56.剣武大会本戦
石造りの巨大な円形闘技場は、街のどこからでも見えるほどに聳え立っていた。
外壁は幾重ものアーチで支えられ、長い年月に削られた白い石が、陽光を浴びて鈍く輝いている。
その一つ一つの入口から、人々が波のように流れ込んでいた。
観客の声は、まるで生き物の鼓動のように外にまで溢れている。
石段状の観客席は円を描くように何層にも重なり、上層へ行くほどに空へ近づく。
そして会場の中央には広大な円形の砂地、闘技場アリーナがある。踏み固められた黄土色の地面には、過去の戦いで染み込んだ赤黒い痕が消えきらず残っている。
乾いた砂の上を風が撫でるたび、細かな粒が舞い上がり、血と砂埃の匂いを微かに運んでくる。
アリーナの周囲には、鉄格子の門がいくつも並んでいる。
その奥は暗い通路。普段はそこから戦士やら魔獣やらが送り込まれるのだ。
突然、重い角笛が鳴り響いた。
空気が震え、観客のざわめきが一瞬で引き締まる。
中央の高台に立つ、髭を生やした進行役がゆっくりと腕を広げた。
「紳士淑女の皆様、大変長らくお待たせしました」
人口魔道具の拡声器を片手に、進行役が闘技場の中心にて言葉を発したその瞬間、人々のざわめきが強まる。
「今大会、司会を務めさせて頂きますは、わたくし、リカルド・ポードランでございます。只今より第百二十四回、剣武大会を開催致します!!」
その宣言と共に、観客の歓声が爆発した。数千の人間の声が一つに混ざり合い、地鳴りのように会場中に響き渡り、闘技場の中心へと落ちていく。
トーナメント参加者は全十六名。予選をくぐり抜けた選りすぐりの強者達が無作為に選出され、剣を混じえる。
魔術及び神聖術の使用は不可。それぞれが用意した武具を使用し、卓越した技術と力を競い合う。予選時と同様、どちらかが戦闘不能に陥るか、負けを認めた時点で勝敗は決する。ただ唯一予選とは違う点、それは対戦相手の生死を問わないこと。
一戦目は血みどろの戦いだった。
玄人同士の殺し合い。その熱狂は悍ましく渦を巻く。
屈強な戦士同士が血肉削り合いの果て、ガーボン・デドルゲスの辛勝。
続く二戦目は猛獣のガランバルド対カーディアの功拳術使いユンジェ・シェドルフス。拮抗した試合が予想されたが、ユンジェ・シェドルフスの巧みな功拳術は披露される間もなく瞬殺。ガランバルドの完勝であった。
そして三戦目。いよいよユウの出番だった。
予選試合はストレート通過。無作為選出により今大会三戦目の出場選手に選ばれていた。
「続いてリングに上がるのはこの男……!その素顔は……誰も知らないっ……予選では波来る猛者を全て一撃で倒した、正体不明の暗殺者……!レイィィィンッ!!!」
大会出場名は「レイン」。まさか城内関係者が見ているかもしれないこんな場所で本名は使えない。同じ理由で深く被った認識阻害の外套も脱ぐことは出来ない。
だが、
「ゆーーくーーーーん!!」
観客席の最前列から、一際目立つ金髪美少女がレインの本名を叫び散らしている。
ユウは観客席から大手を振って大援しているアルテを横目に「あんにゃろ……」と小声で呟いた。
しかしそんな彼女の声すらただの喧騒の一つに過ぎない。
「続いて紹介するのはこの男だ……!」
進行役の男は周囲の雑音など気にもとめないで続ける。
「その矛に穿てぬものは無い……カーディア帝国からの刺客、神速の槍使いマルコォォス!!」
闘技場のど真ん中で合間見えた対戦相手の男は、青白い槍を構えていた。
紹介の通り本当に槍使いなのだろう。体内から溢れ出るマナからも、彼が決して弱者でないことがわかる。
