第2話 初めての……
ラティアト王国の王都を目指し、街道を歩いていた俺たちは、盗賊っぽい連中に襲われている旅人たちを見付ける。5人程の武装した者たちが応戦している。護衛の冒険者か何かだろう。
事情も知らないのに、勝手にどちらが善でどちらが悪かを決めつけるのは如何なものかとは思うのだが、見るからに人相の悪い連中が、ヒャッホーで無防備な連中に襲い掛かってたら、一目瞭然だろう。
「リュミさん、遠慮はいりません。悪、即、斬、です。やっておしまいなさい!」
「わかったぁ。襲われてる人は全員、助けるよぉ!」
リュミの走る速度が一気に上がり、足元から砂煙が上がっている。はやっ! お前はぴの、の血族か?
俺も負けてはいられない。ギアを上げて走りながら、状況を確認する。まずいな、賊は10人いるのに、応戦しているのは5、6人だ、徐々に押されてきている。一人でも戦線を離脱すれば、一気に均衡が崩れるだろう。どう見ても時間の問題だ。間に合うか?
だが、世というものは無情なものだ。必死に戦っていた護衛の一人が、賊のロングソードの突きを喰らい、片膝を着く。そこにトドメとばかりに冗談から斬り込む賊。近くにいた護衛仲間が助けに入ろうとするが、とても間に合わない。
距離があり過ぎる。リュミも俺もとてもじゃないが、届きそうにない。この乱戦では、下手な魔法を使うわけには……。そこで思い出す。射程距離と速度が他の魔法と段違いの狙撃に適した魔法があった事を! [パルスショット]、威力は低いが今は問題ない。
今、正に剣を振り下ろそうとしている、にやけヅラの賊に向け、俺は磁気を帯びた光弾を放つ。次の瞬間には、賊は全身を痙攣させ、動きを止めていた。
その隙を見逃さず、駆け付けた護衛の一人が動きを止めた賊を斬り伏せる。
一方リュミは、子供を庇うように立つ男女に襲い掛かろうとしていた、ナイフ持ちの小柄な男に向け、ホルスターから抜いたダガーを投げつける。
リュミの手を離れた短剣は、狙いを外さず、小男のこめかみを捉え、賊の命を刈り取った。
次の瞬間には、腰のエストックを抜き放ちながら、乱戦の中に駆け込み、白い軌道を引く。リュミが駆け抜けた後には、目付きの悪い女の首が跳んでいた。頭部を無くした賊の体からは、天に向かって血柱が上がる。
……さすがはリュミだ。一度敵と定めた相手には、容赦とかいう言葉とは無縁のようだな。決してリュミを怒らせないようにしようと、心の仲で強く誓う。
一方、俺は刺された護衛に駆け寄り、[ヒール]をかけてから、その場を離れる。効果を確かめている暇はない。そのまま5人くらいが入り混じって戦っているところに割って入る。
どうも、戦っているのは、護衛ではない。旅人の一人が賊二人と激しく打ち合っているようだ。そいつの後ろには、若い男女が庇われている。三人とも同じケモミミが生えている。獣人みたいだな。同族の旅人か?
俺は大振りのマチェットを振るう、巨漢の獣人の元に駆け寄るや否や、腰の同田貫を抜き打ちに、二人の賊の片割れの腰を薙ぐ。
これが、俺の人生、初めての[ヒトゴロシ]だった……。
突然、隣の仲間が斬られたのに気を取られた賊を、獣人のマチェットが捉える。一丁上がりだ。巨漢の背後にいた男女が安堵の溜息を漏らす。
俺は、突然の形勢逆転に動きを止めた賊三人に向け、[ファイアボール]をブチ込み、爆散させる。リュミを見ると、最後の一人のシミターを弾き飛ばしたところだった。
「リュミ、そいつは殺すな。2、3発殴って逃げられないようにしておけ!」
そして、さっき[ヒール]を掛けた護衛の様子を見る。傷は塞がっているようで、既に立ち上がっていた。大丈夫みたいだな。
そのご、全身傷だらけの獣人の巨漢を回復し、護衛たちの傷も癒していく。リュミは完全に白目を向いた大男を引きずってやって来た。当然リュミに傷などない。どうやら一件落着のようだな。
とりあえず全員の傷が治ったのを確認していると、護衛の連中がやって来る。
「ありがとう、助かったよ。キミらが助勢してくれなかったら、我々は全滅していたよ。こいつらは襲った相手を皆殺しにする残虐な族で有名だったんだ。本当に感謝するよ」
おそらく護衛のリーダーだろう男が、丁寧に頭を下げる。腹を刺されて死にかけていた男も、何度も礼を言ってきた。それに続いて、旅人たちも口々に礼を言う。
どうも俺はこういうのは苦手だ。どんな顔して聞いてればいいのかわからなくなる。良くないとわかっていながら、ついついぶっきらぼうな態度を取ってしまう。
「あんた、強いねぇ。それに凄く速いし。ホントに助かったよ」
