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魔王の名を継ぐ者  作者: 無明流一刀斎
第五章 魔王雄飛

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第4話 商人の矜持

 エセ京都弁のはんなりお姉さん、ファラなの、もう笑うしかない色仕掛けと、それを見せつけられる、弟たちの悲壮に満ちた目から逃れるため、俺は泥まみれになった塩と向かい合う。



 まずは素焼きの壺だが、これは何という事はない。目の前に欠片が揃っており、素材も単純なので、修復は容易だ。手を触れて割れる前の状態をイメージする。そして[創造錬金]を発動させる。バチッという何かが弾けるような音がして、三つの壺が元通りになった。


「おおっ!」


 それを見ていたフォルトが思わず声を上げる。……こいつの声、初めて聞いたな。



 キレイに直った壺を横に置き、本題に取り掛かる。麻袋の中に手を入れ、[アースマニピュレート]で砂や泥と塩を分離していく。完全に分離された泥は左の掌から地面に落ちる。まるで泥が俺の身体の仲を通って排出されているように見えるが、理屈は全くわからん。わからんからいちいち突っ込むなよ。魔法だ、魔法! それ以上でもそれ以下でもない。



 気付くと、姉弟漫才をしていたファラナとフォルナンも近付いて来て、俺の動作を凝視している。リュミはというと、焚火(たきび)の傍(そば)で寝てしまった子供の横に座って火を眺めているが、ちゃんとこちらを意識している。こいつはいつの間にか、騎士として俺の護衛役も自任しているようだからな。


 その他の連中は、それぞれ酒やつまみをやりながら、好き好きに過ごしており、こちらを気にしている者はいない。好都合だ。別にスキルや魔法を隠すつもりはないが、下手に見せびらかす必要もないだろう。面倒事は御免だからな。




 20分程して、作業を止める。結構時間が掛かったが、余計な砂や泥は取り除けた。だが、問題はここからだ。数日前に雨が降ったらしく、泥は水分をたっぷりと含んでおり、その水に塩が溶けてしまっている。当然、一度水に溶けた塩は、濾過では分離できない。やろうと想えば蒸留するしかないが、そんな器具はないし、作ったとしても手間と時間が掛かりすぎる。


 そこで[創造錬金]の出番だ。イメージするのは、俺がいつも使っていた食卓塩だ。その味、手触り、舌触り、そしてまだ見えていた頃に見ていた美しい白い結晶。それを思い出し、強くイメージし、右手で溶けた塩に触れ、左掌(てのひら)を壺の上に翳(かざ)す。


 パチパチッと少し小さめのスパークが起こり、少しずつ何かがサラサラと壺の中に落ちて溜まっていく。うん、サイババみたいだな!


「「「……ゴクッ!」」」


 ファラなたち三人の息を呑む音が聞こえる。だが、声を出す者は誰もいない。



 こうしている間にも、麻袋の仲の塩はどんどん水に溶けていく。俺はそれを逆戻しするのではない。そこにある[NaCl]を素材に、俺の想像する食塩を創造するんだ。決して時間を巻き戻すのでもなければ、[エントロピー増大の法則]に逆らうのでもない。[創造錬金]で新たに作り出すのである。


 必要なのは強いイメージ力と泰然自若(たいぜんじじゃく)とした集中力。頭の中から、[塩]以外の事を全て消し去っていく。




「ふぅぅぅ~」


 肺の中の空気を全て吐き出し、顔を上げる。目の前の三つの壺には、それぞれ純白の細(こま)かな粒が溜まっていた。指先で数粒掴み、舌に載せる。うん、これなら日本のスーパーで売っても問題ないレベルだろう。成功だ!



「ちょっ、それっ、兄さん、それ、その、えっと、何てゆうか……」


 取り乱したファラなが身を乗り出している。落ち着け!


「今の俺ではこれが精一杯だ。とりあえず、確かめてくれ」


 壺の一つをファラなの前に押してやる。彼女はおっかなびっくりって感じで、その細い指に数粒を載せ、口に運ぶ。そして固まってしまう。


 それを見た、フォルナンとフォルトもそっと指を伸ばし、姉に倣(なら)い、同じく固まる。どうやら俺は石化の魔法か何かを会得したらしいな。



 とにかく疲れた。呑みかけだった酒を喉に流し込む。いつの間にか傍(そば)に来ていたリュミが、ポテトを手渡してくれる。うん、塩気が効いてておいしいな。冷めてもサクサクホクホクだ。


「あれ何? 固まってるけど、秘密の白い粉?」


 危険な言い方をするんじゃありません! ハイになったり石化したりする効果はないはずだ。


「ただの塩だよ。この芋に掛かってる奴だ。いや、これよりはかなり質がいいかもな」


「ふうん。じゃあ、なんで動かないの? しょっぱいの苦手なのかな?」



「「「ぷはぁ~!」」」


「思わず息するん忘れてましたわ! あやうく窒息するところや。ちょと、これ何ですのん? この味! この舌触り!」


「ねっ姉さん。これ、間違いなく塩だよ! しかも僕たちが仕入れてきた奴とは比べ物にならないほど、高品質の! こんな塩、見た事も聞いた事もないよ!」


「…………、…………!」


 だからお前は喋れっての!



