73.一番弟子
どうして、こんなことになったのだろう。
真っ直ぐに向けられた剣の切っ先がレインを睨む。
対峙する一番弟子、赤髪の少女アシュリーが鋭いマナの威圧を仕掛けてくる。この段階から既に、決闘は始まっているのだ。
当たり前の話だが、決闘などと騒ぎ出したのは彼女だ。
師匠の弟子は私一人で十分だと言われた。あんたなんか絶対に認めないとも言われたし、こんな貧弱そうな男が師匠の弟子だなんてありえないとも言われた。そしてレイン自身は何も言っていないのだが、そこまで言うのなら私と決闘しろと今にも暴れ出す勢いだった。グレンは面白がって止めないし、白髪の妖人族アズマリアは「じゃあ私は部屋に戻って食事の準備でもしていよう」だなんてマイペースを言い出した。
レインは仕方なく腰に差す鞘から剣を抜き、漆黒の剣を左手に構えた。
漆黒の剣を目にし、アシュリーが反応を見せる。
「ふん……一丁前に上等な剣を持ってるじゃない」
「ああえと……これは、」
この剣はグレン曰く、記憶を無くす前の自分が使用していた剣らしい。強力な魔剣だそうだが、当然なぜそんな代物を自分が持っていたのかなんて記憶にあるはずない。
「まあいいわ。どうせあんたはここで私に負けて、弟子としての資格を失うんだから」
「あの……一応聞きますけど、僕何かしました?」
彼女から放たれる、凄まじい殺気がレインを射抜く。
その気迫に思わずレインが唾を飲む。
「この二年半、私がどんな思いで修行にあけくれたか……あんたには分からないでしょうね」
そんなのわかるはずないだろ、なんて声が漏れそうになるが、口に出したら彼女を刺激してしまうだろうから何も言うまい。
すると、アシュリーが腰を低く構えた。
――あの構えは……。
「覚悟しなさい……!」
研ぎ澄まされた、彼女の初撃が放たれる。
ステップインに際し足裏からマナを放出し、踏み込みの速度を加速させる「縮地」と呼ばれる技法。
これにより繰り出される刺突の剣撃「一矢刀閃」 ――その速度は音速をも上回る。
しかし既に彼女の初撃に対し当たりをつけていたレインが、既に受けの構えを取っていた。
左手に構えた漆黒剣が、火花を散らしてアシュリーの剣を受け流す。
「――ッ」
初撃を凌がれたことにアシュリーが舌打ち、追撃の剣を振るう。
斜めに素早く三連撃を叩き込む「虎爪の刃」が、漆黒の剣によって容易く弾かれた。
「まだまだっ!!」
力みを見せたアシュリーによる、怒涛の乱撃がレインを押し込んでいく。
しかし苛立ちからか、振りが甘く攻撃が粗雑になっていく。
レインは思った。
――まずい……このままじゃ……。
アシュリーの振るった斬り上げの一刀だった。
ガキンッと鋭い音を鳴らし、レインの漆黒剣が宙に弾き飛ばされた。
カランと剣が地面を転がる。
レインは両手を上げて降参の姿勢を見せた。
「ま、参りました……僕の負けでブッ――!?」
有無を言わさぬ左ストレートが、レインの鼻先を殴り飛ばした。
両足揃えて倒れ込むレイン。それに対してアシュリーは問答無用でマウントを取る。
「ま、参った!参ったって!」
「まだまだッ!」
情け容赦なく拳は振るわれる。
「まっ――ちょっ――ストッ――ストップストッぶぉ――!?」
一発一発、マナ強化を受けた殺意の高い両拳が、ノーガードのレインの顔面を何度も打ち付けた。
「はぁ……はぁ……あたしの勝ちね」
ロングボブの赤髪を揺らし、立ち上がったアシュリーが嬉しそうに勝ち誇る。
レインは顔を押えて蹲っている。
「ふんっ、これであんたは破門よ。さっさと消えなさっ――!?」
彼女の言葉途中、グレンがアシュリーの頭にゲンコツを入れた。
涙目で頭を押さえるアシュリーが、グレンを睨んだ。
「な、何するのよ師匠……!!」
「やり過ぎだバカ。もう剣関係ねえじゃねえか。それに誰が破門だなんて言ったよ」
「私に負けたんだから、こいつは辞めさせるべきだわ!こんな弱い奴、あたしは絶対に認めない!」
「な〜に言ってんだお前。認めるも何も、お前の弟子じゃなくて俺の弟子だぞ。権限は俺にあんだよ」
グレンが鼻で笑うと、アシュリーは俯き拳を握りしめ、怒りを押し殺したように細い声で呟いた。
「…………なによ。二年半も放ったらかしにしておいて、やっと戻って来たと思ったら……こんな半端な奴…………あたしは……あたしはずっと……」
そう零す彼女の瞳には涙が滲んでいた。
そして、
「師匠のバカ……」
アシュリーはそれだけ吐き捨てて、俯いたまま走り去った。走り去る彼女のその背中には、どこか言いようのない感情が滲んでいる様だった。
