62.聖光
勇者の呼び掛けに応じ召喚されたのは、白銀に輝く片手直剣。その威光に誰もが驚愕と畏怖を示した。
剣を握ったその瞬間、一神はその恐るべき力を肌身で感じ取った。
――すごい力だ…………でも、
重い。
どう考えても片手剣の重量ではない。それに、わかるのだ。剣が悲鳴をあげる様に、今にも暴れ出そうとしている。
――僕を……主として認めていない、のか……。
一神が聖剣の扱いに手を焼いていると、目の前のクオレスが薄気味悪い笑みを浮かべていた。
「ふはははっ。それが勇者の持つ聖剣か。ようやく見せたな……ハデルッ!」
クオレスが叫ぶと同時に、青髪の魔人ハデルが二刀の剣を構えて飛び込んだ。
更に空間に走った亀裂から、再びワイバーンが姿を現した。
「くっ……うぉおおッ!」
咄嗟に振るわれた聖剣、その刀身から――
「なにっ!?」
銀色に輝く光の斬撃が予備動作もなく前方に飛翔する。
ハデルは咄嗟の判断で斬撃を飛び避けるが、翼を広げて飛び込んだワイバーンは光の斬撃をモロに受けた。
その巨体が容赦なく真っ二つに引き裂ける。
その威力に魔人族二人の顔色が変わる。
「気を抜くなハデルッ!」
叫ぶクオレスが腰の剣を引き抜き、ハデルに合わせて飛び込んだ。
サイドに回り込むハデルと、正面から斬り込むクオレス。
一神の反応が鈍い。肉体のダメージが大きい。
「――ッ!」
一神は聖剣を地面へと突き立てた。
その瞬間、光の粒子が爆発する様に溢れ出し、魔人二人の斬撃を弾き返した。
「ばかなっ!?」
体勢が崩れたハデル。
その眼前に既に聖剣を振りかざす一神の姿。
――いけるッ……勝てるッ!
放たれた光の斬撃。
しかし、
「――っ!?」
唐突に現れた亜空の亀裂が斬撃を呑み込み消失させ、間一髪でハデルへの直撃を退ける。
そして一神が驚愕した隙を、クオレスは見逃さなかった。
クオレスの剣による斬撃が一神の胴を斬り裂いた。
吹き出す血飛沫。吹き飛ぶ身体。されど、致命には至らなかった。一神は自身の天恵〈超直感〉によりクオレスの攻撃よりも先に危機を察知していた。完全に避け切ることは叶わなかったが、マナガードによる防衛行動が斬撃との間に滑り込んだのだ。
しかし既に多量の出血と内蔵へのダメージを抱える一神。立ち上がろうと身体に力を入れるも、震える体が力を失い、最後にはそのまま地に伏し動かなくなった。
「ふっ……流石は伝説の聖剣。手こずらせてくれる。だがこれで――っ!?」
言いかけたクオレスが驚いて言葉を詰まらせる。
一度は完全に倒れた一神であったが、再びその身体を震わせ立ち上がったのだ。
「ばかな……その傷でなぜ立てる……」
その執念と気概に、二人の魔人が僅かにたじろぐ。
「折れない…………こころ、だけは…………」
ふらつきながら、口から血を吐きながら、一神は立ち塞がる。
「頼む……聖剣。あと一振でいい…………僕に力を貸せッ……!」
その強き心に呼応するように、聖剣が眩く輝く。
女神が創りし聖剣――ブレイブウィング。
その効果は刀身から伸びる無制限の聖光。そして主に齎すは無限のマナ供給。
それを目撃したクオレスが邪悪に笑った。
「ふはははッ!素晴らしいッ!無限の光……その力があれば……!」
「おいクオレスッ!まずいぞッ!」
ハデルが焦った様子で叫ぶ。
しかし聖剣に集約されたマナは、もはや止めることなど出来ない。
「みんなを……守るんだッ!」
掲げた聖剣が振り下ろされた。
振り抜かれた刀身から放たれる、放射状の爆発的な光が駆け抜ける。その粒子は触れた物質全てを分解し消滅させる死の閃光。
輝きの奔流は前方直線上を駆け抜け、フェルマニス上空に眩い線を描き、消失した。
聖剣の輝きが消え去り、抉り取られた地面から煙が上がる。
辺りを包む煙の中、イルファはその力を前に呆気にとられていた。
凄まじい一撃。
しかし、その一撃で一神は力尽きたようで、膝から崩れるように倒れ伏した。
その様子を目撃した成村は、
「一神くん……!」
彼の名前を呼び、立ち上がる。
その瞬間、彼女たちは背筋から恐怖を抱いた。
煙の中から除くぼんやりとした人影。
そこにはあの魔人二人が無傷でそこにいた。
その光景にイルファが顔を引き攣らせる。
「そんな……あの一撃でどうやって……」
そんな彼女をクオレスが嘲笑った。
「どんなに優れた攻撃も、当たらなければ意味を持たない。貴様ら猿共でもそれくらいわかるだろう。さあ、終わりにしよう」
また彼の背後の空間がひび割れる。そこから這い出でる、緑色の肌を持つおぞましい怪物。その姿は岩のような鎧に身を包む巨人。角の生えた頭部、鋭くこちらを睨む四つの複眼、大きな顎からは鋸のように細かく歪な牙が剥き出しとなっている。
「こいつは……オーガ……!」
イルファは即座に腰の剣に手を掛け、構えた。
オーガが狂ったように咆哮をあげる。
――来るッ。
イルファは自身の剣にマナを付与し、襲い来るオーガに対しマナブレイドによるカウンターを狙った。
しかし、手元の違和感に気がついた。
ガキンッと鋭い鋼音が鳴り、火花が飛び散る。
――っ、マナの出力が低下してるっ……断ち切れないッ……!
