↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/78

74.竜の巣

 ラッカルディオに向かう為にレイン達が越えてきたアトモスリオの山岳地帯には、ドラゴンの住処がある、と噂されていた。ラッカルディオに住むドワーフ達は、何度もその存在を目撃したことがあるそうだ。

 アズマリア曰く、竜の巣は恐らくは山の頂上にある巨大な岩窟にあるだろうとのこと。


「はぁ……はぁ……ふざけんじゃ……ないわよ……」


 息も絶え絶えに、アシュリーが険しい岩山を登る。


「なんでっ……あたしがっ……こんな、ことっ……しかもこんな奴とっ……一緒に……」


 その力強く踏み付けるような足取りには、彼女の怒りや苛立ちが現されていた。

 そんな彼女の背中を、レインは困った表情で見つめながら歩く。


 ――僕だって冗談じゃないよ……こんな凶暴な奴と一緒にドラゴンの巣に向かうだなんて。


 アシュリーとドラゴン。

 レインからするとダブルパンチだった。

 けれど、山を登り初めてはや五時間。何だかんだ言いながらも、彼女はここまで大人しくしている。

 思い起こされるのはあの男のふざけた言葉だ。


『じゃ、竜の卵はお前らに任せた。俺はその、色々とやることがあるんでな』


 姉弟子と弟弟子、初の共同作業だ。気張っていけよ。なにお前らなら大丈夫だ。グレンはそんなことを言っていたが、冗談じゃない。ドラゴンと対峙するだけでも生きて帰れるか分からないのに、その卵を取ってこいだなんて。下手を打てばラッカルディオが地図から消えることになるかもしれない。


 ――まったくグレンさんときたら、脳天気なんだから……。


 だんだん腹が立って来た。アシュリーの言う通り、何で僕らがこんなことしなきゃならないのか。

 目の前のアシュリーは息を上げ、ペースも少し落ちてきている。

 見かねたレインが声を掛けた。


「あの……アシュリーさん」

「はぁ……気安く……呼ばないで……」

「ご、ごめんなさい。でもなんて呼べば」

「あ……あ〜うるさい!要件は何よ!」

「いや、大丈夫かなと思って……」

「あんたなんかに、心配される義理はないわ……!」


 強がっているが、きっと疲弊している。この崖の様な岩肌をずっと登り続けているわけだし、空気だって薄くなって来た。彼女も超人的な身体能力を有するが、体力が無限というわけでもない。


「あの、そろその休憩にしませんか」

「は……休むなら一人で休みなさいよ」

「でもほら、そろそろお腹も減ってきたでしょ?アズマリアさんから弁当貰ってきたんです。良かったら」

「執拗いわね!休むならあんた一人で」


 盛大な腹の虫が、アシュリーの言葉を中断させた。彼女の顔が真っ赤に染っていく。


 付近にあった平らな大岩に腰かける二人。その間には大きな隙間があった。

 目の前に広がる快晴の大空。鳴き声が聞こえて頭上を見上げると、大きな鳥が二匹くるくると旋回していた。

 レインは気まずい空気を無視して、鞄からアズマリアに渡された弁当、もとい布包みを取り出した。布を開くとそこには、硬そうなパンが丸々入っていた。

 それを見たアシュリーが溜息をこぼす。


「弁当っていうから期待したけど……ま、やっぱそうよね。アズマリアに作れる料理なんてスープくらいのものだもの」

「あはは……でも結構大きいですよ。これなら二人で分けられそう」


 レインがパンを千切ろうと手に持つと、


「貸しなさい」


 アシュリーがそれを引き取った。


「あんた、その敬語ムカつくからやめなさい」


 アシュリーはそう言いながら、長パンを慣れた手つきで丁度半分くらいのサイズに千切る。


「はいこれ、あんたのぶん」


 その半分を差し出してくる。

 手渡された硬そうなパンを前に、思わずレインは固まった。


「何よその顔……」


 アシュリーが怪訝な顔を見せる。


「ああいやっ、その……意外だなって。てっきりあんたの分は全部私のモノよ!とか言い出すのかと」

「はあっ!?な、何よそれ!あたしそんな意地悪に見えるわけ!?」

「まあ、その…………ちょっとだけ」


 アシュリーはムッとした顔で「ふんっ」とそっぽを向いた。

 これはやらかしたか、そう思ってレインは軽く頭を下げる。


「すみませ……ごめん、君のこと誤解してた。意外と優しいんだね」

「…………バカじゃないの。あたしはあんたを追い出そうとしたのよ。実際、今だって破門になればいいのにって心底思ってるわ」


 それを聞いてレインは顔を引き攣らせる。やはり優しいというのは撤回すべきかも。


「ま、まあでもそれは、半分くらいはしょうがない……と思うよ」

「はぁ?なによ」

「グレンさんやアズマリアさんから聞いた。君は幼い頃からずっとグレンさんと共に修行の日々を歩んで来たって。それがせっかく二年ぶりの再開なのに……僕なんかが引っ付いてきてたら、そりゃ気に食わないって思う気持ちも何となくわかる」


