64.神風の聖剣
戦火の渦中に現れたのは第二の勇者――戦部千陽。
染められた茶金の頭髪、鋭い目付き、ふてぶてしい態度。城で支給された訓練用の装具を身に纏い、肩には翡翠色に淡くに光る聖剣を担いでいる。
彼は召喚されたその日、雷神ルキウスに敗れた。その後数日に渡り拘束された彼は、この世界についての情報や強くなるための方法を対価にロンダート達への協力を約束した。
ロンダートは唇を噛んだ。
――あやつめ……部屋から出られぬよう閉じ込めていたはず…………いや、寧ろこれはチャンスか……。
ロンダートが叫んだ。
「イクサベ!その男が例の悪魔の手先だ!今こそ我らへの忠誠を見せてみよ!」
すると戦部はヘラヘラ笑いながら剣を構えた。
「な〜にが忠誠だ。俺はあんたらに協力するとは言ったが、手駒になるとは言ってねえ。こいつを倒せばあの男……ルキウスなんたらに挑ませてくれるんだろうなぁ」
「っ…………ああ、約束しよう」
「へへっ、そうこなくっちゃなっ!美味い飯と酒、あと可愛い女の子も追加な。しっかしこいつ……なーんか親近感?日本人っぽい顔してんだよなぁ」
その言葉を聞いてユウの眉がピクリと動く。
――こいつ今……なんて言った……?
ユウの思考が戸惑いを見せたその瞬間、戦部が不意打ち気味に動いた。
唐突に聖剣を振りかざし、巨大な風刃が前方に放射される。
更に続けざま、地面に突き立てた聖剣から生み出された地面を抉る突風が大地を這うように突き進み、ユウの足元で爆発した。
砂塵が舞う中、煙を掻き消すように黒剣を一振したユウが無傷のままで姿を現した。
「およ、絶対決まったと思ったのにな」
余裕綽々の態度で戦部が眉を上げた。
そんな戦部をユウが睨む。
――こいつ……マナ自体はグランドナイトと大差ねえ……それなのに何だこの火力は…………あの剣か……。
ユウの視線を見て戦部がニヤけた。
「この剣が気になるか〜?これ、聖剣なんよ」
「――っ」
「あはっ、驚いた?俺ってば勇者なんだってよ。何でも災厄?の悪魔を殺すために召喚されたんだってさ」
――何言ってんだ、こいつ……。
とは思うものの、彼の口ぶりや日本人っぽい顔の特徴から、その話が事実である可能性を否定できないとも思えてしまう。
するとロンダートがまた叫んだ。
「イクサベ!無駄話はするな!早くその男を殺せッ!」
「ちっ……んだよ。まあ、つーわけだから、あんたにはここで死んでもらうわ。抵抗しても無駄だぜ?なんせ俺勇者だし。主人公補正っつーのがあるからさ」
「……、」
「て言っても伝わんねーか!うはははっ!」
陽気な戦部の態度にユウは思わず舌打ちする。
「癪に障るやつだぜ」
「んだよ……嫉妬か?モブのくせに生意気だ……なッ!」
振り抜かれた聖剣から、再び強烈な斬撃が押し寄せる。その風の刃は回転し、竜巻の様に広範囲を抉りつつ飛翔する。
その風刃に向かって、ユウは自ら飛び込んだ。
「うはははっ!自殺志願者かよ!」
マナブレイトが輝いた。
竜巻の勢いをユウのマナブレイドが打ち崩し、戦部に迫る。
「まじっ」
慌てた戦部は剣を地面に突き立てる。
その瞬間、彼の周囲に白い球状のバリアが形成され、飛来するマナブレイドを跳ね除けた。
「ははっ、残ねー」
ガキンッと鋭い音が響く。
真横から打ち付けられたユウの黒剣が、戦部の周囲で揺らめく風の障壁を叩いたのだ。
「――っはや…………でも残念。このバリアは剣で叩いたくらいじゃ……」
バリアに押し付けられる黒剣が眩く輝く。
