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蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~  作者: 穀潰之熊
第四部 東国地方

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132 天下分け目の戦い 11日昼「BATTLE of ASHIHARA」

「天下分け目の戦い 11日昼」

央暦1970年4月11日

葦原海 京沖

葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』

志村“Chase”良介二等空尉


 スモッグによる白んだ空ばかりが広がる葦原本州では珍しく、葦原海上空では水平線と青空が見えた。

 その水平線の向こうから迫る、4つの機影。

 小さいのが3つと、大きいのが1つという内訳だ。


「こちらバトルホークス。

ペンギン隊へ、間もなくそちらへ合流する」


 合衆国空軍から護衛に参加するバトルホークスだ。

 彼らは葦原海西部の公海を航行している空母から発艦している。

 葦原領に近づかないのは、葦原政府側の急進派を必要以上に刺激しないための配慮だろう。


機影視認(ビジュアル)、バトルホークスだ」


 それから間もなく、彼らの機体がチェイスの見える距離まで迫ってきた。


 YPJA-14B、ビッラ。

 我々の知るF-14によく似た機体だが、微妙に異なっている。


 エンジンはF-2のそれをリバースエンジニアリングして作り上げたものを組み込み、この世界の常識では考えられない推力を実現している。

 さらに機首からは、F-14にはないピトー管が伸びている。


 そう、この機体はF-14とは何ら関係がないのだ。

 このバトルホークス3機の後ろには、大型の機体が随伴していた。


 銀色に輝くボディに、4つのレシプロ(プロペラ)エンジン。

 そして、ジェットエンジンが主翼に1基ずつ。


 合衆国空軍で運用されている空中給油機、TT-97だ。


 この世界では空中給油が実用化されている。

 しかしその方式はいわゆるプローブアンドドローグという、言うなれば垂れ下がった給油口に受ける側が押し込む方式だ。


 F-2はそれよりも少し新しいフライングブーム方式にしか対応していない。

 こちらは、この世界で実用化されていない技術なのだ。


 しかしF-2の技術吸収を積極的に行い、かつ実用化に熱心な合衆国はこちらも吸収した。

 TT-97の胴体後部では、給油のための長い筒が伸びていた。


「よーし。こちら空中給油機アテンダント(Attendant)

ペンギン1、給油体勢に移れ」


 既に合衆国ではフライングブーム方式の実用試験を行なって成功しているらしい。

 が、もちろんチェイスはこの世界で空中給油を受けるのは初めての経験だ。

 向こうとしても、F-2の給油は初めてに違いない。


「ペンギン1了解。アテンダント、風防磨きはサービスしてくれる?」


「うちは格安なんでね、サービスはなしだ」


 バトルホークスとアテンダントの横をすれ違うと、チェイスらペンギン隊は機体を旋回させて給油機の真後ろについた。

 今までなら大助の機体は真っ先に給油を必要としただろうが、YP-27に乗り換えた現在は余裕があった。


 というわけで、チェイスのF-2が最初に給油を受ける事となる。

 機体を給油機に寄せるとTT-97の給油口(ブーム)が展開され、チェイスの方を向いた。


「残り1マイル! 接続許可!」


「こっちも給油口を開ける」


 戦闘機と比較すると低速なTT-97に、出力調整で速度を合わせる。

 近づきも遠ざかりもしない塩梅にすると、今度は出力を微増させてゆっくりと迫る。


「ペンギン1、もうちょっと左に」


「オッケー……俺から見て左?」


「当たり前だ。そんな初歩的なミスはしない」


 チェイスはペダルを踏んで、少しだけ左にヨーイングさせた。


「止まれ! 速度と方位を維持!」


 ブームの先端がチェイスの目前、風防のすぐ向こうにあった。

 動翼制御によって制御されたそれがゆっくりと、かつ間違いなく伸び───


 やがてブームはチェイスの頭上を過ぎ去り、コクピット後方の給油口に差し込まれた。

 悪くない手際だが───小牧の404飛行隊と比べるのは酷というものだろう。


「よし……接続確認。給油を開始する!」


「お疲れ、アテンダント」


「油断するなよ、まだ終わってない」


 空中給油は下手な着陸よりも困難の連続だ。

 速度調整はもちろん、突風などで制御が乱れれば給油機もろとも墜落の危険があるのだ。


 ましてや、初めての機体で行われる給油だ。

 アテンダント搭乗員の緊張は凄まじいものに違いない。


「こちら竜司、異変は見当たりません」


「大助同じく。風も穏やかだ」


 僚機の皆がそう報告し、安全を確保してくれている。

 あとは、別のトラブルが来ないことを祈るばかり。


「こちらフツノミタマ、電探に不明機を探知!」


「アテンダント、ブーム収めろ!」


「了解っ……!」


 チェイスはブームが離れたのを確認すると、給油口を閉ざし、素早く機体を翻した。

 満タンではないが、十分な量の燃料は受け取れている。


「こちら葦原連邦空軍、AWACSフツノミタマ!

所属不明機へ、現在我々は当区域にて航路の安定化作戦に従事中です!

接近は控えてください!」


 フツノミタマのゆかり管制兵が問いかけると───


「失礼、敵味方識別装置(IFF)の不調だ……今、僚機の信号を調整させた。

こちらは葦原政府空軍第23飛行隊。交戦の意図はない」


 応答があった!

 さらに彼の発言の通り、IFFにも応答があった。


 どうやら、藩空軍の時代から使っている信号を流用したらしい。

 表示には寧々(ねね)藩空軍と表示されていた。


 この世界ではIFFは普及しているのだが、信頼性が低いという欠点があった。

 なので時折、こうして無用な緊張が高まることがあるのだ。


「合衆国に対して、既に通達した通りだ。

我が部隊は航路の安定化作戦に協力する」


「えっ……?」


 チェイスら連邦空軍は寝耳に水の話題だ。

 この交信を聞いているであろう、ハリー中佐はどうだろうか?


「クリプト、確かなのか?」


「待て、今確認する」


 ハンクがハリー中佐に尋ねてしばらく。

 苛立った声で反応が返ってきた。


「その通りだ、京の大使館に通達があったとの報告だ。

今朝がた、郵便受けに投函されていたと……!」


「ゆ、郵便? 手紙送る感覚で?」


「訳のわからん嘆願書の山から、やっと見つけ出したとの事だ」


 京に詳しいジャーナリストによると、京の各国大使館に対して奇妙な活動が頻繁に行われているらしい。

 最近は少なくなったそうだが、以前は敷地を包囲してスローガンを叫び、さらには焼死自殺や首切り自殺を図ったり───

 嘆願書が毎日のように投函されるのは、葦原内戦が始まってからの日常だとか。


 誤解があるといけないので補足すると、これは葦原政府が煽っている膨張主義の賛同者によるものではない。

 それに反対する、反体制派寄りの政治結社『葦原平和守護隊』による活動───

 彼らの言うところの贖罪(しょくざい)である。


 嘆願書には手書きで『葦原の罪をお許し下さい』だの、『我々葦原人は戦争を望みません』だの───

 似たようなスローガンばかりが書き並べられているそうな。


 これで葦原政府には何も言っていないのだから、各国大使館としては「なんだこいつ」としか言いようのない連中である。


 平和守護隊は葦原政府の意向で結成された組織ではないが、特に弾圧などはされていないらしい。

 葦原政府に対する反戦派の愚かさを強調しやすく、かつ大使館の機能も麻痺させられるからだとか。


 葦原人の目立つ奴は、揃いも揃ってズレている上に極端な連中ばかりである。


 閑話休題。


 一応、事前に通達したのは事実というわけだ。

 現状を考慮しない手段で通達したのには、問題があるが。


「こちら合衆国空軍。第23飛行隊、貴隊のその行動は命令を受けてのものか?」


「いや。我らは独自の判断でここに来た。

武士として、葦原の航路を守るのは当然のお役目。

どうか我々にも守護の任務を担わせて欲しい」


───馬鹿か、こいつら?


 葦原政府の正式なコネクションではなく、大使館宛てにお手紙を投函するという手段で察するべきだったが───

 彼らは少なくとも飛行隊という、軍隊の中の一部隊が独断で行動したのだ。


 論外だ。


 まだ葦原政府が、葦原の主たる自分を差し置いて安定化作戦を行わせるわけにはいかない。

 そういう判断で部隊を送ってきたのなら、まだわかるし受け入れられる。


 しかし、彼らは自分らで勝手に判断して、筋も通さずいきなり押しかけて手伝わせて欲しいとは。

 そういう指揮系統の破綻しているところが、葦原政府の見限られた理由だというのに。


「……チェイス殿。受け入れては如何でしょう?」


「え?」


 突如、竜司が突拍子もないことを言い出した。

 この子は一体、いきなり何を言い出すのか?


「彼らは葦原を想って行動したのです。

その心意気を汲み取るべきでは?」


「竜司ちゃん、それはダメだ」


 逡巡する間もなく、良介は否定した。


「……どうして?」


「軍隊がちゃんとした命令もなく、勝手に行動したらダメだろ?」


「ですが、命令を受ける間もない事は有り得ます。

なにより、相手は葦原政府の神祇官。命令を受け入れる義理などありません」


 出会った当初、葦原政府は所属問わず絶対に殺すと言わんばかりだった彼女だが。

 その怒りの対象を神祇官に絞れるまでは落ち着いたらしい。


 それは良かったとしよう。

 しかし今回の問題は心意気などで正当化していい問題ではない。


「軍隊って、国民の税金で成り立ってるんだぜ?

