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魔王の名を継ぐ者  作者: 無明流一刀斎
第四章 魔王雌伏

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最終話 翼を拡げて

 目覚めた時には、既に太陽はかなり高くなっていた。昨夜はいろいろとハードだったからな、脳が休息を求めていたのだろう。


 リュミは部屋にはいなかった。見回してみると、テーブルの上に、メモ書きが置かれていた。


 『お昼まで散歩に行ってくるね。朝ご飯食べてない。お昼は、おかゆとシチュー、ハンバーグとナポビタン。リュミ』


 ……罪悪感が胸を刺す。こいつは昨夜、どんな気持ちで俺が戻るのを待っていたのだろうか。


 まったく、腹が減ったんなら起こせよな! じゃなきゃ、一人で食べればいいだろうに。オオカミは鼻だけじゃなく、勘も鋭いからなぁ……。



 にしても、胃もたれしそうなメニューだな。ナポビタンって何だよ。栄養ドリンクか何かか?



  ◇  ◇  ◇



 昼食を終えた俺たちは、旅立ちの最終準備に取りかかる。


 リュミは胃もたれなどという軟弱な言葉とは無縁だった。あいつの胃袋は宇宙だ。付き合うこっちの身が持たない。この世界に胃薬なんてあるのか? 無ければ今度研究しよう。キャベツとかいいんだっけ?




 解体担当から大量の肉と素材を受け取る。頼んでおいて何だが、とんでもない量だ。常識を疑うよ。数年は食い物に困らないんじゃないか? まぁ、売ってもいいか。



 素材も相当ある。牙や爪、皮や骨、そして内臓や血もある。こんなのホントに役に立つのかよ。変わり種として、目玉や睾丸(こうがん)まであった。何の材料になるんだか、考えたくないな。



 そして待望の魔石が手元にやって来る。これも大量だ。小さな物は指先程度だが、大きい物はバレーボール大はある。一番大きいのは、[シアッツ ザ グレート]の魔石だな。マンホールの蓋(ふた)ぐらいあるぞ。ただの石に見える物もあれば、美しい宝石のような物まで様々だ。いろいろと楽しみだな。



 貯蔵庫にある調味料や穀物、野菜なんかも多少貰っていく。甘えっぱなしだな、俺たち。だが、塩や砂糖、胡椒(コショウ)なんかは、早めに自力での入手を考えないとな。



 武器、防具の手入れも終わっている。日用品もバッチリだ。


 おやつも300円まで用意している。勿論(もちろん)、バナナはおやつに入りません!



  ◇  ◇  ◇



 そして、出立前夜。住み慣れた自室にリュミネリアと二人。


 俺の胸中には、期待に不安と、様々な感情が入り混じっている。当然だ、このために、一年近くもの間、己を鍛え、経験を積み、準備を続けてきたんだ。


 だが、雌伏(しふく)の日々は終わった。そして雄飛(ゆうひ)の時が来る。


 明日、俺たちは、まだ見ぬ世界へ羽ばたく。翼を大きく拡(ひろ)げて。果たして何が待っているのだろうか。



 リュミは窓辺で月を見上げている。


 なぜだろうな、オオカミには蒼(あお)い月がよく似合う。月明りに照らされ輝く銀髪。大人びた物憂(ものう)げな表情。静かに佇むその胸中には、どんな想いが去来(きょらい)しているのだろうか?



 俺はそっと窓際の少女に近付き、隣に並んで月を見上げる。



「明日、出発なんだね。ラングリード様と世界中を回るんだ」


 月を見上げたまま、リュミネリアが呟(つぶや)く。


「不安か?」


 問う俺に、すぐさま首を横に振る。


「一緒に行けるんだもん。連れて行ってもらえるんだもん。わたし、従者、なんだもん。……だよね?」


 優し気な微笑(ほほえ)みを湛(たた)えつつ、それでも少し不安げに俺を見る愛しい少女。


「ああ、この先、俺たちは様々な奴と出逢う。仲間が増える事もあるだろう。だが、リュミネリア、お前は俺の一の家臣であり、一の従者であり、そして、……一のおヨメさんだ。これだけは誰とも交代させるつもりはない。それでいいな!」


 リュミネリアの青い瞳を、真っ直ぐに見詰める。



 リュミネリアは驚いたように目を見開き、そしてゆっくりと目を閉じる。目尻から一筋の涙が流れ落ちた。肩を小刻みに震わせ、小さな声で呟(つぶや)く。


「わたしでいいの?」



 俺は何も応えない。ただ、愛しい少女を抱き寄せ、唇を重ねる。それが俺の答えだ。




 俺はこの夜に見上げた月を生涯忘れる事はないだろう。永遠に愛し続ける事になる少女と、初めて心と身体を重ね合った夜に、ともに見上げた月の事を……。



  ◇  ◇  ◇



 そして出立の日。謁見の間にて……。



「貴様の旅立ちに対し、餞別(せんべつ)くらいはくれてやろう」


 そう言い、先代魔王は俺の額に手を伸ばす。


 まさか、またデコピンか? 思わず身構える俺。


「フン、相変わらずの臆病者め。そんな貴様には持ってこいだろう。感謝するのだな!」


 途端、何かが俺の身体の中に入り込んでくる。


 熱い! 熱いが不快ではない。何だこれは?



