63.漆黒の襲撃者
オーガの巨腕による叩き付け。それをユウはマナガードを施した左腕であっさり受け止めた。
さらに、
「――」
刹那の斬撃が光る。
オーガの右腕が血を撒き散らしながら吹き飛んだ。右手で抜いた漆黒の剣で、ユウが刈り取ったのだ。
悲鳴をあげて後退るオーガ。
そこへ、向けられた掌。
「マナブラスト」
破壊的な砲撃がオーガの鎧を一瞬で砕き、その肉体を瞬時に討ち滅ぼす。
その衝撃的な光景にクオレスは驚愕した。
その男には気配もない。マナも感じられない。しかし計り知れない、恐るべき殺意の塊を確かに感じる。この男はマズイ、そうクオレスの直感が叫んでいる。
すると傍にいた青髪の魔人ハデルが、
「その黒剣は……」
身を震わせながら感情を爆発させた。
「おのれぇ……!ベートの仇ッ!!」
ハデルが叫び声を上げて飛び込む。
「よせハデルッ!」
クオレスが呼び止めるが、構わずハデルは二刀剣を振り抜いた。
二刀の刃が空を切る。
「なに……」
ハデルの思考が止まる。標的が目の前から消え去るなど、全く予想だにしないことだった。
「ハデルッ!後ろだッ!」
クオレスが叫ぶ。
ハデルの背後には既に、気配すら置き去るユウの姿があった。
「――」
ハデルの頭部に、静かに赤い線が走る。
二秒後、ハデルの頭蓋は真横へと割れた。
力無く崩れ去るハデルの肉体が、その絶命を周囲に知らしめる。
そして、ゆっくりと彼が振り返る。
視線がぶつかるクオレス。
顔の見えないその男。外套のその奥から覗くまるで深淵のような黒い瞳。
――なんだ……こいつは…………。
クオレスは久しく感じたことの無い感情を抱いていた。
ユウの握る黒剣に高密度のマナが灯る。
「――ッ!」
マナブレイドが放たれた。
地面を抉りながら飛翔する斬撃を、間一髪でクオレスが身を捩り回避する。その間も、クオレスはユウから視線を外していなかった。
にもかかわらず、目の前の男が突如として視界から消える。そして次の瞬間には眼前に差し迫る。そう錯覚するほどの速度。
再び至近距離で放たれたマナブレイドが、轟音を上げて地面ごとクオレスの身体を吹き飛ばす。
否。クオレスは自ら後方上空へと飛んだのだ。そうしなければ、衝撃を逃がしきれないと悟った。
「ク…………行けッ!!」
クオレスの天恵〈亜空開門〉によって出現したワイバーンが空中より二体。更に地上に放たれた地竜が二体。直ちにユウに向けて襲いかかる。
しかし既に構築が完了していた圧縮された空気塊が、ユウの手元から放たれた。
風魔術行使による大気の圧縮。その凄まじい火力が前方の魔獣四体を纏めて吹き飛ばし、その背後に身を隠すクオレスをも巻き込んだ。
それでも止まらぬ衝撃波は大きく轟き、周囲の地面を打ち砕き、城中のガラスを破壊する。
あまりの爆風に成村が悲鳴を上げながら星野の身体に覆い被さる。
鳴り止んだ轟音と舞い上がる砂煙。
その中に、魔人クオレスの姿はなかった。
「チッ……逃げられたか」
ユウが小さな声で舌打ちし、剣を鞘へと収めた。
そうして振り返ると、そこには地面にへたり込む成村がぽかんとした表情を浮かべてこっちを見ていた。
――忘れてたよ。そういや、こいつらも居たんだったな……。
ユウが口元を僅かに釣り上げ、漆黒の剣を片手に、ゆっくりと勇者たちの前へと歩み寄った。
剣を握ったまま、目の前の勇者達を見下ろす。
成村のそばで倒れているのは星野。そのすぐ近くに一神、桐山、アリスが気を失い横たわっている。まだ意識を保っているのは成村と、鎧を纏った女騎士の二人だけだ。
無様に尻もちを着いて、今も間抜け面でこちらを見上げる成村。そんな彼女を見て、ユウは思う。
――こいつは本当に変わらないんだな。無能の役立たず。仲間がやられても立ち上がることすら出来ないグズ……。
なぜ彼が、わざわざ魔人の手から成村達を助けたのか。その理由は当然――。
