131 天下分け目の戦い 11日昼「BATTLE of ASHIHARA」
央暦1970年4月11日
葦原連邦直轄領夷俘島 斗米空軍基地
葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
恒久的安全航行の確立作戦───長いな。
航行の確立作戦を前に、作戦参加各機は出撃前の点検に入った。
ペンギン中隊の隊長として、良介は中隊各メンバーの点検に同席した。
「P-104の発展型……YP-27ね」
既にボスは出撃してしまったが、この機体の目前を通り過ぎた際、彼は絶叫した。
「しっ、CL-1200ランサーッ⁉ この世界だと実機に漕ぎつけたのか⁈」
聞けば、F-104の発展型というものが現実でも計画に上がっていたらしい。
F-104をベースに、胴体の伸長や尾翼の変更、さらには弱点とされたレーダーの換装や主翼の大型化まで。
ほぼ別機体と言わんばかりの改良が施されたとか。
しかし───ベースとなったF-104は極端で発展があまり望めない機体だった。
これなら新しい設計の機体を導入した方がコスパ良と判断され、レーダーの換装という発想だけがイタリアの改装型に導入されるに留まり。
結果、計画止まりのペーパープランとモックアップだけが残された。
F-104を採用していた日本にも、この機体の売り込みが来ていたらしいが、F-4Eに負けたとか。
「……そう、これは現実の話。葦原は別だ」
その通り。
現実のCL-1200ランサー、あるいはX-27とは一切何の関係もない機体なのだ。
「特性に変化はあるが、概ね変わらん。
飛んでいて、手足がふたつずつ増えたような気分だ」
「ど、どういう感覚なんだ……?」
あくりの言葉は良介にはわからない感覚に富んでいたが、ひとまず悪印象はないらしい。
元から不安定なP-104の安定性が高くなったうえに、兵装搭載量や燃料の増加、レーダーの高性能化でやれることが増えたといったところだろうか。
「ただ、不満なところもある」
「というと?」
「主翼でビンの蓋を斬り落とせなくなった」
「……なんだって?」
「P-104の主翼は、勢いよく叩きつければビンを斬り落とすことが出来た。
しかし、こいつの主翼はそこまで鋭くない……
飛行終わりの一杯は手で空けなければならない」
確かに大根くらいは輪切りに出来そうな鋭さがあの主翼にはあったが、まさかそんな使い方をしていたとは。
発想が奇想天外過ぎて、良介も理解するのに時間を要してしまった。
「……機体を壊さないようにね?」
「ああ、弁えている」
本当か?
そのような目的外利用甚だしい使い方をしていたせいで、真田藩空軍のP-104は無用な消耗をしていたのではないか?
といった疑問が浮かぶ発言だったが、今指摘するような事でもないだろう。
「……ひとまず、機体の調子はどう?」
「飛ばしてみなければわからないことは多いが、今のところ良好だ。
此度の作戦も、必要があらばマッハ2で駆けつけよう」
「心強いな。頼むぜ」
無言でふたりは拳を合わせると、良介は次の中隊メンバーの機体に移った。
空知ゆきのスーパー・オロール。
新選組で運用されているフラネンス製オロールを、合衆国のエラが勝手に改装した発展型である。
ツッコミどころがあるが───よそ者の良介にはどうしようもない話である。
ゆきはエアインテークの異物チェックをしている最中だった。
「ゆきちゃん、機体はどう?」
「……少々お待ちを!」
機体の下に広がる暗がりで、もぞもぞとゆきの下半身が揺れる。
ジロジロジロ───
こら、ジロジロと眺めているんじゃない。
───お前もやってるじゃないか。
ゴホン!
良介は紳士的にゆきの点検終わりを待った。
数分後、ペンライトを納めたゆきは良介と向き合った。
「失礼しました、良介さん」
「問題ないよ、それが君の仕事だからさ。
機体はどうだった?」
「問題ありません。すぐにでも出撃可能です」
「それはなにより」
これから問題だらけの空を飛ぶのだ、あっては困る。
しかし───ゆきの視線からは、面倒事の気配を感じた。
「その、良介さん」
「なに?」
「私ではなく、新選組に少々揉め事がありそうで」
「……新選組に?」
ゆきと視線を合わせると、機体と向き合いながら腕を組む歳三に行き当たった。
特に何らかの感情を表しているわけではないが───どこか、酷く不機嫌そうな印象を受けた。
「鉄之助や入道が言うに、今回の作戦に相当立腹されているようでして」
「まあ、気に入らないのはわかるけどさ……」
大和幕府の後継組織たる葦原連邦が、国際的に葦原の正式な政府として認められる第一歩。
歳三からしてみれば葦原連邦すら気に入らないのかもしれないが、最もトサカに来ているのは、指揮するのが合衆国軍であるという点だろう。
自分の家の庭で、よそ者に偉そうな面をされて気に入らないのはわかる。
しかし、中継地点となる合衆国領でのエスコートは合衆国軍の役目。
道理ではあるのだ。
「……話すかぁ」
「よろしくお願いします」
ゆきに頭を下げられては、ただ見ているわけにもいかない。
黒いだんだら模様を持つオロールを前に佇む、歳三に向かって歩く。
しかし───どうするつもりだ?
歳三とはそれなりに長いつき合いだが、そこまで仲が良いと呼べる関係ではない。
───うーん。どうしよう?
ノープランか。
まあ、何とかするより他ないな。
良介は背後から歳三の背後に迫り、その隣に並び立った。
「よっ」
「……」
返事もなく、歳三は仏頂面のまま自分の機体を見上げていた。
取り付く島もない、と言ったところか。
不機嫌な上司がまともに取り合ってくれなかった経験は何度かある。
葦原と比較すれば平和な日本自衛隊ではガキのような不貞腐れ野郎と呼んでやりたいところだが、ここは内戦中の葦原。
さらに歳三は自分のアイデンティティを揺るがすような時代のど真ん中にいる。
心中穏やかでないのは仕方のない話だ。
恐らく何をどう励まそうとしても、歳三にとっては心を動揺させるノイズにしか聞こえない。
だから、良介に言えるのはこれだけだった。
「今は色々変わって、不安なのはわかるよ。
だけどさ、仲間を見てみろよ。みんな不安がってる」
良介の言葉で、初めて歳三が動いた。
視線が自分の機体から、遠巻きに様子を伺う新選組隊士たちに。
隊長と慕ってきた人がこれほど露骨に苛立ち、動揺していれば不安になって当然だ。
ましてや、作戦直前ともなれば。
隊の部下を預かる身として、あってはならない姿勢である。
「あんたは生き延びるかもしれないけど、あいつらはどうだ?
あんたの動揺で冷静さを欠いて、死ぬかもしれないぞ。
機嫌が悪いのは仕方ないけどさ、周りを困らせるなよ。ガキじゃないんだし」
歳三は瞑目し、良介の言葉を聞いていた。
しばらく呼吸を整えていると、ため息をつくかのように言った。
「……まったく、また若造に説教されちまった」
瞼を開いた彼は、良介に視線をやった。
「その通りだ。戦の前に、将が動揺するべきではないな」
「当たり前だろ? 俺を見ろよ、いつだって平常心だぜ?」
「お前ほど変わらないと、かえって恐ろしいな」
歳三はどこか寂しそうな笑みを浮かべると、新選組隊士の方を向きなおった。
長期的にはわからないが、短期的にはひとまず平気だろう。
フライト開始まで、あまり時間はない。
良介は新選組一行に背を向けると、自分の機体に向かって歩き出した。
問題さえ起きなければ大した戦闘にはならない。
空と海の安全を守るための戦いへ。