「よし、やはりうまく移せたな。魔王スキルを確認してみろ」


 移せたって何だよ。とりあえず鑑定してみる。そして、驚いた。


 ジョブ魔王のスキルに、新たに[ジョブ追加D]が追加されていた。これは以前こいつが言ってた、自分のジョブを増やすスキルか?



「これって、レベルを上げないと取得できないんじゃ無かったのか?」


「フン、だからくれてやったのよ。我のスキルをな。もはや我には必要ないからな」


「必要ないからってお前、本当にいいのか? 返せって言われても返し方わからんぞ」


「一度くれてやった物を、返せなどと言わぬ。我を見くびるでないわ。それと、直臣(じきしん)とし、尚PT(パーティー)を組んだ、その娘にも[ジョブ追加]の影響があろう。有効に使うがよい」


「マジかよ! 俺だけじゃなく、リュミのジョブも増えるのか? ああ、感謝するよ。お礼に何すればいい? キスでもしようか?」


「いるか、そんなもん!」


 心底不快な顔をする先代魔王様。失礼な奴だな。


「それと、この先はアレクサンドラを伴うがいい。これ以上に役に立つ者はおらんぞ」


「えっ、アレクサンドラが一緒に来てくれるのか?」


 彼女を見ると、こちらに向かい、静かに一礼する。



「いや、お前はどうするんだよ?」


 玉座にふんぞり返る先代魔王を見る。


「フン、我の傍(そば)にいたところで意味はあるまい。それにそやつは既に貴様の臣なのだからな」




 そして、謁見の間に巨大な門が現れる。何か禍々(まがまが)しくも荘厳な門だ。


「それは[転移の門]。これより貴様らをここより遥か東の島国へと送る。この地に迷い込む前、貴様が向かうはずだった場所だ。魔王として世界を始めるなら、それが筋であろうよ」



 そしてアレクサンドラが、先代魔王に深々と礼をして、俺の元に来る。



「ラングリード様、これよりこのアレクサンドラ、貴方様の従者の一人として、お傍(そば)に伏します。何なりとお命じください」


 どうやら先代とは既に話が付いていたようだな。彼女が傍(そば)にいれば、もはや苦労すら無い気がする。だが……。



「ならば、命じよう。本当に服従する気があるんだな?」


 俺は返事を待つ。


「勿論(もちろん)です。どうか何なりとお命じください」


 真剣な眼差しを俺に向けるアレクサンドラ。


 言質(げんち)はとった。もはや異論は許さんぞ!



「よし、ならば、今日から俺はお前を【サンドラ】と呼ぶ。不服はあるか?」


 真剣な顔で言う俺。


「はっ? サンドラ、ですか? それは一体どういう……」


 怪訝(けげん)な表情を隠せずに、問い返す美貌の魔女。


「【アレクサンドラ】は、その名も、その心も、全てはアイツのモノだ。どうやら俺には奪い取れそうにないのでな。だから俺は【サンドラ】を貰う事にした。今日からお前は、俺にとってサンドラ、【知の魔女サンドラ】だ。これは命令だからな。文句は聞かんぞ!」



 謁見の間が沈黙に満たされる。俺以外の全てが、この状況を理解しようと努めているようだ。



「そして次の命令だが、そこに老い先短い哀れな魔王がいる。見るに耐えないから、そいつの傍(そば)で、存分に甘やかしてやれ、いいな! まぁ、時にはお前が甘えても問題はあるまいよ」


「なっ! ……それは、ですが、私は貴方様の、ラングリード様のお傍(そば)で……」


 彼女の混乱した姿は初めて見るな。これだけでも甲斐(かい)はある。



「言っただろう。【アレクサンドラ】はアイツのモノだと。悔しいが、俺には奪い取れそうにないのでな。もはや、魔王として肩肘張る必要の無くなった、一人の男にしばらく貸しておいてやる。これまでとは違う立場で、語り合う事もいろいろあるだろうよ」



 俺の傍(かたわら)で泣きそうな顔してオロオロしていたリュミが、なぜかどや顔でサンドラを見ている。まったく、何やってんだか。


 俺は昨夜、ちゃんとお前を選んだだろうが……。




 渋い顔で、成り行きを静観している玉座の魔王。俯(うつむ)いて肩を震わせているサンドラ。


 

