126 天下分け目の戦い 11日昼「BATTLE of ASHIHARA」
央暦1970年4月3日
葦原連邦直轄領夷俘島 斗米空軍基地
葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
「……先日、葦原海を飛行中だったフラネンス共和国の民間機が
撃墜されたとの事です。葦原政府は関与を否定し、
葦原連邦によるものとしていますが、当該海域に連邦海軍艦の姿はなく……」
内戦が再開され、状況は日を追うごとに悪化していた。
内戦が再開が明確になると、世博参加の各パビリオンは速やかに撤退を表明。
葦原政府は事態の速やかな終息を約束したものの、状況は変わらず。
このラジオから聞こえてくる報道は、その撤退中のフラネンス館関係者の乗る民間機が撃墜されたというものだ。
撃墜されたとされる地点は、葦原海西部の公海。
そこまで進行出来るほど、連邦海軍は優勢ではない。
これは政府側意思決定層の神祇官が言い出したその場しのぎの言い訳で、実際には合衆国がその様子をレーダー上で確認していた。
これは報道されていないが、政府海軍所属の艦艇がミサイルを発射した瞬間が記録されていたとか。
「……政府の奴ら、何考えてるんだ?
フラネンスとも戦争始めるつもりなのか?」
ラジオの主である鉄之助が、ニュースから聞こえて来る耳を疑うような話にツッコミを入れた。
良介も数年前に実例を目の当たりにしていなければ、同じようなことを口にしていただろう。
実際、当時していた。
「政府じゃないな。現場の部隊以外は意図を理解していないと思う。
憶測になるけど……フラネンスはオロールを供与してるだろ?
その繋がりで、その部隊が敵と認識したんじゃないかな」
「なんだそれ。それじゃあ、現場が好き勝手やってるって事か?」
「多分ね」
その好き勝手やってるかどうかすら、葦原政府は知りたがっていることだろう。
あの実例は斬首作戦が成功して意思決定層という頭が落ちた後だったが───
宗教という拘束具がなければ、武力を持つ側はあっさり優位に立ってしまうわけだ。
「ただ油断しちゃいけないのは、
連邦側にも同じ事をしかねない連中がいるって事だ。
……その機会がないってだけの話で」
我々のいた現実と違い、葦原には北や東へ抜ける航路が存在しない。
北は焔の世と呼ばれる灼熱地獄で、東はご存じ果ての海だ。
連邦軍内部に潜んでいる急進派には、無関係な第三勢力を巻き込む機会がないだけなのだ。
良介は作戦室に呼ばれた面々を、改めて見やった。
歳三と鉄之助をはじめとした新選組に、新入りオメガ隊。
そして、ボスを除いたペンギン隊。
吉宗の姿も、なかった。
「はぁ……妙なことやってくれなきゃいいんだけどな。
そういう奴らも、一応味方なんだし」
行動を起こすまで、そんな連中も味方として扱うしかない。
さもなくば味方殺しになってしまう。
敵にやられた場合はもちろん、その限りではないが。
「俺もそう願ってるよ」
その時、瞼を閉ざしていた歳三が作戦室の扉へ視線をやった。
「鉄之助、ラジオ」
「おっぷす」
歳三の声と共にラジオの音声が止まると、戸が開いた。
入って来たのは───空軍基地に似つかわしくないドレスと、逆にピッタリな航空服を身につけた連中。
「やあ、リョースケ」
エラ・アーロン。
合衆国の要人にして、半ば趣味使命感で兵器研究に携わる長命の技術者。
その背後に控えていたのは、見覚えのある航空服の外国人6名。
合衆国の試験飛行隊、バトル・ホークスの隊員だ。
エラは良介の目の前まで歩み寄ると、静かに見下ろした。
恐らく、良介が何か言い出すのを待っているのだろう。
「……」
「なに、どうしたの? 急に黙ってらしくない」
「……叩かない?」
前回の別れ際にビンタを喰らった件を蒸し返すと、彼女は静かに笑みを浮かべた。
「他人をDV女みたいに言わないで欲しいな。
第一、叩かれたのは君に問題があったんじゃないか。
……頰を打ったのは謝るよ。だけど、私はリョースケが心から心配なんだ。
それだけは、理解して欲しい」
ざわ……ざわ……
ただならぬ関係を匂わせる発言に、作戦室がざわめいた。
この言葉を出させた良介も悪いが───
もう少し、表現というものがあるのではないか?
