54.剣武大会予選
剣武大会の予選が行われるのは街外れの簡易闘技場だった。泥土の空き地に木柵で囲ったちんけな即席のリングが四箇所。ここで勝てば本戦への出場権が与えられる。
ユウは認識阻害の外套を羽織り、フードをきゅっと深く被り直す。
すると隣にいたアルテが不思議そうに唸る。
「お〜やっぱりそれ、被ると顔がわかんないや」
この外套の効果は認識阻害。周囲の人間は使用者の顔を認識、記憶する行為が不可能となる。アルテ曰く、顔をよーく覗き込んでも、当たり障りのない有象無象の顔にしか見えないらしい。
ユウはアルテを横に引き連れて、闘技場受付の兵士に話しかけた。
「あいよ、参加希望ね。ルールはわかってるな。魔術や神聖術の類は禁止だが、武器は何を使ってもいい。勝敗はどちらかが戦闘不能に陥るか、もしくは降参した時点で試合終了だ。ただし殺すなよ。殺したら即失格と見なす。わかったか?わかったならこの同意書にサインしてくれ」
受付の男はボロっちい羊皮紙と羽根ペンを差し出した。
顔を隠したユウを前にしても、受付の男は眉ひとつ顰めない。周囲にはユウと似たようにマスクや布で顔を隠してる奴なんてごろごろいる。この程度で目立つはずもなかった。
「あんたは三十二番だ。呼ばれるまでその辺で待機しててくれ」
ユウが三十二と書かれた木の札を受け取り、丁度一番近い闘技場の前を通りかかった時だった。
「お〜」と歓声があがった。
釣られたように歩み寄ると、そこには試合中の二人の男の姿があった。
右手側の男は金髪のスカした男。そしてもう片方はボサついた茶髪の寝惚けた顔のおっさんだった。金髪の男はロングソードを手元で器用にくるくると回す。
対する茶髪のおっさんは眠たそうに「ふぁ〜」と大あくびをかました。
次の瞬間、金髪の剣士が飛びつく様に威勢よく襲いかかった。
力強い踏み込み。上段からの振り下ろし。大振りだが、スピードとパワーは悪くない。そこにマナ強化が乗った力強い一撃だった。
対するおっさん剣士は未だに剣を腰に差したまま、寝ぼけ眼で棒立ち状態。今から抜いたのでは絶対に間に合わない。
死ぬ――その一部始終を目撃した誰もがそう思った。
当たれば即死。運良く刀身の軌道が逸れる以外に生き延びるすべはない。
そのはずだった。
劈くような歪な金属音が響き渡る。
鈍色の刀身がクルクルと宙を回り、落ちた先で地に突き刺さった。
それとほぼ同時に、剣を振り上げていた金髪の剣士が糸が切れたように倒れ込む。完全に気を失っていた。
「そこまで。勝者十八番」
歓声が沸く。
そんな中、ユウは地に刺さった折れた刀身に思わず目を向けた。その切断面は実に滑らかで、見事という他ない。
ユウは戦慄した。
――ありえねえ……。
ユウは確かに見た。その刹那の斬撃を。
剣は折れたのではない。あのおっさん剣士によって斬られたのだ。背筋が凍るほどの神速の抜剣が、対戦相手の剣を滑らかに斬り裂き、普通では有り得ないタイミングと速度で背後に回り込み首に一撃。対戦相手を戦闘不能に陥れた。到底常人に為せる技では無い。
おっさんさは息切れひとつなく、澄まし顔で懐から何かを取りだし、それを徐に口に咥えた。
タバコだ。
男はタバコにオイルライターのようなもので火をつけ、やけにおっさんぽい仕草で白煙を空に向かって吐き出した。
この世界にもタバコがあるのか、なんて感心してる場合じゃない。
――何なんだこの男は……。
周囲の人間の歓声は未だ響き渡る。
「何なんださっきの!すげぇ!」
「速すぎて見えなかったよ」
「ばか、ありゃ魔術だろ。剣なんて使ってねーじゃん」
「おいおい失格じゃねーのか〜?」
野次の中に魔術を疑う声がちらほら上がっていた。あれを見抜けない奴らが何を偉そうに、とユウは思う。あの男は反則行為など一切していない。
しかしくだらない野次に乗せられた無能な兵士がひとり、男に近づいた。