勝手に兵器持ち出して使って、問題が起きたら誰が責任取るんだ?」


「武士ならば、自ら腹を召して責を取るものです」


「いいや、竜司。違うぞ」


 ここで沈黙して様子を見守っていた大助が口を挟んだ。


「私もちぇいすに賛同する。将が兵の手綱を握れぬようでは言語道断。

そのようなたるんだ統治では、いずれ兵が勝手に旗を掲げ、

いかがわしい行いを始めるだろう。そうなれば腹ひとつだけでは済まん」


 いかがわしい、という言葉で反応したチェイスよ。

 別にこれは下品で猥雑という意味に限らず、怪しげなという意味でもある。

 今回の場合、お前の思っているような意味合いではないのだぞ。


「ですがこれは、義のための戦いです……!」


「盗賊や物盗り共も糊口(ここう)を凌ぐため、義の戦いをしていると言うぞ。

義は容易く暴れ狂い、状況を乱す。

葦原政府こそ、その義によって此度の混乱を起こした。

違うか?」


「……それは」


 人間、露悪的な態度を好む人物もいる。

 だが一方で、本当に悪としか言いようのない真似を心底楽しむ人間はごく僅かだ。


 悪とされる、仮に犯罪者としよう。

 強盗や窃盗などをする人間は大抵、心のうちに何かしらの大義名分を見出して行動に移している。


 明日食うため、遊ぶ金のため、楽しいから、そうするのが癖だから。

 生き延びるため、日々の退屈に耐えるため、そうするしかない。

 自分本位な理由だとしても責任から逃避するための、仕方がないと自身を納得させるに足る、何らかの正義が彼らの心中には必ずある。


 正義なく、あるいは正義があったとしても。

 人間は自身が悪人になるという事実には耐えられないのだ。


 義によって、という理由こそ人を悪行に走らせる大義名分に相応しいものはない。

 悪辣な圧政者も、浅慮な侵略者も、冷血な虐殺者も。

 正義のために仕方なく、悪行を成すのだ。


 義と悪は紙一重。

 心の赴くままに行動するというのは本来、危険な行為なのだ。


「頼む! 後生だから!」


「ノーだ。帰投し、本来の任務に復帰せよ!

合衆国ほか、世界博覧会参加各国は無責任な軍事行動を許容しない!」


 第23飛行隊とハリー中佐の問答は続いていた。

 まさしく、葦原政府軍の無責任な軍事行動によってフラネンスの民間機は撃墜されたのだ。

 あとから参加させろと葦原政府軍の人間が言ってきても、許容されるはずがない。


「いいじゃないか。参加させてやろう」


 誰かがあってはならない交信を飛ばした。

 時刻を見ると───彼らが作戦区域に到着する時間帯であった。


「歳三、状況を混乱させるな」


 山義歳三。

 新選組隊長にして、この作戦に参加する人間で最上位の階級を持っている男。


「俺はこの作戦の最上位なんだろう?

なら、最上位の人間として彼らの受け入れを認める」


「歳三……鬼の山義かっ、新選組の⁉︎ なんと、ありがたい!

我らはどうすればいい?」


「この作戦中、貴隊は新選組預かりとする。

ひとまず追従せよ」


「了解した!」


 まさか、受け入れてしまうとは。

 それも面子を立たせるために強調した、作戦参加者の最上位階級という地位でゴリ押して。


 これは後々拗れそうだ。

 他人事ではないのだが、チェイスは思う以上は何も出来なかった。


 チェイスの彰義隊隊長という肩書きは、ほとんど看板なのだ。

 権限はペンギン隊内部にしかないと言ってもいいほどに。


「……歳三。これはお前の責任で行うんだな?」


「その通りだ。我ら武士は義によって動く。

とろくさい手続き主義者と違ってな」


 レーダー上の第23飛行隊は、AOに入ってきた新選組と合流した。

 少なくとも新撰組に対して騙し討ちをする気配はない。


 新選組は世博撤退の民間機を先導する役割を担っていた。

 彼らがAOに入ったのなら、間もなく作戦が始まるということだ。


「間もなく、パッケージがAOに到着します」


 給油を終えたペンギン隊は、バトルホークスと共に哨戒飛行を始めた。

 危険なのは南側、どこから敵性航空機や艦艇が姿を現すかわかったものではない。


「新選組ってとこの隊長さん、よくわからん連中を受け入れて大丈夫なのかね?」


 ハンクがチェイスに向かって尋ねた。

 ペンギン隊他メンバーに配慮しているのか、葦原語と思われる。


 そんな事を聞かれても、よそ者のチェイスには何とも言えないのだが───


「うーん。幕府空軍の時代から有名だったから、どうにかなるんじゃない?

褒められた事じゃないけど」


「鬼の山義……奴が前いたのは、鎮武隊だったか?

苛烈な部隊だって話は聞いたな。

なんでも、身分上戦闘機に乗れないけど見込みがある連中をかき集めたらしい。

荒くれ連中だったから、統制を取るために厳しいルールを決めたんだとさ」


「なるほど……これも、改革の一部にするつもりだったんだな」


 大和幕府は限界に達している。

 そう結論付けたのは、葦原政府や大衆だけではない。


 当の大和幕府の主であった先の将軍、そして幕府を終わらせた利信将軍とその兄、松平吉宗にも同じ危機感があった。

 葦原内戦というトラブルによって改革は崩壊してしまったが、利信将軍は独自の改革をじわじわと進めていた。


 幕府軍という国防を担う軍隊は、武士だけのものではない。

 新選組をそのモデルケースにするつもりだったのだろう。


「独裁制の倒れる時ってのは、まず穏便にはいかない。

お隣の俺らとしては、世界初の例にして欲しかったんだけどな」


「……合衆国としては葦原が混乱していた方が、都合がいいのでは?」


 ハンクのこぼした本音とも言える発言に、竜司が噛み付いた。

 葦原が合衆国に抱く感情は複雑だ。


 葦原は鎖国令を出して、公的には外国とは貿易や人の行き来など、一切の交流を拒んでいる事になっている。

 現実には、全くそうではない。


 150年前、合衆国がまだパヴィートラム地方だった頃。

 大和幕府は風前の灯とされるほど、地方の反乱で弱っていた頃があった。


 その窮状を聞きつけて、介入したのが合衆国だった。

 もちろん、先陣を切ったのは後の建国者マランス皇帝。


 反乱軍の鎮圧に協力した恩に加えて、彼らの持つ圧倒的高性能な銃や魔術を目の当たりにした当時の大和幕府は、特例としてパヴィートラム地方との限定的な交易を許したのだ。

 なので葦原に配備される兵器は合衆国の色が強く、ファッションや食生活にも影響が色濃く見られる。


 一方、国境が近いだけあって軋轢も多くあった。

 反乱軍の影響が強かった地域は、今でも合衆国に対する反感が根強い。


 葦原は合衆国に対して、憎悪と憧れを内包する歪な感情を向けているのだ。


「そういう向きがあるのは否定しない」


「よくもまあ、おめおめと……!」


「竜司ちゃん、ステイ」


「そうだガール、落ち着け(CalmDown)。あくまで、そういう向きだ。

総意じゃないし、状況が色々と変わった。俺たちにとって敵は、人間じゃない」


「……管理者、とでも?」


「そうだ。かつて世界を滅さんとした、あの連中だ」


 竜司も合衆国館で目撃していた、あの写真だ。

 果ての外にある南極大陸と、そこから攻撃された瞬間。


 神と呼ばれた存在は超自然現象で区切られた外にいて、覗かれただけで攻撃してくる。

 それも、こちら側では考えられない技術を有したまま。


 それを知ってしまえば、同じ人間同士で戦ってはいられない。

 というのが、合衆国人の考え方だろう。


「そういえば、あの写真を撮ったのってバトルホークスだったよね?」


「そうだ。飛ばしてたのはクリプトで、後席で撮影したのは俺だ」


「あなたが、あの写真を……?」


 バトルホークスだとは知っていたが、まさかハンクとハリー中佐が現場にいたとは。

 チェイスも少しばかり質問しようかと思考を巡らせ始めたが、状況がそれを許さなかった。


「こちらオメガ、パッケージと共にAOに進入する」


 護衛目標に随伴するオメガ隊からの報告だ。

 ひとまず、葦原政府は離陸前後を攻撃させなかったらしい。


 しかしここから先、地方の部隊が何を起こすかわからない。

 今でも、義によって推参した連中が新選組の下にいるのだ。


「おしゃべりはまた今度。仕事に集中だ」


「……了解しました」


 レーダーにオメガ3機と民間機の大きな機影が表示された。

 しばらく、その反応を睨みつける。


「こちらフツノミタマ。所属不明機(アンノウン)接近中、方位020()


 北?

 想定外の方位が出て来て、現場は明らかに動揺した。


「一体どこの部隊だ?」


「葦原じゃない、超帝国の地方軍閥だ」


 ハンクの分析は恐らく正確だ。

 AO北に葦原の領土はなく、あるのは超帝国だけだ。


 その超帝国は内戦によって各地方を軍閥が支配する戦国状態。

 中央政府たる超王朝には、軍閥の行動を統制する術がないのだ。


「アンノウン、針路を変更せずAOに接近中。

ペンギン隊、バトルホークス、対応せよ」


「了解。ペンギン隊、対応しよう」


「ウィルコ。バトルホークス、インターセプトする」


「こちら歳三。パッケージの護衛は任せろ」


 新選組に不安はあるが、完全なイレギュラーの出現とあっては頼る他ない。

 チェイス達は針路を北にとり、超帝国所属機と思われる反応へ向かう。


「ハンク。奴らの狙いに心当たりは?」


「連中も素人の集まりじゃないんだ、

民間機を撃ち落とそうなんて考えはないだろう。

大方、デカい動きがあるから様子を見ようってハラだろうな」


「本当に?」


 葦原政府軍では独断専行した部隊がフラネンスの民間機を撃墜したばかりだ。

 ハンクの分析は腹落ちこそするが、そんな常識が信じられないほど、この世界の情勢は極まっていた。


「……ま、行けばわかるさ」


「頼りにしてるよ」


 AOの北端、公海上では360度の水平線と青空が広がっている。

 F-2のレーダーでも、例のアンノウンが表示される距離まで迫った。


「機数4、戦闘機だな」


 ピロリ。

 レーダー警報装置(RWR)も反応し、レーダーの反応を補足した。


「よーし、対応するか。

こちらマランス合衆国空軍、現在航路の安定化作戦を実施中。

貴機はリストにない、引き返せ」


 徐々に超帝国機はAOに迫り───その領域に踏み入った。


「こちらマランス合衆国空軍、貴機らは禁止空域に進入した!