「ははは、あの件は悪かったよ」
「それ、悪かったって顔じゃないよね」
ふたりが会話していると、自然な所作で男が割り込んできた。
最後尾の、推定合衆国の人間。
バトルホークスと違い、この中年の男に見覚えはなかった。
制服の見た目からして、佐官クラスの人物と見えた。
「アーロン様。戯れはその辺りで」
「はいはい。そうだね、今回も仕事で来たんだから」
エラとの会話は強制終了されると、彼女と中年の男は壇上に。
バトルホークス達は良介の隣に座り込んだ。
「合衆国との共同作戦?」
「その通り。ただし、これは葦原政府に対する攻撃じゃない。
戦えない人々を守る正義の戦いだ」
良介が投げ掛けた疑問を、エラは部分的に肯定した。
葦原連邦は合衆国と軍事同盟を結んでいるわけではなく、本格的に参戦することは出来ない。
では、バトルホークスがなぜこの場にいるのか。
試験飛行隊が紛争地帯へ頻繁に訪れる時点で、彼らが単なる試験飛行隊でないのは確実だ。
「君たちの中には、もう耳にしている者もいるだろう。
葦原政府軍の一部部隊は政府の意思に反し、
世界博覧会参加国の民間機を攻撃している」
初老の男は、エラの言葉を補足するように続けた。
「こら、自己紹介しなきゃ」
「……失礼。私は合衆国空軍高高度試験飛行隊バトルホークス飛行隊長、
ハリー・サリバン中佐だ。
本作戦、恒久なる安全航行の確立作戦の指揮を担当する」
共同作戦ながら、指揮官は現地の葦原人ではなく合衆国の人間。
───これは、いい顔をしないだろうな。
良介の読み通り、異を唱えるものが現れた。
「……我々は幕府の軍隊だ。異国の軍隊に指図される謂れはない」
新選組隊長、山義歳三だ。
幕府空軍出身の部隊だけあって、こういった空気が新選組では強い。
その空気を代表して、彼が発言したのだろう。
少なくとも、隊内で鉄之助は変わり者扱いである。
「ねえ。葦原側の偉い人、連れて来た方がいいんじゃない?」
潤滑油の如く、良介は妥協案を提示した。
正直なところ良介はどちらでもいいのだが、作戦の進行に危険が生じるのはまずい。
どうせ吉宗はボスと一緒に非合法秘密作戦中なので、何も出来ないのだろうが。
それでも、それっぽい人間のひとりくらい、連れて来ることは出来るだろう。
これは損得や法の問題ではなく、メンツの問題なのだ。
「本州の対地支援で要員の大半がかかりきりだ。
この作戦での葦原連邦空軍最上位は、山義歳三中佐ということになる。
私の指揮下のもと作戦が行われるのは、葦原連邦空軍の要請による決定だ」
ハリー中佐はピシャリと一蹴した。
何をピリついているのか知らないが、こう言われては仕方がない。
お手上げのポーズを示すと、エラが視線を送ってきた。
許して、と言いたげに。
「……上だけで、勝手な事を」
葦原側の大多数が抱いているであろう言葉が、歳三の口から漏れた。
しかし指揮出来る要員が不足しているのも、また事実だ。
「今回諸君らには、世界博覧会出展国の撤退を支援してもらいたい」
「……出展国の撤退ってことは、民間機の護衛ってこと?」
「そうだね。合衆国だけでなく、南西の航路で合衆国を経由する……
合衆国含めた、世博出展国の関係者を乗せた機体だよ」
「それこそ、賊軍共にやらせればいい」
歳三の言うことはごもっともだが───
