53.勇者召喚の儀
街を歩く。隣にはアルテがついてくる。
歩を進めながら、ユウは思った。
あれから更に二週間。いくら依頼をこなしても金がたまらない。ユウとしては一刻も早くこの街を出たい。これ以上この街にとどまれば、第一王女や魔人族たちに狙われるのも時間の問題に思う。
金さえあれば。
そんなとき、街の通りに設置された木製の掲示ボードに群がる人だかりが目に付いた。
「なんだろ?」
アルテが首を傾げた。
二人が人集りに近づいてみると、会話の内容が聞こえてきた。
「は〜もうすぐ剣武大会の予選か」
「今年の参加者は粒ぞろいってうわさだぜ」
「わしがあと三十歳若ければの〜」
聞こえてきた単語をアルテが口ずさむ。
「けんぶたいかい?」
確かに掲示板の広告には剣武大会とやらの参加者募集がでかでかと張り出されている。
すると近くにいたおっさんが、首を傾げるアルテを見て笑いながら言った。
「ははっ、何だ姉ちゃん。剣武大会知らねえのか?王都建国祭の恒例行事だってのに、さては田舎もんだな」
「あはは、そうなの。そのお祭りってどんななの?」
「王都建国祭。年に一回行われる、フェルマニアの建国記念と繁栄を祝う大規模な祭りだ。世界中から人も物も流れ込んできて街中が大賑わい。そりゃもうすんげえ祭りさ」
「へ〜楽しそう!」
「そこで毎年開催されんのは貴族お偉い方も参加する大オークション、水路を使った水上パレード、そしてこの剣武大会は特に人気の目玉行事さ。世界各国の名だたる騎士に傭兵、剣豪武豪が参加するコロシアムだ。それだけに用意されてる賞金は破格。なんと優勝者には金貨百枚!オマケに上位入賞者にゃ、騎士団から正式な勧誘もあるって噂だ。人生逆転を賭けて色んな強者が参加すんのさ」
おっさんはたいそう自慢げに指を立てて語った。
アルテの目が輝いている。
「ねえねえっ、金貨百枚だって!ユウ君も出場してみ……」
言いかけたところで、アルテは彼の事情を思い返す。ユウは今現在、各方面から命を狙われる身。そんな目立つこと出来るはずもない。
アルテは無理くりに発言を軌道修正した。
「あはは……な〜んて冗談」
「いや、ありだな」
「えっ?」
予想外の返答にアルテの声がひっくり返る。てっきりんなもん出るわけねーだろとか言われると思っていたから。
横目に見上げたユウの口元が釣り上がる。
――大会で優勝すれば金貨百枚。ちまちまくだらない依頼をこなすより余程手っ取り早い。
この大会には貴族や騎士団の人間も見に来るだろう。だが今のユウにはこの認識阻害の外套がある。素性を隠して参加できるかもしれない。それに賞金が手に入ればネックだった金銭問題は即解決。馬や生活物資を買い込んで、直ちにこの街を出ることができる。
掲示板に貼られた宣伝広告の紙には、予選の日付と場所が書かれてある。ここに向かえば予選に参加出来るのだろう。
ユウの表情に少しばかり覇気が戻る。
そんな彼を横目に、アルテは小さく笑った。
*
フェルマニア城主塔の地下には、儀式の間と呼ばれる部屋がある。空気の出入りすら僅かなその地下堂には、当然外の光など届かない。壁にかかったランプだけが唯一の頼りだった。
ぼんやりとした灯りが、部屋中央の床に刻まれた巨大な魔法陣を浮かび上がらせている。そしてその周囲を取り囲むように大勢の魔術師達がマナを送り込み、神官達が今も神言を唱え続けている。
儀式を初めてから、二週間が経とうとしていた。
再び執り行われた勇者召喚の儀は、間もなく佳境に入る。必要となる贄は百を超える人の血肉と魂。加えて膨大なマナと祈りが捧げられる。これら全てが揃い噛み合ったその時、勇者はこの地に舞い降りる。