頑強なオーガの鎧が、イルファの剣を弾き返した。
体勢が崩れる。
そこへ叩き込まれた、オーガの巨腕による強烈無比な殴打がイルファの左手を砕き、その身体を弾き飛ばした。
地面に転がるイルファが、なんとか震えた足で立ち上がる。
間一髪マナガードによって攻撃を受け切った。間に合わなければ内蔵にまでダメージが到達していただろう。
「ク……そ、」
しかしダメージは深刻だった。震える足から力が抜け、思わず膝が落ちる。
「ふふははははっ!」
大笑いする魔人クオレスの右手には、なんと勇者の聖剣が握られていた。
「遂に手に入れた……女神の聖剣。これさえあれば魔王の復活は目前……」
イルファが絶望の表情を浮かべる。
そこに差し込まれた震えた声。
「な、なんで……」
成村だった。
「どうして……どうして、こんなことするの……」
クオレスが退屈そうに成村を一瞥する。
「どうして、こんな酷いことばかりっ……」
するとクオレスが怪訝な顔で言った。
「貴様は何を言っている。我らの目的を阻む者があるのなら、殺して押し通る。ただそれだけだ。貴様らもそうだろう」
その言葉に、成村はある事実にようやく気がついた。
言われてみれば、確かにそうだ。自分達だって、いずれは魔大陸へと進軍し魔人の国を攻め落とす予定だった。今回はたまたま魔人族が先に攻めてきただけのこと。タイミングが違えば、立場は逆だったかもしれない。
なんの現実も見えていなかった成村に対し、クオレスは心底呆れた視線を向ける。
「ふん……この国にも少しは同情の余地があろう。まさか召喚した伝説の勇者らが、貴様らのように軟弱で、敵を殺すことも躊躇うような無能ばかりとは誰も思うまい」
「……」
成村は何も言えなかった。
「さらばだ勇者。貴様らにもう用はない……殺せ」
無感情な声でクオレスが告げると、空高く雄叫びを上げたオーガが成村の眼前へと向かった。
身体中から力が抜け、膝から崩れるように尻餅を着く。
吠えるオーガの、丸太のような巨腕が振り翳される。
時が止まったのかと錯覚するほど、目の前の視界がゆっくりと遅延して見えた。
あの日の悲劇。家族の顔。友達の笑顔。全部が彼女の頭の中を埋めつくした。
――ああ、私死ぬんだ。私だけじゃない、みんなも……愛風ちゃんも殺されちゃう……。
そう理解しても尚、成村のすくみ上がった身体は動くことが出来なかった。
「――――」
それは、瞬きの合間の出来事だった。
突如として目の前に映り込んだ、なびく漆黒の外套。
目の前に突如、現れたのだ。
顔は見えない。背格好からおそらくは男であるとわかる。気配すらなく、マナすらも感じられない。その者が、オーガの巨腕による振り下ろしを、片腕のみで受け止めた。その反動で彼の足が地面にめり込み、続けて暴風を伴う衝撃波が周囲を突き抜けた。
暴風で成村の前髪が跳ね上がり、されど目を奪われたように彼女の視線はその者に釘付けだった。
信じられない。オーガの破壊的な一撃を、その男は易々と受け止めた。
そしてその男の黒い背中に、どこか懐かしさを憶える。
そうだ――。
彼女はこの光景を、その背中を、以前にも見たことがあったのだ。