政府の意思にこそ従っていないが、その連中がまさに民間機攻撃の主犯なのだ。
「葦原政府軍は信用に値しないと関係各国は判断し、
葦原連邦に白羽の矢を立てた。
君たちが葦原の正しい主であると世界に知らしめる、いい機会だと思うがね?」
一応、顔を立てる言い方を意識しているが、それでも神経を逆撫でしている。
このハリーという中佐、軍事的に才能はあるのかもしれないが、政治的な面では考えが甘く見えた。
「……ふん」
「長坂から離脱する旅客機及び貨客船は葦原海を経由し、
南西の合衆国群島エリアに向かう。
君たちの任務は葦原海におけるこれらの護衛、及び航路の安定化だ」
合衆国の役目は葦原領を抜けた後にあるわけだ。
紛争地帯となり、危険性の高い葦原領では連邦空軍が護衛の主力となる。
そういう事にしなければ、葦原連邦だか政府だかの主権を侵害してしまうのだ。
「なるほど。民間人を積極的に狙う卑怯な政府軍から守るってわけか」
ハリー中佐ではなく、エラとバトルホークスを擁護する目的で、良介はこの作戦の趣旨をまとめた。
この言葉で得心がいってくれたらしく、新選組の数名が頷いた。
「その理解で間違いないよ。戦争の中じゃ珍しい、純粋な正義だ」
政府軍にもきっと、楽しく善良な奴はいるのだろう。
しかし戦う術を持たない民間人を殺そうとするような奴であれば、良心の呵責などない。
エラの言う通り、珍しく正義の戦いだろう。
「新選組は空の守りを。オメガ隊は不審な動きを見せた政府軍艦艇を攻撃。
ペンギン隊とバトルホークスは、どちらにも柔軟に対応可能な準備をするように」
「ぼ、僕らに対艦攻撃を⁈ 無理だ、そんな高度な訓練を受けてない!」
「関係ないな。作戦開始までに、訓練を間に合わせりゃいい」
新米かつ早速隊長がいない作戦に駆り出されたオメガ隊の誰かが叫んだ。
確かに、最近まで対艦攻撃は昔ながらの無誘導爆弾やロケットを用いていた。
命中させるには肉薄する必要があり、加えて高い技量を要する危険な任務でもある。
だが、今は違う。
「今作戦では、
以前ペンギン隊に供与したAGM-1のシーカーを改修したものを供与する。
運用方法に関しては、AAMと大差はない。
作戦開始までには習熟も完了するだろう」
AGM-1とは、世博の帰りにペンギン隊が担いでいた空対地ミサイルだ。
熱源誘導なので、対空ミサイルと使い方は大差がない。
オメガ隊も教育の中で基本的な兵装の扱いは習っていた。
彼ら新米でも、最低限の役目を果たす事は出来るだろう。
「AGM-1は射程こそ短いが、撃ちっぱなし能力がある。
発射後は速やかに離脱し、迎撃を避けろ。
演習と違い、実弾を撃ち返してくるからな」
───うーん。これ、睨み合いで終わらないの前提で話してるな……
葦原政府もとい、葦原西方各地方の荒っぽさは語るに及ばない。
既に実行した例が存在するのだから、そうした前提になって当然だろう。
そんな危険な状況の中、血を流す覚悟で航行の安定化を図るからこそ、連邦が葦原の正当政府であるという主張の正当性に繋がるのだが。
ある意味、日本という国から抜け落ちた国際常識である。
「以上だ、解散」
ハリー中佐は良介を睨みつけると、エラと共に退室していった。
よほど、お前は嫌われているらしいな?
