134 天下分け目の戦い 11日夕方「BATTLE of ASHIHARA」
央暦1970年4月11日
中葦原山脈 飛騨基地
葦原政府神祇軍『赤報隊』
川端“ロック”六助 神祇使部
窓のない作戦室。
淀んだ空気と煙草の匂いが漂うこの空間にそぐわぬ、小綺麗な格好の男が現れた。
───出たよ、最高神祇伯の犬。
彼女が囁き声の代わりに、思念を送ってきた。
そういう真似は陰湿で、好ましくないと思う。
「……ちっ」
彼女はあの人、伊邪哭國男最高神祇伯に牢屋から出してもらって以来、なぜだか彼に対して当たりが強くなってしまった。
恩こそあれど、そこまで嫌うような要素はなかったように思える。
───お前はあいつの思念が流れ込んでこなかったから、そう言えるんだよ!
この問答も、実際に何度か繰り返している。
何度聞いても、何が問題なのかよくわからないけど。
「私は葦原政府神祇大祐、
山本寛吉である!」
壇上にのぼった山本大祐は高らかに宣言した。
神経質そうな男で、発言するたび、胸元に付けている勲章の位置を直している。
───単に神経質なだけじゃない。ボクらが軍人だから、内心ビビってるんだよ。
落ち着きがないから、こういう細かいことをして精神の均衡を保とうとしてる。
そんなに怖がらなくても、何もしないのに。
───何かされる覚えがあるから、後ろめたいんじゃないの?
そういうものなのだろうか。
何も書かれていない作戦室の黒板を叩きながら、山本大祐は叫ぶ。
「本日、世界博覧会から各国関係者及び設備が撤収する手筈だった。
だがしかし!
馬鹿な異人どもは護衛を我々の軍隊ではなく幕府の賊軍に任せた!」
その報道は僕もラジオで聞いていた。
腹立たしい話だ。
フラネンスの民間機は幕府の連中に撃墜されたというのに。
世博参加国は、揃って幕府に護衛を依頼した。
陰謀だ。
幕府は異国と協力して、葦原を悪党に仕立て上げようとしている。
連中なら、そのくらいはやりかねない。
───陰謀にしても、雑過ぎない?
勝った気でいる腐敗した連中のやる事だ、雑になって当然だ。
そんな奴らに、負けるわけにはいかない。
「それは一億歩譲ってよしとしよう……しかし、問題は別にある。
事もあろうに軍の馬鹿どもが葦原海の禁止領域に侵入し、
護衛の賊軍と合衆国軍へ攻撃したのだ!」
僕は自分の耳を疑ってしまった。
軍が民間機を護衛する部隊を、攻撃したというのか……?
あり得ない、こんな見え透いた挑発に乗っかるなんて!
あまりにも思慮が足りなさ過ぎる、一体どこの部隊なんだ?
これでは、合衆国がこの内戦に介入する口実をみすみす与えるようなものだ!
───どいつもこいつも、考えのない馬鹿ばっか……
彼女の思念を否定出来ない。
こんな雑な事ばかりしていては、それこそ異国の侵略を招いてしまう!
「軍が我らの命令を無視して攻撃するなど、メンツに関わる重大問題だ!
よって君たち赤報隊には神祇官直轄部隊……葦原真の統治者神祇官の代表として、
この状況に対応してもらう」
「して、神祇大祐。作戦は?」
僕の部下となる成田宗吉神祇使部が挙手して質問した。
すると、山本大祐は表情を強張らせて怒鳴り散らした。
「お前ら使部如き、神祇大祐に質問出来る立場ではなぁい!
……が、私は寛大だから今回は許してやる。次はないぞ。
反乱軍のような矮小な存在に小賢しい作戦など不要!
これより赤報隊は現地に急行し、反乱軍を尽く撃滅せしめ、
状況によっては幕府軍をも殲滅!
葦原の主は我ら神祇官である事を証明せよ!」
───やーっぱこいつもダメだ……
戦争どころか、飛行機のことすら全く知らないど素人だ。
それは僕にもわかった。
幕府の連中は畏怖の魔王の存在によって、戦況を逆転させた。
畏怖の魔王、そしてその周囲は手強い。
それは認めよう。
でも大半が烏合の衆であることに変わりはない。
だけれど、無策で勝てるほど甘くもない。
相手が反乱を起こした政府軍の部隊でも同じこと。
───そんな頭してる癖、この中で自分が一番理解してるつもりでいる……
しかも、ボクたちを賤業従事の匪賊非人とか思ってやがる。クズめ。
僕のような無頼集落出身者は、そう扱われるのは珍しくない。
軍人も同じだ、人の死に関わる穢れとして軽んじる最低な連中も多い。
だけれど、そうでない人達もいる。
そんな人達のために、僕は戦っている。
───その最低な連中が直属の上司だけどな……
今は、それは考えないでおこう。
「赤報隊隊長! あとはお前の責任で決めろ、以上だ。
私がこんな辺境まで来てやったんだ、絶対に結果を出せよ!
さもなくば、お前らをいるべきところに送り込んでやるからな!」
僕が?
山本大祐は僕の目を見て、そう断言していた。
間違いなく、僕だ。
非常に粗雑な命令だけ伝えた大祐は、振り返りもせず作戦室を出て行った。
薄暗い作戦室には、僕ら赤報隊の面々だけが残された。
「……ひっでぇな。隊長さんよ、あんたに同情するぜ」
僕の左隣に座っていた宗吉は、改めて言ってくれた。
彼は赤報隊の面子のなかで、僕以外で唯一常識的で穏やかな人物だ。
体格はすごく大きくて、いかつい容姿をしているけれど。
───おい! しれっとボクを非常識側に分類するな!
「なにせ、あたしらの無茶も全部あんたの責任なんだからさ!」
対する右隣の彼女は藍蘭神祇使部。
非常に短い名前をしているが、本人曰く『適当に決まった名前、姓も適当でいいでしょ!』だそうな。
上司として、非常に困る人物だ。
基本的に僕の言うことは聞いてくれるが、それ以外の言葉は無視する。
それと……僕がわざわざ言葉にして言わないと、ないものと判断してくる。
「たった3人で、反乱軍を鎮圧しろ?
無茶だぜ、それは」
「おい、ボクを忘れるな!
誰がこのボンクラの補助と管制やってると思ってんだ!」
僕の背後で、彼女が身を乗り出して抗議した。
キンキンと高い声で、耳が苦しい。
「はいはいおチビちゃん! で、隊長どうする?
作戦とかある?」
作戦。
改めて、葦原海の地図を見やる。
といっても、地図で得られる情報などない。
現場は混沌としており、反乱軍と幕府・合衆国軍の情報を紙に表しようがないからだ。
ただ、広い海原が広がっているだけ。
気象状況も比較的落ち着いている。
「状況不透明につき、現地で臨機応変に対応する」
「ま、情報がないものな。そうするしかないか」
「あたしらの暴れ方次第って訳だ……!」
命令が下り、作戦が決まった以上出撃するしかない。
新しい部隊も滅茶苦茶で、神機隊の日々が懐かしくなるけど……
またここで、やっていくしかない。
幕府にとどめをさす、その時まで。