「あのサンドッチ、すごくおいしかったよ! 甘いたまごとハムのもよかったけど、チキカツはすごくおいしい! あんなの隠してたなんてズルい!」


「[サンドイッチ]と[チキンカツ]な。完成したばっかだったんだよ、ズルくなんかありません。沢山作ってるから、いつでも食えるぞ。但し毎日はダメだからな。お前は気に入ったモノを連続で食いたがるからな。いろんな物を満遍なく食わないと、すぐに飽きちまうだろ」


「ええ~、ズルい。明日も食べたいのにぃ~。ラングリード様のご飯、飽きたりしないもん! あっでも、いろんなもの食べれるんだぁ。ラングリード様の作ってくれるご飯は何でもおいしいもんね」



「ちょっと、待ってえな! 何のんきにイチャついてますのん! 今それどころとちゃいますやろ! これ何ですのん? うちらの泥でベチョベチョになったお塩が、何でこんな超高級お塩になってますのん? おかしいてぇ、こんなんおかしすぎますぅ!」


 横で二人も、コクコクと首を縦に振っている。とにかく落ち着け。[ウォーター]でカップに水を入れ、三人に差し出す。


 三人は同じ動作で、カップの水を一気に飲み干し、同時に(ぷはぁ~) と深い息をつく。さすが姉弟、見事なシンクロナイズだ。思わずリュミと拍手をしてしまう。


「ちょっと、何手ぇ叩いてますのん? うちの所作がいくら可憐で色っぽいからって、時と場合っていうもんがありますやろ。もぉ、かなわんわぁ」


「姉さん、そこじゃない。間違いなくそこじゃないよ! とにかく話しが全く進まないから、落ち着いてラングリードさんの話を聞こうよ。お願いしますラングリードさん! 姉さんにも、いや、僕らにもわかるようにこの状況説明してくれませんか?」



 華があり、やり手で元気な姉ファラなとしっかり者の弟フォルナン。そして荒事担当の弟フォルト。なかなかにバランスの取れた姉弟だ。それに、少なくとも悪人ではなさそうだ。人となりの知れた商人と知己(ちき)を得ておくのは、損にはならないだろう。



「ああ、俺の持つ魔法と特殊なスキルを使って、泥水から塩だけを取り出した。その際、それ以外の不純物も同時に分離させたから、かなり純粋な塩だけになっているはずだ。まぁ、不純物がない分、味の癖がなくなって、味気なく感じるかも知れんがな」


「……あの、兄さん、いやラングリード様って、もしかして名の知れた大魔導師様かなんかですのん? そんな凄いスキル、うち聞いた事もありません! っていうか、そんなんできたら、海の水からお塩作り放題やないですか。もうボロ儲けや!」


「いや、俺一人が作れる量なんてたかがしれてるしな。それに俺は冒険者であって塩屋じゃないからな。まぁ、時々なら小遣い稼ぎに作ってもいいんだが……」


「小遣い稼ぎって……。王侯貴族の小遣い並みですよ、それ。さすがにラングリードさんはスケールが違いますね」


「ほんまや、こんな凄い能力持ってはるのに、それを金儲けに使わんやなんて! そんなんうちには考えられません。商売の神様かてビックリして跳び上がります!」


 商売の神様って? いるのかそういうの……。どうせ、エセ関西弁で喋る小太りのオッサンなんだろうな。出来る事ならお目にかかりたくないぞ。



「まぁ、なんだ。少しは量が減ったかもしれんが、俺の能力ではそれが精一杯なんだよ。だからそれで手を打ってくれ。そんな大損にはならないだろ?」


「おっ、大損も何も、これなら以前の塩の何倍もの値段で売れますよ。[一角たぬき]が[ユニコーン]を産みました! 大儲けですよ!」


 何だその慣用句。どっちも見た事ないぞ!


「あの、ラングリード様。そのぉ、このお塩、いくらで譲って頂けますのん? 今は持ち合わせがのうて……。でも、これを売ったらちゃんと支払えますさかい、そやから、そのぉ……」


 気付いたら、ファラなの俺への呼び方が、[兄さん]から[ラングリード様]に変わってる。兄さんって呼ばれるの、結構気に入ってたんだが。まぁ、俺は他人の自分への呼称をどうこう言えるほど、お偉くもないので、余程(よほど)嫌な呼び方でなければ、勝手にさせる主義なんだが……。



「いくらって、それはそもそもお前らのだろ。俺はちょっと手を加えただけだ。金なんか取るつもりはない。最初からそのつもりなら、やる前に交渉してる。勝手にやっといて、後で金よこせなんて、ただの詐欺師かヤカラの手口だろ。……それと、無理して[様]付けなんかしなくていいぞ」


