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人間不信の無能勇者、裏切りと地獄の最果てに  作者: 兎成
第一章 心蝕の無能勇者
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60.勇者の決意

 明かりも点けないで、窓際のカーテンも閉め切って、薄暗い部屋で毛布の中に蹲る日々。

 最近は食事の量も減っている。少し痩せたかも。


「ユウくん……」


 成村の口から小さく零れた声が、毛布の中で消え失せた。

 あの日の出来事が今も鮮明に思い起こされる。

 その度に胸が苦しい。涙が溢れそうになる。

 自分はあの日あの瞬間、明確な意志をもって友人を選んだ。人質に取られた星野と、ドラゴンに攫われたユウ。この二人を天秤にかけ、結局は馬車に乗って逃げ帰ることを選んだ。

 許されるはずがない。友達だったのに。彼は自分の身を呈して守ってくれたのに。なのに私は裏切った。最低だ。消えてしまいたい。けれど、そんな勇気、あるはずも無かった。


 外が騒がしい気がする。


「……、」


 ムクリと起き上がり、外の様子をを見ようと窓際へ歩いた。

 そしてカーテンへと手を掛けようと近づいた、その瞬間だった。

 窓が爆発するように吹き飛んだ。

 悲鳴をあげながら衝撃で体ごと弾き飛ばされる。

 飛び散ったガラス片によって頬から血が垂れる。痛みと恐怖を堪えながら、何とか目を開けると、奴と目が合った。

 窓際の壁を破壊し、その巨体を室内にめり込ませる緑の鱗を持った巨大な竜が一匹。ワイバーンだ。


「え、や……なん……」


 声にならない声が漏れ出る。

 奴は石壁に阻まれ収まりきらない巨体を暴れさせ、何とか室内に巨体を捩じ込もうと必死だ。大きな両翼をはためかせ、鋭利な爪を床や壁にガリガリと引っ掛ける。

 その光景に成村の全身が震え上がる。

 あの日の恐怖が、トラウマが蘇るようだった。

 そんな成村を睨みつけ、ワイバーンは突然大声で吠えた。

 爆弾のような咆哮に堪らず成村が悲鳴と共に耳を塞ぎ、立ち上がる。

 震える足で走り出し、何とか部屋の扉に手を掛け外廊下へと飛び出した。


「はぁ……はあっ……」


 走った。

 靴も履かず、赤い絨毯が真っ直ぐに引かれた廊下をバタバタと駆け抜ける。


「だっ……だれかっ……」


 怯え恐怖が喉を締めつけ、久しく発していなかった声が震えて上手く鳴らない。

 泣き声と荒い呼吸が混じり合い、向かった先の階段前で小さな悲鳴とともにその足を止めた。

 壁に凭れ座った血まみれのメイドが一人。その横には折れ砕けたモップがひとつ、転がっている。


「だ、だい、じょ…………ひっ!?」


 声をかけようと近づいた足がまた、跳ねるように止まる。

 よく見れば、メイドの腹は抉り取られており、だらんと力なく垂れ下がったメイドの手足に引きずり出された臓物が絡んでいた。


「ひ、あ……ぁ……」


 二歩後ずさったところで、彼女は崩れるように尻もちを着いた。続けて口元に手を当てるが、堪えきれず嘔吐した。

 今日は殆ど食べなかったお陰か、戻したモノの殆どは胃液と水分のみ。しかし最悪の気分に他ならない。


「な、なにが……みんなは……愛花ちゃ……」


 言いかけたところで、その気配を感じとった。

 視線を向けると、そこには化け物の姿があった。上階に繋がる階段から、キリキリと嫌な鳴き声を発しながらゆっくりと四つん這いで降りてくる。

 その極めて醜い様相に、視線を合わせるだけで怖気が走る。見た目は人間に近い。だが、その生物にはおそらく皮膚がなく、剥き出しの組織が赤黒く濡れ光る。長く伸びた四つの手足を大きく広げて蜘蛛の様にテケテケと動く。

