133 天下分け目の戦い 11日昼「BATTLE of ASHIHARA」
央暦1970年4月11日
葦原海 USSタナト・ク・マランス
葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
「着艦まで2マイル!」
空母に着艦したF-2など、この世にいないだろう。
その史上初を今、チェイスは実践するのだ。
既に空母の甲板はコクピットの計器の陰に消えている。
頼れるのは計器と、空母の誘導のみ。
「タッチまで、3、2、1……タッチ!」
米軍としばらく過ごした時に、空海軍の違いをチェイスは直に見ていた。
空軍は空自と同じく、まるで赤ん坊をベッドへ寝かしつけるかのように接地する。
一方で海軍は、ドッスン。
たっぷり水分を含んだ土を詰めた土嚢を放り投げるかの如く。
ギアを大きく沈ませながら地面に着くのだ。
これは海軍が適当な仕事をしているからとか、そういう話ではない。
空母への着艦は必然的に制動距離が短く、設定された小さな地点に降ろさなくてはならない。
まさに、計算した墜落と呼ばれるような降下率での接地だ。
「ダメだっ、速すぎるぞ!」
そう、良介は空母に着艦するという想像が足りなかった。
まだまだ滑走路感覚で降下させていたため、接地速度が速すぎたのだ。
展開していたアレスティングフックが、ワイヤーを引っ掛かった。
艦載機ならばこうする事で、制動距離を最小限に抑えられる。
F-2のそれは目的外使用ではあったが、機能はした。
ぐいと急減速するが───ガゴォン!
聞きたくない脱落音、殺しきれなかった速度。
咄嗟にチェイスはF-2後部に搭載されたドラッグシュート(急減速用のパラシュート)を開くが───
恐らく、大きな影響は与えなかっただろう。
機体は空母が用意したネットへ一直線に突っ込んでしまった。
衝撃に続き、沈黙が世界に漂った。
ロックを解除して、機内と外界を隔てる風防を開く。
「おい無事かっ、魔王!」
空母の甲板員であろう、ソウサレス系の男が良介に尋ねた。
なにせ、本来空母への着艦を想定していない空軍機が無理矢理着艦したのだ。
それも至近距離でミサイルが炸裂し、損傷した機体でだ。
正気を確認されて当然だろう。
炸裂したミサイルは、お前自身が主翼でぶん殴ったのだから。
爆発無関係に、お前は色んな意味でまともではないのだ。
「聞きたい事があるんだけどさ……」
「なんだっ?」
「ウェルカムドリンクの用意はある?」
しばし甲板員は呆気にとられた様子で良介を見ていたが───
言葉の意味を飲み込んだ彼は、破顔して周囲に告げた。
「蒼穹の魔王は無事だ! 帰ってきやがった!」
歓声が良介を包み込み、まるで胴上げをするかの如く、空母タナトの甲板員たちが良介を担ぎ上げた。
騒ぎの中心であるはずの良介には、状況があまり飲み込めていなかったが───
腕を組んで見上げている彼が、その疑問に答えてくれるだろう。
ハリー・サリバン合衆国空軍中佐だ。
「チェイス」
「良介でいいよ……で、この人たちなんでこんなに喜んでるの?」
「説明しよう。諸君! 彼を下ろしてくれ!」
この騒ぎは号令があっても数分ほど続いたが、ようやくテンション爆上げな連中に伝わったらしい。
人波に流されていき、良介はハリー中佐とバトルホークス隊の面々の目前で甲板に下された。
「お前ら、まだ戦闘は継続中だ! 機体を収容して次の準備だ!」
戦闘は継続中。
そういえば、世博から撤退する民間機はあの団体だけではない。
後続のフライトは戦闘が起きれば、待機せざるを得ない───という話になっていたはずだ。
まさか第一弾から襲撃を受けるとは思っていなかったが。
「長坂空港で発生していたデモが暴徒化し、ターミナルが銃撃を受けた」
遂に、そういう段階に来たか。
覚悟していた言葉を聞かされ、良介はF-2を収容する甲板要員へ向いた意識をハリー中佐に戻した。
「本来、民間機はこういった状況では待機するほかないが……
血の気の多い暴徒がターミナルに押し入ればどうなるか」
「無理矢理にでも離陸して、国境を離れるしかない」
「そういうことだ。現在、空海の第二陣が離脱を始めている。
戦闘を経た葦原連邦空軍には補給と休養が必要だ。
よって第二陣は葦原連邦海軍航空隊と、我々合衆国が撤退支援を行う」
良介はF-2を持ち帰りはしたが、この戦闘に復帰するのは無理だろう。
いくら錬金術なるご都合技術があるからといっても、瞬時に機体を修復出来る程ではない。
そう───F-2での復帰は無理だ。
それはそれとして、ハリー中佐は微妙に質問に答えていない。
「で、海軍連中が盛り上がってたのは?」
「……」
なぜか、ハリー中佐は表情を歪めて視線を逸らした。
そこでハンクが距離を縮め、肘で小突く。
「おい。言うべき言葉があるだろ?」
「……わかってる」
ハンクからの忠言を受けたハリーは、咳払いをひとつ。
呼吸を整えて良介と視線を合わせた。
「先ほど撤退していた民間機だが……最後尾の機体」
「マランシアン航空142便だっけ?」
「そうだ……名前の通り、合衆国の航空キャリアの機体だ」
なるほど。
あのミサイルの挙動は、十中八九狙いは最後尾の機体だった。
撃墜されれば、乗員乗客のマランス合衆国人が犠牲になっていた。
同胞を命懸けで守ったのだ、大喜びして当然だ。
「乗客の中に……エラ・アーロン様がいた」
「……え?」
思わぬ名前が出てきて、良介は思わず硬直した。
そんな話は、周囲はもちろんエラ本人からも聞いていない。
確かに彼女は多忙の身の上であるためか、しばしば出掛けてしまうが───
あの戦場でトップクラスに危険な場所にいたとは。
「私も世博撤退支援のため、現地にいるとは聞いていたが……
直前になって本人から聞かされたよ」
その話がどこからか、空母の乗組員にも漏れたというわけだ。
建国の英雄にして、永遠のアイドルを守ったと知れ渡っていたのだ。
「なるほど。アイドルを助けたとあっては、あの騒ぎも納得だ」
「ああ、2度もな」
ハンクが補足した話は、良介もつい最近知った話だった。
エラ本人から告白を受けた時聞いた、本当の馴れ初め。
良介が漏らした記憶がないとなると───
あのエルフめ、どこかで話を広めているな?
