第5話 出会いと別れ
盗賊に襲われていた旅人とその護衛たちを助け、共に野宿する事になった俺たちは、獣人の行商人姉弟、ファラナ、フォルナン、フォルトと知り合った。ポルーク商会という名で商いしているらしい。
ちなみにこの三人は[ジャコウネコ族]との事だ。[鑑定]はしていない。別にたいした意味はないが、親しくなった相手の秘密をこっそり覗き見るみたいで、ちょっと気が引けたんだよ。遠回しに聞いたら、普通に教えてくれた。珍しい種族らしいが、隠してるわけでもないらしい。
ジャコウネコねぇ。あれってネコ科とはかなり遠いんだっけ? 確かマングースとか、そういう仲間だったっけか? 高級な香水の材料になるとか聞いた事がある。いい匂いがしたのはそのせいではないだろうけど……。
俺は彼らのダメになった売り物の塩を、[アースマニピュレート]と[創造錬金]で元の塩に戻してやった。まぁ、厳密には[創造錬金]で新しく作り出したんだが、細かい事はどうでもいいだろう。
俺は別に親切心からこんな事をしたのではない。いや、困ってそうだったし、別に只でやってやっても良かったんだが、労働に代価が伴うのは当然だし、貴重な能力を安売りするつもりもない。それは彼らも承知しているようだ。ポルーク商会、なかなか気骨のある商人たちのようだな。
そして、俺はその代償を提示した。一つ、この世界の商売の基本、商業ギルドや組合など、物を売り買いするために必要な情報や、物の相場などを教授する事。二つ、俺が商売を始めた時、適切な取引相手を紹介する事。三つ、商売する上で、お互い持ちつ持たれつで、うまくやっていこう。というような事だ。
「…………はい? それだけですか?」
「いや、それだけって……。ああ、俺たちはかなり遠い国から旅して来てな。この国や西の大陸の事はほとんど何も知らないんだよ。そんな奴が商売なんか始めたら、性質の悪い連中に食い物にされるのが関の山だろ。だから信頼できる商人と縁を作るのは絶対条件だったんだよ。だから、あの塩は、そのための布石、いわば先行投資みたいなもんだ」
「なるほど。そういう事ですか。よぅわかりました。そういう事やったら、うちらに任せといてください。決して悪いようにはしません。このポルーク商会がお役に立ってみせます!」
三人はようやく合点がいったようで、固かった表情がほころぶ。こいつらは気のいい奴らだが、商人として抜け目なさをちゃんと持っている。それでいい。それだからこそ信頼できる。
「で、ラングリードさんは何を商うつもりなんですか? 塩ですか?」
「いや、まだちゃんと決めてるわけじゃ無いんだが、例えばこういうのは売れるか?」
俺は収納から、油紙に包んだ石鹸大の塊を取り出し、フォルナンに手渡す。石鹸大というか、そのまま石鹸なんだが。魔王城には無かったから、試しに作ってみた物だ。リュミには好評だったが、世間では果たして売れるだろうか?
