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72.ラッカルディオ

 ケフドーラを出て三週間以上が過ぎた。道中で様々な村や街を転々とし、ようやくアトモスリオの山岳を越えた所だった。


「よーやく着いたな」


 無精髭を少し伸ばしたグレンが腰に手を当て、目の前の集落を見据えた。

 その隣で草臥れた様子のレインが、久しく見る人の住処に深い安堵の息をつく。


「ここがラッカルディオだ」


 その集落はなんとも異質だった。

 住まう人々の殆ど、いや全てだろうか。自分の背丈の半分くらいしかない。そして彼らは男女問わず、皆一様に低い身長に見合わぬ筋肉質な体付きをしている。服装もなんというか、ケフドーラの人々のように華やかさがなく無骨に見える。


「彼らは……」

「ん?ああ見るのは初めてか。奴らは小人族(ドワーフ)だ。ここはドワーフの集落ラッカルディオさ」


 そんな話聞いてない。

 レインは横目にグレンを睨んだ。

 この人と来たら、本当に適当というかなんというか。大事なことはいつも聞かないと話さない。聞いても話さないことだってあるし。振り回されるこっちの身にもなって欲しいと常々思う。


 集落を歩くと、周囲の視線はひたすらに集まった。

 グレンは堂々と歩いているが、レインは何だか肩身が狭い思いで縮こまってグレンの背について行く。


「あいっ変わらず辛気臭ぇ場所だな」


 悪態をつきながら、グレンの視線が通りかかった食糧屋に行き着いた。


「お、丁度いい。なんか食おうぜ。お前も腹減ったろレイン」

「そりゃ、減りましたけど」


 店に立ち寄ると、店主のドワーフのオヤジが眉間に皺を寄せグレンを睨んだ。


「人間の旅人とは珍しいな。道にでも迷ったか」

「いや、ここへは知り合いに会いに来たんだ。あと俺の剣をここの鍛冶師に預かって貰ってる」

「ほ〜うラッカムの知り合いか」

「ラッカムを知ってんのか?」

「この集落で人間の剣なんざ見る物好きなドワーフといや、ラッカムくらいしかワシャ知らん」

「な〜るほどな」


 そう呟きながら、グレンが店前に吊るされていた燻製肉を掴み取り、陳列棚からオルラの実を幾つか鞄に詰め込んだ。


「金はあんだろうな」

「こいつが持ってる」


 グレンが親指でレインを指した。


「えっ、あぁ」


 突然の指名に少し慌てて鞄から銭袋を取り出すレイン。


「い、いくらですか?」

「肉は高いぞ。銀と交換だ」

「銀……これで足りますか?」


 レインが差し出した銀貨を見て、店主が唸る。


「フェルマニア硬貨か……ふん、結構」


 店を後に少し歩くと、グレンが先程買った燻製肉を半分に引き千切り、投げて寄こした。


「ほれ、久々の肉はうめーぞ」


 グレンが肉にかぶりついたのを見て、レインも真似して肉に噛み付く。

 うまい。

 ここまで長い道のりで疲弊した身体が、それを欲していたのが分かる。口の中に肉の旨味が染み出して来て、身体中に染み渡るようだ。

 すると隣でグレンが酒瓶をラッパ飲みして、喉の奥から声を上げた。


「くう〜やっぱ肉には酒よ。旅の疲れが吹き飛ぶぜ」


 グレンがゲップを鳴らす。

 え、あれ。そう思った。


「お酒なんて……いつ」

「いつって、さっきだよ。店にあったからな。貰ってきた」

「ぬ、盗んだの!?」

「ばーか。フェルマニア硬貨ってのは質がいいんだよ。余計なもんが入ってねーからな。本来ならお釣りが来るぜ。酒の一本くらい貰ったってバチは当たらねえだろ」


 なんて人だ、とレインは顔を引き攣らせた。


 それからしばらく歩き、集落を外れて山を少し登った所にそれはあった。

 一際大きな古びた巨木に、無理やり捩じ込まれた様な家屋が一つ。それは先の辺鄙な集落より、更に異質情緒溢れる家だった。

 魔女でも住んでいそうだ。そう思ったとき、巨木の根元を刳り貫いて貼り付けられたドアが、軋み鳴いてゆっくりと開いた。

 そこから現れたのは、一人の女性だった。

 小人族(ドワーフ)じゃない。すらっと背の高い、美しく長い白髪の若い女性だ。目玉が飛び出るほどの美人だが、彼女の最も特徴的な部位は長く尖った耳だった。


 ――この特徴って確か……。


