5話 スライム娘との戦闘
「こいつは、俺が仕留める」
その言葉を聞いた瞬間、マリアの目は期待に輝いた。やはりこの人は勇者様だという目をしている。
んなわけねえだろ。俺はただ女を口説いて遊べればいい。魔王を倒す義理もない。今はこの、目の前にいるスライム娘をどう《《調理》》してやろうかと考えていた。
「あら、積極的じゃない」
スライムが笑う。一歩ずつ近づくと、スライム特有の湿り気が俺の肌にまとわりつくような気がした。
「勇者様、気を付けてください。相手は人型といえど、誘惑し、生気を吸い取る恐ろしい魔物です」
マリアが後ろから叫んだ。この世界ではやはり俺の知っている魔物観ではないらしい。
スライムに俺は問いかける。
「なぁ、お前さ、こんな森に一人ぼっちとか寂しくねえの?」
一瞬ぽかんとするスライム。思いもよらなかったことを言われたらしい。構わずに続ける。
「いや、だってさ、入った時から感じてはいたけど、ここにはきっと魔物はあまりいない。そうだろう?」
「な、なんであなたがそんなことを気にするの?」
ふ、と笑って女の腕を引いて引き寄せてから言った。
「君みたいなかわいい子が、こんなとこに一人でいるなんてもったいないだろ?」
顔まであと数センチ。この状態、普通ならまず「生きるか死ぬか」を考える距離だった。
「ちょっと、あなた、本気なの!? あなた仮にもあの子から『勇者』って呼ばれてたじゃない!」
マリアの方を指差すスライム女。マリアは急に自分に矛先が向いたことに驚いている。
「そうだが、俺は良い女なら種族を気にしねえんだよ」
またさらに近づく。後ろに下がる女。しかし数歩後ろには木があった。どんと手を女の顔の横に置く。いわゆる壁ドンという体勢である。髪を触るとスライムとは思えないほどサラサラとしていた。その手を頬に滑らせ顎に据える。
「……っ」
女の顔が少し赤くなった。この調子だ。さらに畳み掛ければイケる。
「私のこと、あんたが何を知ってるって言うのよ……!」
マリアはきっとまたポカンとした顔をしているのだろう。知ったことか。俺は俺のやりたいことをやる。二つの意味でな。
「わからないさ」
俺がつぶやいた瞬間、驚いたように顔を上げるスライム。「ただ、」と俺は続けた。
「ただ、この先、俺は君のことをもっと知っていきたいと思ってる」
その言葉を聞いた瞬間、女は両手を顔に当てて、青いスライムの体には似つかわしいくらい顔が赤くなり、沸騰したようにぼこぼこと身体の中が泡立っていた。
「じゃあ、こんなとこじゃなんだし、奥に行こうぜ」
その瞬間だった。
「『聖なる光と雷よ。我に力を与えたまえ、我に聖剣を授けたまえ』」
マリアの詠唱する声が聞こえたと同時に、ドカンと俺の周りで爆破のようなことが起こった。土埃が晴れると、スライム女がいた場所には、光の剣が突き刺さっていた。周囲の地面は爆ぜ、えぐれている。
「……おい、マリ子。何をした」
マリアの方を向きながら聞く。せっかく良いところだったのに邪魔をされて少し俺も腹が立っていた。
「わかってないのは勇者様の方です」
パタンと聖典を閉じて静かに答えるマリア。
「あなたは勇者としてこの世界に召喚され、魔物を、魔王を倒すために旅をしているんですよ? それが今、勇者としてなぜこんなことをしているんですか」
聖典を握る手にも、もう片方の手にも力が入り、ぶるぶると震えていた。
「……そんなの知らねえよ。俺は勝手にこの世界に連れてこられただけだ」
信じられないという目で見るマリア。
「それでも勇者ですか……?」
「生憎、好きでなったわけじゃないんでね」
俯くマリアに「ああそうだ」と続ける。
「お前が『良い女と会える』って言ったんだからな」
マリアは俺を睨みつけた。自分が信じていた全てを踏み躙られたような顔をしている。なんというか、なんにせよ、このガキの俺に対する好感度は地の底になった可能性があるというわけだ。厄介。その言葉が俺の頭に浮かぶ。第一、俺はこの世界のことを何も知らない。ここでこいつに機嫌を損ねられては元も子もない。
「……なぁ、悪かったよ。嬢ちゃん。俺が軽率すぎた。そりゃ確かに、魔王を倒さなかったら、お前の大事な人らが死ぬかもだもんな。あと、俺だって魔王を倒さないとは言ってねえ」
マリアの耳がぴくりと動き、少しだけ俺の方を向く。いいぞ。あと一押しだ。心の中でほくそ笑む。
「改心して、俺も勇者としてできる限りはするからさ」
マリアは、少しだけ考えたようなそぶりをして、口を開いた。
「……今回だけですよ」
よし。心の中でガッツポーズをする。そんな時、俺の後ろから何か起き上がるような物音が聞こえた。
「!?」
二人して、一人は聖典、一人はとりあえずそこら辺にあった棒を構える。
そこにいたのは、スライムの少女だった。さっきの女に似ている。
「は?」
森に俺の間抜けな声が響いた。
「お前、さっきの?」
スライムは自分の体についた土を払っていた。
「ああ。さっきのは痛かったぞ。そいつ、強いな」
女と同じ声で笑い、不敵な笑みを浮かべる。口調は少し違うが。しかし見た目も声もガキなので、正直ニヤニヤしてるようにしか見えない。
「この姿は省エネ版という感じだ。何せ体のほとんどは吹き飛ばされて使い物にならなくなったからな」
スライムは俺たちに近づいた。さすがにマリアは警戒を解かない。
「ふん、まったく。この女、ずいぶん派手にやってくれたな」
「お前、さっきより偉そうだな」
「身体が小さくなっただけだ。頭まで小さくなったと思うなよ」
生意気だ。クソ生意気だ。世の中にはメスガキで興奮する奴もいるそうだが正直よくわからん。
スライムが口を開いた。
「お前たちの旅に同行してやる」
急展開だ。こんなの思ってもないし、第一、面倒くさい。ガキが二人も増えるなんて聞いてねえぞ。
「嫌だ」
「即答だな」
スライムは呆れたような顔で笑った。
「まぁ良い。だがな、少し考えてみろ。今のこの姿は省エネ版。つまり力が戻れば……」
俺の雀の涙ほどしかない推理力がここで働いた。
「……さっきの姿に戻れる、と?」
少女の姿で満足気に頷く。
「そうだ」
「マリア、こいつ連れてくぞ」
また即答した。こういうことはすぐに決めた方がいいと相場は決まっている。
「え!?」
スライムの肩に手を回しながら、俺はマリアを説得する。
「だってよ、さすがに魔物のことは魔物から知った方がいいだろ?」
ぐぬぬ……と何も言い返せないマリア。
「……わかりました」
こうして、旅の同行者が一人増えた。旅はまだ始まったばかり。いつこのスライムは元に戻るのかが楽しみの一つである。