 恐怖のあまりに、成村は声すら出せなかった。

 しかし奴は成村を視界に捉えた途端に、歪な叫び声を上げて飛び掛った。

 爆発的な恐怖で絶叫する成村は、咄嗟に奴へ向けた右手から半分無意識に構築した火魔術を撃ち放った。

 咄嗟の構築とは思えぬ大型の火球が魔物の顔面に直撃し、その肉体を容赦なく吹き飛ばす。


「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」


 真っ青な顔で呼吸する成村。

 震えた足で何とか立ち上がり、涙を脱ぐって再び走り出した。

 階段を全速力で駆け下り、廊下を抜けて中庭に飛び出す。

 走りながら、頭の中はパニックで限界だ。城中の至る所に使用人や兵士の死体が転がっている。争われた痕跡と、今も血肉を喰らい続ける魔獣魔物の姿。

 頭がどうにかなりそうだった。


 ――夢だっ……こんなのっ……ゆめだっ、夢に決まってるっ……みんなっ、愛風ちゃんッ。


 親友の名前を心の中で叫びながら走り続けていると、城の裏手から大きな爆発音が響いた。

 まさかとは思ったが、成村の足は自然とそちらへ向いていた。

 向かった先で、足を止め、その光景を前に思わず叫んだ。


「愛風ちゃん……!!」


 彼女が駆け寄った先には、ボロボロの姿となり地面に横たわる星野がいた。息はある、が酷い状態だ。

 さらにそのすぐ近くには負傷した一神、桐山、アリスまでもが気を失い倒れている。


「ほう、まだ生き残りがいたとはな」


 声が聞こえて視線を向けると、奴らはそこにいた。

 一人は灰色の頭髪の男、もう一人は青髪の男。いずれも頭部から悪魔の様に捻れた角を生やしている。

 そして男達からみんなを守るように剣を構え立ち塞がる、鎧を纏った女騎士が一人。

 成村は直感した。間違いない、彼らが魔人族であると。

 そしてこの騎士の女性には幾度か見覚えがあった。確かベルザムの部隊に所属する騎士のひとりだったはずだ。状況を察するに、彼女が身を呈して星野や一神たちを魔人族の手から守ってくれていたのだろう。


 灰色髪の魔人クオレスとその仲間、青髪の魔人ハデル。彼らは王都内の兵士や騎士を手玉に取り、フェルマニスの防衛体制を難なく突破。更に東方街道の平原より大量の魔獣魔物を進軍させ、フェルマニア城の戦力を大きく分散させた。

 彼らが狙う目的は勇者――その剣にあった。


 クオレスが口元を釣りあげ嘲笑う。


「しかし……人間族の勇者達がこれほど軟弱とはな。随分と期待はずれだったな」

「貴様ぁ……!」


 女性騎士が叫んだ。

 彼女の名はイルファ。王華剣舞隊に所属する王家直属の近衛騎士隊のひとり。その近くで既に戦闘不能に陥っている巨漢の名はブレイグ。同じく王華剣舞隊所属の先輩騎士であった。

 先輩がやられ、手負いとなった勇者とアリスを背後にかばい、既に自身すらも満身創痍。いくらイルファが秀才と呼ばれる騎士であろうと、この状況を打破することは至難の業であった。

 イルファは思う。


 ――くそ、私がもっと警戒していれば……アリス様の御身に傷を負わせるなんて……近衛騎士失格だわ。……でも今は嘆いてる場合じゃない。この状況をどうにかしなければ……。


 イルファは隣を見る。

 怯えた目つきで星野の傍に寄り添う成村。彼女は確か訓練中に起こった襲撃事件以来、訓練には一切参加していない。それに有望株の勇者イチガミでさえ倒れているのだ。彼女が戦闘に加わったところで大した戦力にはならないのは目に見えてる。むしろ足を引っ張られるのはごめんだった。

 続いてイルファは目の前の魔人族二人を睨みつける。

 青髪の魔人はおそらくグランドナイト級、おそらくイルファとの戦闘力に大した差は無い。しかし灰色髪の魔人は明らかに格上だ。パラディン級と見ていい。それに奴の奇妙な術が厄介極まりない。戦力差は絶望的。


 ――こうなれば……。


 イルファは視線を変えず、小声で語りかけた。


「ナリムラ様、私があの魔人二人を抑えます。その間に皆様をつれて城内へ隠れてください」

「へ……そ、そんなの……む、むりです」


 予想外の返答にイルファは驚き、思わず振り向いた。この期に及んで、無理だなんて。


「お、お願いしますっ。時間がありません。せめてアリス王女だけでも……」

「で、でも……」


 怯える彼女に、イルファは困惑と苛立ちを顕にした。


「ああもうっ!そんなこと言ってる場合じゃ――」


 殺気を感じ、イルファすぐさま振り向き剣を返した。

 鋭い金属音が鳴り響く。

 正面からの唐突な斬込み。青髪の魔人ハデルが二刀の刃で斬りかかってきたのだ。


「くっ……!」


 その力強い衝撃を、なんとか剣で受け切るイルファ。


「貴様が一番邪魔だ。ここで大人しく死ね」

「行ってくださいっ!!」


 叫ぶイルファ。しか成村は動こうとしない。


「くそっ……!」


 競り合いの中で、男の剣が青白い雷光を放った。


 ――属性付与……!?