 レインがその女性に対して好奇心を向けると、彼女は小さく笑った。


「やあ、息災のようだねグレン。もうここへは来ないのかと思ったよ」

「自分から呼び出しといて何言ってやがんだ」

「ふふっ、冗談さ……それより君は初めましてかな」


 白髪の女性の妖艶な微笑みがレインへと向けられた。

 思わずドキッと心臓が高鳴る。こちらを見つめる彼女の青眼は、まるで何でもお見通しと言わんばかりに、深淵を覗くような深く澄んだ瞳だった。


「は、始めまして。レインです」

「ご丁寧にありがとう。私の名はアズマリア。この様な辺鄙な山奥に住む、しがないエルフさ」

「ハハッ、しがないと言うより変わり者だろ」


 グレンが茶化すように笑った。

 あんたが言うな、とレインは心の中で素早くツッコんだ。

 するとグレンが周囲を見渡して言う。


「あそれより、アシュリーはいるか?まさか逃げ出したんじゃねえだろな」

「ああ、彼女なら――」


 左後方からガラガラと音が響く。

 その音に釣られてグレンとレインが振り返ると、そこにはひとりの少女が佇んでいた。肩上で風に靡くロングボブの赤髪、見開かれた金色の瞳。

 彼女の周囲には沢山の薪が散らばっていた。彼女がその場で手落としたのだろう。


「し、師匠……」


 彼女が驚きを隠せない様子で呟く。

 その発言から、彼女がグレンの言っていた一番弟子なのだとレインは察する。


 ――弟子って、女の子だったのか……。


 レインはてっきり顔に十字傷のあるイカついガタイをした凄腕の剣豪みたいなのを想像していた。


「よぉ」


 グレンが軽く片手を上げて挨拶すると、


「師匠っ……」


 少女は今にも泣きそうな顔を見せた。


「久しぶりだなアシュリー。元気にしてた――」


 会話を切り裂く、唐突な剣撃が少女によって振り翳された。

 突如正面から襲い来た獰猛な一撃。その鋭利な刃は、グレンの抜いた直剣によって軽々と塞き止められた。

 火花が散る押し合いの中で、赤髪を靡かせる少女がグレンを睨んだ。


「おいおい……いきなり何すんだ」

「何すんだよじゃないわよ!!二年半もこんな場所に閉じ込めておいて!よくも能天気にっ……!」


 七発。素早い剣速で連撃が叩き込まれた。

 それをグレンは易々と受け切り、彼女の握る剣を呆気なく弾き飛ばした。

 飛ばされた剣が宙で回転し、地に突立つ。


「んんんああッ!!負けたッ!!」


 赤髪の少女は悔しそうに地団駄を踏む。


「ま、まあなんだ、その……悪かったよ。それよりちったあ成長したんだろうな」

「それについては私が保証しよう」


 そう言って割り込んだのはアズマリアだった。


「君の見込んだとおり、彼女の魔術の才能は素晴らしいものだ。正直、もう私が教えることは殆ど残っていない。君がここへ戻ったのは実にいいタイミングだったね」


 アズマリアに褒められて、赤髪の少女は照れ臭そうに「ふん」とそっぽを向く。

 するとグレンは小さく笑った。


「そうか、面倒見てくれてありがとよ。お前が手紙をよこしたから、そろそろだろうとは思ったが……それで?わざわざ呼び出した理由はもちろん他にもあんだろ?」

「ああ。君の探してた例のアレ、見つかったよ」


 アズマリアの言葉を聞いて、グレンが「ハハッ」と笑みを浮かべた。

 それを見たレインは意外に思う。グレンとの付き合いはもう二年になるが、ここまで嬉しそうなのは珍しい。


「どうでもいいけど」


 突然赤髪の少女が会話を遮断した。

 彼女から向けられた鋭い指先が、ユウの顔面を捉えた。


「あんたは一体どこの誰よ」


 威圧的とも取れる彼女の指摘に、レインの心臓がギュッとなる。


「あ、えっとその……」


 あたふたしているレインの肩に、ポンと手が掛る。

 グレンだ。


「あー紹介しよう。こいつは俺の弟子だ」


 後頭部をボリボリ掻きながら、グレンは言う。

 対する赤髪の少女は、間の抜けた表情で五秒間も黙りこくった。

 気まずくなったレインが条件反射で呟いた。


「あ、あはは……ども……」


 そして、


「は…………はぁあああ〜!?」


 怒りに満ちた少女の絶叫が木霊した。



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