第1話 旅のはじまり
お待たせしました! 第五章魔王雄飛 開演です。是非、ご家族、ご近所、お友達もお誘いの上、お楽しみください!
澄み切った青い空がどこまでも続いていた。様々な形をした白い雲が、その中を、ただのんびりと漂っでいる。どこからともなく吹いてくる風がとても心地いい。空の最も高いところから差す日の光が、なだらかな丘陵に二つの影法師を作っていた。
「う~ん、気持ちいいね! 何かぜんぜん空気が違う。草のいい匂いがする」
丘を下った遥か向こうに見える道を眺めていた俺に、隣から声が掛かる。
両腕を天に向け、全身で伸びをしながら、大気を胸一杯に吸い込んでいた少女が、俺と同じ方向を眺めながら、気持ち良さげに目を細めている。美しい銀色の尻尾が楽し気に左右に振られていた。
「ああ、気持ちいいな。ここは魔素の濃度が薄いからか、風も大気の匂いも、とても柔らかいな。日差しも暖かくて心地いい。旅立ちには最高の日和だ」
俺たちは今、魔王城から遥か東、大陸を越え、海を渡った島国のなだらかな丘の上に立っている、……らしい。先代魔王がそう言っただけで、俺には何の確証もない。
[転移の門]、魔王城の謁見の間に突然現れた、禍々しくも荘厳な門を潜ると、そこは……ここ、小高い丘の上だった。
まぁ、[転移の門]というくらいだから、一瞬で遠方に移動したのは事実だろう。理屈は全くわからんし、現在位置を確認する術もない。ああ、一応念を押しておくが、[どこでも……]ではない、[転移の……]だからな。間違えるなよ!
迂闊だったのは、この国、【ラティアト王国】の地図を持ってこなかった、という事だ。サンドラの話では、日本の九州くらいの大きさの島国らしいが、その地理や町の位置が全くわからない。
せめてもの救いは、道が見えている事だろうか。人跡未踏の地などに飛ばされなくてホントに良かった。
「とりあえず、出発するか。まずはあの道まで行って、通行人に近くの町の場所を聞こう」
隣のオオカミ少女に声をかけ、ゆっくりと歩き出す。少女は、(うんっ!) と元気良く頷いて、弾かれたように走り出した。
いや、別に走らなくても……。まったく、こういうところはまだまだ子供だな。
リュミネリア・ファントムウルフ。幻狼族の少女で、俺こと魔王ラングリードの一の家臣にして、従者兼騎士だ。銀色に輝くメイルアーマーに身を包み、腰にはアイボリーのエストックを佩び、さらにアイスブルーの小ぶりなラウンドシールドを吊るその姿は、思わず見惚れてしまうほど美しい。
つい1念近く前に拾った時は、10歳にも満たないように見えたが、今や身長も170cm程にまで成長し、見た目も17、8歳に見える。とんでもない成長速度だ。まぁ、サンドラの話では、この急激な成長は俺と主従契約を結んだ事が大きいらしく、もうそろそろ一旦止まるだろう、との事だ。このまま更けていかないようでホントに良かったよ。
俺が道に辿り着いた時には、リュミは道の両方向をキョロキョロ見ていた。誰もいないらしい。まぁ、どう見ても田舎道だし、そうそう人は来ないだろう。さて、どうしたものかな?
