55.王都建国祭
その日、王都はいつもの街ではなかった。
石造りの大通りには色とりどりの旗が張り巡らされ、建物の窓という窓には花や布飾りが垂れ下がっている。
赤、青、金――王国の紋章を象った旗が、風を受けて誇らしげに翻っていた。
通りには、人、人、人。
着飾った住人、地方や他国から訪れた旅人、はしゃぎ回る子どもたち。普段は淑やかで美しい王都が、今だけは一つの巨大な祭りの中に飲み込まれている。
露店が隙間なく並び、職人がその場で細工を見せ、大道芸人が火を吹き、楽師たちが弦を鳴らし、太鼓が軽快なリズムを刻んでいる。
笑い声に歌声に歓声に、音は一向に途切れない。
さらに甘い空気が漂よう。
焼き菓子の香り、香辛料を効かせた肉の匂い、果実酒の芳醇な香りが混ざり合い、歩くだけで視線も思考も右往左往。隣を歩くアルテの笑顔はとびっきりに輝いていた。
偶然通りかかった中央広場では、特設の舞台が組まれていた。
王国の建国神話とフェルマニアに伝わる勇者の伝承を題材にした劇だ。白い装束を纏った役者が初代王を演じ、黄金の冠を掲げると、観客から大きな歓声が上がった。
釣られたアルテが足を止め、嬉しそうに拍手に混ざる。
紙吹雪のように花びらが舞い、子どもたちがそれを追いかけてすぐそこを走り抜けてった。
ユウは溜息をひとつ、そして空を見上げた。
王都フェルマニスは今、平和そのものだった。祭は大いに盛り上がり、今日だけは誰もが日常を忘れ王国の誕生を祝い、今この瞬間を楽しんでいる。
王都建国祭。それは年に一度、王都が最も輝く日だ。故に、最も隙ができる時でもある。
街中の賑わいの裏で、密かにことは起こっていた。
*
高い天井を支える石柱の間に、重い沈黙が落ちていた。
赤い絨毯の先、玉座に座す国王バハマドは肘掛けに手を置いたまま、微動だにしない。
その前に跪くは、フェルマニア王国マスターナイト――ベルザム・バルカス・グラジエートであった。
「……申し上げます」
低く、しかしはっきりとした声が響く。
「東方辺境より魔獣、魔物の大群が進行中。その数、凡そ数万規模」
玉座の間に、わずかなざわめきが走る。
だが王は、眉一つ動かさなかった。
「進行速度は」
「異常――通常の倍以上の速度で接近しております。明らかに統率された動き……何者かの指揮下にある可能性が高いかと」
その言葉に、側近たちの顔色が変わる。魔獣も魔物も本来、群れはしても軍にはならない。それが意味するものは一つだった。
「各方面への伝令は」
王の声は未だ静かだった。
「すでにヤードを発しております。北方辺境、西方諸侯、南方守備軍、並びにラルクカサ魔導師団へも援軍を要請」
「到着見込みは」
ベルザムは一瞬、言葉を詰まらせた。
「……最短でも、三日」
沈黙。
誰も口を開かない。
ベルザムは絨毯に視線を落としたまま続ける。
「ですが敵の進行速度を鑑みるに」
ベルザムの喉がわずかに鳴る。
「王都への到達は、それよりも早いかと」
沈黙が重くのしかかり、燭台の炎が揺れた。
「つまり……」
国王がゆっくりと口を開く。
「我らは、援軍を待たずして迎え撃たねばならぬ、と」
「はっ」
短く、強い返答だった。
「現在、動員可能な戦力は」
「王都駐留のフェルマニア騎士団、約千。加えて各貴族の私兵を集めて……二千が限度かと」
「敵はそれ以上、か」
「……はい」
王は静かに目を閉じた。ほんの数秒だった。
王は目を見開いて、迷いなく告げた。
「よい」
その一言で、空気が変わる。
「これより箝口令を敷く。王都の民にこの事実は一切悟らせるな。混乱が広がれば守るものも守れぬ」
国王はベルザムを睨みつけるかの様に言った。
「フェルマニアの剣、ベルザムよ。逃げることは許さぬぞ。この地は、我らが築き上げた王都である」
玉座に座したまま、しかし確かな威圧をもって言い放つ。
「民を、国を、全てを守るため共に剣を取れ。それが王であり、騎士であろう」
「はっ!」
ベルザムは深く頭を垂れた。
そんな時だった。
謁見の間の大扉が悲鳴をあげて開いた。
ぞろぞろと王の前へと現れたのは、なんと異国の騎士集団。
「うぬらは……」
彼らを前に驚いた顔でバハマドが呟く。
彼らの先頭に立つ騎士、ガレオンが豪快な笑い声で室内の空気を切り裂いた。
「がはははっ!フェルマニア王よ!話は聞き及んだ!何故我々に協力を要請せぬのだ!」
ガレオンの態度を横目に、雷神ルキウスは溜息を零した。
彼らは言わば同盟国の使者、客人なのだ。偶然にもこの局面に居合わせたからと言って、他国のマスターナイトを自国の自衛戦争に巻き込むことなど国王とて容易ではない。そんなこと理解っているはずだろうにと、ルキウスは呆れていた。
しかしルキウスやガレオンもこの期をみすみす逃すわけにもいかなかった。同盟国の窮地を救う絶好の機会。成功すれば外交的には最高のカードを手に出来る。むしろフェルマニアを見捨てて自国へ帰れば、それこそ周囲に何を言われるかわからない。
ルキウスは頭は垂れず、軽くお辞儀して慎んだ。
「フェルマニア王……此度の件、我々が助力致しましょう」
「……なんと、あの雷神が援軍とはありがたい話だ。しかしラブニ王には」
「我が王へは先程この件に関してヤードを飛ばしております故、お気になさらず」
「がっはははっ!俺もまあ大丈夫だ!我が王はきっとお許しになるだろう!何せ……貴国は我がガルダンの同盟国だからな!」
「ほう……左様か」
ルキウスとガレオンの言葉を聞き、国王バハマドはニヤリと口元を上げた。
「よかろう……ならばその天地の力、有難く借り受けようではないか」
国王が勢いよく立ち上がり、マントを翻した。
「全軍に通達せよ。これより、王都防衛戦を開始する」




