130 天下分け目の戦い 11日昼「BATTLE of ASHIHARA」
央暦1970年4月10日
葦原連邦直轄領夷俘島 斗米空軍基地
葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
作戦開始前日。
オメガ隊の初陣とその成功を祈願するため、食堂にて一種の宴会が催された。
とはいえ、仮にも戦闘機乗りの出撃前日。
酒は最初の一杯で終わりとなり、次は飯とおしゃべりばかりとなっていた。
で、その作戦に従事する良介はというと。
「俺もびっくりしちゃったんだ……まさか、君みたいに穏やかな女の子が
斗米基地に来てたなんてさ」
整備隊だという、新顔の女の子にナンパしていた。
お前はこのような場で何をしとるんだ───
と、言いたいところだが。
声を掛けたくなる理由がわかるほどに美しいのだ。
これは顔の問題ではない。
よく通って心地よい声、それに誰かと話している時の物腰が洗練されている。
「まるで整備隊という油まみれの汚染土壌に咲いた、一輪の美しい花……だぜ」
「そんな……過ぎたお言葉です」
この葦原に蔓延する戦争や陰謀とはかけ離れた、健やかな雰囲気を纏う少女であった。
「俺は女の子のいいところを口に出しちゃう性分なんだ。
誰もが変に遠慮しちゃって、言葉にしない事実を改めて教えるために……」
つんつん。
良介の背中が突かれた。
「次元だか宇宙だかを超えて、俺はこの異世界……
いや、葦原にやって来たんだ」
「こらっ、シカトすんなー」
「はへはへはへ……」
背後の誰かは肩越しに良介の頬を摘むと、自由自在に引っ張り始めた。
その正体が誰なのかは、声ですぐ察しがついた。
「は、はひすふんはひょ、ひひょひゃん」
表向きは清掃業者だったり、空軍憲兵だったりする千代である。
時折彼女はこうして、良介のナンパを妨害するのだ。
「あのさぁ。オメガ隊の人たちが呼んでるよ?
いい加減行ってあげなきゃ」
「……い、いいところなのに」
話し掛けていた彼女に視線をやると───
やはり気分を害してしまったらしい。
少しだけ険しい表情を浮かべていたが、すぐに笑みが戻ってきた。
「ごめんなさい。お邪魔しちゃったみたいで」
「と、とんでもない! 今回は邪魔が入っちゃったけど、今度また話そうね!」
非常に惜しい別れだが、仕方がない。
彰義隊隊長として仕方なく、その責務を果たすため良介は踵を返した。
少し離れたところで、作戦参加予定の面々が話している。
「……しむすけさぁ」
そこへ向かう道中、千代が口を開いた。
「なに?」
「いつもこんな事やってるの?」
「ふふん、当たり前だ。俺様のライフワークだからな」
褒められてないぞ。
足を止めて良介は千代を振り返ると、彼女の表情は予想していたものと違った。
心底驚いて、良介を見上げていた。
「いやっ、そういう事じゃ……もしかして今まで全部、素でやってたの?」
「当たり前だろ? 俺は頑張ってる全ての女の子の味方だ。
恣意的に選んだりはしてないぜ……今まで?」
「んー、それは知ってるというか、
そういう事を言いたい訳じゃないというか……」
良介の疑問はスルーされた。
「じゃあ、どういう訳なんだよ?」
しばし、千代は悩んだ様子を見せると───
「わかんない方がいいよ」
「なんだよ、それは」
「しむすけは、しむすけのままでいてくれた方が、あたしは嬉しいってこと」
どうやら彼女はこの話題を終えたいらしい。
立ち止まった良介を置いて、先にスタスタ歩いてしまった。
「……一体何なんだ?」
わからん。
千代と彼女の間に何かあったのか、あるいはサトリのセンスで何かがわかったのか。
とはいえ、彼女が何もしないのであれば問題はないだろう。
今は、目前の仕事に集中するべきだ。
オメガ隊はボスから戦技に関する蘊蓄を垂れ流されているようだった。
