127 天下分け目の戦い 11日昼「BATTLE of ASHIHARA」
央暦1970年4月5日
葦原連邦直轄領夷俘島 斗米空軍基地
葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
幕府軍が採用した最新鋭の戦闘機と言えば、フラネンス共和国から輸入したオロールという機体であった。
これは幕府が軍事力において合衆国の技術に依存している現状を疑問視する声が上がったことに起因しており、初の合衆国以外から導入した戦闘機であった。
葦原内戦が勃発した当時は、この機体の愛称を決めているような段階だった。
しかしこの葦原内戦によって、全てがぶち壊されてしまった。
革命勢力である葦原政府は葦原西部を根拠地とする勢力であり、ユーロネシアに通じる航路を封じられてしまったのだ。
これだけならまだ、大きく制限されるだけでゼロにはならない。
内戦勃発してしばらくの間、政府軍に外国籍の輸送船を攻撃しない理性があったためだ。
問題は葦原政府が合衆国含めたあらゆる国外勢力に、幕府へ協力しないよう強く要請したことだ。
既に内戦の趨勢は決したと見て、合衆国以外は完全に幕府への協力・商売をやめてしまったのだ。
フラネンス共和国も例外ではなく、戦況が逆転して大和幕府から葦原連邦に変わった今でこそ手のひら返してオロールの部品を供与しているが、再開されたのはつい最近の話だ。
政府とは人で構成される集団だ。
連邦とて例外ではなく、危機に際してあっさりと見捨てたフラネンスに対して葦原連邦は最低限の取引に留めると決めてしまった。
この最低限とは、既に運用体制が整ってしまった新選組のオロール関係に限るという意味だ。
では、新しく導入する機体はどうなるのか?
以前から軍用機、特に戦闘機に関して葦原は大きく遅れていた。
導入する機体がことごとく合衆国の機体なのだ。
それではいけないと、幕府の時代から国産機の導入に尽力していたが、葦原の国力では第2、3世代戦闘機の完全独自開発は困難を極めた。
まだ機体構造や設計、電子機器に関しては単独でもどうにか出来た。
唯一にして最大の問題だったのはエンジンだ。
錬金術で素材を錬成すること自体は、どこの国どころかちょっと器用な個人にも出来る。
その素材を知り、理解することが一番難しいのだ。
例えばエラ・アーロンは素材の解析において世界的な権威の学者だが、機体の設計や錬金術は並以上の域を出ていない。
あくまで、リバースエンジニアリングに必要な技能というだけだ。
エンジン、特にジェット戦闘機に用いるガスタービンエンジンはこの素材選定が難しい。
何も考えずに軽量素材を使えば、高推力を得るため生じる熱に耐えられず炎上する。
では熱に耐えられるような素材を選ぶと、今度は重すぎて機体の機動性が低下する。
両立させようとすれば、今度は強度が高くなりすぎてエンジンを構成する部品にするための形成に問題が生じる。
この極めて難しいバランスのトンネルを通り抜けた末に、数トンの金属塊が空を飛ぶのだ。
そうした幕府時代から続く検討の末に、葦原連邦は白旗を挙げて国外の既存エンジン導入を決めた。
ではここで問題になるのが、どのエンジンを導入するかだ。
想定していた設計と大きくかけ離れたサイズのエンジンを導入すれば、図面引き直しで完成は遠く離れる。
鎖国していたくせに幕府時代から合衆国との関係が深い葦原連邦内部では、当然合衆国製エンジン導入を推す声があった。
一方で、葦原連邦空軍内部にも合衆国依存に懸念を示す声は確かにあった。
合衆国は連邦の苦境と政府の圧力の中でも協力をやめなかった唯一の勢力だ。
しかしそれは、超帝国に次ぐ合衆国本土に近い立地にあるためだ。
葦原政府の伸長が、ひいては自国の問題に繋がるというのが連邦に協力する理由だ。
近所だからこそ生じる理由。
一方近所だからこそ、葦原政府は手を出すことが出来るという事でもある。
もし葦原政府が連邦に与する合衆国を奇襲したとしよう。
これを合衆国が参戦介入する口実になる、という見方は出来る。
しかし合衆国はあくまで、民主主義国家だ。
短期的には、具体的に言えば大統領や議員の任期が続く限りはある程度民意に背く動きが出来る。
では長期的にはどうか。
任期間近で選挙が目前に迫っていた時に、葦原政府が合衆国へ攻撃した時。
合衆国の大衆は自身の被害を恐れて介入を躊躇うのではないか?
これが葦原連邦内部で悲観視する声があるのだ。
この奇妙な異世界と、我々の知る世界を同一視するのは危険だ。
しかし────むしろ攻撃されれば、侵略者絶対殺すモードに移行するだけでは?