護衛のお姉さんが、リュミに親し気に話しかけている。リュミは素直にその礼を受け入れていた。ああいう態度が人から好かれるんだろうな。俺も見習わないとな。
「うん。でも、ラングリード様はもっともっと強いんだよ」
「ラングリード様? ああ、あの賊より賊っぽい黒ずくめの兄さんかい? 確かに凄い魔法だったねぇ。どう見ても悪、いや剣士っぽいのに魔術師なのかい?」
…………聞こえない。俺は何にも聞こえない。聞こえないったら聞こえない! グスンッ、サングラス掛けててホントによかった。
護衛団のリーダーが女護衛の頭に拳骨を落としていたが、見なかったことにする。
さてと、盗賊の生き残りを尋問でもするか。……でも、俺には尋問の経験なんてないしな。リュミに任せたら、ねずみをいたぶる猫になりかねない。という事で、護衛団のリーダーに一任した。
その結果、近くの山にアジトがあり、仲間が5人留守番をしている事がわかった。ついでだから、リュミと二人で潰してくる事にする。護衛団も一緒に行くと言ってきたが、丁重に断る。どう考えても、足手まとい……、いや二人のほうが速い。
旅人たちは、壊された馬車の修理や何かで、今夜はここで野宿するらしい。みんな精神的にもかなりキツいみたいだしな。休息が必要だろう。
護衛のリーダーからは、賊を倒したら、その左手の小指を切り取ってくるようにと言われた。なんでも、騎士団に持って行くと、報奨金と懸賞金が貰えるらしい。体の一部から、その者のパーソナルデータを読み取るAFがあるんだそうだ。刑事や鑑識班が泣いて欲しがる一品だろうな。
◇ ◇ ◇
捉えた賊が泣きながら教えてくれた方向へしばらく行くと、山の麓にいかにもな洞窟を発見する。近くには馬も2頭繋がれており、見張りが一人立っていた。
まずは見張りを何とかしないとな。リュミの投擲の腕は既に実証済みだ。なら次は俺の番だ。
俺は収納から出したダガーを見張りの喉目掛けて投げ放つ。手を離れたダガーは迷う事なく、あくびをしている痩せた男の喉を穿ち、そのまま声を上げる事もなく、背後の木に凭れ掛かるように崩れ落ちた。
俺って凄くない? どや顔をしている俺に、リュミは音を立てないようにパチパチと手を叩き称賛してくれる。……投げたダガーに[命中C]が付いていたのは些末な事だ。俺は褒められて延びるタイプなんだからな。お前らもそろそろ俺の扱いにも慣れた頃だろ!
「賊はあと4人、人質がいるかもしれないから、注意しろよ!」
リュミに一言言ってから洞窟に潜入する。中は単純な構造で、少し入ったところの広まった場所で、賊が酒を呑んでいた。
全員馬鹿ヅラさげて大笑いしている。俺たちの潜入には全く気付いていないようだ。奴らが笑いを止めたのは、リュミが一番デカい奴の首を刎ねた時だった。
突然首が跳び、噴き出した大量の鮮血を浴び、呆然としている賊たち。反応が遅すぎる。たいした奴はいないようだな。俺は残った6人に向け、[エアウィップ]を放つ。無数の風のムチが、6人を……、って、6人?
あれっ、ちょっと待て! 何かおかしくないか? 留守番が5人で、そのうち見張りが1人、リュミが1人を殺ったから、残りは……。[5-(1+1)=6]……。あれれっ、おかしいぞ! 異世界では四則演算も狂うのか?
「なあ、リュミ。5人いて、2人倒したら、あと何人だっけ?」
風のムチに切り刻まれて倒れた6人を確認し、トドメを刺していたリュミに聞いてみる。
「? えっとね……。3人!」
偉いぞ、リュミちゃん。ちゃんと引き算ができるんだね。ってやっぱそうだよな。……って事は、あのクソ賊ぅ~、騙しやがったな!
まぁ、アイツの立場からすれば、正直に教える義理も無いか。むしろ数を少なく言っておいて、こちらを安心させ、ワンチャン狙うしか生き残る術はないからな。
まぁ、失敗したんだから、それ相応の報いは受けてもらうけどな。
「他にも仲間がいるかもしれない。洞窟内を調べるぞ!」
そうして、手分けして洞窟内を調べていく。覗いた部屋には、金や宝石なんかが置いてあった。奪ったモノか? 武器や防具、それに酒もあるな。あとは汚い寝床だ。ろくなものがない。
「ラングリード様。こっち来て!」
リュミに呼ばれて行った部屋には、3人の全裸の女が、……死んでいた。
一人は20半ば、一人は18、9といったところか。そして、最後の一人は、まだ幼さの残る少女だ。
……この娘たちがどんな目にあい、なぜ死んだのか? 考えるまでもないだろう。クッ、あのクズどもが、知ってれば、あんな楽には死なせてやらなかったものを!