即刻引き返せ!」


 今更、超帝国が攻撃を仕掛けてくるのか?

 一体何の目的があってそんな真似を?


 チェイスの逡巡をよそに、超帝国機は距離を縮めてくる。

 速度はマッハ1.5、超高速飛行だ。


「やるのか?」


「いいや。あいつら、チキンレースが趣味なんだよ」


「無礼なっ……!」


「竜司ちゃん、一応確認するぞ。交戦は禁止だ」


「はいっ、承知しています……!」


 遂に視程距離まで踏み込まれた。

 4つの黒い点が青空に浮かび上がり、それは徐々に大きくなっていく。


 ペンギン隊は間もなく、彼らとすれ違う事になる。


「ペンギン隊……無理に追従しなくてもいいっ」


「ちぇいすっ⁈」


 まさにすれ違うその直前、チェイスはF-2の推力偏向ノズルの性能を駆使してフック機動を行った。

 左に急旋回し、高速飛行する超帝国機編隊の背後につく。


 その様子は、彼らにも見えていただろう。

 一瞬だけ、彼らの機動に動揺が表れた。


 失った速度を最大出力と緩やかな降下で補い、少しずつ追い縋る。


「こちら葦原連邦空軍! 聞こえなかったのか? 引き返せっての!」


「見たことのない機体、それに俺たちの言葉を話せる。

あんたが噂の魔王だな!」


 遂に、超帝国機からの応答が来た。

 エンジンノズルの炎が消えて、出力を落とし始めた。


 ひとまず制止を突っ切って、民間機をどうこうしようという意思はないことは明らかになった。


「その質問には答えられないな」


「なら、俺らも帰らない」


「そうなるとやり合う事になるぞ」


 減速した超帝国機と速度を合わせて、チェイスは一番機のパイロットと視線を交わした。

 マスクとヘルメットを被ったその頭部からは、感情を読み取ることは出来ない。


「なるほど。いきなり撃たない理性はあるんだな」


「当たり前だよ。他人を何だと思ってるんだ?」


「いいや……ただ、宗主様のご近所様だからな。

ツラを拝んでおきたかった」


 神兵、異世界の軍人が飛ばされることは過去複数回あったらしい。

 その情報はあくまで、エラや歴史書を介したものだけ。


 超帝国の外へ漏れていない歴史には、チェイスと同じような境遇の人間がいたのかもしれない。


「主翼の経血ナプキン、日本ってところだな」


「下品な奴だな。超帝国ってのは、そういうところなのか?」


「宗主様の言葉そのまんまでね、悪いな!」


 一切悪びれていなさそうな口調で、向こうの隊長は言った。

 宗主様とやらがどこの人間か定かではないが───


 恐らく神兵に近い存在で、かつ反日的な言動を隠さない人物だったようだ。

 もしかしたら、下品な人間だったのかもしれない。


 この頃には、ペンギン隊とバトルホークスも追いついて超帝国機編隊の背後についていた。


「今度はアポ取って来い。そうすれば顔合わせて話してやるよ」


「なんだ、アポ取れるくらいあんたって地位が低いのか?

大変だなぁ……そうするよ!」


 これ以上接近すれば、崖から落ちると判断したのだろう。

 旋回を始め、着実に離脱する針路を取り始めた。


 この時、チェイスは彼らの主翼にある国籍標章を視認した。

 赤と黄色のギザギザ模様、超帝国のそれではなかった。


「北部平原の分離勢力……!

葦原海まで出られるのかっ?」


 大助の呟きに、チェイスの頭に思い浮かぶものがあった。

 超帝国北端部には他の軍閥と違い超帝国正統政府ではなく、あくまで独立を主張する勢力があると聞いていた。


 彼らの支配地域は、葦原海と面していないはず。

 他軍閥の地域を突っ切って来たのか、あるいは航空優勢を確保したのか。


「じゃあな、魔王。また遊びに来るよ」


 再びオーグメンターを吹かした彼らは、あっという間に離脱していった。

 離脱していく以上、介入する必要は見受けられなかった。


「まったく、なんだったんだあいつら?」


「遊牧民族が暴れ始めたとは聞いたが、ここまでとはな」


 合衆国軍人として、ハンクも極東の情勢は把握している。

 だとしても、その想像を超える動きをしてくるとは。


「で、これ結局何の意図があったの?」


「お前を見に来たんだろ。いなかったら、嫌がらせしたかっただけ」


「はぁ……勘弁してくれよ」


 とはいえ、こういうのは自衛隊で慣れっこである。

 毎日スクランブルする必要がないのであれば上等である。


「ペンギン隊、バトルホークス! 至急、パッケージの援護に戻れ!

南より所属不明機多数!」


 なんとなく読めていた展開である。

 こういうトラブルは、肝心な時に狙ったように起きるのだ。


「こうなると思った……! ペンギン隊、南に向かう!」


 北から南へ、機体を翻してペンギン隊とバトルホークスは南へと向かう。


「チェイス殿っ。先ほどの大陸人、政府側と結託していたのでしょうか?」


 すると、竜司がチェイスに尋ねた。

 可能性を全否定出来るほど、チェイスは葦原と超帝国各勢力について詳しいわけではない。


 しかし、頷けるほど明確な情報はなかった。


「うーん。可能性は高くないと思うぜ?」


「ですが、間が良すぎます。超帝国諸勢力と連邦は刃こそ交えずとも敵対関係。

卑劣な者同士で手を組んでいるように思えます」


「竜司ちゃん。敵の敵は、フツーに別の敵だぜ?

それに、やる事が中途半端過ぎる」


 敵の敵は味方というが、だからといって対立している者同士が強大な共通の敵相手に手を組めるとは限らない。

 特に葦原政府軍は各地方の軍が独自に行動しているような統制の破綻具合。

 それも恐らく、各々の指揮官が気に入らない相手に攻撃を仕掛ける最悪なタイプである。


 外敵と協力して妨害、などという芝居を打てるとは思えない。

 ギリギリこれが出来そうな中央政府の側も、今回の作戦には賛同しているのだ。


「遊牧民族と遭遇するのは初めてだが、

長年超帝国の軍閥と対峙した合衆国(こっち)の見解も同じだな。

遠い他人となら商売はしても、

近隣住民は手下じゃなきゃ絶対信用しないタイプだ」


 ハンクがチェイスの意見に賛同し、補足も加えた。

 超帝国及び各軍閥の運用している兵器は、基本的に合衆国製品はない。

 大抵がクルーヴィナ連邦、あるいはユーロネシア製の兵器である。


 彼らの価値観では、取引は利害関係のない相手と行う方がやりやすいのだろう。


「どうかな。私は少しだけ違うように思えるな」


 ここで大助が横槍を入れた。


「というと?」


「なに、難しい話ではない。その話を受けて現場まで来た。

しかし頼まれた事まではしなかった……それだけだ」


 要請を受けて結託したこと自体は事実だが、実際にやる気はなかった。

 今回の場合、挟撃の形になるように合衆国及び連邦軍の攻撃を要請したといったところか。


 しかし、そうはならなかった。

 例の部隊はチェイスの実在を確認するとさっさと撤収してしまった。


 これが事実となると、政府軍の部隊はコケにされたという事になるが───

 まあ、可能性としてなくはない。


 あの独立勢力は本来葦原海に面していない場所を支配圏としている勢力。

 沿岸部の軍閥に罪を着せて連邦と合衆国の関係を悪化させる偽旗作戦───


 チェイスがもし、この計画を実現させるならそんなプランを告げるだろう。

 騙そうとしている側が騙された、という事態は時折起こる事だ。


「あー、ありそうだ。連中、別にチンピラの集まりじゃないからな」


 まるで政府軍がチンピラの集まりみたいな発言だが、ハンクが大助の意見に賛同した。

 あくまで超帝国各軍閥は前時代的な理論で行動するだけで、無能ではないのだ。


「じゃ、今から始まるのは戦争か」


「私の推測が正しければな」


 超音速で葦原海を縦断し、AOに進入した政府軍機をレーダーに捉えた。

 既に新選組が対応を始めており、進路の妨害に入っていた。


「こちら幕府空軍、貴機らは何するものぞ!」


《幕府の犬は黙ってろ! 我々は葦原を蝕む害虫の駆除をするところだ!》


 果たして、これが飛行隊レベルの判断か。

 それとも基地司令からの命令なのか。


 判断の出元で戦後の裁判が変わってくるのだろうが、今やるべきことは明白であった。


「その言葉、客人に仇なすものと見るぞ!」


《幕府の雑魚め、かかって来い!》


 早速始まってしまった。

 レーダー上では戦闘機の反応だけでなく、発射されたミサイルらしき影まで映っている。


「新選組、交戦状態に入りました!

ペンギン隊、バトルホークスは至急支援に向かってください!」


 既に出力は最大、可能な限り最速で現場へ向かっていた。


「……網にかかったか。

これより合衆国軍は国際戦争協定に基づいて敵性武装勢力と交戦する。

バトルホークス、ウェポンズフリー。交戦を許可する」


「了解。マスターアームオン」


 双発のエンジンを持つバトルホークスのビッラは一足早く先行し、交戦を開始した。


 しかし───


───網にかかった?