「始めぇえ!!」
開始のゴングが鳴る。
決着は刹那であった。
ユウの常軌を逸した踏み込み、刀身に込められたマナ強化、円剣による弧を描く斬撃が有無を言わさず槍ごとマルコスの身体を両断した。
誰もが口を開けて、その瞬間を傍観した。瞬きの合間の瞬殺劇に、会場は凍りついた様に静寂に呑まれた。
ユウは血の着いた剣を振り払い鞘に収める。
人ひとりを殺しておいて悪びれるどころか、ただ冷徹な目付きで薄ら笑みを浮かべ、その屍に対して背を向けた。
――殺していいなら話が早くて助かる……。
ユウが闘技場を後にすると、遅れて湧き上がった歓声が爆発する。
「な、何という瞬殺劇だぁああ!!マルコス死亡!勝者レインッ!!」
大歓声の中ただ一人、アルテだけは彼の背を不安げな表情で見つめていた。
その後、ユウは同様の内容で第二回戦を難なく突破し、続く準決勝に駒を進めた。
――
「よお、待ってたぜ」
準決勝。闘技場に踏み入るなり、対戦相手のガランバルドにそう言われた。
怪訝そうに首を傾げるユウを前に、ガランバルドはゲラゲラと笑った。
「そんなちんけな魔道具で隠せると思ったか?生憎と俺は鼻が利くんだぜ……黒剣のユウ」
「……っ」
ガランバルドに名前を呼ばれてピンと来た。早速奴に認識阻害を見破れたようだった。
ユウは思う。
――この外套……全然意味ねえじゃねえか。ちっ、シャルの野郎……。
「そのダサい呼び名は何だよ」
「お前のことは調べたぜ。漆黒の剣使い、C級のユウだろ。カイン達に取り入ってランクを上げてる様だなこのインチキ野郎」
どうやら知らぬところで変な噂が立ってるらしい。
「お前にはあの時の借りがある……ここできっちりその礼をさせて貰うぜ」
ガランバルドが両腕をクロスすると、鋭い爪が仕込みナイフの様に長く伸びる。
いきなり来た。
二足歩行の駆け出しから、突如として四足歩行に切り替わる。
素早く跳ねるような獣の動き。
そこから繰り出される、双爪。
四方八方から襲い来る攻撃をユウの黒剣が連続的に弾く。
――思ったよりスピードがある。爪も鋭く硬い。マナで限界まで強化してるのか……。
「ふはははッ!俺様のスピードについてこれねえだろ!」
ガランバルドの猛攻が徐々に加速していく。
そして。
「これで終わッ――!?」
その時、ガランバルドの本能がそれを感じ取った。彼の内に潜む悍ましい殺意の塊を。
すぐさまガランバルドは素早いバックステップで身を引き、ユウの剣の間合いから離脱した。
「……っ、」
ガランバルドは震えていた。身体の芯からじわじわと迫る恐怖。
顔もよく見えない。マナも殆ど感じられない。それだと言うのに、まるでドラゴンにでも睨まれている様な錯覚に陥る。
勝てない。
頭の奥から零れそうになる言葉を、ガランバルドは懸命に飲み込んだ。
「な、舐めるな……俺はガルダンの戦士だぞ……!」
ガランバルドのマナが大きく膨らむ。
まさか、とユウは思う。
このマナの波長を、ユウは目にしたことがあったのだ。
「精霊召喚ッ……!来いッ……グラニティス!!」
それは、突如として現れた。
地鳴りと共に地面から出現した巨大な砂岩の巨人。体高約三十メートル。その巨人に下半身は無く、地面から生え出た上半身のみでその巨体。
巨人が動く度に岩の肉体の節々から砂がぱらぱらと落ちる。
実況が興奮した様子で叫んだ。
「な、ななな何と言うことだぁ!?突如謎の精霊が現れたぁ!?」
ユウは進行役に剣を向けて抗議する。
「おい、あれは反則じゃねーのかよ」