しばらくの間、道端の草原に腰を下ろし、人が来るのをのんびり待つ。サンドラに聞いてもいいんだが、ついさっきカッコつけた手前、いきなり頼るのは恥ずかしい。それにあんまりサンドラを頼ると、リュミがいい顔しないしな。
と思ったところで、リュミが声をあげる。
「ごめんなさい! ちっ違うんだ。けしてお前が横にいるのに、他の女の事、考えてたわけじゃないんだ」
慌てて言い訳する俺を、リュミがジト目で見詰めてくる。
「なに? 向こうから人が来ただけなんだけど……。誰かのこと考えてたの?」
「ばっ婆ちゃんの事。懐かしいなぁって……、ホントです」
必死に見え透いた言い訳をしながら、顔を上げると、確かに向こうから人が来るのが見えた。ロバを連れた農夫のようだ。
未だ、呆れた顔で俺を見ているリュミを促して、その農夫が来るのを待つ。何しろこっちは武装してるからな、変に警戒されたくない。リュミには、ヒト種相手にこちらから剣は抜くな、と言い聞かせてあるから大丈夫だろう。
そして、彼我の距離が10mくらいになってから声を掛ける。
「なぁ、あんた。ちょっと道を尋ねたいんだが、いいかな?」
この手の交渉は、普通見た目のいい女に任せるのがセオリーなんだろうが、如何せんリュミの交渉力は未知数だ。狼獣人の流儀が、牙と爪で語り合う、とかだったら目も当てられない。こういう事も、おいおい教えていかないとな。
「何だべ、あんたら。旅の冒険者だべか?」
「ああ、まぁそんなとこだ。この辺の地理に疎くってな。できるだけ大きな町へ行きたいんだが、どっちに行ったらいいんだ?」
純朴そうな男は、俺とリュミを見比べて、何か警戒を解いたようだ。若い娘を連れていると、こういう時、得だな。俺一人なら通報されかねない。
「この辺に大きな町なんてないべさ。この道を真っ直ぐ3日ほど行った処に町があるが、たいして大きくもないだよ。そこからさらに5日ほど行けば港町に着くべ。そこなら大きいだよ」
「港か……。なぁ、王都にはどうやって行けばいいんだ?」
「王都に行きたいだか? なら、反対に行って、あの山を越えた所に町があるだ。そこから街道を進めば王都のある方へ行けるだが、オラそったら遠くまで行った事ねぇから、後はその町で聞くといいべ」
山越えか。だが、港に行っても仕方ないしな。
「あの山を越えるには、どのくらい掛かるんだ?」
「ああ、道なりに行けば、麓まで2日、山を越えるのに1日といったところだべ。ただ、あの山には夜は魔物が出るから気を付けるだよ」
「ああ、助かったよ。恩にきる」
農夫と別れて歩きだす。お礼に干し肉をいくつか渡しておいた。俺、無一文だからな。でも、結構喜んでくれた。まぁ、こんな田舎じゃ、金よりそっちのほうがいいのかもな。
農夫の後姿が見えなくなった頃、リュミが口を開く。
「今の人、すごく弱かったよ。剣抜かなくても倒せる」
「当たり前だ! お前は農夫相手に何するつもりだったんだ?」
「農夫って何? 戦わないの?」
何か頭が痛くなってきた。ここまで戦闘脳に育ってたとは……。それから山の麓に着くまで、世の中には戦闘職以外もいる、むしろそっちのほうが多いって事を教え込む。間違っても非戦闘職相手にケンカしないようにさせないと、リュミは既にかなりの強者だからな。洒落にならない。
◇ ◇ ◇
農夫は2日と言っていたが、俺たちの足では、その日の夜には麓に辿り着いた。ここら辺が、一般人と俺たちの感覚の違いだろうな。ちゃんと意識しておかないと、ヒト種の街ではポカをやりかねない、気を付けよう。
そこで、あの農夫が俺のこの世界で会った初ヒト種だった事に気付く。まぁ、それがどうしたって話だが。魔王城に辿り着く前に練習していた、小粋な挨拶が無駄になってしまった。残念!
せっかくの忠告を無下にする気はないが、魔王と狼が夜の山道を避ける理由が見付からないので、そのまま山を登る事にする。
夜の山道を、美少女と二人で歩く。男なら一度は憧れる、ドキワクのシチュエーションなんだし、少しは恐がって、腕にしがみ付いてきてくれても良さそうなものなんだが……。リュミはどんな魔物が出るのかと、目を輝かせ、ワクワクが抑えきれないようで、足取りが軽い軽い。
少しでもリュミに色っぽいシーンを期待した俺がバカだったようだ。わかってたけどね。
そして、山を下る頃には、リュミの目が死んでいた。期待の魔物が、ザコしか出てこなかったのだ。そりゃ、魔境育ちの野生児が喜ぶような魔物が、こんな人里近くに出るわけないだろうが。これは早めにどこかのダンジョンにでも連れて行かないと、ストレスでまずい事になりそうだ。