 ハリー中佐の呟きには、重大な意味があるように思えた。

 恐らくは───合衆国が葦原内戦に介入する口実。


 もっとも、今この現場で知ったところで意味はない。

 まずは生き延びて、パッケージを葦原海から脱出させなければ。


「ペンギン隊、迎撃に移る。安全装置(マスターアーム)解除(オン)


 増槽を投棄し、兵器の安全装置を解除する。

 この世に危険な飛行機が6つ、葦原海に増えた。


 チェイス達が攻撃準備を整えるのとほぼ同時に、RWRがレーダー波を探知した。


《電探に感あり! 機数5、急速接近!》


《増援か、機種はわかるか?》


《機種は……訂正っ、機数6!

1つ、極めて微小な機影ありっ!》


《畏怖の魔王か……! 交信可能な全部隊に増援を要請しろ!

国賊と合衆国を一網打尽にするいい機会だ!》


 既に政府軍急進派は上に指示を仰ぐことさえしなくなってしまった。

 こうなってしまえば、まともな交渉では戦いは止まらない。


「こちら第23飛行隊! お前たちは今、神祇官に反旗を翻しているのだ!

わかっているのか⁈」


《神祇官だぁ? 若櫻の腐った能無し共に媚びを売っては、葦原の破滅だ!》


「神祇官だけではない、帝にも弓引いているのだぞ!」


《帝に弓引くはお前らもだろうが!

筋の通らん意志薄弱なクズどもめ!》


 第23飛行隊は政府軍支持派───とも言い難い微妙な連中だったが、説得は通じなかったらしい。

 実際、神祇官をはじめとした葦原政府の帝室軽視は明白なので、言い返しようがないが。


「こちら銀之助、敵機撃墜!

しかし、一郎がやられたっ!」


 レーダーに映る影が2つ減ったそばから、南に新しい影。

 急進派の要請に応じた、敵の増援だ。


「こちらフツノミタマ。南から増援、その後方にも機影複数!」


「こりゃ、大空戦になるな……!」


 ハンクの呟きに、チェイスは内心で同意した。

 お喋り野郎が口に出来なかったのは、既にミサイルのシーカーが敵機の熱源を捉えていたためである。


「ペンギン1、交戦」


「バトルホークス1、エンゲージ」


 それぞれの1番機が味方機から離れた敵機を捕捉し、ミサイルを放った。

 母機の最高速度から放たれたミサイルは一瞬のうちにマッハ3に至り、格闘戦の最中に旋回している敵機に向かっていく。


 そして、ど真ん中で炸裂した。


「ペンギン1、撃墜を確認!」


「バトルホークス1、撃墜1(スプラッシュワン)


 僚機が部隊長の戦果を報告し、自らも攻撃を開始する。


「ペンギン2、交戦します」


「ぺんぎん4、交戦する」


 ほどなくして、葦原海の青空に無数の雲が縦横無尽に走り始める。

 あるものは戦闘機のエンジンから。

 またあるものは、ミサイルのロケットモーターから。


《海軍第6航空隊っ、推参!》


「第30飛行隊、これより最高副司令官の命により交戦する!」


 葦原連邦・合衆国・葦原政府軍現体制支持派連合軍。

 総勢38機。


 葦原政府軍急進派。

 総勢57機。


 中でも、連合軍はパッケージという護衛目標がある以上はある程度の戦力を防衛のため残さなくてはならない。

 なので、連合軍の戦力は一回り少なくなる。


「おい、なんでテロリストになる急進派の方が多いんだよっ」


 そんな事を私に言われても、わかるはずがないだろう。

 私はお前なのだから、お前以上の情報を持っていない。


 ただ、敢えて推論を挙げるとするならば、お前と同じ結論だ。

 既に葦原政府支持派は少数。

 中央政府の統制から外れた急進派が多数となってしまったのだ。


 連邦空軍と合衆国は、葦原海京沖では外様と言っていい。

 結局のところこの辺りは、政府軍の庭なのだから。


「こちらペンギン2、誘導弾欠乏っ。機関砲で対処します!」


「ぺんぎん4同じく」


 竜司と大助は連携し、竜司が低速域での運動性に優れるスーパーオロールを駆使して敵の隙を生み出し、高速飛行に優れた大助のYP-27が隙を突いて一撃離脱。

 そんな狩りを思わせる戦法で各個撃破していた。


 チェイスはというと───


「ペンギン1! 後方に敵機!」


 竜司の背後を突こうとする敵機に狙いをつけると、そこへさらにチェイスを狙った敵機が後方のコントロールゾーンに迫った。

 離脱すれば振り切れるが───その場合、竜司が危機に陥る。


「ペンギン1、離脱を!」


「大丈夫だ……!」


 その時、チェイスの視線の隅に体制支持派の政府軍機を撃墜した敵を見つけた。

 残念ながら彼は助けられないが、仇は討てそうだった。


 HMDで熱源を捕捉させ、ミサイルを放つ。


「FOX2!」


 そのまま効果を確認する間もなく敵機の追尾を続け、竜司を狙う敵機にコントロールゾーンに入る。


《味方がやられた! やったのは魔王!》


《馬鹿な、巴戦(ドッグファイト)の最中だぞっ⁈

ついでのようにやりやがったっ……!》


 フライ・バイ・ワイヤは速度と動きに合わせて動翼制御を補正してくれるが、完璧ではない。

 出力を調整して、人間の側で機動を合わせ───


 竜司を追う敵機のエンジンノズルが目前に現れた。


「ガンズガンズガンズ!」


 曳光弾はノズルの中に吸い込まれ、敵機はどす黒い線を青空のキャンバスに引いた。

 射出座席で制御していたパイロットが放り出された直後、その機体は爆散した。


「ペンギン1! 後方注意!」


「わかってる!」


 ミラーに映った敵機は、内側に入り込んだ。

 今なら余裕がある。


 チェイスは操縦桿のカウンター(C)メジャー(M)制御スイッチを右に操作し、自動モードからマニュアルに変更した。

 自動モードは確実だが、大袈裟に放出してしまうのだ。

 これで以前死にかけたのだから、よく覚えていた。


 この大空戦では、一秒でも長く戦場に留まれるようにしなくては。


《畏怖の魔王っ、その首もらった!》


「ペンギン1、ミサイル! かわせ!」


 バトルホークスの報告を信じ、CMスイッチを奥に動かす。

 装填されたフレア、対空ミサイルの誘導を惑わす熱源をばら撒いた。


 バレルロールしてフレアで輪を描くように機動する。

 3周ほどロールし、頭上に海が見えたタイミングでチェイスのすぐ真下をミサイルが通過。

 直後、目前の海面に目標を見失ったミサイルが激突した。


《くそっ、かわされた!》


 敵は命中を確信していたのだろう。

 油断して離脱し、チェイスの背後から離れていた。


「逃がさんっ」


 しかし、遠距離から超高速飛行のまま様子を伺っていた大助からは逃れられない。

 油断していた敵機の虚を突き、機関砲の曳光弾と共に大助のYF-27が空を割いた。


「ペンギン4、ありがと!」


「礼には及ばん」


 これでもペンギン隊だけでも2個中隊がなくなるくらいの戦果を挙げている。

 だというのに急進派の数は増え続けていた。

 責任者不在の、命令ですらない空気に乗じて。


「結構墜としたはずなのに、減った気がしない!」


「流れ弾に気をつけろ! 誘導弾に敵味方の区別はないぞ!」


 レーダー上では無数の機影が縦横無尽に駆け回り、IFFが発する信号が重なり合って混乱し始めていた。

 まだ連邦軍と合衆国軍はAWACSの支援があるおかげで敵味方の識別を維持していたが、政府軍は混乱の極みにあった。


「くそっ、背後から政府軍機! あれは敵なのか⁈」


「第30飛行隊! その機体は連邦軍機です! 攻撃をやめてください!」


「まずいっ、撃っちまった!」


 直後、新選組の至近距離で爆発。

 被弾したオロールは右主翼が破断していた。


「くそっ、後ろに敵はいなかったのにっ……脱出!」


 幸いにも、脱出は間に合った。

 射出されたパイロットの頭上に、白いパラシュートを見ることが出来た。


「やっ、やっちまった……!」


「30飛行隊は敵か⁈ どっちだ!」


「ちっ、違う誤射だ! 攻撃の意図は……!」


 抗弁の暇も与えず、新選組のオロールが政府軍機を撃墜した。

 機動の癖から、チェイスは歳三の機体だと見た。


「何のための塗装だ。殺す相手ぐらいよく見ておけ。

30飛行隊の他の者、次はないぞ」


「……了解っ」


《鬼の山義、空戦の最中にも粛清とはな!》


 手塩かけて育てた教え子を、誤射で殺されてはたまらない。

 その気持ちはわかるが、仮にも味方として参戦している者に対して、引き金が軽すぎるのではないか?


 異常な状況が長すぎて、誰もが心に持つ引き金が軽くなりすぎている。

 チェイス、お前も例外ではない。


 常に律しなければ、人の道を容易く外れてしまうと心得ろ。


───わかってるよっ……!


 現実逃避半分にチェイスはレーダーへ視線をやった。

 真東を向いたその時、超低空に複数の機影を捉えた。

 この方向から政府軍が参戦するという報告はない。


 この世界の戦闘機が行える、最大級のステルス飛行だ。


 その意図は明らかだ。

 鬼の居ぬ間に、護衛目標を攻撃しようというハラだ。


「フツノミタマ!」


「わかってる! 超低空で高速接近する機影を捕捉!

機種は推定パニッシュ! パッケージを狙う機体と思われる!