教官として敬意を払ってはいるが、げんなりとしている彼らの背後に立ち───
「オメガ11はいる?」
オメガ隊の面々は面食らった表情で良介を振り返り、やがてその中のひとりが手を挙げた。
良介の記憶の限りでは、声が低くも聞き取りやすい、いい声をした男である。
ボスはにぃっと、気色悪い笑みを浮かべた。
「ダメだよボス、ちゃんと欠番にしなきゃ。縁起が悪いだろ?」
「んな事ぁねぇ。絶対生きて帰って戦線復帰してたじゃねぇか」
エースコンバットを知らなければ本当に意味のわからない会話で、オメガ隊を長ったらしい話から救い出すと。
良介は改めてオメガ隊の面々と向き合った。
「チェイスさんっ。お疲れ様ですっ」
あの奇襲の現場にもいた、現オメガ3。
丸山敬一少尉という。
夷俘島屋岸の生まれで、良介が転移した直後に爆撃機を爆散させた瞬間を目の当たりにしたひとりである。
「俺にそんな畏まらなくてもいいよ」
「そういうわけにもいきませんっ。故郷の救い主なのでっ」
ヨイショもほどほどにして、良介はオメガ隊が開いた道を歩いてボスの隣に腰掛ける。
この時珍しく、ボスは義足となった右足を露わにしていた。
「ボス、足は?」
「いつだって絶好調だ」
良介の言葉に、オメガの面々は緊張を露にした。
なるほど、ボスのウンチクはイジェクトの危険性についてか。
察した良介は、ボスの隣に腰掛ける。
「どっか失くすかもしれなくても、死ぬよりマシか」
「そういうこった」
ボスの場合は、戦闘の余波でパラシュートが破損。
予備パラシュートの展開がギリギリ間に合った際の着水で、右足を強打。
解放骨折したというのが、怪我の真相だった。
古臭いゲームでもあるまい、水はあらゆる衝撃を吸収してくれるわけではない。
自由落下速度で水面に叩きつけられれば、それはコンクリートと衝突するのと変わらない衝撃になる。
右足ひとつが真っ二つになるだけで済んだのは、幸運だった。
「で? 義足見せつけて、新入り達を怖がらせてたのか?」
「何度も言ってるんだが、こいつらどうもお祭り気分が抜けなくてな」
「この男が一番、戦争でお祭り気分なんじゃないですか。ボスさん」
勇気あることに、オメガ隊のひとりがボスの言葉に口を挟んだ。
松本秀彦少尉。
現オメガ2、あの奇襲で殿を買って出た男だ。
「おっと。良介、新入りに言われちまったな」
「はっはっは、俺様は常に自然体なのだ」
褒められてないぞ。
とはいえ、これが一種の負け犬の遠吠えなのは明白だ。
なにせ秀彦を始め、オメガ隊は良介ひとりにまともな撃墜判定を出せていないのだ。
良介ひとりにオメガ隊総員、かつ良介の真後ろを取った状態から交戦開始。
この舐めプ甚だしい超優位の状況でようやっと一勝。
それも、部隊半壊状態で。
その一勝は秀彦が勝ち取ったものであり、日々成長を感じているという点は無視できないが。
「真面目な話、こいつはお前らが思ってる以上に真面目な奴だぞ」
「わかってますよ。だって、彼は屋岸の英雄。
墜落する爆撃機が港へ落ちる前に破壊するような人なんですから」
敬一は淀みなく断言した。
良介のアホがそういった判断を下せるのはこの私、自己批判の精神によるものが大きい───
しかし、かといって私の存在を公言するといよいよ頭の逝った人確定である。
誠に非常に遺憾だが、お前の功績という事にしておいてやろう。
「……ボス。今回の作戦、あんたは来ないんだっけ」
恥ずかしくなった良介は、話題をボスの身の上に変えた。
「ああ。悪いが、宗治郎大佐と共に別作戦に従事している。
今回は一時的な帰還だ。明日には向こうに戻る」
「まったく。宗治郎のおっさんも、新入り放り出して何やってるんだか」
良介は先ほどから遠巻きに見ていた吉宗に視線を送ると、聞こえそうな声量で言った。
「悪いな。必要な事だ」