 突然、アシュリーが勢い良く立ち上がった。

 何事かと彼女を見やると、アシュリーは鋭い視線でこちらを睨んでいた。


「あんたなんかに、わかるはずない……あたしの気持ちなんて」

「え……」

「あんたにはわからないって言ってるのッ……!恵まれて育ってきたあんたなんかに……あたしの気持ちなんてっ!!」


 彼女は立ち上がり、拳を握り込んで叫んだ。


「僕が……恵まれてる……?」

「そうでしょう!?そんな大層な剣ぶら下げて……さぞ裕福な生まれだったんでしょ!あたしは幼い頃、家族も故郷もなくしたわ!全部失くした!そんなあたしを……ここまで育ててくれたのは師匠よ!あたしにとって師匠は……家族なのっ」


 アシュリーの金色の瞳に涙が滲む。


「やっと……やっと迎えに来てくれたんだと思ったのにっ……」


 彼女の言葉を聞いて、ようやくその想いに気づいた。アシュリーにとってグレンは家族も同然。そこへ突然現れた得体の知れない男が、家族の絆に割り込もうとしている。そんなの、誰だって嫌に決まってる。


「ごめん」

「……っあやまんな。あんたなんか……大嫌いよ……」


 昂った感情に、アシュリーの声は震えて聞こえた。


 ――


「ほ、ほんとにあった……」


 目の前の光景に不意にその感想が溢れた。

 辿り着いた頂上付近に、巨大な岩窟の入口がぽっかりと口を開けて待っていた。全高が凡そ十五メートルありそうな真っ黒な大穴。奥が暗闇で見えぬ程、その穴は深い。一体内部がどんな構造で、どこまで続いているのか見当もつかない。


「ず、随分と大きいのね……」

「こんな場所から卵を取って来いだなんて……どうかしてるよ」

「ふん……何あんたビビってんの?」

「そりゃビビるよ」

「ふん、情けないわね……あたしはあんたとは違う」


 アシュリーは剣を引き抜いてズカズカと洞窟の中へと踏み入った。

 慌ててレインがその後を追う。

 コツコツと二人分の足音が反響する。

 彼女が小声で囁いた。


「ちょっと、もっと静かに歩けないの?ドラゴンに気づかれるでしょ?」

「君だって足音鳴ってるよ。こんな狭い洞窟の中で足音を立てないなんて不可能だ。それにこう暗いと足元も良く見えないし……こんなことならランタンでも持ってくれば良かった……」

「はぁ……」


 アシュリーは溜息を零したあと、掌の上に小さな光球を出現させた。光の球は辺りをぼんやりと照らし、足元を照らし出す。


「すごい……これ、光の魔術?」

「ええ。あたしも光魔術はそれほど得意じゃないけど、このくらいわけないわ」


 その不可思議な技術を前に、レインは思わず光の球に見とれた。

 そんな様子を見て、アシュリーが首を傾げた。


「あんた……完全に冒険素人ね。このくらい出来る人間ざらにいるわよ」

「そうなの?僕出来ないや。初めて見た」

「ふっ……やっぱ大したことないわねあんた。どーせ傭兵のライセンスも持ってないんでしょ」

「ああ、それならグレンさんに取らされたよ。おかげで一人で依頼を熟す羽目になったけどね」

「あんたが?ま、どうせE級の初心者でしょ?」

「いや、C級だけど」

「はあ!?」


 声が洞窟内で木霊して、アシュリーが思わず口元を押さえる。

 周囲にドラゴンや魔獣の類いの気配は無い。

 再び小声に戻った。


「あ、あんたなんかがC級とか嘘つくんじゃないわよ……!」

「嘘じゃないよ。もう一年以上傭兵として依頼を熟してきたんだ。そういうアシュリーはどうなのさ」

「あ、あたしはその……C級よ。でも勘違いしないで。あたしはには修行があったから、依頼を熟す時間がなかったの。実力だけならS級としてだって十分活躍出来るレベルなんだから」


 彼女は腰に手を当て威張り散らす。

 だがそれが口先だけはないことは、レインも理解していた。

 実際に彼女と剣を交えた結果から、レインはアシュリーをかなりの強者と評していた。グレンに叩き込まれたであろう剣術に加え、グレンやアズマリアも認める魔術の才を持っている。S級の傭兵が凡そグランドナイト級の実力と称されることを鑑みて、彼女の力はそれと同等以上のポテンシャルがあると考えていい。