可能な者は対処せよ!」


 パニッシュ、リールランド神聖国の戦闘機だったか。

 チェイスが初めて交戦した部隊、神機隊(しんきたい)はこの機体を運用する部隊だ。


───あいつ……展示飛行の時絡んできたあいつが、あの中に?


 直に確かめるまで、断言は出来ない。

 それに戦況は相変わらず不利なのだ、戦力の分散は最低限にしなくては。


「こっちに分散する余裕はない、俺が対処する。

ペンギン2、4はバトルホークスと連携して航空優勢確保!」


「了解!」


「相分かった」


「頼んだぞ、チェイス。

メル、ファング。お嬢さんふたりをカバーするぞ」


「オーケー」


「任せな。最上級のエスコートを見せてやる」


 僚機2名に分散を指示すると機体を翻し、海面に向かって急降下。

 水面に手が届きそうな高度で水平に戻すと、向かって来る4つの機影に機首を向ける。


《捉えられた! 正面に機影!》


《相手は単機だ、このまま押し切る!》


 パニッシュは安芸藩の神機隊をはじめとした優秀な部隊に配備されていると聞く。

 たとえ彼らが神機隊でなくとも、かなり出来る連中に違いない。

 油断なく、チェイスは目前の敵と相対した。


《機影を目視……! この輪郭、神兵の機体だ!》


《魔王か……! 大義のため、今は目標を優先しろ!》


 随分と逃げ足には自信があるらしい。

 その行動にどのような大義があるのかは───


 どうでもいいだろう。

 どうせ、大した話ではない。


「ああ、その通り。帰り道の観光客を撃つ理由なんて、

どうせ大したもんじゃない」


 操縦桿を握る手に、自然と力が入った。

 シーカーに敵をロックさせ、放つ。


「FOX2!」


 4発のミサイルが放たれ、これでAAMは打ち止めだ。

 蒼海に4つの白線が引かれ、低空飛行する敵機へ一目散に駆けていく。


《撃ってきた! 撃ち返せ!》


 主翼に積んだミサイルランチャーを投棄して身軽にすると、急上昇しつつエアブレーキを展開。

 そして、フレアを真上へ投げつけるように散布。


 F-2のエンジンノズルとほぼ同高度を燃え上がるフレアが舞い、ミサイルの気を惹く。

 そこに、推力偏向ノズルのポストストールマニューバを組み合わせる。


 クルビットで高度を変えることなく、くるりと宙返り。

 自分が来た方向を向いて降下・加速すると、すぐ背後を敵機が放った複数のミサイルが過ぎ去っていった。


 姿勢を崩すことなく、海面スレスレで制御を回復。

 身軽な状態でなければ、海面に接触していただろう。


《なんだあの機動はっ⁈》


《あれが異界の技術かっ、羨ましい!》


《言ってる場合か、追尾してくるぞ!》


 敵機は3機に減っていた。

 相手はパニッシュ、この世界の技術とはいえ双発エンジンの超音速機。


 ミサイルの回避で多少減速したとはいえ、さすがのF-2も追いすがるのは厳しい。

 それでも背後に食らいついているという事実は、敵の行動を大きく制限する。


 なにより、パッケージの守りにはまだ備えがあるのだから。


「こちらゲールズ航空357便!

大丈夫なのか、とんでもない空戦になってるぞ⁈」


「こちら葦原連邦空軍フツノミタマ。

問題ありません、反乱軍機は我々が対処します」


 民間機にいる人々は不安でたまらないだろう。

 この大空戦の真横を通り過ぎて、葦原周辺を離脱するのだから。


 不安で終わらせることが、チェイス達に出来る最良だ。


《もう少しで誘導弾射程圏だ!

1機でもいい、異人の機体を撃ち落せ!》


「させるかよ」


 民間機の背後に迫ろうとしたパニッシュを、機関砲の曳光弾が貫いた。

 灰と青のカラーリングをしたFS-1、一式打撃戦闘機。


 オメガ隊2番機、秀彦の機体だ。


《直掩機……! 見た事のない機影!》


《合衆国の新兵器か⁈》


 オメガ隊が交戦状態に入り、敵パニッシュ部隊は民間機の攻撃ルートから外れた。

 もう、彼らの命運は定まってしまった。


 旋回した影響で敵機の速度は削がれ、最大出力で迫るチェイスから逃れる術を失った。

 F-2の20ミリが火を噴き、ジュラルミンのボディを貫いた。


「オメガ3、撃つッ!」


 敬一も最後の1機にうまく食らいつき、ミサイルを放った。

 敵機は逃れようと機体をよじらせ───珍しく近接信管が機能し、至近距離で爆発した。


《くそっ、ダメか……第二陣頼む!》


 爆発炎上こそしなかったものの、黒煙を吐いて動きが鈍った。


「貰ったっ」


 そこをまた、秀彦がGUNでとどめを刺した。


 2本の黒線が青空を走り、蒼き海へと落ちていく。


「危なかった……! こちらマランシアン航空142便。

この横にいるのが魔王か? 蒼穹の魔王!」


「だろうな、さっきからこっちの乗務員が騒いでる。

記者連中があいつを撮影しようと、キャビンで騒ぎ回ってるらしい」


「バンク振りやがった……!

こっちの交信を聞いてるのか?」


「勘弁してくれ、魔王め!

こっちの連中は操縦室まで入ろうとしてるんだ!」


 パッケージの隊列から離れ、チェイスは再び空戦の渦へ機体を向けた。


「オメガ2、3。ナイスキル」


「そっちこそ! この戦闘で何機撃墜してるんです?」


 敬一は興奮を抑えきれない様子で答えた。


「さあね。俺は撃墜(ころした)数を数えないんだ」


「じゃあ、助けた数は?」


「数えきれない」


「ヒューッ!」


「……」


 秀彦からの返事は、結局聞けなかった。

 とはいえ、任務に支障をきたしていないのならば上々だ。


「それじゃ、パッケージは頼むぜ!」


「オメガ3了解!」


「……オメガ2、了解」


 ミサイルの残弾はなし。

 だが、まだ機関砲は残っている。


 白いリボンの絡みあう、大空戦の現場を睨む。


「ぐっ……⁈ 4機戦場を突破した! 安芸を名乗る部隊!

世博撤退機に向かってる!」


「っと……」


 そういえば、撃墜したパニッシュのパイロットが漏らしていた。

 第二陣と。


「味方政府軍機の報告は確かだ。機種推定パニッシュ、4機が高速で接近中。

ペンギン1、オメガ隊。迎撃せよ!」


「オメガ3、続け! 残るオメガは直掩を続けろ!」


「うわわっ」


 素早く編隊を離脱したオメガ2と3が、チェイスと共に迎撃態勢に入った。

 敵部隊の動きからして、狙いはパッケージではない。


 迎撃態勢に移ったチェイスとオメガのふたり。

 なんてことはない、第一陣と同じ轍を踏まぬよう定石通りに攻めようと決めたのだ。


「オメガ3、AGMを投棄しろ」


「え? でも……」


 秀彦が提案した。

 当然の判断だ。


 FS-1は戦闘機としての性能を持っているが、限定的だ。

 エンジン推力の余裕はあまりなく、重いAGMを積んでは純粋な戦闘機であるパニッシュとの戦闘には荷が重い。


「さっきはどうにかなったが、連中は俺達とやり合う気だ。

米俵を担いだままじゃ勝てないぞ」


「ああそうだな……AGM投棄っ」


 秀彦と敬一が機体からAGMを捨てた。

 これで彼らのFS-1が搭載する兵装は、翼端の陽光と機関砲だけだ。


《よし。馬鹿どもを振り切った》


《消耗しているとはいえ、相手は魔王だ。

若櫻の駄犬共とは違う、気を引き締めろ》


 レーダーが敵機を捉え、HUDにコンテナを浮かび上がらせた。

 まだ、ミサイルシーカーの捕捉距離ではない───


《矢を放て》


 いや───噴射炎、撃ってきた!


「なんだ……?」


「気が逸ったのかな、届かないぞ?」


「オメガ油断するな、何かある!

あれは普通のミサイルじゃない!」


「普通じゃないミサイルって、なんです⁈」


 チェイスの目は確かに捉えていた。

 あの機体から放たれたミサイルの噴射炎。


 赤やオレンジではない。

 蒼い炎───


 チェイスの知る限り、あれは通常のロケットモーターではあり得ない。

 明らかに10秒以上燃焼している推進剤が、チェイスの推測を確信に変えた。


 少なくともあれは、陽光ではない。


「……推進剤の燃焼が長すぎる⁈」


 秀彦も違和感に気づいた。

 単なる長寿命の燃焼剤を積んだミサイル?

 確かに脅威だが、それだけとは思えなかった。


回避(ディフェンシブ)!」


 チェイスの号令と共に、3機はCMの投下を始めた。

 フレア、それに念のためチャフも。


「報告する! 敵新型ミサイルを確認!

