76.小人の鍛冶師
「どーする、これ……」
困ったようにレインが尋ねる。
言葉に詰まるアシュリー。
二人の目の前には、青竜の卵が二つ並んでいた。薄ら青く光を放つ、見るからに硬そうな角ばった質感の卵がふたつ。青竜が死んだことで、奴の口からもう一つの卵が転がり落ちてきたのだ。
実に運が良かった、という他ない。奴が卵を庇いながら戦っていたおかげで、レインもアシュリーも五体満足でいられたのだ。本来なら空を飛ばれブレスを吐かれるだけで致命的だった。
「一応、持って帰ろうか……母竜を殺した僕が言うのもなんだけど、このまま放置するのは可哀想だし」
「そうね……竜の卵は高く売れるっていうし……まあ、アズマリアならこの卵を売ったりはしないだろうけど。でも卵一つのところを二つも持って帰るんだから、きっと褒めてくれるわ」
アシュリーは少し楽しそうに言う。
ドラゴンを倒してハイにでもなっているのだろうか、そうレインが思った時、いきなり彼女の人差し指が目の前に飛んできた。
「それそうと!あんたあの剣術どういうことよ!」
ギクッと声に出そうになるほど、レインは肩をビクつかせて驚いた。
「あんた、あたしと戦った時手を抜いてたわね!?」
「いや、それはその……」
「〜〜〜っ!」
アシュリーは顔の前で拳を固く握り締め、唸り、
「はぁ……」
突然肩の力を落とした。
「ええ、あんたに助けられたのは事実だわ。それだけは感謝してる。だから、今日のところはお咎めなしにしてあげるわ」
「あ、ありがとう……?」
「勘違いしないで!あたしはあんたを弟弟子として認めただけで、馴れ合うつもりなんかないんだからね!」
指先を向けた彼女の宣言は、高らかに響いた。
――
ようやくラッカルディオに戻ると、辺りは完全に日が落ち夜の闇に呑まれていた。
アズマリアの家に戻った二人は、アズマリアによる治療を受けていた。
「な、いったろ?こいつらもやる時はやるんだよ。なんせ俺の弟子だからな〜うははっ」
酒瓶片手に、酔っ払ったグレンがアズマリアを煽る。
そんなグレンを無視して、アズマリアはレインの腕の傷をじっくりと眺めた。
「随分と派手にやられたね……あいや、竜爪を浴びて腕が残ってるだけマシか。普通は肉が裂ける程度じゃすまないから」
アシュリーが心配そうに隣から覗き込む。
「ねえアズマリア、こいつの怪我、ちゃんと治る……?」
「筋肉だけでなく神経まで引き裂かれている。普通なら完治は無理だね」
「そんな……」
「安心なさい。彼の身体能力は常人のそれでは測れない。多分数日もあれば元に戻るさ」
「ほ、ほんと!?」
アシュリーが胸を撫で下ろした。
アズマリアが傷口に薬を塗り終え、包帯を巻き始める。
他人に怪我を手当してもらうなんて初めてのこと。レインは若干の気まずさを感じていた。そしてそれを紛らわせるため、アズマリアに尋ねた。
「卵はどうするんですか?」
「竜の卵は私の研究に必要だったんだが、中々入手が困難でね。君たちのおかげで助かったよ。ありがたく使わせてもらう。それにしても、まさか卵を二つも持ち帰るなんて驚いたよ」
そう言ったアズマリアの視線がアシュリーに向けられたからだろうか、彼女は咄嗟に腰に手を当てて言う。
「ま、まあね。楽勝だったわ」
「そうか。成長したねアシュリー」
アズマリアが笑ったのを見て、アシュリーは表情を曇らせた。そしてすぐに、
「い、いいえ……私はなにも……ドラゴンを倒せたのも、卵を取ってこられたのも、あたしが生きてるのも、全部のそいつの手柄よ」
アズマリアの視線がレインに向かう。
「へえ、そうなのかい?」
「いや、その、確かにドラゴンを倒したのは僕だけど、それが出来たのはアシュリーのおかげでした。彼女がいなかったら、僕だって今こうして生きてはいなかったと思います」
「そうか……互いが築いた勝利というわけだ。二人とも今回で随分と成長したようだね。実に喜ばしいことだ」
アズマリアが包帯を巻き終えて、「君もそう思うだろうグレン」と声を飛ばした。
「んあ?」