というのが、この件における良介の見解である。
大衆が厭戦ムードになるのは、戦争が長期間に及びかつ滞った場合だ。
短期的にはむしろ、イケイケドンドンモードになるだろう。
葦原連邦の元は大和幕府、専制政治の世界を生きていた者の集まりだ。
民衆とナショナリズムというものを、甘く見ているのだ。
これからは、自分がその世界を生きるというのに。
閑話休題。
話を葦原国産機のエンジンに戻そう。
合衆国の気まぐれを恐れる声を受けて、選定にはユーロネシア製エンジンも候補に挙がる事となった。
ただ、ユーロネシア製となると合衆国よりもずっと遠くなる。
そうなると、オロールと同じ轍を踏まぬためにライセンス生産が必須となる。
この条件を加えた途端、興味を示していた国の大多数がそっぽを向いてしまった。
またしても話が脱線するが、葦原の工業力について少し触れておこう。
この背景もライセンス生産を避けられる重大な理由なのだ。
葦原の工業力は数十年前の話ではあるが、巨大魔道戦艦播磨型を完成させたことで世界からの注目を集めていた。
では、それ以外の工業力はというと───
安かろう悪かろうな、デッドコピーの群れであった。
葦原はどっかで見たような格安品を国中で生産・輸出しまくって莫大な富を得たのだ。
もちろん、コピー元の無許可無許諾のヤクザ営業だ。
しかもこれは幕府という中央政府公認の商売だ。
良介はボロ負けしている癖、妙に羽振りのいい幕府に疑問を抱いていたが、なんてことはない。
葦原国外の銀行に、この収益がたんまりと納められているのだ。
しかし、最新軍事技術を金だけで買う事が出来る時代はいつの時代にもない。
地政学的にカスみたいな立地をしている上に、鎖国で周囲と足並みを合わせる気がない割にダンピング輸出だけはするという自分勝手な専制政治をしていた大和幕府は、時代遅れな輸出品しか導入出来なかったのだ。
ユーロネシア諸国は工業・商業的な素行の悪さが有名だった大和幕府を前身に持つ葦原連邦に、最新技術の粋を集めたエンジンのライセンス生産を認めるわけにはいかなかったのだ。
残念でもなく当然、まともな国家らしい判断である。
しかしその中で、まともな国家らしからぬ判断を下したユーロネシア国があった。
厳密にはユーロネシア外の国である、リールランド神聖国だ。
鶴の一声ならぬ、神の一声で動くこの国がエンジン選定の際に唯一挙手したのだ。
もちろん、ライセンス生産の件も含めてだ。
不気味なのは、外に漏れていないはずのこの選定をどこかから嗅ぎつけて自推してきた事だ。
政府側を積極支援して、幕府の危機を加速させた癖に。
とはいえそれも商売、合衆国外のエンジンが見つかったことに変わりはない。
専門家からも葦原での生産・新鋭機の組込み・性能面にも問題はないと判断され、リールランド製エンジンの導入が決定した。
この錬金術なるご都合技術の存在する世界では、図面と錬成に必要な素材のレシピさえあれば生産は存外早く終わる。
4月には初飛行と調整を終え、まとまった数の葦原国産新鋭機が葦原連邦空軍に導入されていた。
とはいえ、全機速やかにこの国産機に入れ替えられるわけではない。
連邦空軍の大多数の部隊は幕府空軍時代と同じく五式打撃戦闘機『小鯱』のままであり、彰義隊も乗り換える部隊はない。
では、この国産機にどの部隊が乗るのかと言うと───
ボスの薫陶を受けた新入り、オメガ隊であった。
習熟訓練を行うにしても、国産新鋭機の実力は未知数。
既存部隊の機種転換訓練も間に合わない。
さらになし崩し的に内戦再開と来れば、こうならざるを得ないわけだ。
以上が、葦原国産戦闘機に関する資料を読破した良介の見解である。
この資料とは、現在葦原連邦の政治的中枢となっている五稜郭当局に開示請求を行い、通った資料である。
そう、公開情報なのだ。
幕府の時代と違い、不開示情報と判断されない限りは閲覧可能なのだ。
さすがにエンジンの詳細な性能は不開示情報と判断され、黒塗りで送られてきたが。
「うーん。まさかこの俺が、開示請求マンと同じことをするとは……」
電話口で話した担当曰く、国内外から請求があるとか。
どうやら、早速連邦の認める権利を活用する向きがあるらしい。
さて、ではなぜ良介がその国産機に興味を向けることになったのか。
答えは至極単純。
ボスや吉宗がいない間、オメガ隊の面倒を見る羽目になったためである。
ペンギン隊に編入などという雑な話ではないが、新米だけで構成されるオメガ隊に指揮能力を有する人材がいないのだ。
人材払底この上ない話である。
「うーん……せっかくの休みを、資料読破に使ってしまうとは。
とんでもない時間の無駄だぞ」
どう考えても、危険を顧みず街に繰り出してナンパをするより有意義だぞ。
「いいや。女の子と仲良くなった方が、数千倍マシな時間の使い方だ」
どうせ門を通ろうとした途端、立哨に止められて終わりだろうに。
資料を綴じたファイルを閉ざし、日の傾いた外へ視線をやる。
例の国産戦闘機が今まさに、滑走路にタッチする瞬間だ。
オメガ隊は練度向上に努めているらしい。
特に彼らは未だ新たな機体には慣れていない。
設計に携わり、試作機の飛行で習熟していた教官たちに国産機の扱いを叩き込まれている真っ最中だ。
この教官たちは数少ない、幕府空軍試験飛行隊の生き残りだ。
そんな連中に新鋭機を渡して、前線で戦わせる。
新選組の時と、何も変わっていない。
「……はぁ。どうにかしてやらないとな」
良介はぐっと伸びをすると、夕食のため部屋を後にした。