10秒以上の燃焼、それに蒼い炎!」


「奴ら、安芸藩ではない……!」


 ハリー中佐の呟きなど、聞く余裕はなかった。


 チェイスの知る、通常ではないミサイルといえば───

 世博会場へ向かう護衛作戦の最中、地上から打ち上げられたSAM。

 レーダー誘導でも熱源誘導でもない、第3の誘導方式を持つミサイル。


《接続完了、誘導開始》


 マインド・シーカーである可能性が高い。

 あのミサイルには、既存のCMは通用しない。

 機動でかわし、惑わす以外に回避手段がないのだ。


「オメガ2、3! 合わせろ! 推進剤以外も、普通じゃないかもしれない!」


「な、なにをっ⁈」


 惑わすには、誘導しているサトリの気を散らすしかない。

 ミサイルとの間に割って入ってを繰り返し、入り乱れるのだ。


 チェイスは加速すると秀彦の目前に出て、右に左に蛇行飛行を行う。

 すると、やはり。


 ミサイルの軌跡が、露骨に乱れ始めた。


「なんの……そうか! オメガ3! シザーズだ!」


「そんなのやってる場合じゃ……!」


 3機が同時に行うシザーズ。

 即興で行った機動だったが、目に見えて向かってくる蒼い炎の軌跡はまとまりを欠き始めた。


「ミサイルの動きが……⁉︎」


「来るぞ、ブレイク!」


 最後のトドメに、3機は一斉に散開して互いに遠く離れた。

 微細な旋回を繰り返した敵ミサイルは大きく離れる動きに対応出来ず、チェイス達を過ぎ去っていった。


「回避成功! ……なんなんだ、あのミサイルは?」


 敬一の困惑は当然だが、今は迫り来る敵機に対応しなくてはならない。

 編隊を組み直し、チェイス達は秘密兵器を積んだ敵編隊と相対する。


《どうした、外れたぞ?》


《あんな動きをされたら、遠近感が狂って集中出来ない……!》


《最新の秘密兵器も、結局そこまで役には立たんか》


《うるさいっ、まだ終わってない!》


 間もなく、敵機はこちらの射程圏内に入る。

 奇妙な長距離ミサイルだったが、懐に飛び込めさえすれば型なしだ───


「警告、ミサイル旋回! ミサイル旋回! お前達の方に向かっているぞ!」


「旋回⁈」


 チェイスはミラー越しに、信じられない光景を見た。

 外れたはずのミサイルが噴射煙の白線を空に描きながら、Uターンしているのだ。


「あの並外れた燃焼時間の推進剤、これが目的か!」


 完全に油断していた。

 フツノミタマの次郎の警告がなければ、3人はなす術もなく喰らい付かれていただろう。


「再誘導ミサイルはマジでやめろインチキ(チート)だぞ!」


 これは、敵編隊とヘッドオンで戦うわけにはいかない。

 馬鹿正直に真っ直ぐ飛んでいては、ミサイルにやられる。


「どうするんです⁈」


 敬一の叫びに、チェイスは改めてミラーのミサイルに意識を向けた。

 蒼い炎と噴射煙は消えてなくなっていた。

 消滅したのではない、推進剤を消費し切ったのだ。


 推進剤のリミットは推定90秒。

 全量をたっぷり使って加速していれば脅威だが、Uターンするために運動エネルギーを大きく消耗しているはず。


「フツノミタマ、ミサイルが迫ったら報告を!

このままヘッドオンで交戦する!」


「ちっ、了解した!」


「無茶だ、行けるのか⁈」


「推進剤使い切ってこんな旋回してるんだ、大した挙動は出来ない!

それにここで旋回したら向こうの思う壺だ!」


 不安定な誘導方式ながら、長射程のミサイル。

 格闘戦での使い道があるとしたら、捨て石のチープショットで機動を強制し、速度が鈍ったところを突く。


 チェイスが実戦で使うとしたら、そう使うだろう。


「だとしてもイカれてるよ……これが魔王……!」


 敬一の褒めてるのか貶してるのかよくわからない発言は置いておくとして。

 F-2のレーダーが敵機を捕捉し、GUNの照準器を浮かび上がらせた。


《避けないか。気付いていないのか、あるいは……》


《いい鴨だっ、後ろからぶち抜いてやる!》


 距離が近づくにつれ、敵パニッシュのシルエットが鮮明になった。

 機体はチェイスの知るそれとほぼ変わらないが───

 風防付近が、妙に大きく見えた。


「風防が大きい、複座型か?」


「各機、誘導弾来るぞ!」


 チェイスの疑問を解消する時間はなかった。

 多機能表示装置(MFD)の画面に映ったミサイルの表示は、すぐ背後に迫っている。


「上昇!」


 出力最大のまま急上昇。

 ミサイルは降下して速度を稼いでいるが───

 推進剤がなければ、急な機動に対応出来る速度は生み出せない。


 ブゥン!

 巨大な飛翔体の衝撃波が機体を揺らし、真下を過ぎ去った。


「誘導弾を回避!」


「さあ、ヘッドオンだ!」


 機体を翻し、降下しつつ真正面の敵パニッシュ編隊と真正面からぶつかる。

 今度こそ、インチキ抜きのドッグファイトだ。


《くっ……当たると思ったのに!》


《魔王に小細工は通じないか。そうこなくてはな》


《もう1発撃て! 次は当てる!》


《あれは格闘戦では使えん、こちらにも当たる。

補助動力に注力しろ》


《……わかった》


 今度こそ、陽光の射程圏ど真ん中。

 向こうは果たして、短射程ミサイル(SRM)は積んでいるのだろうか?


 パニッシュの弱点は、特異な設計による兵器搭載量の少なさ。

 SRMを積む余裕は、恐らくないだろう。


 なら懐に飛び込みさえすれば、こちらが優位だ。


「オメガ2、FOX2」


「オメガ3、FOX2!」


 ボスの薫陶(くんとう)を受けたふたりがミサイルを放った。

 敵パニッシュ編隊はCMを投下し、回避機動を見せた。


 だが───背は向けない。

 ドラッグ機動という安牌ではなく、あくまで真正面からの激突を選んだ。


《誘導弾接近、回避する。酔うなよ》


《当たり前だ!》


 CMを撒きながらバレルロール。

 チェイスが度々行う回避起動だったが、違和感があった。


 一瞬だけ、オーグメンターの赤い炎に蒼い炎が混じるのだ。

 それに機動にも違和感がある。

 まるで、推力が一瞬だけ向上しているかのような。


 オメガが放った2発のミサイルは容易く回避された。

 しかし、ボスの薫陶を受けたふたりは容赦がなかった。


「もう1発!」


 最後のSRMも、バレルロールで速度が落ちたところへ遠慮なくぶっ放す。

 流石にこれに対応出来なかった機体が現れ、敬一の放ったミサイルは敵パニッシュの1機に命中した。


 撃墜報告している猶予はない。

 今度は互いが抱えている機関砲の撃ち合いだ。


「ガンズガンズガンズ」


 20ミリと30ミリの曳光弾が交差する。


 パニッシュの30ミリ機関砲は戦車すら破壊可能な威力を持つ。

 しかし、航空機相手には威力過剰だ。


 その破壊力を生み出すための大きな弾体によって、弾倉の容量は多くない。

 故に、パイロットは一度に発砲する数を制限する必要があった。


 F-2とFS-1の20ミリは戦車の撃破こそ困難だが、航空機相手ならば十分な破壊力がある。

 弾倉も30ミリと比べれば余裕があり、比較的遠慮なく引き金を引けた。


 つまり。

 数撃てるこの銃撃戦は、3人の勝利に終わったのだ。


「ぐっ……!」


 無傷では終わらない。

 秀彦は1機落とした直後風防を砲弾が掠め、左のカナード翼をもぎ取られた。


「ぐわっ! やばっ!」


 敬一は戦果なし、さらには右主翼の補助翼が大破してしまった。


 無傷なのは、チェイスひとりだ。

 戦果は2機。

 1つはエアインテークを破壊し、もう1つは大きな風防を中身ごと砕いた。


「オメガ2風防とカナードに被弾っ。与圧低下、戦闘不能っ」


「オメガ3機体大破!」


 奇しくも、一対一の対決となる。

 ミラーに映った最後のパニッシュは、雲を引きながら上昇していく。


 チェイスもそれに応じ、F-2を上昇させて追従する。


「すみません、チェイスさんっ。僕らは撤退します!」


「気にするな……!」


 急上昇のGに耐えながら、チェイスは声を絞り出す。

 普段の軽口を叩けるほど、状況は容易くない。


 このパニッシュを好きにさせれば、撤退するオメガのふたりが危機に晒されるのだから。


「……すまないっ」


 機体が真上を向き、直接敵機を目視出来るようになった。

 今度は明確に、エンジンノズルから蒼い炎を吐いている。


 パニッシュの推力はF-2より多少上程度のはず。

 ならば垂直上昇ではすぐ失速してしまうが───

 明らかにおかしい、このF-2に余裕で追従可能な上昇能力はF-15やF-18クラス。


 いくら双発でも、この世界の戦闘機では考えられない推力重量比だ。


「ペンギン1、聞け。応答は不要だ」


 ハリー中佐の声。

 耳を傾けながら機体を制御し、反転した状態で敵パニッシュとすれ違う。

 互いの射線は、あと少しで重なりそうなところを通り過ぎてしまった。


「敵パニッシュ及び、搭載ミサイルは水丘藩で開発された新技術だ。

コードネームは決号1、及び2。既存機体の魔導補助エンジン搭載改修、

そしてミサイルは新型誘導方式の思念誘導だ。推進剤には魔力を用いている」


 ちょいちょい出てくる蒼い炎と、ミサイルが持つマインドシーカーの正体か。

 決号という言葉も、チェイスの記憶には残っていた。


 うっかりエラが漏らした機密だ。


「残念ながら、思念誘導……

お前の言うマインド・シーカーの対処法は確立していない。

だが、至近距離では発射をためらう理由があるように思える。

食らいつき、堪えるんだ。今敵機の優位は推力以外にはない」


 マインドシーカーは、確かに対処法の確立していない新たな脅威だが───

 エラのこぼした、合衆国本土に危機をもたらすほどの脅威とは思えない。


 決号1と2。

 それ以降のナンバーも、恐らく控えているのだろう。


《き、キツいっ……! 魔力捻出しながら、この旋回はっ……!》


《耐えてくれ。さもなくばやられるぞ》


 速度を調整しながら上下左右、あらゆる角度でハイGターンを繰り広げる。

 互いの速度調整は拮抗し、互いを前方へ押し出そうともがくも、決着がつかない。


 再び、2機は上昇を始めた。

 そこで敵機の動きに乱れが出た。


《限界か……悪かったな》


 蒼い炎が消えた。

 急激に速度が落ち、制御を失い始めた。


 例の魔導補助エンジンが燃料切れか?