「悪かったな、うちの隊長が」
早々に口を開いたのは、バトルホークス1番機のパイロットだった。
名前は───そういえば、聞いた記憶がない。
「バトルホークス1、ハンク。よろしく」
ハンクの差し出した手を、良介は握り返した。
「俺、何かしたっけ?」
「直接的には何もしてないさ……直接的には、な」
意味深な呟きを漏らしたハンクは、ハリー中佐とエラの消えた戸に視線をやった。
もう聞こえないところまで行ったのか、確認したかったのだろう。
「なあ、チェイス」
「良介でいいよ」
「じゃリョースケ。エラ・アーロン、彼女をどう思う?」
金髪オールバックの男は、リラックスした笑みを浮かべたまま尋ねた。
良介が抱く、エラの印象など知れている。
「とても可愛いな。とても、6倍以上歳上とは思えない」
これが、志村良介だ。
こいつが女の子に声を掛けて───そして、命懸けで守る理由はそのくらいで十分なのだ。
ただ───普通の人間は怒るか呆れるだろう。
「はっはっは! ああ、そうだ。そうだよなぁ!」
ハンクは後者だったらしい。
どこかやけっぱちな印象のある大笑いをして良介の肩を抱くと、そっと耳打ちした。
「そう。あの人は美しいんだ。ガキの頃、初めて見た写真のまま……
ずっと、変わらないんだよ」
「ずっと……か」
想像を巡らせてみよう。
少年時代、新聞か何かの写真に載っていたとんでもなく可愛い女の子。
時が経ち、少年から青年になった時代。
昔見た美少女が、何ひとつ変わらぬ姿であり続けたら?
それも、建国の英雄として君臨しているのだ。
加えて直接戦わないとはいえ、国益のために東奔西走している。
歪むだろう、女の趣味が。
「なるほど……つまり、エラちゃんは合衆国のアイドルってことか」
「それも、俺が知ってる限り全世代に熱狂的なファンがいる。
説明するまでもないと思うが、ハリーはそのひとりだ」
嫉妬か。
エラと良介が世界博覧会で密会する姿は、四谷がすっぱ抜いて葦原中のニュースとなっている。
合衆国でアイドルの如く崇拝されているのならば、このニュースが海を超えていても不思議ではない。
「うーん、仕事に私情を挟まれるのは困るな……」
「同感だ。俺の方からもその辺キッチリ話しとくよ。
……俺だって、我慢してるんだからな」
「……うん?」
良介の肩を握る手に、強い力がこもっていた。
「いいか? 俺はあいつほど熱狂的じゃない……だけど、忘れんな。
彼女を悲しませたら、合衆国人が許さん」
ハンクが立ち上がると、ハンクの後席が良介の背を小突く。
続いてウィングマンの面々もドスドスと、傷まない程度の攻撃を浴びせて過ぎ去って行く。
ジョック式圧力である。
「それでは諸君。演習で会おう」
バトルホークスの面々は、あのドスの利いた声を発していたとは思えない、爽やかな笑みのまま退室していった。
どうやらバトルホークスとは、エラ・アーロン推しの集まりだったらしい。
「……俺、エラちゃんの合衆国人気。甘く見てたな」
永遠の可愛い英雄、という属性を完全に見誤っていた。
さすがにハンクは私情を挟まないようにしているようだが───
お前がエラに対して不義理な行いをすれば。
寝ている時、寝ぐらごと空爆で吹き飛ばされそうだな?
「シャレになってないぞ……部隊総出で爆弾落としそうだ」
爆弾。
その一声に、視界の隅で反応した集団がいた。
オメガ隊の面々だ。
彼らは初の実戦で新兵器を任されそうで、不安に思っているのだろう。
ここは、手助けをしてやるべきではないか?
「……なんで俺が手伝わなきゃいけないんだ? 野郎共の集団を」
立ち上がり、オメガ隊の元へ向かう。
期待と困惑、そして1名から向けられる複雑な視線。
様々な視線を受けながら、良介は彼らの言葉に耳を傾けた。




