない。
《どうする、艦隊が突入してシータートルを回収するのか?》
《合衆国海軍でも、それは無理だ……!》
あの貨客船、シータートル。
政府に回収されたくない、何らかの秘密があるらしい。
とはいえ、それは政治の話。
僕には関係ないだろう。
「赤報隊、帰還する」
日は落ち切って、夕焼け色は水平線の奥に消えていた。
赤報隊は東、これからやって来る夜闇へ。
また来るであろう、葦原海での戦いに備えよう。