 ならば、チェイスにとってこの上ない好機となる。


 フライ・バイ・ワイヤの勝利だ。


 敵機は上昇をやめて失速状態の回復に努め始めた。

 チェイスはその背後を通過すると、降下して無防備な腹部に狙いをつけた。


「せめて、脱出しろよ……!」


 照準器を機体中心に合わせて、引き金を絞る。

 20ミリが腹部に吸い込まれ、機体が炎上した。


《……! やられたっ⁈》


《起きたか。木っ端微塵にするつもりはないらしい。

今のうちに脱出を……》


《まだだっ……!》


《なにを……!》


 その時、炎上するパニッシュからミサイルが発射された。

 どうやら、最後までやるつもりらしい。


 前回のマインドシーカーの経験から、発射母機を破壊すれば問題は解決する。

 あのミサイルに喰らい付かれる前に、チェイスは炎上する機体に照準を合わせた。


 だが───そうするまでもなかった。

 炎上したパニッシュは燃料タンクに引火したのか、蒼い炎を撒き散らしながら爆散したのだ。


「……この海で海水浴も、辛いだろうしな」


 黒煙と共に海へ墜ちてゆく残骸を見やりながら、チェイスは命の跡を過ぎ去った。


「まだだ! ミサイル健在!」


「は?」


 驚愕と共に、レーダーへ視線をやる。

 南へ飛んでいったミサイルは旋回していた。

 母機を撃墜したはずなのに!


「どういうことだ……⁈」


「チェイス! マインドシーカーは意識の分身をシーカーに埋め込む技術だ!」


「ど、どういうこと……?」


「技術的には、意識そのものをミサイルに移せる!

そうすれば意識を本体と繋ぐための発射母機は不要、単独で誘導可能だ!」


 あのミサイルには、先ほど戦っていたサトリの意識が宿っている。

 ならば推進剤が続く限り、チェイスを狙い続ける!


「こちらフツノミタマ、計算ではミサイルの狙いはチェイス、お前ではない!

パッケージだ!」


「そこまでしてやる事が、民間人殺しかよ!」


 出力最大、針路は西北西。

 パッケージが飛行している方向に!


「警告! ビンゴ・ヒューエル!」


 F-2のマスターコーションが燃料欠乏を報せた。

 基地帰還まで燃料はもたない。

 離脱した空中給油機アテンダントから補給を受ける必要がありそうだ。


「こちらペンギン1。空中給油の準備を頼む!

こいつを片付けたら!」


「アテンダント了解、頼むぞ!」


 レーダーの表示では、発射されたマインドシーカーはチェイスと同じくパッケージへと向かっていた。

 ざっと計算したが───このままなら後方につける。


 しかしあのミサイル、弾体はそこまで大きくなかったぞ。

 背後についたところで、残弾10%を切ったGUNで撃墜出来るのか?


「俺の腕を知ってるだろ? 小さいって事は、1発あれば充分って事だ」


 そういう事にしておいてやろう。

 待て、レーダーを見ろ。

 空戦はほぼ終わりの様相を呈しているが、敵の反応が強引に突っ切ってきている。


《こうなれば、魔王だけでも討ち果たす!》


首級(くび)を挙げろ! せめて、戦功だけでも!》


 生還よりも、お前の死の方が重要とはな。

 さてどうする、このままならミサイルの撃墜を邪魔されるぞ。


「そこは、あんまり心配してないぞ」


 レーダーには、突破した敵機に追いすがる反応が数機。


「こちらフツノミタマ! 現在ペンギン1は民間機を狙う誘導弾の撃墜中!

奴の邪魔をさせるな!」


「ペンギン2了解っ! あの人はやらせないっ!」


「ぺんぎん4、相分かった」


 ペンギン隊の竜司と大助が真っ先に応じ、敵機の背後を突く。


「新選組各機、ペンギン1を守れ。奴にこれ以上借金をするな」


「うす! 一番隊隊長鉄之助、やります!

チェイスには、まだ貸した100銭返してもらってないからな!」


「入道同じく。こっちは200銭だ」


 そういえばお前、細かい額ながら借金があったな?

 まあ、今それはいいだろう。

 山義歳三をはじめとした新選組各機が抜け駆けを目論んだ敵機を攻撃し始めた。


「バトルホークス。血の気の多い連中をフォローするぞ」


「まったく、若いのはすぐ突っ走るから困るぜ」


 そんな彼らも、バトルホークスが支援してくれる。

 不安要素は、ミサイルの撃墜に成功するか否かだ。


「ユーロフラネンス176! ミサイルが迫ってるのか⁈

どうすればいい⁉︎」


「各民間ユニットへ! 機動すると護衛機の邪魔になります!

お願いします、彼を信じて……!」


 高速飛行を続けてしばらく。

 チェイスの左正面にミサイルの反応が迫った。


 その方向には、確かに。

 ミサイルの蒼い噴射炎と、白い一本の煙がその存在を誇示していた。


「見つけた! 目標を目視!」


「チェイスが追い付いた!」


「頼むぞ、蒼穹の魔王!」


 ミサイルはわずかに上空を飛翔し、やがて噴射炎が消えた。

 推進剤が尽きたのだ。


───あれれ? さっきは90秒燃焼してたけど……

明らかにそれ以上経ってるよな……?


 なんにせよ、やる事は変わらない。

 照準し、撃つのだ。


「敵、GUNの射程内!」


 フツノミタマの次郎に言われるまでもなく、チェイスは把握している。

 HUDに浮かび上がった円形照準器(ピパー)の表示を、炎の消えたミサイルの真後ろに合わせ───

 余裕の勝利だ。


 その直後だった。

 ミサイルが急遽、右旋回を始めた。


 曳光弾が空を切り、GUN残弾のカウンターが0。

 弾切れを知らせた。


「んっ?」


 そうだ、意識を移し替えているという話だ。

 ギリギリになってその死を恐れ、逃げ出したのだろう。


 自殺を試みた者が、手遅れになってから救命措置を求める話は珍しくない。

 ミサイルに意識を移した時点で決まりきった定めでも、いざ目前にすると気が変わる。

 人間とはそういう生き物だ。


 既に推進剤のなくなったミサイルが、機動して速度を失えば終わりだ。

 降下しての加速でも追いつけず、時限信管なり海面なりが終了させる。


 勝ったのだ。


「ふぅ……ミサイル、推進剤欠乏。もう追いつけない」


「ペンギン1、よくやってくれた」


 ハリー中佐の安堵した声。

 以前の刺々しい態度は、和らいだ事だろう───


 目前で蒼い炎が迸った。


「推進剤切れじゃ……!」


 違う、そうじゃない!

 そもそもあれは魔力とかいう得体の知れない燃料を燃やして飛んでいるのだ。


 固体燃料のように、燃え尽きるまで最大出力で燃焼を続けるとは限らない。

 飛行機の液体燃料のように、出力を調整して低燃費飛行をしていたんだ!


「クソがっ! ミサイル健在!」


「どういう事だっ⁈」


 次郎の問いに答える余裕はない。

 ミサイルは旋回で失った速度を、再び推進剤を燃やして獲得していた。


 それもすぐに燃え尽きたが───民間機に喰らいつけるだけの運動エネルギーは回復している!


《もらった……!》


 通信機から電波の由来のノイズとは別種な、不鮮明なノイズが流れてきた。

 このノイズ源を叩き落とすための弾は、F-2に残されていない。


 どうする、どうするんだ!

 既に最後尾の民間機は目と鼻の先だ!

 武器はもうないぞ!


「まだある!」


 お前も私も、信仰心などあってないようなものだ。

 だが祈ろう。


 神よ、仏よ、スパゲッティモンスターよ。

 守り給え。


 ミサイル左手上方を維持し、徐々に接近する。

 やがてその距離は縮み、肉眼でマーキング類まで目視出来る距離。


 主翼が触れられる距離まで踏み込んだ。

 ミサイル先端のシーカーが、チェイスの方を向いていた。


《お前、気でも狂ってるのか……?》


「お互い様。仲良くしようぜ」


 機体を半周ロールさせて勢いをつけつつ、グッと右旋回。


 ガンッ!

 左翼上面の日の丸で、ミサイルをぶっ叩いた。


 衝撃と動翼を失った影響で、ミサイルの飛行制御は失われた。


 何かが撒き散らされ、F-2のマスターコーションが鳴り響く。

 その警報の内容を聞き取る前に、爆発がチェイスの聴覚を覆った。


「ミサイル、反応消失! ペンギン1、応答を!」


「こちらレグエア222! 後方で爆発!

巻き込まれた魔王が錐揉み降下している!」


「信じらんねぇ……あいつ、主翼でミサイル叩き落としやがった……!」


「誰でもいい! ペンギン1の状態を報告しろ!」


「こちらオメガ11! ペンギン1は至近距離でミサイルの爆発を受けた!

現在墜落中!」


「くそっ……」


「そんな……!」


 起きろ。

 起きなければ死ぬぞ。


───流石にこれはキツいな。

わかってるんだけど、身体が動かない……


 脳震盪だろう。

 意識は明確だというのに、身体が言うことを聞かない。


 まったく、使えない身体と頭だ。


───お前もよく知ってるだろ?


 その通り。

 だから動かし方もよく知ってる。


 思い出せ。

 お前は期待してくれる女の子がいる限り、死なないのだろう?


「チェイス殿……!」


「こんな最期なのか……お前は?」


 この場にいない女の子が、お前が死んだと知れば。

 どう思うだろうな?


「……うえーっ、気持ち悪い……」


 もっと気分が悪くなるぞ。

 このまま、木っ端微塵になって魚の餌になるか?