マナブレイドは本来、剣の刀身に高密度のマナを付与して斬り裂く強化剣術。熟達の騎士は、その斬撃を飛翔させることで遠距離高速攻撃へと昇華している。しかしその実、飛翔する斬撃は直接の斬撃に比べて威力の減衰が起こる。
即ち騎士の奥義その真価は――高密度のマナを付与した剣による直接攻撃にこそある。
マナブレイドの爆発的な衝撃が、風の障壁を散らし破壊した。
だがユウのマナブレイドはまだ生きている。無防備となった戦部に目掛けて、追撃の振り下ろしを叩き込む。
「くっ――」
僅かに反応の遅れた戦部が、咄嗟にユウの剣撃に対して聖剣を合わせた。
ズガンと重く鋭い剣の衝突。
その衝撃にユウは目を見開き驚愕した。
魔剣グリムキャベルによるマナブレイド。それを拙いマナ強化だけでこの剣は受けきった。間違いなくランク8以上の伝説剣。
勇者の聖剣でまず間違いない。
「でやぁ!!」
迫り合いの中で聖剣から突風が放たれ、ユウの頬、肩、脇腹が切り裂かれる。
ユウが咄嗟に後方へと飛び退き着地。その時点で既に負傷箇所の治癒は完了していた。
「はぁ……はぁ……こいつ、俺の風撃がきいてねえのか……」
戦部の疑問に遠方からロンダートが答えた。
「奴はおそらく何らかの天恵、或いは神聖術による治癒を行っている。今の火力では押し切れんぞ……」
「んだよそれ……」
眉間に皺を寄せる戦部。
すると今度は力が抜けたようにため息をついた。
「あっそ……んじゃもういいや」
そう呟くと、彼は聖剣を地面へと真っ直ぐに突き立てた。
――なんだ……。
ユウが疑問に思ったその時。
「本気で行くぜ……精ェ霊召喚ッ!!」
「――っ」
聖剣が眩く輝き、その真価を発揮する。
「来いッ!!精霊王ッ!!」
聖剣フューゲリアス。女神が勇者に与えし三つ目の聖剣。一振で無限の風を起こすこの剣は――無条件による精霊王の完全顕現が可能である。
聖剣により召喚された風の王レオルストルム。
その美しき白体輝く麒麟の様相は、見るものに思わず息を飲ませた。頭部から連なる翡翠色の鬣、背から生えた巨大な両翼から白い羽根が静かなる神風によって舞う。呼吸をするだけで口元から白い煙が吹き出る。
その驚異的なマナの波動に、ユウでさえも圧倒され言葉を失う。
しかしその蒼い眼光は、すぐ側に佇む戦部を睨み付けていた。
「うほ〜ッ!超かっけえじゃん!これが俺の使い魔かよ……!半端ね〜!おい精霊!力を貸せ!あの男をやっつけるんだ!」
テンションを上げる戦部とは裏腹に、レオルストルムはその牙を剥き出しにして不快感を顕にした。
『貴様の様な矮小な生物が我の主……?侮るな……貴様なぞに貸してやる力など無い』
睨み付けただけで、凄まじい突風とマナの波動が周囲を駆け抜ける。
「おいおい、ご主人様に向かってその態度はねえだろ。俺はお前の主だぞ〜?」
『くどい……人間風情が。ここで死にたいのなら望み通りに』
その瞬間、レオルストルムの周囲にバチバチと黒い稲妻が走る。
『何だこれは……!?そうか……思い出した……あの忌々しい女神めがっ……おのれぇ、我が星を奪ったあげく我に呪いをかけるとは……殺してやる……おのれ殺してやるぞおッ……!!』
レオルストルムが咆哮を上げると、周囲の空間が歪んたように暴風が荒れ狂う。
その波動だけで戦部の体が弾き飛ばされる。
その先で、戦部は這いつくばりながら叫んだ。
「バカっ!敵は俺じゃねえって――」
未だ連携の取れない精霊と戦部。その隙をユウが逃すはずも無かった。
最も警戒すべきは精霊本体。その力はこれまでに見た精霊の中でも明らかに格が違う。精霊召喚には莫大なマナが必要だが、見る限り戦部のマナは減少していない。つまり召喚の媒介となっているのはあの聖剣でまず間違いない。ならば狙うは聖剣と術者本人。
