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43.哀れな男

 早朝から早速、ギルド内の壁際に設置されたボードとユウは睨めっこをしていた。そこに貼られた依頼のどれもこれも、まるで使いっ走りの様な雑務しかない。

 現在ユウ達の傭兵階級は最低ランクのE級であり、受注可能な依頼はこれらの雑務に限られる。

 本来は迷宮探索の依頼で手柄を立て傭兵階級を上げるつもりでいた訳だが、結局それは叶わなかった。依頼内容の迷宮内の財宝収集には成功したが、ユウ達はそれを正規のルートで納品せず、所謂裏ルートで売却した。それによって事実上の報酬額は大幅に増えたが、傭兵としての手柄には換算されず任務失敗として処理された。

 迷宮内では色々ありすぎて、昇格のことなんてユウの頭の中からはすっかり抜け落ちていた。尤も、得られた金に文句は無い。むしろこれで良かったとさえ今は思っている。しかし傭兵ランクが停滞している以上、以前と同様の低報酬の依頼しか受けられないのはネックな課題。それに、


「……」


 ユウは隣にいるマレを見た。

 彼女は真剣な目付きで依頼ボードを睨みつけ「う〜ん」と唸っている。

 本来なら彼女とは迷宮の依頼完遂後、さっさと別れるつもりでいた。しかし今となっては彼女がいなければ依頼受注条件の人数制限すら満たせず、受注出来る依頼が更に減ってしまう。アルテがいるとはいえ、今はまだマレとパーティーを解消することはデメリットが大きい。


「ねえねえ」


 意識の外から、突然アルテの声が入り込む。

 振り向くと彼女は依頼書を手にしていた。


「私、これやりたい」

「ん、どれ」


 ユウは雑な動作でアルテから依頼書を奪う。


――――――――――――――――――――――

【緊急依頼】アレストロレクスの討伐 A級


 依頼地:パマル村

 依頼主:村長ラハッド

 依頼詳細:ひと月程前より北パマル山間付近にて地竜アレストロレクスの目撃情報が相次いでおり、先日数名の村人が死傷した。ただちにこれを討伐願いたし。アレストロレクスの推定全長は約七メートル。巨体に似合わぬ俊敏な動き、その狡猾さには注意が必要だ。


