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44.パマル村の有事

 停車した馬車の荷台からひょいと飛び降り、ユウは砂利を踏みつけた。


「ふ〜、やっとついたわね」


 マキナが大きく伸びをする。

 馬車を停めた目の前には、パマル村と呼ばれる農村が広がっていた。前方には木造家屋の集合体。左に視線を移せば広がる畑。そして右手には大きな密林地帯が佇んでいる。

 のどかな村だった。

 どこかから牛の鳴き声が聞こえてくる。農作だけじゃなく畜産も営んでいるのだろう。

 早速一行は歩みを進め、依頼主である村長の元へと向かった。


「しっかし、ほんとにこんな辺鄙な村にアレストロレクスなんて出たのか?緊急依頼は報酬がいいから受けたけど、肩透かしの可能性もあるぜこりゃ」


 歩きながら、カインが首を傾げた。

 マキナが依頼の詳細書を見ながら呟く。


「そもそもアレストロレクスはカーディア渓谷に生息する魔獣よ。こんな場所に出現するなんてありえないわ」

「でも、実際に被害に遭われた方が何人もいらっしゃるんですよね」


 マレが不安げにそう言うと、アルテが手を挙げて「はいはーい」と尋ねる。


「そもそも、アレストロレクスって何なの?」


 ユウもよく知らないので気になっていた。


「アレストロレクスは簡単に言うと、巨大な蜥蜴さ。一応地竜に分類される魔獣だ」


 カインの言葉を聞いて、ユウはまさかと思う。


「地竜っていうと、つまりドラゴンてことか?」

「まあそうなる。飛竜や翼竜ほどの脅威では無いが、並の傭兵じゃまず歯が立たないだろうな」

「じゃ、カインさん達なら勝てるってこと?」


 アルテの純粋な質問に、カインは鼻の下を擦った。


「まーな。これでもA級傭兵だし。自慢じゃないがアークナイト級の実力はあると思ってる。ちゃんと作戦を練ってやれば問題ないさ」

「……?アークナイトってなに?」


 アルテが答えを求めてユウの顔を見るが、ユウもよくわかっていなくて視線を逸らした。


「なんだ知らねえのか?アークナイトは騎士の階級さ。俺達傭兵は自分たちの強さを図るとき、よく騎士の階級を用いるんだ。あいつはナイト級、あいつはアークナイト級だってな感じで。まあもっとも、騎士の連中はお前ら平民ごときが騎士を語るなって思ってるらしいけどな。ははっ」

「へえ〜」

「ちなみに騎士階級は全部で五つ。下から順にナイト、アークナイト、グランドナイト、パラディンナイト、マスターナイトだ。アークナイトは下から2番目だが、かなり強いぜ」


 ほんとかよ、とユウは思う。正直な感想、ユウはカインやマキナを強者とは思えない。事実同級のオルドラゴは弱かった。その身から放たれるマナは決して弱くは無いが、強いとも思わない。もちろん彼らも日々マナを抑制して過ごしているんだろうが、カインの発言はどうも信用ならなかった。


「それにしても変ね」


 マキナが言った。


「確かに、先程から村の方の姿がありませんね」


 マレも不思議そうに辺りを見渡す。

 そこらにある家屋からは人の気配がまるでない。聞こえてくるのは牛や羊の鳴き声だけだ。

 そんな最中、アルテが指さした。


「見て、あそこ」


 その先、村の奥地には人集りが出来ていた。

 ようやく見つけた村人達。しかしなにか様子が変だ。

 一行が駆けつけると、村人たちの悲痛な声が聞こえてきた。

 カインが尋ねる。


「おいあんたら、一体何があった?」

「き、君たち……もしかして傭兵か?」

「ああ、緊急依頼を受けてやってきた」


 それを聞いた一人の女性がカインにしがみついた。


「お願いしますっ!息子を助けて!森にっ、森に入ったきり戻らないの……!」


 女性の切羽詰まった様子にカインが動揺を見せる。

 そんな時、一人の老父が杖を着きながらこちらへ歩いてきた。


「リーラ、落ち着きなさい」

「村長……」


 女性の言葉を聞いてカインが尋ねる。


「あんた、もしかして村長のラハッドさんか?」

「ええ如何にも。私が村長のラハッドです。傭兵の皆さん、どうか我らにお力をお貸しください……」


 村長は深刻な表情でそう言った。


 案内されたのは村長宅の居間。

 中央で燃える囲炉裏がぱちぱちと音を鳴らし、室内の深刻な空気を赤っぽく照らしていた。


 村長の話によれば、数日前より村隣にある森の中で地竜、アレストロレクスが目撃された。その地竜は本来、遥か遠方カーディア渓谷を生息地とする凶悪な魔獣。こんな森の中で目撃されることは通常ありえない。しかし事実その魔獣はこの森に出没し、既に何人もの村人を襲い殺害した。