上空には既に十分な火力を保持する凶悪な空気圧縮が完成している。
「エアキャノン」
上空で破裂させることにより衝撃波による被害はさらに増す。
巨大な爆風が周囲を吹き飛ばし、地盤を大きく捲り上げる。
「うぉおああッ……!」
悲鳴をあげて戦部が吹き飛ばされ、地面に突き立てられた聖剣が地盤ごと弾け飛ぶ。
聖剣による精霊王の完全顕現はマナを必要としない無条件。しかし一つだけ制約があった。それは完全顕現中、突き立てた聖剣を動かすことが出来ないこと。聖剣が地面より離れれば、精霊王の顕現は終了する。
剣が吹き飛ばされたその瞬間、風の王レオルストルムは即座に光の粒となって消失した。
そして、
「ッ……ガッぁ……」
ユウの握る漆黒の剣が、勇者の喉を貫いた。
引き抜かれた刀身が続け様、戦部の四肢を切断し、その脳幹をも完全に破壊。第二の勇者は呆気なくその場で絶命した。
「はい……俺の勝ち」
血塗られた剣を振り払い、視線を移すとそこにロンダートとリリシアの姿は無かった。
「魔人族といい、ほんっと逃げ足だけは速いな」
しかしこれで、
「邪魔者はいなくなった」
ユウは口元を釣り上げ、悪魔の様な笑みを浮かべた。
***
その頃、魔大陸の中心に佇む巨大要塞ヘルドラッガル。その王座の間に帰還した魔人クオレスが、ボロボロの様相で膝まづいた。
彼が頭を垂れるその前には、魔人族七人の統率者である悪魔の剣の最高権威、イグナリオス・アルズベートが佇んでいた。
その強大極まりないマナに、クオレスは肝を冷やしながら、息を飲んで口を開いた。
「申し訳ありません……イグナリオス様」
手傷を負ったクオレスの右手には、勇者より奪った聖剣ブレイブウィングが握られたいた。
しかしその聖剣からはあの強く輝かしい力はまるで感じられない。
「勇者の聖剣を奪いはしましたが、勇者を殺すことは叶いませんでした」
イグナリオスがクオレスを見下ろす。
クオレスが再び息を飲む。
しかし意外にも、イグナリオスは殺気も威圧も放つことなく、落ち着いた口調で言った。
「剣をよこせ」
恐る恐る聖剣を捧げるクオレス。
イグナリオスが聖剣を手にし、美しき刀身を少し眺めたあと、ゆっくりと王座の間の中心へと歩いた。
そこには、巨大な金色の結晶が佇んでいた。
そしてイグナリオスが哀れんだ目で見つめるその結晶の内部では、嘗てこの大陸を治めた魔人の王が静かに眠っていた。
その結晶には温度がなく、どのような魔術も呪いも攻撃も、その一切を受け付けない。そしてあろうことか、触れた者のマナを一瞬にして吸い付くし、消失させる作用を持つ驚異的な呪いが掛かっている。強大なマナを持つイグナリオスでさえ、結晶に触れれば瞬く間にマナを吸い出され、結晶によって殺されることだろう。
この呪いの封印を破るには、無限のマナを産むとされる勇者の聖剣が必要だった。
「……ッ!」
イグナリオスが聖剣を結晶へと叩きつけた。
しかし結晶には傷一つ付かない。
「ふむ……やはり聖剣の所有権が我々にない以上、その力を引き出すことは出来ぬか。時期にこの聖剣も主の元へと還るだろう」
「も、申し訳ありません……」
「いや、よい。聖剣を手に入れただけでも十分だ。あとは勇者を殺し所有権を奪うだけ。今すぐ私を勇者の元まで送れ。奴らを皆殺しにしてやる」
イグナリオスが動き始めたその時。
「その必要は無いよ」
王座の間に柔らかで中性的な声が響いた。
視線が彼女へと集まる。
「貴様は……フェリール」