 今回の任務について言えば、彼女の同行は非常に心強いというのが本音だった。


「シ……静かに」


 少し歩いたところで、アシュリーが突然足を止め、手でレインを制止した。


「見て……竜の巣だわ」


 洞窟の最奥、そこには巨大な空洞が広がっていた。その更に奥の壁際、枯れた葉草が敷き詰められた一帯がある。あれが竜の巣だろう。


「暗くて良く見えないけど、今のところドラゴンの気配はないわね……」

「アズマリアさんがドラゴンは日中は外で狩りをするって言ってた。今は留守なんじゃないかな」

「なら今の内に卵を頂くわよ」


 二人は暗闇の中を忍び足でゆっくりと進む。


「スターライト」


 彼女の掛け声と共に、掌に乗せていた光球がふわりと浮き上がり、洞窟内の上部で滞空した。その光は先程よりも強く輝きを見せ、洞窟全体を淡く照らし出した。

 洞窟内に明かりが灯ると、それは真っ先に目に入った。


「あったわ……竜の卵よ!」


 枯れ草の山の中に、光球の光をキラキラと反射する大きな卵が二つ、青白に輝いていた。

 二人がゆっくりと近づく。


「……」


 その神秘的な物体を前に、レインもアシュリーも思わず吐息を漏らした。

 卵はまるで脈打つように青白い光を淡く放っている。その脈動が強い生命の鼓動を感じさせる。


「すごいわ……これがドラゴンの卵……」


 この時点で既に、卵内に身を隠す竜の幼体からは強烈なマナの波動が感じられる。

 アシュリーがそっと卵に近づき、二つある内の一つをそっと抱きかかえた。抱えた卵は彼女の頭より大きく、ずっしりとした重量がある。

 アズマリアに頼まれたのは竜の卵ひとつだけ。二つ持っていく必要は無い。


「ごめんね、貰っていくわ」


 アシュリーは卵を抱えたまま、もうひとつの卵に視線を向けて呟いた。

 この二卵はいわば兄弟竜。その絆を生まれる以前に引き剥がすのだ。彼女にも今、罪悪感が芽生えているのだろう。

 その気持ちはレインも同じだった。


「行くわよ」


 アシュリーが先行し、卵を持って来た道を引き返す。

 暗い洞窟内を歩き、二人が遂に洞窟を抜けたところだった。

 心臓が跳ね上がり、背筋がゾッと冷え込んだ。

 突如、上空真上から放たれる異常値のマナ。

 猛スピードで垂直落下した獰猛な巨体が、眼前の地盤にヒビを入れ砂煙を巻き上げ、凄まじい衝撃波を発生させた。

 見開かれた青き眼光。剥き出しの殺意。洗練された巨大で鋭いマナ。全長は約七メートル、四足に両翼を兼ね備えた、青黒い鱗を持つ飛竜――青竜バルクラルガであった。

 その怒りに任せた爆発的なマナの増幅に、レインの全身から汗が吹き出す。

 早く逃げなければ。そう思った矢先に、隣で剣を引き抜く音が聞こえた。

 まさかと思い隣を見やると、アシュリーが剣を構えていた。


「ハッ……ドラゴンって言うからどんな奴かと思ってたけど、案外小さいのね。この程度なら私にだっ――」

「バカっ!!」


 言葉途中の彼女の表情を、青き閃光が照らした。

 すかさず飛び込んだレインが、アシュリーを抱きかかえ押し倒す。

 空気を切り裂く貫通力の高いドラゴンブレスが、背後に聳えた岩壁を強烈に撃ち砕く。


「いっ……」


 顔を顰めながら身体を起こしたアシュリーが、視線を上げたその先に転がる竜の卵を見た。

 先の衝撃で手落としたのだ。

 アシュリーは躊躇いもなく真っ先に竜卵に手を伸ばした。しかしその時、


「きゃっ――!?」


 彼女の身体が宙に持上がる。

 レインが彼女の身体を持ち上げたのだ。


「ちょっ、何してんのよあんた!?」

「逃げるぞ!」

「でも卵がっ――」


 鋭い金属音が鳴り響く。

 素早い動きで襲い来た青竜の爪撃を、レインが漆黒の刃で受け止めた。

 剣を握る左腕が軋み、震える。

 凄まじい重量と筋力、そこにマナによる強化を受けた竜の一撃は、アシュリーを抱えたまま片腕で受け切るには余りに重い。


「ぐっ……くぅ……」


 レインが歯を軋ませ、両脚を踏ん張り、なんとか竜の右爪を押し返そうと力を込めた。

 その時――青竜の左前脚が爪を広げて真横から振り抜かれた。


「――っ!?」


 悪寒を感じて咄嗟に右腕に抱えるアシュリーを庇う様に抱き寄せ、マナガードを全身に張り巡らせた。

 竜爪が、容赦なく二人を打ち飛ばす。それは嘗て体験したことないほど重い衝撃だった。

 レインとアシュリーの悲鳴が混ざり合い、吹き飛ばされた勢いで二人は崖底へと転落した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。