 村長は直ちにギルドへ依頼したが、ユウ達が訪れるその間も村人の犠牲者は増え続けたそう。

 しかし、本題はここからだった。


「つい昨日の出来事です。突如として森林の上空に奴が現れたのです」

「やつ?」


 カインが息をのみ、尋ねる。


「緑の鱗を持つ翼竜、ワイバーンです」


 カインとマキナの眉が跳ねる。

 翼竜種、ワイバーン。ユウも城の図書館で文献を目にしたことがある。飛竜種に分類されるドラゴンとは違い、前脚が翼になっているのが特徴。ドラゴン程の知能やマナは持ち合わせていないが、高い身体能力と飛行能力を併せ持つ厄介な魔獣である。こんな農村に出没すれば壊滅は免れないだろう。


「地竜にワイバーン……一体何がどうなって……」

「それだけじゃない!」


 カインの呟きを遮るのは村の青年だった。


「それだけじゃないって、どういうことだ?」

「俺は、見たんだ……森の奥で恐ろしい魔獣達を従えてる、人影を……あ、あれはまるで」


 青年は真っ青な顔で、そのまま言葉を詰まらせた。

 自体は思った以上に深刻らしい。


「それで、さっき話してた子供がどうとかってのは」


 途切れた話をカインが戻す。

 村長は不安げな表情で続けた。


「今朝のことです。村の子供がひとり、森の中へ入ってしまったようなのです。捜索の為に人を集めはしましたが、捜索に反対のものも多く……これ以上村の若い衆が犠牲になってはと……」


 これ以上犠牲者が増えれば村は立ち行かなくなる、ということなのだろう。

 すると、村長は両手を床に着き深く頭を下げた。


「頼みます皆様。どうか魔獣共を……」


 しかしカインは渋い顔で告げた。


「すまないが、この規模となると俺達だけじゃとても……これはもう騎士団が動くレベルの事案だ。すぐにでもヤードを飛ばして、騎士団の派遣を要請すべきだ」


 飛鳥便ヤード。傭兵ギルドと同系列の郵社が経営する、この世界の郵便だ。速飛鳥(ヤード)と呼ばれる鳥を利用し、世界各国の市町村に情報を届けることが出来る。

 この村でもヤードを飼っているのだろう。それを使えばすぐにでも王都へ知らせを届けることが出来る。

 しかしカインの返答を聞いた村人の女性が、ヒステリックに叫んだ。


「あぁ……そんな!それじゃ間に合わないわっ!うちの、うちの子がまだ森の中にいるのよォ……!」


 村長が苦い顔で再び頭を下げる。


「せめて、子供だけでも何とかなりませぬか……まだ子供が森に入ってからそう時間は経っておりません。きっとまだ生きている……どうかお願いします。報酬は倍額でお支払いしますゆえ、どうか我らを、この村を……」


 だがそれを聞いて尚、カインは腕を組み唸った。決めあぐねている様子だ。

 するとそんな時、ユウの隣でスっと彼女が立ち上がった。

 アルテだ。


「やろう。その子、きっと今も泣いてる。すぐにでも助けてあげないと……」


 アルテの目は真剣そのものだった。

 それに同調する様に、ユウも立ち上がる。


「アルテに賛成だ。子供を見捨てるわけにはいかない。手遅れになる前に動こう。その子は俺が必ず連れ帰る、任せてくれ」


 そう豪語したユウの隣で、マレが「ユウさん……」と頬を染めた。

 ユウの発言を聞いた村人たちの表情も、すこし明るさを取り戻した。

 しかしカインとマキナだけは、ユウの決断に難色を示した。


「ユウ、本気か?流石に今回はヤバい匂いがするぜ……俺の勘がそう言ってる」

「私も、カインと同意見だわ。地竜だけならまだしも、ワイバーンまでは相手に出来ないわ」


 チッ、とユウは心の中で舌打ちする。

 こんな場所に来てまで無駄足を踏むわけにはいかなかった。依頼を放棄して帰るということは、傭兵ランクも上がらない。それに村長は報酬を倍支払うと言っている。つまりは金貨二十枚だ。こんな破格の条件を蹴るなんて馬鹿げてる。最悪魔獣は倒さなくても、子供さえ拾ってくれば問題無いだろうし、重要なのは魔獣の強さだけだ。


「カイン、ひとつ聞きたい」

「な、なんだよ」

「その地竜やワイバーンてのは、ミノタウロスとどっちが強い」

「……それは……多分、ミノタウロスだ」

「そうか。んじゃ、多分楽勝だ」


 それを聞いた村人達は驚いて小さく声を上げ、そしてカインは目を丸くして大笑いを始めた。


「くくっ……そういや、お前はミノタウロスを瞬殺出来るんだっけな。すまん、忘れてたわけじゃないんだが……どうも現実味がなさすぎて……」

「カイン、俺に考えがある」

「どうするつもりだ?」

「カインとマキナ、それからマレ。この三人は村に残って村人たちを護衛してくれ」


 それを聞いたマキナが「まさかっ……」と驚きを見せる。


「ああ、森に入るのは俺とアルテの二人だ。この方が村人も安全だし、全滅も避けられる。もしも俺達が翌日になっても戻らなかったら、その時は騎士団を要請してくれ」

「本気、なんだな……」

「ああ。任せてくれ」


 真剣な表情とは裏腹に、ユウは心の中で口元を釣り上げていたのだった。



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