実はこの島国は、ダンジョンが多い事で有名であり、それを目当てに集まった冒険者や、その冒険者を当て込んだ商人たちなどによって発展した国で、【ダンジョン王国】の異名をとっているらしい。特に王都周辺には、初心者向けから未だ攻略されていない超難関ダンジョンまで揃っているとの事だ。
勿論サンドラからの情報だ。リュミのワクワクが止まらないのが良くわかるだろ。実は俺も結構楽しみにしている。どうせ冒険者やるなら、未踏破のダンジョンを攻略し、名を残したいっていう多少の虚栄心は、俺にだってあるからな。
そして山を越えた先の町に辿り着く。……着いたのだが、町というより、村じゃないのか? 山を下る途中にちらほらと見えてはいたんだが、小さな家が200戸くらいしかなかったぞ。
とりあえず店を探す。まずは金を手に入れなくてはならない。時々見かける町人に聞くと、この町に店は3軒のみ、食料品屋と道具屋、そして薬屋だけだった。当然ギルドなんてない。なんと宿屋もなかった。
まずは道具屋に行き、山で狩った魔物の素材を見せる。なんとこれが意外な事に、大銅貨5枚と銅貨8枚になった。ついでにラビットトードの皮やフォレストドッグの牙などを見せると、店主は大喜びでそれぞれ10個ずつ買ってくれた。合わせて大銅貨25枚と銅貨5枚になった。沢山売ったので、多少おまけしてくれたらしい。
合計大銅貨30枚と銅貨13枚だ。ちなみにこれ以上は買えないらしい。まぁ、田舎の個人店舗だし、仕方ないか。
次いで薬屋に行く。菌糸を100個、大銅貨10枚で売れた。ちょっと安い気もするが、ここは山も近いし、マッシュルンは珍しくないのかもな。
ついでに、俺の作った薬を見せると、[Lポーション]が大銅貨3枚で5個、[解毒薬]が大銅貨5枚で3個買い取ってくれた。
こっちは少し高過ぎる気もするが、瞬時に傷が治る魔法薬だからな、ゲームと違って現実ならこれでも安いのかもしれない。だいたい、貧しい者が薬を買うなんて、滅多にない事だろうしな。
次は食料品屋だ。ここでは[フォレストボア]の肉を、大銅貨50枚分買ってくれた。田舎だろうが都会だろうが、食料は必要だからな。その上、裏の馬小屋を宿代わりに使っていいと貸してくれた。宿屋がないから、旅人はみんなそうするらしい。
〆(しめ)て大銅貨120枚と銅貨13枚。日本円でだいたい12万1,300円也。とりあえずこれだけあればしばらくは何とかなるだろう。
馬小屋で寝る、という、冒険者の醍醐味も味わえたしね。まぁ、お世辞にも快適とは言えなかったけど。寝ている横で、馬が糞をした時は、正直焦ったよ。
リュミは横になったらすぐに寝息を立てていた。さすがは野生児、逞しいものだ。
◇ ◇ ◇
翌朝、街道を歩き出す。昨日までの田舎道とは違い、結構広い道だ。町で聞いた所では、王都までは、歩いて20日の旅らしい。但し、町には王都に行った事のある者は一人もいないので、正確な事は分からないらしい。とりあえず、行く先々の町や村で聞いていけば辿り着くと言うことだ。
急ぐ旅でもなし、まぁ、ゆっくり行けばいいさ。リュミもいるから、退屈する事もないだろうしな。
……と、思ってたんだがなぁ。3日目の昼過ぎ頃、街道が少し下り坂になった時、道の遥か先で、何か大勢が騒いでいるのに気が付いた。何事かと様子を伺っていると、いきなりリュミが声を上げる。
「あれ、戦ってるよ! 誰かが襲われてるみたい!」
リュミは鼻と耳だけじゃなく目もすごぶるいい。狼獣人の特性らしいが、俺にはかろうじて何人かが騒いでいるぐらいしかわからない。
そこで、俺は[魔眼]に魔力を通す。するとはっきりと見えた。どうやら15人ほどの旅の者たちが、10人程の武装した奴らに襲われているようだ。
「行くぞ!」
俺は一声かけて走り出す。当然リュミもそれに倣う。
「襲ってるほうを倒していいんだよね?」
「ああ、但し、武器持ってるからって、応戦しているほうは絶対に傷つけるなよ」
どうやら、異世界ファンタジーの定番、盗賊イベントらしい。見逃す手はないだろう。
俺は魔王だ。正義の味方でもなければ、勇者気取りで世直し旅などする気もない。ただ、[醜い浮世の鬼]は、きっちり退治するのが新魔王流だ。
そして退治すべき鬼とは何か? それは当然、俺の気に入らない奴らの事だ! 文句のある奴は前に出ろっ、全員まとめてたたっ斬ってやる!
……うちの狂犬、リュミネリアがな!
長らくお待たせして申し訳ありませんでした! 新章が遂にスタートしました。ラングリードとリュミネリアの新たな冒険と出逢いを描いた第五章[魔王雄飛]、是非お楽しみください。本章は、3/週で投稿する予定ですのでよろしくおねがいします。
また、本作の外伝にあたる短編作品[リュムくん日記 ~泣いちゃダメ、笑うんだ! そうしたらいつか、きっと……~]も掲載中です。合わせてお楽しみ頂ければ幸いです。