 受注条件

 ・パーティー制限五名以上

 ・A級傭兵二名以上の参加


 報酬

 ・金貨十枚

 ・パマル村の特産酒


 備考:依頼遂行中の食事、寝床の提供あり


――――――――――――――――――――――


 それを見たユウは溜息を吐いて、ヒュっと依頼書を投げ捨てた。


「ああっ、何するの!」

「何するの、じゃねえよ。俺もお前もE級だろ。A級の依頼なんか受けられるわけねえだろ」

「え〜」


 アルテは残念そうに嘆いた。

 ユウは「たく……」と零し、隣のマレに問いかけた。


「マレ、何かいいのあったか?」

「う〜ん、やっぱり薬草採取が無難ですかね……」


 ほんと好きだな、と思うが現状はそれがマシかとも思う。しかし依頼報酬は銀貨三枚。一人あたりの取り分は銀貨一枚だ。やる気なんてでない。

 どうしたもんか。そうユウが頭を悩ませた頃だった。

 後ろから聞き覚えのある男の声が飛び込んだ。


「よ、お困りみてえだな」


 振り返るとそこには、カインが腕組みして立っていた。その隣には紫髪の女、A級傭兵のマキナもいる。


「あんたら……確かカインとマキナだったか」

「お、覚えててくれたみたいだな」

「ユウさんとマレさん、だったわよね?あの時はありがと。本当に助けられたわ」

「そんな、私こそ……本当にありがとうございました」


 カインとマキナの気さくな感じに、マレは畏まる。


「おっと、そちらのお嬢さんは初めましてだな。新しいメンバーか?」

「初めまして。アルテっていいます」


 アルテはペコッと頭を下げた。

 彼女の微笑みにカインの頬が少しだけ緩む。


「ど、どうも……俺はカイン。二人には迷宮内で色々と助けて貰った恩があるんだ。よろしく頼む」

「こちらこそ、よろしく」


 くだらない馴れ合いにユウはやきもきした。

 ユウとしては当然、他の傭兵とは出来る限り関わりを持ちたくない所存であるが、彼の妙な口ぶりが気になった。


「それで、何か用か?」

「いやなに、何だか困ってる様子だったからな。お前達には世話になったし、俺達に出来ることがないかと思って」


 そんなもんねえからさっさと消えろと言ってやりたいが、いや待てよと思いとどまる。


「なああんた。傭兵の階級を上げる何かいい方法とか知らないか?」

「階級ね……なるほどな。お前たちの困り事が何となくわかったぜ。あるぜ、階級を上げる方法」

「え、ほんとか?」

「ああ。それも簡単に出来て報酬まで良い」


 カインは人差し指を立てて大層自慢げに言う。


「何をすれば……」

「簡単さ。上位階級の奴らとパーティーを組むんだよ。そんで高難度の依頼に同行すればいい。そうすりゃ高難度依頼の達成っていう実績がつく」


 盲点だった。

 ユウはずっと地道に依頼を熟すしかないとばかり考えていたが、そんな抜け道があったとは。


「でもまてよ、何で他の連中はそれをしないんだ?」

「何でって、んな簡単に上位階級の傭兵とパーティーなんて組めないからな。駆け出しの傭兵なんて基本足でまとい。自分達の食い扶持を削ってまで仲間になんて加えないさ」


 言われてみれば確かにそうだ。


「ま、例えば何かしらの恩や借りがあるってんなら話は別だろうよ」

「……?」

「だから、俺達と組まねえかってことだ」


 話を読めないユウに痺れを切らし、カインは自ら提案してきた。


「いいじゃない!ナイスアイディアだわ」


 マキナも食いついた。

 隣のマレも嬉しそうに「良かったですねユウさん!」なんて言ってる。


「……、」


 迷う。本来なら他人と組むなんて絶対に嫌だ。しかし、迷う。彼らと組めば高額報酬、階級アップ、全てが得られる。仮に裏切られたとしても、彼らの実力なんてたかが知れてる。即座に皆殺しに出来る自信もある。今回だけなら。

 ただ、気がかりがひとつある。


「オルドラゴはどうした?」


 あの男とだけは出来れば組みたくない。問題が起こることが目に見えてるからだ。


「あ〜そういや、あんたとは色々と因縁があったな。けどオルドの奴、最近ずっと一人で飲み歩いててな。なかなか顔を見せないんだ。あんたらが嫌ならオルドは省いてもいい。ま、顔出さねえあいつが悪いさ」