「‼」


 少し空気が変わった。ファラなの表情が消え、何かを熟考しているようだ。弟たちも真面目な顔でファラナを伺っている。



「あきません! それだけはあきません! うちらかて商人の端くれです。しがない行商人にかて、商人としての魂くらいは持ってるつもりです。こないな事してもうといて、『おおきにですぅ♡』 で済ませたら、商売の神様にも亡きお師(し)さんにも申し訳が立ちません。何より、うちらの商人としての矜持(きょうじ)が赦しません。世間では、商売人は小ずるいとかがめついとか言われてますけど、それはお金や儲けに対して真剣に取り組んでるからです。卑怯な真似したり、相手に損させて自分らだけ得しようやなんて、本物の商売人やったら絶対にやりません。うちらをナメんといてください!」


 一気に捲(まく)し立てるファラナ。今までの明るい快活とした雰囲気は消え、そこには一人の誇り高い商人がいた。見直した、などと言えば失礼になるだろうが、彼女を愉快なはんなり美人と捉えていたのは事実だ。だが、今その心の奥底に一本通った真っ直ぐな筋(すじ)。静かに、だが厳(おごそ)かに輝く魂を見る事ができた。



「ああ、そうだな。お前らは、ただ、自分らが得すればいいっていう連中とは一線を画した本物の商人のようだ。俺としては、たいした事をしたつもりが無かったから、ああは言ったが、働きにはそれに見合った代価が支払われるのは当然だったな。お前らの矜持(きょうじ)を踏みにじるような真似をした。今更だが許して欲しい」


 静かに頭を下げる。俺はそれ程殊勝な人間ではない。いや、むしろ謝るのが苦手なほうだ。だが、本当にこちらが悪いなら、相手の言い分に筋が通っているなら、頭は下げるべきだろう。それは決して自分を貶(おとし)める事にはならないはずだ。それに、こいつらとはこれからもいい関係を築いていきたいしな。


「えっ、ちょっと、何してますのん? 頭上げてください。すみません、うち、ついムキになってあんな事。ラングリード様が謝るような事やないやないですかぁ。大恩人に頭下げさせるやなんて! うちはほんまにもう。たのんますから、堪忍してください!」


 慌てて頭を下げるファラナ。二人向かい合って頭を下げ合っている光景に、フォルナンとフォルトはオロオロし、リュミはなんか楽しそうに見ている。


「いや、ファラナこそ謝る事はないだろう。頭を上げてくれ。それと、俺は何も、ただの親切でこんな事をしたんじゃない。金を取るつもりは無かったが、それ以外の方法で、代価は貰うつもりだ」


 ファラナは頭を上げながら、顔に[?]を浮かべている。そして、はっとした顔になる。


「それって、う、うち、そんなん困ります。いや、でも、ラングリード様がどうしてもって言いはるんやったら、うちかて……。そのぉ、うち、あんまりそういうの、ようわかりませんけど……、うちもおなごです。覚悟は決めとります。あんじょう可愛がったってくれますやろか?」


「姉さん、だから違うって。もうこれ以上、僕たちを悶え殺そうとするのはやめて欲しいんだけど……。ちっ違いますよね、ラングリードさん?」



 こいつらは姉弟揃って何言ってやがるんだか。りゅみ、笑顔で剣の柄(つか)に手を持っていくのやめなさい!



「いや、ファラナ、そういうのは求めてないから! 決して、ファラナに魅力がないとか言ってるんじゃないぞ。ファラナは美人さんだから男なら誰だって期待はするさ。でも、その気のない相手とってのは俺の主義に反するんでな。まぁ、万が一にもいつかファラナがそういう気になってくれたんなら、その時はその時でって話だ。まずはビジネスライクにいこうぜ」



 こうして夜は更けていく。今後、俺たちは冒険者として生きていくつもりだが、元世界の知識や[創造錬金]を使った商売も始めるつもりだった。その第一歩が図(はか)らずも始まろうとしている。


 何をするにしろ、まず必要な事は、情報収集と人脈作りだ。心意気の信頼できる商人と知り逢えた事には万金の価値があるだろう。


 俺は元世界では、あまりいい人脈は得られなかった。大概の理由は俺自身の人間性の問題だろう。その程度の自覚はある。(俺は悪くない! 世の中が、周りの連中が間違ってるんだぁ!) とか言うほど腐ってはなかったつもりだが。それでも俺なんかをかまってくれた奇特な連中のおかげで、なんとか生きてこれた。


 だが、この世界に来てからは、風向きがやや変わった気がする。これはポンコツ女神の祝福か? それとも性悪魔王から引き継いだ悪運か? いや、[招き猫]ならぬ[招き狼]のご利益(りやく)かもしれないな。


 そっと隣の銀髪を撫ぜてやる。頭に[?]を乗っけたリュミが小首を傾げる。何か言いたげな、我が騎士殿の耳に届くように、俺はただ小さく呟(つぶや)いた。


「リュミネリア、お前に出逢えて、本当に良かったよ」

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