「ユウ……くん?」
唐突に、成村が呟いた。
彼女は今も、無垢な瞳でこちらを見上げてくる。
驚いた。彼女に存在を気取られたことよりも、名前を呼ばれただけで腹の底から押し寄せるこの上ない憎悪と嫌悪に、背筋が震えるようだ。
ユウの身体から凄まじい殺気が放たれる。
「てめぇがその呼び方すんじゃねえよ」
恐ろしい眼光で睨みつけ、成村の首を跳ねるべくゆっくりと振り上げられた剣。
彼の本気の殺意すら理解できない成村はただ、惚けた顔で彼を見ているだけだった。
鋭い金属音が鳴り響く――。
振り抜いた刀身から僅かに煙が上がる。
ユウは視線も変えず、右側面から飛来した攻撃を剣で弾いたのだ。弾かれて砕け散らばったそれは、マナによって強化を受けた弓矢。明確な殺意を込めて放たれた一撃だった。
「……」
漸く、ゆっくりと視線をずらしたユウが彼らの姿を捉えた。
そこには異国の騎士ロンダート率いる月影剣進隊が、既に戦闘態勢でこちらを睨み構えていた。
数は全部で六人。先頭に立つのは赤い鎧を身に纏うカーディア帝国のパラディンナイト――ロンダート・ロデル・ディルキシアン。その後ろに続くは弓騎士のクレベル、槍騎士のランクス、盾騎士のドガート、功拳騎士のジェット。そして薄紫の髪に聖なる法衣を纏いし第二の聖女――リリシア・ナトゥカ・エストルカであった。
赤騎士ロンダートが口を開いた。
「リリシア、奴が本当に?」
「はい。正体を隠してはいますが、あれこそ悪魔の信奉者で間違いありません」
「王女を助け恩を売るつもりで来てみれば、まさか本命がすぐ側を彷徨いているとはな」
ロンダートが身に纏う赤い鎧を期しませ、一歩踏み出してユウを睨んだ。
「言え、悪魔はどこにいる」
ユウはなんの話だか理解出来ず首を傾げ――唐突に輝く黒剣を振り抜いた。
飛翔するマナブレイド。
そのマナの起こりに合わせて、即座にロンダートがマナブレイドを撃ち出し対抗する。
両者の斬撃が衝突し、爆発。戦闘は突如として始まった。
マナブレイドの爆風に紛れるかのように、異国の騎士隊全員が飛び退くように散り散りに距離を開ける。
先に動いたのは聖女リリシアであった。字面に打ち付けた杖から溜め込んだマナを放出。巨大な氷塊がユウの足元を呑み込むように突き出した。
即座に上空へと高く飛び、氷塊を回避するユウ。
その滞空の瞬間を狙って放たれた弓騎士クレベルの矢は、天恵〈増殖〉によって無数に散らばり矢の雨と化す。
マナによって強化された矢の雨が、空中に飛び上がったユウの逃げ道を完全に塞いだ。
必中。だれもがそう思ったその瞬間、ユウは全身から強烈なマナ放出を行い襲い来る矢を全て弾き落とした。
「ばかな……!?」
思わず叫んだクレベルに向けて、ユウは空中からマナブレイドを高速で飛翔させた。
クレベルが死を錯覚したそのとき、大盾を構えた重装甲の騎士ドガートが、クレベルの前に空かさず飛び込んだ。
「ぐおぉ……!」
マナガードによって強度を高めた大盾がユウのマナブレイドを何とか凌ぐ。が、凌いだものの、なんと言う重さか。
ユウが地面に着地したと同時に狙いを定め、飛び出したのは青槍を構える槍騎士ランクスであった。
「でやぁああ!!」
弾丸のような高速の突きの連打。
それを全て弾いたユウの黒剣が――
「ガっ……あ゛……」
槍騎士の喉を貫いた。
「ランクスゥウッ!! くっそぉおお!!」
そう叫び飛び出したのは、イカついガントレットを両腕に嵌める武器無しの騎士、功拳騎士のジェット。
彼はガントレットを激しく打ち付け火花を散らし、ユウの懐へ飛び込んだ。
剣の間合いを超えて詰まる近接の差し合い。その距離で放たれる拳による鋭い突き。ユウは首を捻ってこれを回避。
すると背後に聳えた巨大な氷塊が爆発するように弾け飛んだ。まるでその拳から砲撃でも打ち出されたかのように。