良介が思案を巡らせていると、突如背中を突かれた。
「なに?」
「ほら! ウェルカムドリンクだ!」
甲板要員から差し出されたのは、マグカップに入った紅茶だった。
合衆国ではジンジャーに近い味わいのミルクティーが一般的である。
「ありがと」
あの冗談を気に留めていたとは。
言動とは裏腹に律儀というか、ノリがいいというか。
ひとまず、一口含んで警戒していないアピールをした。
「悪いな、エラ様の英雄にこんなものしか出せなくて!」
「いいって、気にしなくても」
紅茶をくれた彼を見送ると、良介は再びバトルホークスたちに向き直った。
「ありがとう、蒼穹の魔王」
ハリー中佐は礼を告げると、静かに挙手敬礼した。
こうされては、航空自衛官として一応やらねばならない。
良介もまた、答礼した。
「……あれにエラちゃんが乗ってたのか。
褒章とか出るの?」
「望むのならば……」
「ほ、本気にするなって!」
もしこれで褒章が出て受け取りでもしようものなら───
ついででとんでもないものを押し付けられそうだ。
そう読んでいた良介は、慌てて否定した。
「第一、戦いはまだ終わってないんだろ?」
「ああ。バトルホークスは休養と補給が済み次第、護衛のため再出撃だ」
「了解」
疲労こそ感じさせたが、ハンクは澱みなく返答した。
「志村二尉。君はよくやってくれた。戦闘が終わるまでの間は休息をとってくれ。
あの至近距離の爆発だ、損傷を負ったのは機体だけではないはずだ」
「俺は平気だよ……それよりもさ」
良介、そうは言ってもお前は搭乗機のF-2が使えない。
そんな事を言っても、お前に出来ることは───
待て、お前は今何を見ている?
「おいおい、リョースケ……お前マジか?」
「? なんだ、どうした?」
良介、お前が今見ているのは発艦準備中の───
合衆国海軍で運用されている艦上攻撃機、BT4ガルーダだ。
ロングイヤ社、エラの会社で開発された攻撃機だ。
幕府及び葦原連邦海軍でも艦上機として採用されている機体でもあり、過去に良介はこの機体を───
おい、お前───正気か?
良介は視線をハリー中佐に戻した。
「あのガルーダは哨戒飛行のため飛行予定だが……」
「予備機は?」
「海軍に確認する必要はあるが、あるだろう……
志村二尉、まさか……」
「次の出撃、俺も出るよ。その予備機で」
ハリー中佐はポカンと口を開いて、ハンクを見やった。
「な? こいつ、こういう奴」
「……あの人も惚れるわけだ。マランス皇帝の逸話を思い出すよ」
比較相手からして失礼な事を言われている気もするが───
そうか、お前的には機体の問題は解決済みなのか。
「……いいだろう。だが志村二尉、今は休め。
明日の朝、バトルホークスと共に貨客船の護衛にあたってもらう」
いくら10年前、夏休みの間中一睡もせずに女の子を求めて街を彷徨い歩いたお前でも。
流石にもう限界だろう。
彼の言う通り、今は休め。
お前が休んでいる間は、連邦海軍や合衆国がやってくれるのだ。
「ふう……了解。今日は休むよ。
で、F-2はちゃんと返してくれるんだよね?」
「あの機体を君以上に上手く扱える人間は、合衆国にはいないのでね。
しばらくして葦原の港についてからになるが、返却は必ず行う」
その言質さえとれたなら、ひとまずは十分だ。
良介は肩の力を抜いた。
「頼むよ……それで、可愛い女の子が艦を案内してくれるサービスは?」
「こちらに」
その声を聞いて、良介は1ミリも期待せず振り返った。
どー見ても男、アジア系───厳密には極東系の男だ。
しかし袖を捲った逞しい上腕二頭筋には、可愛いクマのタトゥーが彫られていた。
「……泣けるぜ」
「蒼穹の魔王殿、さあこちらへ。皇帝空母の設備をご案内します」
「じゃあな、チェイス。また会おう」
「志村二尉。改めて、よくやってくれた」
ハリー中佐とハンクの言葉に、良介は片手をヒラヒラさせて応えた。
陽は傾き、日中と夜の中間が始まろうとしていた。
水平線の向こうからは、戦いの気配を感じる。
未だ、戦闘は終わっていない。
史上最悪の経緯で始まった、天下分け目の大空戦。
それがこの葦原海で始まってしまったのだ。