――
巨木の幹内部に建造された、エルフの住処。
部屋の中は思ってたよりも広いが、ごちゃごちゃしている。机に椅子に絨毯に、部屋の隅には大樽や木箱が複数あって、木棚に薬瓶が幾つも置いてある。部屋の奥の壁には貼り付けられた鹿の頭のオブジェ。つぶらな瞳がこちらを見下ろしてくる。
木製テーブルに用意された席に腰掛けると、テーブルの上には硬そうなパンと木皿に装われたスープが湯気を立てていた。アズマリアが用意してくれたらしい。
「しっかしまあ、こっぴどくやられたなお前」
隣に座るグレンがパンを噛みちぎりながら、レインの顔を見て茶化した。
レインの顔は青痣だらけでボコボコに腫れ上がっている。
「参ったって言ってるのに、普通ここまでやりますかね」
「まあ二年半もこんな場所で修行させられてたら、そりゃ溜まるもんもあるわな」
「あんたが言うなよ!」
レインが思わず突っ込むと、アズマリアが口を挟んだ。
「こんな場所とは失礼だね。私は割と気に入っているのに」
「ハッ、ジメジメ陰気臭えだろこんな場所」
「そう見せてるのさ。エルフっぽくていいだろう?」
二人の会話を聞きながら、レインはこの人も案外変わってるよな、と心の中で思う。
するとアズマリアが何かを察した様に、吸い込まれそうなほど深い青眼をこちらへと向けて笑った。
レインは彼女に視線を向けられる度に戸惑ってしまう。なんと言うか、苦手だった。
「レイン君と言ったね」
「あ、はい」
「彼女を責めないでやってくれ」
彼女、とはおそらくアシュリーのことを言っているのだろう。
責めも恨みもしてないが、顔の傷はヒリヒリ痛む。思わずレインは腫れ上がった頬の傷を指先でなぞった。
「別に責めてなんて……」
「彼女は幼い頃からグレンの弟子として研鑽を積んできた。彼女なりのプライドってものがあるのさ。ここへ来てからも、彼女は努力を惜しまなかった」
「その、あの子はどうしてここで修行を?」
レインが何となく尋ねると、グレンがスープを啜りながら答えた。
「あいつは剣よりも魔術の才能に長けてる。そう気づいたからだ。まあ俺ぁ魔術はからっきしだからな。他に頼る宛もねえ……だからここに残した。あいつが一人前になるまでな」
グレンは表情ひとつ変えないが、その物言いからどこか親心のようなものを感じる。彼は不器用な人だが悪い人じゃないことを、レインは知っている。
するとグレンがテーブルに肩肘ついて、にやけ面で言った。
「んで?お前、なんで手ぇ抜いた」
ドキッとして、思わず片手にパンを取り落とした。
「……て、手なんて抜いてませんよ。まだ剣を教わって一年半ですよ?グレンさんの一番弟子に僕なんかが勝てるわけ」
「バーカ、俺はお前らの師匠だぞ。そんくらいわかるに決まってんだろ。お前が本気でやれば、アシュリーを瞬殺できただろうが」
「……、」
レインは黙りこくる。
「どーせアシュリーのメンツを潰したら悪いとか考えたんだろ。あいっ変わらずお前は自分を出さねえ奴だな」
「そんなこと……」
言いかけた口が失速する。思い当たる節はあるので、レインは何も言い返せなかった。
するとアズマリアが訪ねた。
「グレン、これからどうするんだ?まさか彼にも魔術を教えろだなんて言うんじゃないだろうね」
「えっ、僕?」
レインが自分の顔に指を向けると、グレンが難しい顔をして言った。
「実際、どう思う。こいつにも魔術の才があると思うか」
「ふむ…………そうだね、かなり」
「そうか」
その返答にレインはあたふたと戸惑いを見せた。
「ま、待ってください。僕、魔術なんてこれまで一度も……」
不安げなレインを見て、アズマリアが諭す。
「心配せずとも、誰もが初めは初心者だ。それに、君程マナの扱いに長けている人間に、魔術の才がないはずも無い」
「え、」
「取り分け君の様な莫大なマナを保有する者が、魔術を習得しないなんて惜しみの極みとも言える」
レインは少しばかり驚愕した。
――ばれてる……。
レインはグレンの教え通り、自身の膨大なマナを常に極限まで抑え込んでいる。その修練はもはや日常の一部となり、今では熟練の騎士ですら見破るのは困難だろうとグレンからのお墨付きも貰えた程だった。しかし彼女の青眼は、まるで何もかもお見通しと言わんばかりの深みを持って、こちらを穿つ。
やはり、苦手だった。
「で、でも僕……天恵だって持ってないし……」
「それこそ、魔術に天恵は関係ない。勿論天恵によっては、より魔術の習得や運用を高めるものもあるだろうけれど」
するとグレンが「天恵ねぇ……」と細めた目でレインを見た。