「…………」
リュミも分かっているのだろう。拳を握り締めて震えている。
「弔ってやろう。若い娘が裸のままじゃ、可哀想だ。それに寒いだろうしな」
近くに落ちていた服を着せてやる。死後硬直が始まっていたため、何とか格好だけは付けてやれただけだ。それを外に運び出し、近くの森の中に堀った穴に寝かせ、燃やしてから埋めてやる。
身元を明かすために、賊と同じく指を切り落とそうかとも思ったが、できなかった。この三人が、どんな奴だったかはわからない。もしかしたら、凄く嫌な奴だったのかもしれないし、誰かに酷い事をしていたのかもしれない。だが、もう十分だろ。これ以上傷つける事は俺にもリュミにもできなかった。
『ついさっき、人殺しをやった奴が、何をキレイ事言ってやがるんだ!』
心の中で、誰かがなじる。嫌な声だ。俺が一番嫌いな、醜い俺自身の心の声。
ああ、その通りだよ。賊を斬った時、自分でも驚くほど、何も感じなかった。震えたり吐きそうになったりするのかと覚悟はしていたんだがな……。
これが俺の本性なのか、それとも、既に心も魔王になっているのかは知らないが、だからと言って、酷い目に合わされて死んだ娘たちの死屍に鞭打つような真似は、とてもできそうにない。キレイ事だろうがお為ごかしだろうが、それが俺なんだから仕方ないだろ。
気付くと、俺の横でリュミが両手を合わせている。何をやってるんだ? この世界にも仏教が? 釈尊の教えは次元を越えたのか?
……ああ、そうか。俺が無意識にやっていたのか。それを真似して……。
「それは、俺が生まれ育った国での、死者を弔う作法だ。こんな真似しても、彼女らは喜ばないだろうけどな」
「ううん、そんなことないよ。誰かが悲しんで送ってくれるなら、きっと一人ぼっちにはならないよ。だから……」
「ああ、そうだな……」
それ以上の言葉はいらないだろう。俺とリュミは墓とも呼べない、三つの盛り土の前で、しばらくの間、手を合わせ瞳を閉じていた。
それから、賊共の指を切り取り、金目のものと、武器や酒を頂いていく。死体は放置した。あとで、騎士団なり何なりが来るだろうからな。
それと外にあった大き目の荷車に二頭の馬を付け、荷馬車にして連れて行く。
あの旅人たちの荷馬車は横倒しになって壊れてたし、まぁ何かの役には立つだろう。決して、俺が馬に乗れないからじゃないからな。……いいんだよ、今度練習するから!
◇ ◇ ◇
旅人たちの野宿する場所へ戻った時には、もう日が暮れていた。迎えてくれた護衛のリーダーに事情を説明する。次の町に騎士団の出張所があるから、そこに届けようという事になった。
嘘を教えた盗賊だが、俺たちが無事戻って来たと聞いて、命乞いを始めたが、俺が刀を抜いたのを見て、白目向いて失神しやがった。しかも漏らしている。ばっちいので、護衛たちに一任する。お姉さん護衛からはイヤそうな目で見られたが、あんたらのほうが専門だろ、こういうの。一応、[ウォッシュ]は掛けとくけどさ。
彼らの馬車は、何とか修理はできたが、旅人全員を乗せるのは難しいとの事だ。やっぱり、荷馬車持ってきて良かっただろ。俺って冴えてるね!
焚火の周囲に集まっている旅人たちは、一様にへばっているようだ。誰も彼も元気がない。例の獣人三人組は悲壮な顔で何か話し合っている。子供を連れた夫婦者は、子供を挟んで守るように座っている。後は行商人っぽい男と、何の特徴もない、ザ、旅人って奴が3人だ。
護衛の5人は、さすがに余裕を見せ、交代で捕虜の見張りや、周囲の警戒をしているが、その表情からは疲労が隠しきれていない。
この雰囲気は、あまりよくないな。明日からも旅は続くのだろうし、全員無事だったのだから、無理にでも元気を出させないとな。そして、大人も子供も、元気を出す最も簡単な方法は、ご飯を食べる事だ。大人には、そこにちょっぴり酒があればそれでいい。
そして、酒ならさっきアジトで没収したのがある。よし、やるか!
俺の考えを見透かしたように、隣のリュミの腹が鳴った。
まったく、お下品ですことよ、リュミネリアさん!