「[I・ストレージ]持ちですか、さすがですね。僕らも持ってたら、こんな事にはならなかったんですけどね。本気で羨ましいですよ」
「ホンマや。そんなん持ってて商売人にならんやなんて、宝の持ち腐れですぅ。勿体なさ過ぎますぅ」
そんな会話をしながらも、フォルナンは油紙を解いていく。そして出てきた石鹸を矯めつ眇めつ眺めていたが、小首を傾げてこちらを見る。
「何ですか、これは? 随分と良い香りのする物ですが、匂いを楽しむ物でしょうか?」
「ほんまや、えらいええ匂いの塊ですなぁ。寝床にでも置いときたい匂いですわ」
ファラナが鼻を近付けて、クンクンやってる。
「まぁ、そういう使い方でもいいんだが、っていうか、匂いならファラナのさせてる匂いもいい匂いだな。嗅いでると落ち着く上品な香りだ」
「えっ、そんな、うちがええ匂いやなんて、いややわぁ、おなごの匂いなんて嗅いだらあきません。うち、お嫁に行けんようになってまいます」
「これは香木の煙を服に焚き込めてるんですよ。別に姉さんがいい香りなわけじゃあ、ぶべっ!」
ファラナの裏拳がフォルナンの額に炸裂する。
「……。いや、すまん。余計な事を言ったな。それは石鹸といって、手や体なんかを洗うものだ。樹液かなんかを使ってる者たちがいるって聞いたが、こういう物は流通しているのか? 売ったらいくらくらいになるだろうか?」
俺は[ウォーター]で水を出し、彼らに手を洗わせる。三人は石鹸を擦って、手をあわあわにし、その泡立ちの良さに、やいやい言いあっている。
「この泡立ち! このええ匂い! しかも汚れた手がこんなすぐにキレイに! それにあろた後の手までええ匂いに……」
「これは凄いですね。土地土地には、いろいろと身体や衣服を洗うための物がありますが、こんなキレイになるのは初めて見ました。それに、これなら持ち運びにも便利ですし、旅人や冒険者にも重宝されるでしょう」
「なら、売れそうか?」
「ええ、勿論ですが、値段をどうするかは考えものですね。他にない物ですから、いくら高く売っても買う者はいるでしょう。ですが、あまり高くすると、庶民には手が届かなくなります。理想は庶民が少し背伸びすれば買える値段で世に広める事かと」
「そもそも、どの程度の製造コストでどのくらいの量を作れるのかがわからんと、何とも言えませんわ。でも、そうですねぇ、うちやったら銀貨3枚くらいやったら出すと思います。旅するおなごにトッテハ、一つは絶対持っときたいモンですさかい」
えっ、銀貨3枚って、3万円か? いやいや2、3桁多いだろ! そんな値段で買う奴なんかホントにいるのか? いや、だが、他に無くて有用なら買うのか。ここら辺の感覚は素人にはわかりにくいんだよな。
「う~ん。少量なら材料費無しに作れるんだが、大量生産となると、今は何とも言えないな」
塩と同じで、俺なら[創造錬金]で何とでもなるが、大量生産となると、まずは原材料を調達しないといけない。苛性ソーダってどうやって作るんだっけ? それに工場とかで作るなら従業員を雇う事になるが、劇薬扱わせるんだから、それなりの教育や設備投資も必要になるしな。
そこで、この話は今後徐々に詰めるとして、今持ってる石鹸30個をファラナたちに渡し、お得意さんや信頼できる相手に配って、モニターしてもらう事にする。口コミが広まれば、いざ売り出した時に宣伝する必要がなくなるだろうしな。
石鹸以外にも、俺とリュミが使っている歯ブラシも30個渡しておく。あくまで試供品だ、金は取るなと釘を刺しておいた。ファラなの目が光ったのを見逃す俺ではない!
ポルーク商会との商談を終え、寝る事にした。もうだいぶ遅くなってるからな。
◇ ◇ ◇
翌日、朝食を取った後、すぐに出発し、次の日の夕刻には町に到着した。
とりあえず騎士団支部に盗賊を突き出し、切り取ってきた小指と共に、賊のアジトの場所を報告しておく。奪った金品を渡そうとしたら、盗賊から奪った物は自分の物にしていいと返された。一応、被害届が出ている物がないか確認はされたが、あったとしても、被害者との交渉で、別に返す義務はないらしい。
懸賞金と討伐報酬が意外に多く、金貨1枚と大銀貨5枚もあった。旅人や護衛と山分けしようとしたら、護衛のリーダーに怒られた。倒した分は倒した者が得るのは当然で、PTを組んだり共同戦線も張っていない相手と報酬を分け合っていたら、冒険者の仕事は成り立たないんだそうだ。
まあ、考えてみればそうだよな。彼らのプライドを傷つける行為だったようだ。どうも俺はその辺の甘さが抜けきらないようだ。素直に謝っておく。
その後、初めてこの世界の宿に泊まる。二部屋取ろうとしたら、背後からリュミに、(なんで? 一緒に寝ないの?) と心底不思議そうに聞かれた。
……いや、なんでって言われてもさ。まぁ、これまでずっと同じ部屋、というか同じベッドで寝てたから、そりゃ、なんで? だろうけどさ。
カウンターのおばちゃんの目が笑っている。ファラナたちや護衛たちが微妙な笑顔でこちらを見ている。俺は精一杯の自制心でその視線を無視し、ツインの部屋を取る。後ろで護衛のお姉さんが、(ダブルでいいのに……) とか言っているが俺には聞こえない。 ってか、こんな田舎町の宿にダブルベッドなんて置いてるのか?