「剣武大会は魔術の使用は禁止ですが、精霊術は対象外です!失格とはみなされません!」
「んだよそれ……」
「ハハハハッ!!精霊を見るのは初めてな様だな……!本当は決勝まで温存したかったが仕方がねえ!潰れちまいな!」
ガランバルドが指先をユウへ向けると、砂岩の巨人はその巨大な腕を振り上げた。
ユウの脳裏に、あの鮮烈な光景が蘇る。
勇者を狙う傭兵集団とベルザムが戦ったあの時、精霊の強さをまじまじとその目で見た。
精霊とは強大なマナをもつ生物が死したのち、魂のみが留まり霊体となった姿。精霊召喚はその死した魂を契約により呼び止め使役する精霊術の一種。並の人間では精霊と契約すら出来ないはず。つまりこの男は並外れ、ということになるのか。
頭の奥にベルザムの言葉が蘇る。
『余程の力量差がない限り、精霊を持たない相手にはほぼ必勝と言ってもいい。それほどに強力な技だと理解してくれ』
彼に精霊について教わった時、お前達にはまだ早い。あの時はそう言われて、それっきりだった。精霊召喚への対抗策は、教わっていない。
巨大な岩の腕が大地を砕き散らす。
後方へ飛び避けたユウだったが、背後に迫る高い壁が気に触る。
この限られた範囲内で、あの巨体は厄介極まりない。
その上、
「ははっ!!」
精霊の加護により更なる加速を得たガランバルドが左サイドから襲い来る。
同時に右手側から巨人のフルスイングがユウの行く手を阻んだ。
両側からの挟み撃ち。
「チッ」
回避が困難と判断したユウは、その場から上空へ高く飛び上がった。
観客席から驚嘆の声が上がる。
「バカが!自ら逃げ道を断つとはな!終わりだぜ!」
落下を始めたユウの身体を狙い、巨人が拳を突き出した。
「マナブレイド」
ユウの黒剣が光を帯びる。
空中で身体を翻し、スレスレで巨人の殴打を回避。
落下の力を乗せて剣を振るう。
輝く斬撃が巨人の腕を容易に切断、更に伸びた剣撃は巨人の胴体をも斬り裂いた。
巨人の巨体が爆ぜるように大きく崩れる。
そして続け様、
「マナブラスト」
強力なマナ放出が砂岩の巨人を瓦礫のように吹き飛ばす。
「バ、バカな……!?」
驚愕を口にしたガランバルドは、目前に差し迫ったユウの一撃に対応しきれなかった。
青白く輝く剣閃が、咄嗟に突き出したガランバルドの爪を粉砕、その両腕を切断した。
闘技場に悲痛な叫びが響き渡った。しかし対照的に観客の熱は跳ね上がり、大歓声が巻き起こる。
「すげえ!何だ今の……!速すぎて見えなかったぞ!?」
「今だ!やれぇ!」
「殺せぇ!」
聞くに絶えない野次が飛びまわる。
両腕を失ったガランバルドは既に戦意喪失し、怯えた目でユウを見ていた。
「ま、参った……降参だ……」
しかしユウは冷徹な瞳をガランバルドへと向け、ゆっくりと歩み寄った。
その不気味さすら感じられる殺気に、会場中の空気がゾッと張り詰める。
怯えたガランバルドが震えた声で叫ぶ。
「ま、まてっ……!降参だって言ってるだろッ!よせっ、やめッ――」
ユウは剣を止めなかった。
ガランバルドの頭が綺麗に両断される。
悲鳴が混ざる、大きな歓声が会場を埋めつくした。
「しょ、勝者……レインッ!」
司会進行役が手を挙げて叫んだ。
「し、信じられません……!なんとあのS級傭兵、猛獣のガランバルドをあっさり撃破!精霊すら意に介さない……漆黒の暗殺者レイン!その実力はもはや規格外の領域だァァ!!」
興奮した進行役を他所に、ユウは闘技場に背を向けて口元を釣り上げた。
――あと一勝で金貨百枚……楽勝だぜ。




