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第二十三話 ちゃんと、声で言います

「伝言ゲーム、しよ!」


 合宿の二日目の夜。

 食堂の机を端に寄せて、蛇ノ目(じゃのめ)傘音(かさね)が手を叩いた。


 夜のレクリエーションの係は、蛇ノ目だった。

 誰が決めたのかは知らない。

 たぶん、本人が決めた。


 班ごとに一列に並んで、前の人の耳に、お題を小声で伝えていく。

 最後の人が、大きな声で答える。

 僕の班は、五月雨(さみだれ)、僕、百舌鳥(もずどり)の順だった。


「小声なら、負けません」


 列の最後で、百舌鳥が言った。


 昨夜の電話を思い出した。

 たしかに、あれより上手い小声を、僕は知らない。

 そして、「これしかできなかった」の続きを、僕はまだ聞いていない。


 お題の紙を見た蛇ノ目が、五月雨の耳に何か言った。

 五月雨が、ものすごい顔になった。

 それから、僕の耳に口を寄せた。


「『規約くんは、夏でもコーンポタージュを探している』!」


 声が大きい。

 小声のつもりの五月雨の声は、食堂の半分に届いた。


 蛇ノ目が、お腹を抱えて笑っていた。

 昨日の夕方、ロビーの自販機の前にいたところを、見られていたらしい。

 伝言ゲームのお題に、個人情報を使うな。


 次は、僕の番だ。

 百舌鳥の耳に、伝えなければならない。


 彼女は、髪を耳にかけて、横を向いた。

 白い耳が、目の前にあった。


 近い。

 第十二条。我は、汝の許しなく、汝に触れてはならない。

 触れてはいない。

 触れてはいないが、息はかかる。

 息のことは、僕の知るかぎり、どこにも書いていない。


「……規約くんは」


 言いかけたところで、百舌鳥の肩が、びくっと跳ねた。


「夏でも」


 耳が、みるみる赤くなっていく。

 白かった耳が、目の前で、別の色になった。


「コーンポタージュを、探している」


 顔を離すと、百舌鳥は、自分の耳を両手で押さえていた。


「では、最後の人、どうぞ!」


 蛇ノ目が、にこにこしながら言った。

 百舌鳥が、立ち上がった。


「鐘ヶ淵(かねがふち)くんは、夏でも、……ええと」


 止まった。

 食堂じゅうが、続きを待った。


「……夏でも、かわいい」


 一秒、静かになった。

 それから、食堂が爆発した。


「違います!」


 百舌鳥が、真っ赤な顔で叫んだ。

 今日初めての「!」だった。


「今のは、違います。耳が、聞こえなかったので。聞こえなかったので」


 二回言った。

 嘘だ。

 耳は、ものすごくよく聞こえていたはずだ。

 聞こえすぎて、赤くなっていたのだから。


「なんでお前らは、伝言ゲームまでいちゃつくんだよ!」


 五月雨が、机を叩きながら笑っていた。

 怒りながら笑うのは、けっこう器用だと思う。


 僕の班は、最下位だった。

 百舌鳥は、小声で負けた。

 僕の小声に、負けた。


 レクのあと、自由時間の終わりまで、あと二十分あった。


 研修所の外の階段に、百舌鳥が座っていた。

 下のほうに、夜の海が見える。


「昨日の、続きです」


 彼女は、隣の段を手でとんとん叩いた。

 一人ぶん、あけて座った。

 彼女が、その一人ぶんを詰めてきた。

 肩が、当たった。


「……近くないか」

「階段が、狭いので」


 階段は、三人並べる幅だった。


「中学のころ、人の前で、声が出ませんでした」


 普通の声だった。

 囁いていなかった。


「出るのは、昨日の電話みたいな声だけでした。授業で当てられても、隣の人にしか聞こえなくて」


 波の音が、一回、下から上がってきた。


「先生に、名前どおりだね、と言われました。みんな、笑いました。悪い意味じゃなかったと思います。でも、それから、もっと声が小さくなりました」

「囁、っていう名前は」

「母がつけました。大きな声で言わなくても、ちゃんと届く子に、って」


 ちゃんと届く子。

 届かなかった三年間を、彼女は、その名前で過ごしたのだ。


「だから、パズルが好きなんです。マスは、声を出さなくても埋まるので」


 前にも聞いた言葉だった。

 あのときは、ただのパズル好きの話だと思っていた。


「いつから、普通に喋れるようになったんだ」

「この学園に入ってから、少しずつです。二番目、と言われるようになってからは、負けたくないので、もっと」


 負けず嫌いで、声を取り戻した人だった。

 悔しさで喋れるようになる人を、僕は初めて見た。


「それと、去年、教室で、大きな声でプリンの話をしている人がいました」

「それは僕だ」

「知ってます」


 彼女は、海のほうを見て、少し笑った。


「みんな笑ってました。私は、笑いませんでした」

「前にも聞いた」

「理由は、言っていません」

「今日は、言うのか」

「言いません」


 言わないのか。

 今のは、どう考えても言う流れだった。


「でも、今日の話は、ちゃんと声で言いたかったので。電話だと、囁いてしまうので」


 彼女は、僕のほうを向いた。


「鐘ヶ淵くんに、ちゃんと、届きましたか」


 届いた。

 肩が当たる距離で、一文字も落とさずに聞こえた。


「届いた」

「よかったです」


「名前どおりだな」


 言ってから、しまったと思った。

 先生と、同じ言葉だ。


 百舌鳥は、目を丸くした。

 それから、膝に顔を半分うずめた。


「同じ言葉なのに、違って聞こえました」

「どう違った」

「言いません」


 耳が、赤かった。

 首も、赤かった。

 膝から出ている目だけが、笑っていた。


 自由時間の終わりのチャイムが鳴った。

 彼女が立ち上がって、肩が離れた。

 当たっていたところだけ、夜風が冷たかった。


 二十三時。

 布団の中で、また囁き声を聞いた。


「囁いても、いいですか」

「名前どおりにどうぞ」


 電話の向こうで、小さく笑う息がした。


 大事なことは口で言わない、と去年決めた僕と。

 大事なことを口で言えなかった、中学の彼女。

 その二人が、さっき、同じ階段に座っていた。


 彼女は、口で言うほうを選んで、ここまで来た。

 僕は、まだ、去年の決めごとの中にいる。


 合宿は、明日で終わる。

 明日の帰りのバスで、僕は、余計なことを一つ言うことになる。


――――――――――

お読みいただき、ありがとうございます。

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毎日12時と20時に更新しています。

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