 手元から伝う強烈な電撃がイルファを襲う。


 ――体が痺れて動かないッ、斬られるッ。


 そう悟ったイルファは全身からマナを放出した。

 その衝撃波を即座に見切り、ハデルが後方へと飛び退き回避する。


「はぁ……はぁ……」


 剣を地面に突き立て、肩で息をするイルファ。

 致命傷は避けた。だがダメージは大きい。それに次もまた凌ぎ切れるかはわからない。


 ――せめて……アリス様だけでも。


 そう思ったとき、背後で気を失っていたハズの一神が、ゆっくりと立ちあがた。


「イチガミ、様……」


 その姿に思わずイルファは目を見開き、驚いた。

 立てるはずなどない。そう思う。もしも自分が彼の立場だったのなら、戦意も意識も失っているに違いない。

 立ち上がった彼の体は全身から血が溢れ、腹には内蔵を貫通するほどの刺傷が深く残っている。


「……っ……はぁ……」


 一神は呼吸を乱しながらも、揺るがぬ信念をその瞳に宿していた。


「イルファさん……みんなを、安全な場所へ……」


 たった一言、それだけ口にした一神が一歩踏み出した。


「む、むちゃっすよ!その傷で戦えるはずないっ!」


 イルファが叫ぶが、一神は聞く耳を持たず折れた剣を拾い上げる。

 彼の意識を支え繋ぎ止めるのは、解き放たれた一神の天恵〈覚醒〉であった。肉体的、精神的窮地に陥った際にのみ、一時的に彼のマナ出力と肉体強度が大幅な強化を受ける。


「う……ぉおお!」


 剣を握り飛び出した一神の身体が悲鳴をあげた。

 天恵により本来の肉体強度を超えて強化された体は、その力を完全に受け切ることが出来ない。それは一神自身も理解している。長くは持たない。ここで倒しきる。

 強化された肉体から生み出されるスピードとパワーは、既にパラディンナイトにすら匹敵する領域へと踏み込んでいた。

 しかし、


「……っ!?」


 突如前方の空間に生じた亀裂。

 そこから飛び出したのは緑鱗を持つワイバーンだった。

 咄嗟に一神は右手に握る折れた剣で、強力なマナブレイドをワイバーンの頭部に叩きつけた。

 折れた刃とて、騎士の奥義。その一撃はワイバーンの鱗を貫通し、弾けるマナがその肉体に致命的な破壊を齎した。

 しかし一神のマナに耐えきれず、折れた鉄剣はその場で崩れ去る。

 さらにその拍子を狙い既に接近していたハデルが、雷光を帯びた二刀剣を振りかざす。


「がはっ――」


 電撃を纏いし斬撃が一神の腹部をクロス状に斬り裂いた。

 血を撒き散らしながら地面に転がる一神。

 マナ出力の向上によって両断は退けたが、もはや立ち上がれる怪我ではない。


「ぐ……ぁ……」


 痛みと苦しみに悶える一神。

 それを見下ろす灰色髪の魔人クオレスは、怪訝な顔で首を傾げた。


「なぜ聖剣を使わない。貴様が持っているのだろう。はやく見せてみろ、伝説の聖剣とやらを」

「ク…………そぉ……」


 それでも一神は立ち上がろうと体を震わせている。

 するとハデルが苛立った様子でクオレスに問いかけた。


「おいクオレス、どうして他の連中にトドメを刺さない。その小僧だけ生きていれば問題ないだろ」

「ふん……」


 少し考えた様子のクオレス。

 すると、


「いいだろう、他の連中は殺してもかまわん」

「ははっ」


 ハデルが狂気を孕んだ顔で笑う。

 再びクオレスが冷徹な視線を向け忠告した。


「小僧、これより貴様の仲間を皆殺しにする。守りたいのならば、せいぜい抗うことだな」


 その瞬間、クオレスの背後の空間に亀裂が走る。

 そうしてクオレスが両手をゆっくりと翳すと、空間が割れるようにこじ開けられ、中から這い出るように二体の魔獣が現れた。

 その体は背中から翼の生えた大型の獅子。爪を石畳にめり込ませ、牙を広げ唸る姿にイルファや成村の顔には絶望が浮かぶ。


 イルファや他の騎士たちを散々と苦しめたのは、クオレスによる魔獣の召喚である。

 英雄と呼ばれし魔人族を束ねる七人の統率者――悪魔の剣(デモンズナイト)。彼がそのひとり、クオレス・テレバンスである。彼は自身の天恵〈亜空開門〉によって空間を自在に操る。その特異な能力は魔人族の中でも特に秀でたものであった。

 彼が開いた亜空のゲートは空間に亀裂をもたらし、任意の空間同士を繋ぎ合わせる。城を襲った魔物達も、同様に彼が天恵により呼び出したものだった。

 両手を広げてクオレスが煽る。


「さあ、どうする勇者。その満身創痍で後ろの連中を庇い切れるかな」

「……、」


 一神の中には迷いがあった。

 勇者一神は切り札となる聖剣の召喚を残している。しかし彼は未だ一度たりとも、聖剣の召喚に成功したことがない。召喚を行うには自身の莫大なマナを消費する必要がある。だが仮にまた聖剣召喚が不発に終われば、一神には後がない。


「はぁ……はぁ……」


 呼吸が乱れる。

 頭が判然としない。

 気が遠くなるようだ。

 不安定な意識の中で、色味のない病室でこっちを見て笑う女性の姿が記憶の彼方に浮かんだ。


 ――母……さん……。


 冷房で乾いた空気。ちょっとだけじめついた肌。遠くで聴こえる蝉の声。


「母さん……僕、諦めないよ」


 聖剣召喚に失敗すれば後がない。けれどそれは、今この状況とて同じこと。

 血を吐きながら、それでも一神は体を引きずるように立ち上がった。


 ――迷うな。信じろ。みんなを守るんだ……もう誰も死なせない。そう、誓っただろ……!


 一神が右手を掲げた。


「来い、聖剣」


 眩い光を放ち、三百二十六年ぶりにその剣は顕現を果たす。


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