寝落ちしかけていたグレンが変な声を出す。続いて大きく伸びをしながら欠伸をかました。
「ふぁ〜まあそうだな。よくやったさ」
その適当な様子を見て、アズマリアが笑った。
「ははっ、ああ言っているけれど、彼すごく心配してたんだよ?君たちのこと」
「「え?」」
アシュリーとレインの声が被る。
「彼が何故わざわざ君達にこの依頼を任せたと思うんだい?そんなの決まってる。君たちに一皮剥けて欲しかったからさ。そのために、彼は君たちに試練を与えたのさ」
二人が信じられないって顔でグレンを見る。
「チッ……いい加減なこと言うんじゃねえよ」
「心配してたのは本当だろう?」
「うるせ。お前らこのままじゃ喧嘩ばっかだろうからな。この先の旅を思えば、ここで死地に向かわせるのも必要と思っただけだ」
グレンは渋い顔でそっぽを向く。
彼がそんなことを考えていたなんて、とレインは思う。けど、やっぱり竜の巣に向かわせるなんて酷いと思う。
グレンが飲み掛けの酒瓶を木製テーブルにバンと叩き付けた。
「いいかお前ら、一番弟子がどうの二番弟子がどうの、くだらん話はもうこれっきりだ。お前らはどっちも俺の弟子だ。これからはお前たち二人、互いに協力し合い助け合うこと。それを肝に銘じておけ」
グレンが強くその言葉を吐いて、酒を一気に飲み干した。
「「はい!」」
再び、二人の声が重なった。
*
翌日早朝、レインとアシュリーはグレンに連れられてラッカルディオの里を歩き回った。
旅の為に買い込まれた大荷物。持つのは当然レインだった。この中で一番力があって体力があるのは自分だし、師匠や、まして女の子のアシュリーに持たせるのも何だか違う気がするので、レインは文句も垂れず自ら率先して荷物に手を伸ばした次第だ。
重くて辛いと言うわけではないが、荷物が邪魔で歩きづらい。
すると隣からアシュリーが、ちょっと心配そうな視線で言った。
「ね、ねえ。どれかひとつ、持とうか?」
「ありがとう気遣ってくれて。でも大丈夫。体力だけが取り柄だから」
「無理しないでよ。何だかこっちが虐めてるみたいじゃない」
そう言われて気付いた。ただでさえ人間族三人組ってだけで周囲からの視線はついてくる。この状況だけ見たら、レインは二人の使いっ走りとか、荷物持ちに見えるだろう。
「貸しなさい」
そう言ってアシュリーが荷物の一つを無理やり引き剥がした。
「あ、ありがとう」
「勘違いしないで。あんた一人に押し付けてるみたいで気分悪かっただけよ」
彼女は相変わらずそんなことを言うが、出会った初日よりは心を開いてくれている、そう思って良いのだろうか。
その時、グレンが足を止めて言った。
「おぉ、ここだここ」
気がつくといつの間にか、近くでカンカンと鉄を打つような音が響いていた。
「ここって……」
そこは古びた工房だった。見開きの工房内で鉄を打つ、一人のドワーフの姿が真っ先に目に飛び込んだ。
工房内には様々な剣や鉄くずが並べ置かれていて、ドワーフが小槌を叩く度に熱と火花が工房内から漏れてくる。
鉄打ちの音が大きいせいか、グレンが声を張って言った。
「おいラッカム、久しぶりだな」
鉄を打つ手がピタリと止まる。
ラッカムと呼ばれたドワーフがこっちを見た。
「なんじゃいお前らは」
「俺だよ俺、グレンだ。俺の剣を受け取りに来た。まさか失くしてねーだろうな」
「グレン…………?ああ、あの小僧か」
「小僧?」とレインが首を傾げる。
「約束では一年後に取りに来る話だったじゃろ。あれから二年以上も放置しておって。もうあの剣は要らんのかと思ったわい」
「あぁすまん、色々と事情が重なってな。それより剣はどうなった。ちゃんと直ったんだろうな」
「……そこでまっちょれ」
ラッカムが工房の奥に入っていく。
しばらくすると、一本の剣を手に戻ってきた。
「ほれ」
差し出された剣は美しい刀身持つ片手剣。反りのない刀身幅は、丁度レインの持つ漆黒剣と同じくらいだろうか。白銀の両刃には波打つような薄い波紋が浮かび、まるで月光を閉じ込めた様に淡い輝きを放っている。
――これがグレンさんの剣……かっこいい……。