功拳術。古くよりカーディア帝国に伝わるマナを取り入れた、空手による格闘武術。城内訓練の際、桐山が似た技を教わっていたのを覚えている。
――ガードで受けるのはマズイな。
「うぉおおお!!」
強いマナを帯びた強烈な連打が襲い来る。
それを捌く合間に背後から気配を消して斬り込んだのは、抜き身の長剣を光らせるロンダートであった。
ロンダートは素早い構築でマナブレイドを完成、至近距離での閃剣がユウの首を狙う。
ユウの直感が危機を察知する。
前後の攻撃全てを回避することは不可能なタイミングだった。
ユウは即座に判断した。反撃を諦めて、背後からの致命の回避を優先。瞬時に肉体にマナガードを施し黒剣を背後へと振るった。
剣が衝突。
マナブレイドの衝撃波がユウの体を押し返す。
体勢が崩れたユウの身体。
その刹那のタイミングに合わせるように、背部からの功拳術による重たい一撃がユウの背を打ち飛ばし、氷塊へと叩き付けた。
その頃、イルファは満身創痍の体を引きずり、傍らで眠る王女アリスを抱き抱えた。
「今のうちに逃げましょう……」
アリスを抱えたまま、成村に視線を合わせる。
「さあ早く、勇者様たちを……」
イルファに言われてハッとして、成村は背に庇っていた星野を抱き上げる。
早く逃げなければ。
しかし一神と桐山の姿が視界に移り、足が止まる。
どうしよう。
この小さな両手では星野一人で手一杯。無理をして担いだとしても体格的に一神を肩に担ぐので限界かもしれない。
そうして成村が迷っていると、突然一神の体が持ち上がる。
顔を上げると、死んだとばかり思っ待ていた聖騎士ブレイグが一神を担ぎあげたのだと気づいた。
イルファが声のトーンを上げる。
「先輩っ!生きてたんですね……!」
「話は後だ。姫様と勇者様方をつれてこの場を離脱する。王家の隠道まで急げ」
王家の隠道とは王家一族とごく一部の家臣しか知りえない王家秘匿の城内通路だ。国王や王妃、王女とその臣下たちは既にこの通路を通じて逃げ果せているころだろう。
イルファがアリス王女を、成村が星野、そしてブレイグが一神と桐山を肩に担ぎ、城内へと走り出す。
走りながら、ブレイグがイルファに尋ねた。
「それにしても、今どういう状況なんだ。目が覚めたら魔人族はいないし、知らない連中が戦ってるし……戦ってるのはカーディアの騎士達だよな。彼らと戦ってるあの男は一体何者なのだ」
「わかんないっす。いきなり現れてあっとゆう間に魔人族を倒しちゃって。てっきり私たちを助けてくれたんだと思ったんですけど……急に襲いかかってきて……そしたら今度はカーディアの騎士達が駆けつけてくれて……」
二人の会話を他所に、成村は不安げな表情を浮かべ、振り返る。
その先には未だ激戦を繰り広げる彼らの姿があった。
強烈なマナブラストによって巨大な氷塊が豪快に吹き飛ぶ。
あまりに高威力の爆発に、ロンダートとジェットが思わず距離をとる。
煙を上げる中、無傷で氷塊からは這い出たユウに目掛け、真っ先に打ち出されたは無数の矢だった。それも、一つ一つがマナによって強化された致命弾。
しかしユウの周囲に強力に放出されたマナが、またしても矢の雨を容易く凌いだ。
その光景に弓騎士クレベルは額に汗を滲ませ驚愕する。
この技はマナ消費が激しく連射ができない。そのかわりに必中必殺の奥義と自負している。この技で過去仕留め損なった相手はいない。師であるロンダートを覗いて。だが目の前の得体の知れない男は、まるで羽虫でも叩き落とすように容易く奥義を掻い潜る。
「そろそろ鬱陶しいな」
そう呟いたユウの眼光が、弓騎士クレベルを睨んでいた。
クレベルに向けられた殺気に気づいた大盾の騎士ドガートが、彼を庇うべく即座の判断で飛び込み盾を構えた。
それを見たユウが不敵に笑みを浮かべる。
「なに!?」
素早く振られた黒剣から、三連続のマナブレイドが撃ち出された。