そこにいたのは、上質なローブに身を纏う少女だった。
淡く翡翠に光る髪が肩上で揺れる。美しく整った容姿からは、少女とは思えぬほどの魅惑を感じる。その奥深い瞳は深淵すら覗いているようだった。
彼女は少女とも少年とも思える声を発した。
「聖剣ならここにあるよ」
彼女の手にはもう一つの聖剣、フューゲリアスが握られていた。
それを見たクオレスが目付きを変えて言う。
「どういうことだ。なぜ聖剣がもうひとつ」
「やだな。情報が古いよ。勇者がもう一人現れたんだ」
「なに……」
「苦労したんだよ?僕がその勇者から直接奪うわけにはいかないしさ。上手くその勇者が他の人間と戦いになるようしむけて」
「もうよい」
イグナリオスは彼女の言葉を遮った。
フェリールはフッと笑を零したあと、ゆっくりとイグナリオスの元へ歩み寄り、
「これは君に譲ろう」
剣を差し出した。
イグナリオスは剣を受け取ると、何も言わず彼女に背を向けた。
そんなイグナリオスの様子に、彼女は肩を竦める。
「僕たち協力関係だよね?なんか素っ気なくないかい?」
イグナリオスは彼女を無視して、聖剣を手に黄金の結晶体、その中に封じられた魔王の元へと歩み寄った。
「遂に……」
握った聖剣から風が舞う。
莫大な力が解き放たれる。
掲げた剣から凄まじい勢いで風と共にマナが溢れ出し、その全てが金色の結晶体へと吸い込まれていく。
剣の力を解き放つ程に、その勢いは増していく。
「……ッ」
無限に続くマナの濁流。その流れに、次第に黄金結晶が持つマナの消失効果が耐えられなくなる。
結晶に亀裂が走った。
イグナリオスが頬を緩める。
「素晴らしい……」
その亀裂は、やがて結晶全体に広がった。
「さあ、お目覚め下さい…………我が主よ」
その言葉の直後、結晶体は完全に砕け散った。
散乱する眩い光の中、羽根が舞い落ちるかのようにゆっくりと、一人の魔人が再びこの地に降り立った。
イグナリオスとクオレスが即座に膝つき、頭を垂れた。
仁王立つその男の、赤い瞳がゆっくりと開いた。
「よくぞお目覚めになられました……我が王よ。御身ご健在なりしはこのイグナリオス、生涯の喜び。再びこの命、我が王に捧げましょう」
しかし魔王は音を鳴らして首を捻り、こう言った。
「誰だ、貴様は」
その言葉に、イグナリオスは愕然とする。
「まさか我が王よ……お忘れに」
すると魔王は首を傾げ、暫し考えた素振りを見せた。
そして、
「そうか。俺は少し記憶が混濁しているようだ」
すると少し離れた場所から、フェリールが声を響かせた。
「君の名はバアル・ペントゥーラ・ロキストシアス。この魔大陸を統べる魔王だ。三百と二十六年前、勇者と女神の手によって、君は呪いの禁術に封印された」
その言葉を聞いて、バアルの顔が歪む。
その身から溢れ出す爆発的な怒りに、イグナリオスでさえ息を飲んだ。
「勇者……女神……そうか、あの忌々しき畜生共め…………我が国を、仲間をっ……」
その怒りによりって、魔王の城が悲鳴を上げるかのように地鳴りを起こした。
しかし少しすると、その怒りは地鳴りと共に沈んでゆく。
すこし冷静さを取り戻したバアルは、イグナリオスとクオレスを一瞥する。
「お前達が私を忌まわしき封印から解き放ったのだな。礼を言うぞ、我が臣下達よ」
その言葉に、イグナリオスは深く感慨を受けた様子で頭を垂れた。
「……ありがたきお言葉」
それは強い忠誠が篭った声だった。
するとバアルは小さく笑い、その肉体から再び尋常ではない殺気を漏らし、言い放った。
「褒美をやる。手始めに、俺が奴らの国をひとつ落としてやろう」