レインは天恵を持たない。それは紛うことなき事実だ。グレンは特殊な眼を持つと言われる神官の前に彼を幾度も連れて行ったし、何度やっても診断の結果は無色透明。彼は一切の天恵を保持しないとのこと。
だがグレンは知っていた。記憶を失う以前の彼は、何かしらの天恵や魔術、神聖術の類を持っていたはずだと。
「やっぱ呪いの影響か……」
「え?」
グレンの呟きに対し、レインが首を傾げる。
「何でもねえ。まあいずれお前にも魔術の類は覚えてもらうつもりだが、やっぱ今じゃねえな。目的地がハッキリしてる以上、今はそっちを優先する」
「目的地、ってどこなんですか?」
「獣の国、ガルダン獣王国だ」
「…………ええっ!?」
思わず素っ頓狂な声が鳴った。
「ガルダン王国って、シヴァ大陸ですよね!?この国を出るってことですか!?」
「だーからそう言ってんだろ。その為にまずはハービスの港街へ向かう。そこから船に乗って大陸を横断、ガルダン王国を目指す」
「…………、」
呆気にとられて思わず吐息が漏れる。グレンの言う旅がこれほど長旅とは思ってもみなかった。
そんな時、背後から気配がした。
「その話……本当なの?」
振り返るとそこにはアシュリーの姿があった。
「……ああ、まあな」
グレンが答えると、アシュリーは服の胸元をギュッと握って恐る恐る口を開いた。
「あ、あたしも連れてっ」
「たりめえだろ。きっと長旅になる。アシュリー、お前の力が必要だ。俺と一緒に来てくれるか?」
「……!」
アシュリーの頬が染まり、まるで花が咲くような笑顔を零して見せた。あの凶暴な態度から一変、彼女もこんな表情をするのだとレインは意外に思った。
と同時に、レインはグレンに対してジト目を向けた。この人はたまに、こういった人垂らしな発言をすることがある。素で言ってるのか、わざとなのか。レインもこれに引っ掛かり、何度もその気にさせられたらものだ。
しかしアシュリーは大はしゃぎ。子供っぽくその場で飛び跳ねて大喜びしている。
「やったわ!やっと師匠と旅が出来るのね……!」
「ただし、条件がある」
「条件?」
「道中、こいつに魔術を教えること。それが条件だ」
突き付けられたグレンの指先が、レインの鼻先を指していた。
その瞬間、アシュリーの表情が見事に歪んだ。
「じょ……冗談じゃないわっ!!なんであたしがこんな奴に……!」
「そうか、嫌ならしょうがないな。お前には期待してたんだが……ま、無理なもんは無理か……」
「うぐ……」
アシュリーが苦虫を噛み潰したように歯を軋ませた。
「残念だなぁ。せっかく姉弟子としてお前に役割を持たせられると思ってたんだが……ま、やっぱりお前にはまだ早かったか」
「ぃ、いいぃ……」
アシュリーが喉を締め付けて声を絞り出す。その表情はまるでオークの様に恐ろしく歪み、固く握り締められた拳がブルブルと震えている。
「い、いぃいい……」
「ん?なんだって?」
「いッ………………いいわよ……」
ボソッと呟いた。
レインは思う。
――いや、どんだけ嫌なんだよ。
しかしグレンがお構い無しにパンッと手を打った。
「よ〜し!これで新たな旅のメンバーが決まったな。お前ら、よろしく頼むぞ」
しかしレインとアシュリーは微妙な顔をするだけで、返事はしなかった。
そんなぎこちない雰囲気を崩すように、グレンが話を切り替えた。
「てわけでだ、物資調達のためにも数日はここにいたい。アズマリア、頼めるか?」
「頼むも何も、ダメと言ったってここに居座る気だろう?」
「ははっ、まあな。あそれと、馬が三頭……ついでに馬車か荷車があると有難いんだが」
「僕に用意しろって?」
「まぁそこは昔の好で頼むよ。あんたにしか頼めねぇんだ」
「全く君は、エルフ使いが荒いね。用意出来なくはないが、金はあるんだろうね」
「おいおい……そんな大金あるように見えるのか?」
アズマリアが「アハハッ」と笑うと、「ウハハハッ」とグレンが誤魔化すように笑った。
「相変わらず面白いね君は」
そう呟いたアズマリアの目が冷たくグレンを睨んでいた。
隣で聞いていたレインは思わずゾッとする。こんなバカな話、そりゃ怒るに決まってる。
しかし意外にもアズマリアは再び笑顔に戻り、
「いいだろう」
と、そう告げた。
「はははっ、愛してるぜアズマリア」
調子をこくグレンを他所に、アズマリアは人差し指を立てて言った。
「誰がタダでなんて言った?」
「あ〜その……さっきも言ったが金はねえぞ」
「金はいい。その代わり、竜の卵を取ってきてくれ」
アズマリアは、恐怖すら覚える笑顔でそう言った。