一撃目のマナブレイドによって体勢が崩れ、二激目で大盾が大きくヒビ割れる。そしてその三激目が、無情にもその後ろに身を隠す二人の騎士を打ち砕いた。
「クレベル! ドガートォオ!!」
ジェットが叫ぶ。
「畜生……よくもぉおお!!」
ジェットがガントレットを打ち付け火花を飛ばし、殺意を燃やしてユウの元へ飛び掛る。
「よせ行くなッ!」
ロンダートの静止を無視してジェットが連打を仕掛ける。
その初撃を、ユウの目が見抜いた。
――左ジャブ、右ストレート。
踏み込み、肩や腕の僅かな予備動作、肉体を瞬時に巡るマナの流動から、その素早い先制初撃を完全に捉える。
左ジャブを躱し、続く右ストレートを受けたのは――
「――がっ!?」
マナ強化を付与された漆黒の刃だった。
ジェットの右腕が刀身に打ち付けた自身のパワーによって縦に引き裂ける。
ベロンと抉れた腕から血が吹き出し、ジェットの動きが止まる。
その無防備な顔面に打ち付けられたのは、
「――ッ!」
ユウの左オーバーハンドだった。
拳が衝突する瞬間そのインパクトに合わせて放出された高出力のマナが、ジェットの頭部を粉微塵に爆散させた。
頭部のみが吹き飛んだ彼の身体はゆっくりと力なく膝を着き、人形の様にその場に転がった。
頬に掛かった返り血を拭うと、紅い線が掠れる。
血塗れの左腕に視線を落として、ユウが少しだけ笑った。
「功拳術……だったか?案外簡単なんだな」
そう呟き微かに笑うユウを見て、ロンダートは立ち尽くした。
あの一撃は紛れもなく功拳術。見様見真似で出来る所業では無い。それに彼に倒された部下は全員が聖騎士の中でも群を抜いて優秀なグランドナイトだった。それをこうもあっさりと。
ロンダートはただ立ち尽くし、深い思考に呑み込まれていく。
――誤算だ…………悪魔の信奉者とやらがまさかこれ程…………認識が甘かった。真に警戒すべきは悪魔だけだと考えていた。その結果がこの――
「ロンダート卿っ!!」
リリシアの声にハッとした時には既に、ユウの黒剣がロンダートの目前にまで迫っていた。
轟音を上げて巨大な氷塊が地面より突出する。
その氷塊の壁がユウの剣撃を間一髪で阻んだ。
「わたくしが足止めします!精霊を……!」
「……、」
ロンダートはこの戦いで精霊を召喚するつもりなど毛頭なかった。真に驚異である悪魔に対して力を温存しておきたかったからだ。しかし今はそんなことを言っている場合では無い。
リリシアが杖を打ち立てると、巨大な氷の柱が次々に地面から突き出し、ユウを後退させた。
連続的なバク転で氷柱を回避したユウは、すかさず手元に魔術を構築する。
「ちっ……ワンパターンだな!」
無造作に撃ち出されたエアキャノンが氷塊を粉々に打ち砕き、障壁となっていた氷の壁を破壊した。
厚い氷が消え去り、視界が晴れたその先。
「精霊召喚――来い、ギルシュタイン」
鋭くこちらを睨む、ロンダートがマナを解き放った。
ロンダートの影よりい出し、闇の騎士ギルシュタイン。嘗て亡国の英雄と謳われしギルシュタインの剣功は、パラディンであるロンダートをも上回る。更に完全顕現中、ギルシュタインの持つ天恵〈影沈〉は術者本人にも付与される。
静かすぎる精霊の佇まいに、ユウは驚愕と共に困惑した。
――何だこの異質な感じ……すげえマナだが、以前見たベルザム達の精霊とは雰囲気が違う。マナゾーンによる効果はないのか……。
ユウの見立ては正しい。ギルシュタインは大精霊クラスのマナを保持しながらも、マナゾーンの展開を維持できない。しかしその本領は――肉弾戦による術者との連携にある。
「――ッ!」
突如、ギルシュタインが影に沈み込む様に姿を消した。
次の瞬間、
「――っ!?」
背後に悪寒を感じてユウが振り返ったその先で、ギルシュタインは既に剣を振りかざしていた。
――いつの間に背後を……まずいっ!