「そう願ってるよ」
恐らく葦原連邦内部に巣食う不穏分子の粛清なのだろう。
彼らが直接的な攻撃すら辞さない過激派なのは、この間の襲撃で明らかだ。
合理性は理解出来る。
倫理を守り続けられるほど、葦原の情勢は穏やかではない。
わかってはいるのだが───
勝手に自分だけ悪役を引き受けるという根性が気に入らなかった。
「しかし、航路の安定化作戦か……」
話題は移り変わり、ボスは今回の作戦に言及した。
「予定通り進めば、戦闘はありません」
「予定は未定だ。戦時中なら言うまでもなくな」
相手は外国の民間機攻撃すら行う、連邦以上に統制ボロボロな葦原政府軍。
さらに政府側はメンツすらこの作戦でボロボロになる。
小競り合いは覚悟しなくてはならないだろう。
「秀彦。この作戦ではお前がオメガ隊隊長だが、無理はするな。
何かあればチェイスを頼れ。いいな?」
良介と秀彦の視線が交差した。
普段と変わらぬ笑みと、渋顔。
「……了解」
了解、と言っている顔ではないな。
良介とて、ある程度の自己分析は出来ている。
嫌われる理由に関しては、有り余るほど心当たりがあった。
「気に入らない理由はよくわかる。俺だってそうだ」
「おい」
良介のツッコミをスルーし、ボスは続けた。
「だが、忘れるな。
こいつは葦原一、いや俺が知る全ての戦闘機乗りで一番の腕と頭を持ってる。
思い上がりは捨てろ、一番出来るのはこいつだ」
思いも寄らぬ人間からヨイショされてしまった。
言葉が思い浮かばず、良介はギョッとしながらボスを見ると───
「……一番はあなたでしょう」
「わかるだろう? 俺はもうジジイだ。若いのには勝てん」
再び、良介と秀彦の目が合った。
先ほどと比べて、表情の緊張は強まり───
「……失礼します」
自分達のための席だというのに、秀彦は食堂から去ってしまった。
追うべきだろうか?
良介はオメガ隊の面々を見やるも、深刻そうな様子は見受けられなかった。
「……あいつも、ここに来て間もない頃はあなたに心服してたんですよ」
秀彦が立ち去るさまを見送った敬一は、良介に向けて言った。
そういえば彼も敬一と同じく屋岸出身だったか。
「それが、どうしてあんな感じに?」
「え、自覚ありません?」
驚くほど素で言われてしまって、良介も顔を伏せるしかなかった。
「……あります」
「あるなら直せ……俺、これも何回言ったんだろうなぁ?」
ははは、オメガ隊の面々からようやく笑う声が聞こえてきた。
「そう。良介さんのそういうとこを見て、
ちょっとガッカリしたみたいなんです」
「そう言われてもな……俺は昔からこうだし」
恐らく秀彦は幕府軍の八咫烏と呼ばれていた頃のプロパガンダを真に受けていたのだろう。
あの頃は良介の素顔を明かす予定はなかったのか、誇張抜きの戦果と嘘八百な高潔な人格が強調されていたのは記憶に新しい。
その高潔な人格とやらを、ボスに見出したのだろう。
「これはあれだよ。
会えば伝説じゃなくなる、現実に直面すると幻滅するってやつだよ」
「……深いですね」
「ああ、ゲームのセリフの引用でなければな」
「うるさいっての」
引用しているシチュエーションとは、程度は違えど似ているのが困ったものだが。
あのセリフ、どう考えても茶化されたのを誤魔化すために使っていいレベルのものではない。
「ただ、あんまり心配することはないと思いますよ。
ここ数日の訓練で、良介さんの実力はその身をもって理解していますから」
「俺も同感だ。秀彦はそこまで頑なじゃない」
「なるほどね……」
時刻は間もなく10時になろうとしていた。
明日に支障をきたす前に解散しなくては。
「さあて、そろそろ時間だ」
楽しかった宴だが、ここは居酒屋ではない。
参加者全員が手早く後片付けをして、明日の出撃に備えるのだった。
次回の更新は水曜19時です