その日の儀式参加者は魔術師と神官だけではない。四大国の主要人とマスターナイト、そして第二の聖女リリシアが静かにその時を待っていた。
魔法陣の輝きがより強く鮮明になってゆく。
「そろそろですな。贄を準備せよ」
儀式の指揮を執るカーディアの騎士ロンダートが指示を出すと、上階へ続く階段から兵士達によって連れられた人々がぞろぞろと降りてくる。
その贄達はまるで囚人の様に手枷を嵌められ、薄汚い布で目隠しされている。
「彼らを法陣の中へ」
魔法陣の中へと百人近い人間が押し込まれていく。
そんな最中、部屋の隅で誰かの話し声がひそひそと鳴った。
「僅か数日でこれほどの贄をどうやって集めたのだ」
「なに、奴隷なり囚人なりを掻き集めたのだろう。きっとフェルマニアにも極秘のルートがあるのさ」
「聖女アリスはどうなされた」
「この現実に耐えかねて席を外したそうな」
「なんと無責任な……それで聖女とは笑わせる。贄の献上などお得意の家業だろうに……」
「おい、声が大きいぞ。王家の秘め事に触れる」
「ふむ……この面々ですら、秘め事を知らぬ者もおるか」
「しかし聖天の四騎士に加え第二の勇者の召喚まで行うとは、その悪魔とやらは一体どれほどの脅威というのだ」
各国の主要人達が好き勝手に話す中、ガレオンは腕組みをして言った。
「ルキウスよ。お主はどう見る、今回の件」
隣にいたルキウスが視線を変えずに言葉を返す。
「何の話だ」
「第二の聖女、魔王と悪魔、おまけに第二の勇者……こうも一気にことが動いたのだ。何か思うところがあるだろう」
「どうもない。此度の勇者召喚の儀に立ち会えたのだ。光栄に思うばかりだ」
「がははっ、そんな殊勝なやつじゃあるまいて。綺麗事はよせ。本当は悪魔やら勇者やらと一戦交えてみたいのだろう」
「……貴様こそどうなのだ」
「ふむ……女神様は随分と焦っておられるようだな。ここまでする価値が本当にその悪魔とやらにあるのか、甚だ疑問ではある」
「やりすぎだと?」
「ルキウス、お前がいれば魔王だろうと悪魔だろうと問題にならんだろう。勇者など必要ないと思うのだがな」
「それを決めるのは私では無く、女神だ」
二人の話の最中、前へ踏み出た聖女リリシアが透き通るような声で言った。
「ロンダート卿、儀式を行うには生きた贄を法陣内にて殺害する必要があります。法陣外で死んだ者の魂は抑留できません。お気をつけて」
ロンダートが頷く。
聖女が最後の祈りを始めた。
するとフェルマニアの大臣バーバムが、キョロキョロと辺りを見渡した。
「か、介錯人はどこに?」
ロンダートは腰に差す長剣を音を立て引き抜き言った。
「必要ない。私がやろう」
その直後、長剣が眩く輝き、音すら置き去る剣閃が弧を描いた。
次の瞬間、戸惑う贄達の身体が破裂するかの如く真っ二つに両断された。
悲鳴をあげる間もない早業であった。
大量の血潮は吹き荒れ、血肉がボトボトとその場に崩れ落ちる。
「ひ、一太刀で……」
「なんと洗練されたマナだ……」
驚愕を口にする各国の主要人たちを他所に、ロンダートは剣を一振したあと鞘に戻した。
カチンと剣が鳴る。
その瞬間、巨大な魔法陣が強烈な光を放ち始めた。
その場に散乱した血肉から骨に至るまでが、まるで魔法陣に吸い取られるかのように見る間に消失していく。
それを目撃した者共の感嘆の声が響く。
「来る……」
聖女が呟いた。
次の瞬間、部屋を包み込んだ眩い光が絶頂を迎え、やがて静寂の中へと消え失せた。
彼らが眩んだその目を懲らすと、魔法陣の中心に彼はいた。
茶金に染めた頭髪、攻撃的な目付き、ダボッとしたパーカーを羽織った齢二十にも満たない青年だった。
「え、は……なに……?」
青年は酷く戸惑った様子で彼らを見ている。
ロンダートが言った。