その美しさにレインは思わず息を飲む。
「ロストレイヴ……これ程の剣を鍛え直すのには苦労したぞ」
グレンが剣を握り、軽く振って感触を確かめる。
「お〜これこれ、やっぱこの剣が一番しっくりくる。あんがとよラッカム」
グレンが目配せしてきたので、レインは思い起こしたように鞄から銭袋を取り出した。
するとラッカムが、
「金は要らん。確か前金で幾つか貰っていただろう。あれだけで十分だ」
「え、」
レインが声を漏らして手を止める。
「おいおい、随分苦労したって言ってたじゃねえか。本当に要らねえのか?俺ァ遠慮しねえぞ」
「要らん。いい剣を見せてもらった礼だ。ただし、ぞんざいに扱うことは許さんぞ」
「わーってるよ。この剣が死ぬ時は、俺が死ぬ時だ。最後のその瞬間まで、この剣を手放すことはねえ」
グレンが刀身を見つめながら呟く。
そのとき、
「ね、ねえ師匠」
アシュリーがグレンの袖を引っ張った。
「あたしの剣折れちゃったんだけど……」
それを聞いてレインはげっ、と思う。そう言えばドラゴンと戦った際に彼女に借りていた剣を壊してしまったのだった。今の今まですっかり忘れていた。
動揺するレインを横目に見て、アシュリーが手をヒラヒラさせる。
「別に恨んじゃないわよ。あんたのせいってわけでもないし」
「ご、ごめん」
珍しく大人なアシュリーを前に戸惑うレイン。てっきりあんたのせいで私の剣が〜とか怒られると思っていた。
「剣なら幾つか試作のがあるぞ。それで良ければ持っていけ」
ラッカムが気前よく言うが、グレンは顎に手をあてて暫し唸った。
「そーだな……うし、これをお前にやろう」
そう言うとグレンは腰に差していたもう一つの剣を鞘ごと外し、アシュリーに手渡した。
本来のグレンの剣であるロストレイヴを預けている間、グレンがずっと使っていたのが、この剣ガウェインだ。
「でもこれ、師匠の剣……」
「俺はこっちが手に入ったからな。その剣はお前に譲る。ま、二年修行を頑張ったお前への褒美だな」
「師匠……!」
アシュリーが心底嬉しそうに頬を染め、グレンの腰に抱きついた。
こういう子供っぽく笑う姿はちょっと可愛い、なんてレインは思う。
「しっかしその剣もかなり使ったからな。ついでに見てもらえよ」
言われたままに、アシュリーがラッカムに剣を見せた。
「ふん、これも相当な名剣じゃな。状態は悪くない。一晩あれば完璧に仕上げてやる」
すると今度は、グレンが顎でレインに言う。
「レイン、お前もその剣見てもらえよ」
「あぁ」
その剣とは、漆黒剣のことだろう。レインは腰から漆黒剣を抜いてラッカムに見せる。
するとラッカムは急に目付きを変えた。
「この剣は……魔剣か」
ラッカムが唸る。
「なんと恐ろしい剣じゃ……これを打った鍛冶師は神か、或いは悪魔か……」
「そ、そんなに凄い剣なんですか?」
思わず尋ねるレイン。
「強度と切れ味だけならば、わしが見た中で最高峰じゃろうな。傷も殆どついとらん。しかしながらこれ程の傑剣、わしでは研ぎ削れん」
つまりは硬すぎて普通の砥石では研げない、ということなのだろう。ラッカムが言うには傷は殆どついていないらしいし、剣の手入れ自体はこれまでと同様自分でするしかない。
すると、
「小僧、ひとつ聞こう」
ラッカムが突然真剣な目付きをレインへと向けた。
「は、はい……?」
「お前さん、この剣で一体何人斬った」
一瞬、意味が理解出来なかった。
「なにを……どういう……」
「剣を見ればわかる。これは人斬りの剣だ。計り知れぬ怨みを纏っておるわ」
「人斬りって……ぼ、僕は……そんなこと……」
心臓の鼓動が速くなる。
まさか、そんな。
――僕……が、記憶を失う前の僕が……?
混乱する思考を打ち消すように、グレンの声が重なる。
「あんま脅かすなよ。俺の剣だって一緒だろ。俺だってこれまで何人も斬ってきた……あんまウチの弟子をビビらすなよ。小心者なんだ」
「…………、」
結局、レインは何も答えることが出来なかった。しかしその問は、レインの心に深く根を張った。