「俺は、腹上死以外する気はない……!」


 それでこそだ、クソバカ野郎(エース)


 操縦桿を引き、目前に迫った海面から逃れるために急上昇する。


「プルアップ! プルアップ! オーバーG! オーバーG!」


 泣き喚くマスターコーション。

 これも女の子の声だから、F-2も女の子扱いすればいいのではないか?


───うちは擬人化は取り扱ってないの!


 高度30(9)フィート(m)で、機体は水平に。

 機体下部のフィンが海面に触れていても不思議ではない上昇だ。


「か、回復っ! ペンギン1が制御を回復した!」


「……はあっ。驚かせやがって。

ペンギン1、生きているなら返事をしろ!」


「……死んでるかも」


「ペンギン1、状況を報告しろ」


 次郎はチェイスの軽口をシカトした。

 当然だ、これが彼の仕事だ。


「えーっと、ちょっと待て。左主翼先端破断、機体各部に穴、エルロン不調……

あ、風防貫通してる。与圧も低下」


 チェイスの股座すぐ向こうには、貫通したであろうミサイルの小さな破片が食い込んでいた。

 危うくクソほどしょうもない死に方をするところであった。


 これは、指向性弾頭だからどうにかなったのだろう。

 ミサイルの真正面で起爆していれば、まず機体かチェイスのどちらかがやられていた。


「どうやってまだ飛んでいるんだ?」


「俺の腕」


「ペンギン1、帰還は可能か?」


 またしても軽口はスルーされるも、それは確かに重要な問題だ。

 燃料計は───1%だけ残っていた。


 機体各所の穴を考えれば、それもすぐなくなる。


「やっべ、間もなく燃料欠乏!」


「欠乏、ゼロか?」


「そう、ゼロ!」


 燃料切れになっては飛行すら出来なくなる。

 チェイスは咄嗟に機体を上昇させ、とにかく高度を稼いだ。


 そして間もなく───


「フューエル、エンプティ」


 マスターコーションが完全な燃料切れを告げた。


「今、ゼロになった。現在高度1000(300)フィート(m)


「……ゆかりさん、この条件で到達可能な基地は?」


「ありません、ゼロですっ」


 だろうな。

 さて、どうする?


 F-2を回収可能な浅瀬まで飛ばして、機体を捨てるか。

 それとも安全最優先で、今この場で機体を捨てるか───


「こちらクリプト。ペンギン1、方位240(西)へ向かえ。

合衆国海軍の空母が待機している」


 ハリー中佐の言葉は、極めて単純だ。

 F-2に一切の練習なしで、着艦をしろと言うのだ。


「空母? ねえ、こいつ(F-2)って艦載機じゃないんだけど?」


「承知の上だ。海に落とすよりマシなはずだ。既に海軍に協力を約束させた。

バトルホークス。お前たちは先導し、先に着艦せよ」


「……マジか。ハンク了解。チェイス、先に降りて待ってるぜ。

死ぬんじゃないぞ、お前の女たち(ガールズ)に殺されそうだ」


 どうやら、選択肢はないようだ。

 エルロンが破損している以上、派手に旋回するのは危険だ。


 機体のわずかなロールとヨーイングで針路を調整し、空母のいるという海域を目指す。

 出力調整以前に燃料は尽きている、エアブレーキの速度調整だけで高度を調整しなくては。


「……成功させる前提かよ。

そりゃ、一応アレスティングフックとドラッグシュートあるけどさ……」


 あの装備も、この損傷だ。

 果たして、想定通りに機能するのだろうか。


「ペンギン1、聞こえますか?」


「うんうん、感度良好」


 フツノミタマのゆかり管制兵だ。

 一瞬で機嫌を良くしたチェイスは、即座に応答した。


「さっきから交信要請がすごいので絞っていましたが、

今から繋ぎますので、飛行を乱さぬようご注意を」


「……? 了解」


 言っている意味が少しわからなかったが、深く考えずチェイスは了承した。

 いや、するなよ。


───うるさい。今速度と高度の調整ですごく頭使ってるの!


 それもそうか。

 だとするなら───なおのこと、頷くべきではないのではないか?


───もう遅い。


 ノイズの後に、濁流の如く声が流れ込んだ。


「「「「チェイス!」」」」


 ほぼ同時多数の声が重なり、さすがのチェイスも誰がどの声だか確信出来なかった。

 いや、メンツはなんとなく予想出来た。


「すみません、やっぱり絞ります……順番に繋ぎますので」


 ゆかり管制兵は謝罪すると、再び交信を絞った。

 おそらく部隊ごとに話せという事だろう。


「生きてますか? 死んでないんですよね?」


「まったく……どうしようかと思ったぞ」


 竜司と大助。

 ペンギン隊のウィングマンたちは、心の底から安堵した声を漏らした。


───なんだかふたりとも……涙声のような?


 それを確かめる術は、我々にはないな。


「大丈夫。俺は期待してくれる女の子がいる限り、死なないんだ」


「……信じても、いいんですか?」


「へっへっへ、もちろんだぜぇ?」


「そうだな。

ちぇいす、お前は空で私の期待を裏切ったことは、一度もないからな」


「そういうこと……って事は、陸ならあるの?」


 空母の煙突から吐き出される煙が見えてきた。

 着艦などゲーム以外でやった事はないが───

 なんとかするしかないな。


「チェイス。また生き延びたか」


「ああ、歳三。お陰様でね」


 彼との距離感は未だよくわからないが、少なくとも悪い感情は見受けられない。

 この作戦では色々と独断が目立ったが───

 それを指摘するような空気でもない。


「まだ死ぬな。借りを返し終えていない」


「言っとくけど、遊郭で返すとか言うなよ?」


「ああ、承知している」


 そう、馴染みの遊郭に誘うという昭和を通り越した江戸感覚で交友関係を深められても、平成生まれ令和育ちのチェイスは困ってしまうのだ。

 そういうところもまた、彼をちょっと苦手に感じるゆえんなのだろう。


「借りといえば。チェイス、ちゃんと貸した金返せよな!」


「まったくだ。あの世まで取り立てはしたくない」


 鉄之助と入道のコンビが、触って欲しくない話題を蒸し返した。

 ちょうど銭も軍票もない時に、彼らから借りて菓子折りを買ったのだ。

 整備隊に土下座する時の手土産である。


「わかってるよ、次の給料で返すって」


「お前、前の前の給料日からそう言ってるぞ」


「俺らが先に死んだら、化けて出てやるからな」


 チェイスは趣味と実益を兼ねた本の購入費用で、実は懐は寂しい。

 強引に戦わせているくせに、給料が安いためだ。

 いや、強引に戦わせているからこそ、安いのかもしれないが───


 さておき、いい加減借金は返せ。

 利子が付かない分、彼らは優しいぞ?


「チェイスさん! 聞こえてますか⁉︎」


「ああ、感度良好」


 離脱したオメガ2、3───秀彦と敬一の番らしい。

 彼らも結構危うい状態だというのに、中々豪気な事だ。


「よかった……すみません、僕ら真っ先に帰っちゃって」


「気にしないでよ。目の前で死なれた方が嫌な気分になる。

それより、そっちは帰れそう?」


「なんとか……死んだら、笑ってください!」


「やだよ。男がどうなろうと、俺は知ったこっちゃないんだ」


「ははは、了解!」


 何が了解だというのか。

 敬一からの交信はあったが、秀彦からは───


「……チェイス、聞こえるか?」


 小さな声で、彼は発信してきた。


「聞こえないぞ」


「き、聞こえてるじゃないか」


「かもね」


 軽くおちょくってやると、秀彦は大きく息を吐き───

 言葉を続けた。


「あんたは、変わってないんだな」


「変わってるって思えるほど、俺たちって関係あったっけ?」


「正直言うと、俺はあんたが変わったと思ってたんだ。

幕府に英雄として祭り上げられ、女を侍らせて……

英雄が、堕落したと思ってた」


 何やらチェイスに過剰な期待を抱いていた秀彦くんには申し訳ないが。

 チェイスは昔っから、10年以上前からこんな野郎である。


 それこそ幕府、連邦政府ですら困っているであろうほどに。


「ボスさんは何も変わっていないと言ってた……

だけど、信じられなかった」


「うーん。まあ、なんというか。正常なのは君だぜ。うん」


 ボスが何を言っていたのかはわからないが、チェイスの普段を見れば、誰だってロクでなしのチャラチャラ男だと思う事だろう。

 実際、その通りの人物がチェイス、志村良介である。


「悪かった。あんたを疑って」


「いやだから、別にその認識は間違ってないんだってばぁ」


「ああ、今ならボスさんの言葉がわかる。

あんたは、そういう奴なんだな」


「くそ。あのジジイ、どんな事を言いふらしてたんだ?」


「気になるなら……生きて戻ってきてくれ。

オメガ2、交信終了」


 これで最後の交信要請が終わった。

 折よく、空母の甲板は目前に迫っていた。


「こちらUSSタナト・ク・マランス。

ペンギン1、貴機を目視した。着艦を許可する!」


「初代皇帝陛下自らお出迎えとは、光栄だよ。

ペンギン1、着艦する」


 初代皇帝と同じ名を持つ空母。

 世界博覧会合衆国館で見たあの男は、果たしてチェイスをどのように迎えるのか。


 故人の事を考えても、仕方がないぞ。

 今は、あの甲板にどうやって無事に降ろすかを考えろ。


 ネットで受け止めてくれるようだが、どうなるかわからん。


 チェイスは自衛官生活で初めて、F-2のアレスティングフックを展開させた。

 これは緊急用の一方通行。

 出したら引っ込める術は、パイロット側にはない。


 ドラッグシュートの展開も意識して、チェイスは空母タナトの誘導に従った。

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