食堂で夕食を済ませ、部屋に入る。仲を見回していたリュミが、小首を傾げながら振り向く。
「ベッドが二つあるよ。あっでも、このベッド、ちっちゃいね。くっつける?」
ああ、わかってる。全部俺が悪いんだよ。リュミが女だとわかった時点で、ベッドを分けるべきだったんだ。面倒な事を後回しにしてきたつけが今にきて回ってきたんだ。
はぁ、チェックアウトの時に、(昨夜はお楽しみでしたね♡) とか(ベッド壊してないだろうね!) とか言われるんだろうな。護衛のお姉さんやファラナには、何て言われる事やら……。
結局、止める間もなくベッドをくっつけ、即席Wベッドを作るリュミ。
一応言っておくが、リュミのこの行為には、何ら下心はない、……はずだ。あれだよ、ずっと家族と一部屋で寝て育った奴が、いきなり一人暮らし始めたら、寝られなくなったって話をよく聞くだろ。こいつにとって、寝る時は俺の横ってのが、当たり前になってて、離れて寝るという発想がないんだろうよ。
まあ、こういうのも、おいおい覚えさせていくさ。いつまでも子供じゃないんだからな。……ってか、大人にしたの、俺でした。
◇ ◇ ◇
翌朝、俺たちはファラナたちと別れる事になった。決して昨夜の事をあれこれ聞かれるのが嫌だったわけじゃない。この町の近くにダンジョンがあるらしく、リュミが行きたがったからだ。ホントだぞ! それに何にもしてないからな。あんな壁の薄い部屋で、隣に知り合いが泊まってるのに、んな事するわけないだろ! 思春期のガキじゃないんだからな。
盗賊から奪った馬車は、ファラナたちに預けた。護衛団に譲っても良かったんだが、金払うって言い出すだろうからな。いずれポルーク商会とは再開するんだから、そのまま使っておいてもらう事にする。
ファラナたちとは王都で再会する約束をしてある。商業ギルドに行けば連絡が着くようにしておくとの事だ。試供品の配布とモニター調査は王都に着き次第、やっておいてくれるらしい。石鹸と歯ブラシは三人にも使ってもらう。当人らはホントにいいのか? と驚いていた。
護衛団は、何か困った事があったら冒険者ギルドで自分たちを探してくれれば、必ず手を貸すと約束してくれた。社交辞令かもしれないが、この国にはリュミ以外、信頼できる者のいない俺にとっては、知り合いがいるというだけで安心できる。
リュミは仲良くなった子供との別れが寂しいようだ。子供も涙ぐんでいる。その他の旅人たちからも、礼と別れを告げられる。
たった数日、共に旅をしただけなんだがな。どうしても寂寥感が拭えない。俺ってこんなに感傷的な奴だったっけ?
俺たちの旅は、まだまだ始まったばかりだ。これから、数えきれない程の出会いと別れを繰り返すんだろう。袖振り合うも多生の縁、か。
紡がれた縁は、大切にしていこう。人脈は金脈よりも遥かに貴重だ。よき友を得る事は、万金以上の価値があるからな。ポンコツ女神様に先代魔王とサンドラ、そしてリュミネリア。紡がれた縁の上に、今の俺がある。
何を忘れても、これだけは忘れまいよ。なぁ、リュミネリア!