 十数秒の間を置き、深く息を吐き出したサンドラは、ゆっくりと顔を上げる。


 その表情は、憑(つ)き物が落ちたように晴れやかなものだった。



「一つだけお聞かせください。貴方様のような辛い過去を持つ御方(おかた)が、どうしてそのように優しくなれるのでしょうか?」



 俺は顔を顰(しか)める。少し何もない壁を眺めてから視線を戻す。


「タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きて行く資格がない」



「……それは、ラングリード様がかつて読まれた物語の一説ですね」


「フゥ、何でも知ってる先制相手じゃ、格好の一つもつけられないな。マーロウのアニキも形無しだぜ!」


 精一杯の軽薄な笑みを浮かべて、吐き捨てるように言ってやる。



「私がその言葉の由来を知らなければ、貴方様はわざとその事をバラされる事でしょう。貴方様はそういう御方(おかた)です。だからこそ私は貴方様にお仕えしたいと……」


「オイオイ、勘違いするなよ。俺はお前を手放すなんて言ってないぜ! ただ、身辺整理もできていないような、うわついた女を連れて行く気になれないだけだ。今は甘い囁(ささや)きだけで我慢するさ、今はな!」


 そう言いながら、自分の頭を右手の人差し指で、トントンと叩いて見せた。



 そして、ちょっと不満げに俺の顔を見上げているリュミを誘(いざな)い、[転移の門]を潜(くぐ)る。



 目の前の空間が歪(ゆが)み、一瞬内臓が浮き上がるような浮遊感を感じ、そして視界が広がる。


 翼をいっぱいに拡(ひろ)げた俺たちが、羽ばたいて行く無限の世界に向かって……。



  ◇  ◇  ◇



「行きおったな。まったく、小癪(こしゃく)な奴よ!」


「はい、見事にフラれてしまいました。私はまた、幻狼の娘に負けたのですね。一度ならず二度までも……。本当に、口惜(くちお)しい限りです」


「そのわりには、たいして悔しくもなさそうに見えるがな。お前はあやつに本気で惚(ほ)れているのかと思っていたのだがな。まあ、あのような小癪(こしゃく)で軽薄で、臆病なくせに妙なところだけは自信過剰な男ではな」


「ええ、昔のお兄様にそっくりですわ。本当によく似ていらっしゃいます」


「一緒にするでないわ! 我はあのような軟弱者ではなかったわ! …………フフフ、お前に兄と呼ばれたのは、一体いつぶりだったかな? 随分と懐かしい響きよ!」


 魔王は玉座に座り、長い足を組んだまま、視線だけを妹の顔に向ける。


「お兄様が魔王になられて以来ですわ。あの日より、私はお兄様の家臣として生きる事を決めましたから」


 優し気な視線を返しながら、妹が応える。


「ふん、家臣はもう辞めたのか? 不忠の極みだな」


 意地悪そうな笑みを浮かべる兄。


「はい、私は新生魔王ラングリード様の家臣に乗り換えましたから。我が君の命には逆らえません」


 きっぱりと言い切る妹。



「ですから、どうぞお覚悟なさいませ、お兄様。存分に甘やかしてさしあげますわ!」

第四章 魔王雌伏  Fine


 ここまでお読み頂き、誠にありがとうございました。楽しんで頂けたなら幸甚です。ブックマーク登録、及び評価、感想を頂けましたなら、今後の執筆活動の励みとなります。貴重なお時間とは存じますが、是非ご恩情を賜(たまわ)れますよう、何卒(なにとぞ)よろしくお願いします。



第五章予告

 遂に[鑑定偽装]を手に入れた俺。これで、0歳とか種族:魔王とか、人に知られたら羞恥で悶絶するようなキーワードを誤魔化せるぜ。


 という事で、ようやく人間界に打って出る俺とリュミネリア。[転移の門]で辿り着いた場所は、遥か東の島国[ラティアト王国]だった。ここは別名[ダンジョン王国]とも呼ばれる大証いくつものダンジョンが集まった国だ。


 もう、うちの戦闘わんこのワクワクが抑え切れない!


 さあ、冒険の始まりだ。行くぞ、リュミネリア! 



 魔王の名を継ぐ者 第五章[魔王雄飛] 近日掲載


※新章掲載開始は10月になる予定です。詳しい日取りが決まりましたら、活動報告にてお知らせさせて頂きますので、ご確認ください。


 また、本作の外伝にあたる短編[リュムくん日記 ~泣いちゃダメ、笑うんだ! そうしたらいつか、きっと……~]も掲載中です。合わせてよろしくお願いします。


 待て、而(しか)して希望せよ!

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