 オルドラゴは無し。これ程の好条件、今後あるかわからない。


「……よし、のった」


 嫌々な感情のせいで、ユウは歯切れ悪くカインの提案を受け入れた。


「おし、これでパーティー成立だな」

「ふふっ、よろしくね」


 カインとマキナが仲間に加わり、マレとアルテが顔を見合せ笑った。

 初めての顔合わせだと言うのに、何故か少し雰囲気がいい。なんとなく、上手く行きそうな空気感。

 しかしそんな雰囲気を一変させる男がいた。


 パリンッと瓶の砕ける音が響く。

 皆が振り返るとそこには、鈍色のオートメールに身を包む巨漢、オルドラゴが真っ赤な顔をして立っていた。彼の足元には割れた酒瓶が転がっている。


「カイン、マキナ……てめえら何でそいつと一緒にっ……」


 オルドラゴは物凄い目付きでユウの顔を睨みつけた。

 先日の出来事が鮮明に思い出される。ユウはこの男を殺害しようとしたのだ。その顔になるのも理解は出来る。


「オルド、お前また飲んでんのか……?」

「カイン!俺は言ったよな……!そいつは俺を殺そうとしたんだぞ!?」


 オルドラゴは大声で怒鳴り散らした。どうやらあの日の出来事をカインに話していたらしい。あれほど酔っていたが記憶はちゃんとあるようだ。

 しかし、激昂するオルドラゴを前にカインは眉をひそめた。


「待てって……あん時も言ったが、それは何かの勘違いだろ。彼は、ユウはそんな奴じゃねえよ」


 その言葉にオルドラゴの額に青筋が浮かび上がる。


「てめっ……そいつを庇う気か!?」

「庇うも何も、俺達を助けてくれた恩人だぜ?」

「ふざ……ふざけんなっ!何が恩人だ!そいつは俺を殺そうとしたんだ!ただの人殺しだ!そんな奴となにペラペラと」

「や、やめてください……!」


 オルドラゴの言葉を遮ったのはマレの叫び声だった。

 まありに突然、それも初めて目にするマレの一面に、一同は目を丸くし驚いた。


「な、何なんですか……以前からずっと私達に付きまとって……ユウさんに暴力を振るおうとしたり、酷いことばかり……」

「マ、マレちゃん……ち、違うっ、俺はただ……」


 オルドラゴは酷く動揺をみせた。マレへの想いは未だ胸の内に残っている様だった。


「とにかく……ユウさんは貴方が思うような人じゃありません。これ以上、私たちに付きまとうのはやめてください」

「マ、マレちゃ……」

「オルド……もうやめとけって」


 小刻みに身体を震わせるオルドラゴの肩に、カインが溜息混じりに手を置いた。

 その瞬間、彼はその顔を恐ろしく歪ませた。


「ふっ、ふざけんなッ!!そいつはっ、そいつはクソ野郎なんだよ!お前らみんな騙されてんだ!何で分かんねぇんだよっ!」


 オルドラゴの熱は更にヒートアップし、もはや暴れ出しそうな勢いだ。

 だがそんな矢先、


「いい加減にしなさいよ!!」


 マキナの声が鋭く響いた。

 その圧にオルドラゴの熱が一気に冷め、停止する。


「あんた、彼に迷宮で助けられたの忘れたの!?せっかく自分の命も顧みないで助けてくれた彼が、なんでわざわざあんたを殺そうとするのよ!」

「ち、ちがうっ!こいつは確かに俺を……」


 マキナの猛攻にたじろぐオルドラゴ。

 カインすらも呆れた様に溜息を吐き始めた。

 もはやこの場に彼の味方をするものは誰もいない。


 ――勝った……。


 ユウは思わず緩む口元を必死に堪え、マキナの肩に手を掛けた。


「マキナ……もうその辺で」

「いいえ、この際だからハッキリ言わせてもらうわ!いいオルド、あんたカッコ悪いのよ!いつまでもネチネチとしつこくマレさんに付きまとって、挙句の果てに命の恩人に襲いかかって悪者扱いだなんて!あんたもA級傭兵の端くれなら少しはプライドってもんを持ちなさいこのヘタレ男ッ!!」


 情け容赦なく、オルドラゴは切り刻まれた。紛うことなき正論ではあるものの、さすがに不憫に思えてくる。

 そんな不憫な男の前にユウは歩み寄り、握手の形で徐に右手を差し出した。


「えっとオルドラゴさん、俺も色々と誤解させたなら謝るよ。これを機に仲直りしよう」


 実際に自分が言われたら反吐が出るだろう綺麗事を淡々と口にする。

 しかしその言葉とは裏腹に、オルドラゴにしか見えないこの位置で剥き出されたユウの表情は、見事という他ない下卑悪列な薄ら笑みであった。

 彼の何かが音を立ててブチ切れた。


「こ、こ…… このクソ野郎ぉおお!!」


 力任せの大振りがユウの頬を殴り飛ばし、衝撃でユウは尻餅をついた。


「ユウ君っ!」

「ユウさん!」


 アルテとマレが慌てて駆け寄る。


「だ、大丈夫ですか!?」


 マレが泣きそうな顔でしがみつく。


「ああ、平気平気……」


 ユウが痛みもないのに殴られた部位を大袈裟に撫でると、マレは涙目でキッとオルドラゴを睨みつけ、


「最低です!」


 と切り捨てた。

 続いてマキナが冷たい声で、


「あんた、見損なったわ……」


 と一言。

 そして最後にアルテがオルドラゴの前へと歩みより、


「君、最低だね」


 と無表情で告げた。

 想像を絶する総スカン。そこには抜け殻のようにただ呆然と立ち尽くす、哀れな男だけが取り残された。



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