「此度の勇者はひとりだけか」
「な、なになに、何なんだよここ……」
「おい貴様、我々の言葉はわかるか」
「あ?わから……いや、わかるな。てかなに、あんたらその格好……てかここどこ?何これマジで……ドッキリ?」
未だ戸惑う青年に、ロンダートは現在の状況を話した。
「ふ〜んつまりあれだ。俺はこの世界に召喚された勇者で、その悪魔ってやつを倒すために俺に協力しろってことか」
「ああそうだ」
すると青年は口元を釣り上げて笑った。
「ははっ……ははははっ!すげーじゃん。マジでパネェ状況すぎんだろ!こんな夢みたいな話が現実とはなぁ信じらんねぇぜ!」
「おい、協力する気はあるのか」
痺れを切らしたロンダートが少し強い口調で尋ねた。
すると青年はヘラヘラした態度で彼らを嘲笑した。
「う〜んなんだろ、違ぇんだよな〜。お前らは俺に助けてもらう立場だろ?だったらそれ相応の誠意ってもんを見せろよ」
「なんだと?」
「お前らにただこき使われんのも癪なんだよ。報酬をよこせっつってんの」
「ほう、何を望む」
「金、女、うまい飯に酒。俺が欲しいっつったら全部よこせ。もし俺に逆らう場合は、その悪魔側につく」
室内がどよめいた。「何とふてぶてしい……本当にこれが勇者か……」と誰かの声が聞こえてくる。
しかしロンダートは動じず、冷静な口調で返した。
「貴様はたった今召喚されたばかりだ。勇者といえど、我々を全員相手に出来るなどと思っているのか」
「ははっ、なんだよやんの?」
そのニヤけ面がロンダートを睨んだ。
その瞬間、青年の手元に蒼の剣が顕現する。
ロンダートの顔色が変わる。
「ふはっ、何か知んねえけど……使い方がわかんだよね〜」
青年は召喚されたばかりのこの段階から、まるで手足を動かすかの様にマナや聖剣の扱い方を理解していた。
「これが……聖剣……」
ロンダートが呟く。
薄い翡翠色の刀身が放つ異様な気配を誰もが感じ取っていた。
そんな中、青年がニヤけ面のまま、
「――っ!」
剣を振るった。
刀身の軌跡に沿って暴風と共に無数の風刃が放たれる。
その突風は狭い地下堂を一瞬にして覆い尽くす。
「うはははははっすげえッ!」
しかし暴風と斬撃を退けたのは、突如現れた巨大な岩の壁だった。その岩壁が聖剣による風刃を防ぎきった様だった。
岩壁がボロボロと崩れ落ち、無傷の彼らが再び姿を現した。しかし力を持たぬ各国の大臣達は酷く脅えを見せている。
「はははっすげえ〜それ魔法ってやつ?岩で覆って防いだのか!」
子供みたいにはしゃぐ勇者。そんな彼の前に歩み寄るのはガルダン王国のマスター、ガレオンであった。
「小僧、少しばかりやり過ぎだな。このままでは痛い目を見てもらうことになるぞ」
「へ〜あんた強いだろ。何となくわかる。でも多分だけど、俺あんたに勝てるよ」
「ほほ〜う、言うではないか。では見せてみよ……勇者の力とやらを……!」
「ははっいいぜ!ちょうどこの力を試してみたかったところだ」
テンションが上がった様子で、勇者が地面に剣を突き立てた。
そのマナの起こりに誰もが背筋を凍らせた。
「精霊召喚……来い!レオルがあッッッ――!?」
唐突だった。
突如ガレオンの背後から目視すら不可能な超速の雷が伸び、勇者の肉体を穿ったのだ。
全身から煙を上げて、白目を向いた勇者が力なく倒れる。
ガレオンが頭をポリポリと掻いて振り向いた。
「ルキウス……殺してないだろうな……」
その先には雷神ルキウスが澄まし顔で腕を組んでそこにいた。
「心配するな。殺してはない。ただその勇者は使い物にならんだろう。しっかりと調教しておけ」
その場にいた誰もが戦慄するほどの強さ。これこそラブニの雷神と恐れられる男であった。