「おいお前、今のは魔術か?」
男はタバコを吹かしながら眉をひん曲げる。
「はあ?魔術だぁ?俺ぁ剣しか使えねえよ。魔術なんざからっきしだ。ちっ……たく頼むぜ兵隊さんよぉ」
「い、いやしかし……」
「そいつは魔術なんて使ってねえぜ」
野太い男の声が野次馬の中から飛び込んできた。
大きな体格、虎のような黄黒の縞模様の毛並み、牙とネコ科の大きな耳。
その男を見て、ユウは思う。
――この男……あの時の……名前は確かガランバルドだったか……確かS級の傭兵。
周囲の人間もひそひそと話している。
「ガランバルドだ……」
「S級傭兵の……」
「もう既に本戦へ出場を決めたらしいぜ……おっかねえよな」
この街では彼はそれなりに名が知れてるらしい。
するとおっさん剣士がタバコを挟んだ指先をガランバルドへと向けて言った。
「おうあんた、こいつらに言ってやってくれ。俺が魔術を使ったってうるせんだ」
するとガランバルドはフッとスカして笑い、兵士を指さした。
「おいそこの審査兵、そのおっさんは魔術の類は一切使ってない。正真正銘、剣のみでその男を負かした。おっさんの勝ちだ」
「あ、ああ……わかった。あんたがそう言うなら」
ガランバルドの一言で兵士はあっさり引き下がった。
おっさん剣士がタバコを吹かしながらガランバルドに向けて軽く手を上げる。
「ありがとよそこの……なんだ、猫の旦那」
「はははっ、あんたとは本線で会えそうだ。楽しみにしてるぜ」
ガランバルドは格好つけて去ってゆく。
その背中をおっさんは見つめながら、
「楽しみ、ね……」
と呟いた。
「次、三十二番」
少し離れたところから声が聞こえた。
「ねえ、次ユウくんじゃない?」
アルテが袖を引っ張った。
「ああ、近くで待ってろ。すぐ終わらせる」
「あはっ。すごい自信」
ユウは指定された闘技場へと向かった。
対戦相手は二連勝中の筋骨隆々な巨漢。パンツ一張羅で自慢の筋肉を見せびらかしている。加えて手に持つ武器は巨大な鉄の大槌だった。生身の人間なら持ち上げることすら困難な重量に思えるが、その巨漢は大槌を体の周囲で軽々振り回し力を鼓舞する。
「うはははっ!俺様と当たっちまったのが運の尽き!死ぬなよ?俺様が失格になっちまうからなぁ!」
「始め!」
開始の合図がなる。
巨漢が躙り寄ってくる。
そんな最中、ユウは表情ひとつ変えず周囲を見渡した。この闘技場の観客は比較的多い気がする。注目されてるのは巨漢の方に違いない。
視線を泳がせた先にいた、アルテと目が合った。
アルテは小さく手を振りながらニコッと微笑み、「がんばって」と口パクする。
「試合中によそ見とはいい度胸だなぁ!」
唐突に巨漢が大槌を振り上げ飛び込んできた。
この手の脳筋タイプは大体が真正面からの大振りなのだ。わかりやすいことこの上ない。
ユウが最小限の動きで大槌をサイドに躱すと、大槌が叩きつけられた地面が木っ端微塵に爆散する。
ユウが腰の剣に手を触れた。その瞬間、先程の光景が頭を過った。
ユウは握った黒剣を素早く抜き、強化を施した斬撃で鉄の大槌の柄を狙う。
ガキンッと金属音が鳴り響き、大槌の分厚い鉄の柄が切断された。
「なにっ!?」
巨漢が驚愕し、周囲からは「おお」と驚きと歓声が上がる。
続けざま、蹴りひとつで巨漢の足を払い、仰向けに倒れたところを踏みつけ、首筋に黒剣を突きつけた。
「ま、まいった……」
巨漢は呆気なく降参を宣言した。
「勝負あり。勝者三十二番」
周囲から拍手と歓声がちらほら。
その中から「ユウ君すごい!」とアルテの嬉しそうな声が聞こえてくる。
ユウは手元の黒剣をじっと見つめ、思う。
――こんなんじゃない。今のはただ剣の斬れ味任せで斬った様なものだ。さっきの……あの男の技はもっとこう……。
ユウはなぜだか少し、心の奥で悔しさを感じていた。