ユウの常人離れした反射が、間一髪ギリギリで影の斬撃を寸前で躱した。
はずだった。
「なっ!?」
ユウの胴が斜めに切り裂かれ、血が吹き出す。
直ちに素早いバックステップで後方へと飛び退くユウ。
「ギルシュタインは影の伸びる範囲全てが必殺の間合いとなる」
ロンダートが解説をくれたところで、再びギルシュタインが目の前から消えた。
背後に気配。
ユウは即座に振り向き様に、
「二度も同じ手に引っかかるかよ!」
背後に向けて剣を大ぶりした。
たが。
「っ!?」
後ろに現れたハズのギルシュタインは彼を嘲笑うかのように影に沈み込み、ユウの反撃の一振をあっさりと躱した。
三度、背後からの殺気がユウを襲う。
〈影沈〉によって再び背後を取ったギルシュタイン。
背筋から死を直感するユウ。
ギルシュタインによるマナブレイドが来る。その一撃は既に完成している。
当たれば、致命は免れない。
「……っ」
死を前にユウの本能が反射的に身を捩ろうと動く。だがその時にはもう、ユウの両脚は聖女の氷によって地面に張り付けられていた。
更に完璧に狙い撃ったタイミングで、精霊によって付与された天恵〈影沈〉により正面に瞬間移動したロンダートが、その長剣に高出力のマナを付与し正面から斬り掛かっていた。
死が迫る。
視界が遅延し、思考だけが加速する。
不意を着いた前後からの挟み撃ち。氷結による束縛。卓越した三者連携。確実な決着がそこにはある。誰もが疑う余地もなかった。
ただし、ロンダートの目には映っていた。
眼前、死を目前にして尚も不敵に笑う、悪魔の信奉者の姿を。
その魔術は、既に構築を終えていた。
ユウの頭上真上に滞在する、圧縮された空気塊。高濃度酸素と可燃性ガスが超加圧により密接に絡み合い、圧縮に際し発生した高熱が引き金となる。
その脅威が――解き放たれた。
TNT換算で約三トンにも及ぶ壊滅的な爆発が、周囲全ての物質を根こそぎから刈り取り、焼き付くした。
充満する黒煙。有機物の焼ける匂い。
東城塔は全壊。主塔は半壊し、焼け焦げた場内の一部が顕となっている。
噎せ返るような黒煙の中、瓦礫を押しのけてロンダートはボロボロの身体を引き摺りながら這い出でた。
その真下から聖女リリシアを引っ張り出す。
爆発の直前、ロンダートは剣による攻撃をキャンセルし即座の判断でマナガードを全開、聖女リリシアを抱きかかえる様に庇った。
おかげで無傷とはいかずとも、聖女に深刻なダメージは無い。だが今は完全に意識を失っている様子だ。
そんなとき、ガラガラと瓦礫の音がどこからか響く。ロンダートが周囲を見渡し視線を向けた先に、煙が薄れたその場所に彼は立っていた。
纏う漆黒の外套が破損したことで顕になったその素顔。
黒い髪に黒い瞳、そして身も竦むような恐ろしいマナ。
「くそ……この外套もう壊れやがった……シャルの奴、不良品掴ましやがって……」
不機嫌に呟くユウを見て、ロンダートは酷い焦りを覚えた。
――なんだ……この馬鹿げたマナは…………これはもはや、完全にマスターナイトの境地…………勝てる、はずがない…………。
マスターの境地が如何程か、ロンダートは身をもって知っている。この状況で勝機など見出せるはずもなかった。
精霊ギルシュタインは爆心地でアレをモロに食らった。その大ダメージにより顕現は終了。しばらくは完全顕現どころか、略式召喚もままならない。そしてロンダート自身に残されたマナは今や本来の三分の一程度。肉体のダメージは想像以上に厳しい。そして聖女はいま、完全に気を失っている。彼女を守りながら、この化け物を相手取るなど不可能に近い。
「さて……顔を見られたからには殺さなきゃな」
目元を歪め、口元を吊り上げる。そんな悍ましい笑みがそこにはあった。
ロンダートは背筋から震えた。一体どれほどの罪を犯せば、どれほどの狂気を孕めば、このような顔が人間に出来るのだろう。
いつぶりだろうか、人間に対し恐怖を憶えたのは。
冷徹な瞳を向けたまま、ユウがゆっくりと聖女を抱えるロンダートに向かって歩き出す。
そのとき、ロンダートの背後から声がした。
「でけえ爆発があったと思って来てみれば…………ははっ、何これどういう状況?」
そこには翡翠の聖剣を肩に担ぐ、第二の勇者の姿があった。




